武人の矜持
(また声が聞こえた。一度目は一年程前、二度目が十日ほど前、そして今日。分からぬ・・・分からぬことばかりだ。いつも聞こえてくる声は常に同じ“全ての命を我が生贄とし、その苦しみを我に捧げよ”、おぼろげに見えるその姿は三つの凍て付くような視線。いったいお前は何者なのだ、何を求めて私に力を授ける・・・。)
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「無限回廊とは恐れ入ったぜ、アレフの地図が無かったら気付かなかったな。こっちが本命で間違いないな?」
先頭を歩いていたガイラにアレフが助言したのがつい先ほどである。来た道を戻って、別の階段を降りている。
「地図からすると他に道はありません。間違いないと思います。」
アレフが本来の真面目で慎重な性格を十全に発揮している。俺もアレフに指摘されるまで無限回廊には気付かなかった。 階段を降りた先は細い一本道がずっと続いているだけ、二度曲がって突き当たりの階段を降りると天井が高く大きく広がった部屋、そこには当然の様に敵が待っていた。
「これ以上好き勝手にはさせん。ここには天はない、魔法を反射されるような迂闊な真似もせぬ、貴様等との因縁もここまでだ。」
ドラゴンが二体、漆黒の騎士が八体、人狼族も八体、無数の武装した骸骨、一番後ろには大魔道、今の声の主はこいつに違いない。
「またお前か、やはり死んではいなかったのだな。いい加減に舞台から降りてくれ。」
「戯言をっ!貴様等を魔王様に会わせるわけにはいかぬ、かかれっ!」
ドラゴン二体を先頭に他の魔物達が、俺達に向かって襲い掛かってきた。
「マギー、火炎の魔法を見せてやれ。アレフは勇者の剣の力を使うんだ!」
《俺は魔力を6消費する。魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、猛火となりて、かの地を焼き払え!Flamma(火炎)!》
『来たれ、王者の風よ!』
アレフが中央で魔物の集団に向かって勇者の剣を突き出し、俺とマギーがその両脇に立ち手から火炎を放つ。魔物の中央に巨大な竜巻が発生し、俺達の火炎を巻き込んだ。
魔物が風に切り刻まれ、その傷が熱気に焼かれる。漆黒の騎士は竜巻によって宙に舞い地に落ち、熱によって劣化した鎧がその衝撃で破壊されている。
「アレフ、ガイラ、風が止んだら突っ込むぞ。」
猛烈な熱気を含んだ竜巻が止む。俺とアレフとガイラが突っ込み、まだ動いている魔物の群れを掃討する。生ある魔物はすでにまともに動くこともできず、金属の劣化した鎧の魔物ともどもあっさりと倒れていった。
数分後、この部屋に立っている魔物は一匹たりとていなかった。
「すごい竜巻ですね。それにこの切れ味もすごい。」
アレフが手にした勇者の剣を見ながら呟く。
「神に捧げた究極の剣、オリハルコンで作られたその刃は如何なる物も切り裂く。」
「確かにその通りです。あの硬いドラゴンの鱗もやすやすと切り裂くことができました。これならどんな敵が来ても勝てると思います。」
「切れ味はともかく、魔力の消費も無しであんな簡単に竜巻を出されたら、私みたいな魔法使いは要らないわね。」
「マギー、それは大丈夫だ。一度放ったらしばらくは出ないはずだ、宝玉に溜めておける魔法力には限界がある。それに状況に合わせた多彩な魔法が使えるのが魔法使いだ。魔法使いと同じことをするためには幾つもの魔法の武器を持たないと駄目だ。」
「アイゼンマウアー隊長の豪炎の剣以外にも、こんな武器があるの?」
「ああ、古にはいろいろあったらしい。吹雪を起こす剣、電撃を放つ剣、眠りの雲を出す杖、まあそんなところかな。」
指折り数えながら一つ一つをあげる。これらのどれか一つでも持っていたらどんなに楽だっただろうか?
「学者、もしかして持ってないよな?」
「残念ながら持っていないよ、まあ無い物のことを言っても仕方が無い。さあ次に行こうか。」
部屋の先の階段を降りると大空洞、そこにそびえ立つ伏魔殿。俺達全員がその光景に息を飲んでいる。
「まさか地下に城があるとは想像していなかったぞ。」
「うん、そうね。ここが魔王の城かしら?」
あまりの光景に圧倒されていたが、いつもの様にガイラのお馬鹿な感想でその緊張が解ける。
「そうだ、ここが魔王ドラゴンロード様の城、地底魔城だ。よくぞここまで来た勇者よ。」
不意に俺達以外の声が聞こえた。紅い鎧、真紅の騎士が城の門の前に立っている。
「真紅の騎士、話ができるということはお前も裏切り者の一人か?」
「フッ!あんな出来損ないと一緒にされては困るな。俺はひ弱な人間などではない、栄えある魔族の一人だ。」
死神の騎士が紅い兜の面頬を少し上げて、中から紫色の顔を見せた。
「なるほど、貴重な情報に感謝する。もはや絶えたと思われた魔族がこのような形で残っていたとは驚きだ。しかし、ノイエブルクの城にいた真紅の騎士は中身がなかったと聞いているがあれはどういうことだ?」
「そこまで教えてやる義務はない。そんな質問は俺を破ってからにしてもらおうか。」
真紅の騎士が面頬を下ろして腰の剣を抜いた。鎧の内側から強烈な殺気を放っている。その殺気に俺とガイラが反応して構える。アレフの右手が俺達を遮った。
「相手は一人です。ここは僕がこの勝負を受けます。」
「アレフ、それはないぜ。俺もやりたかったんだ、譲れよ。」
「駄目です。僕もそうですから・・それにこの剣に慣れておきたいですからっ!」
アレフが言葉の最後とともに勇者の剣を抜き、一気に真紅の騎士に迫る。二人の決闘が始まった。 アレフの初手は火花を散らし、受け流そうとした盾の表面を削った。反撃に移ろうとしていた真紅の騎士の剣が止まる。
「この間の戦士に較べて腕はまだ未熟なれど、なんたる業物だ。」
「これは勇者の剣です。まだ手にしてから間がありません。」
「なるほど神の金属オリハルコンか、だとすると魔族最高と言われたこの鎧とてそうはもたぬな。ならばこちらから行かせてもらうっ!」
そう言い放った真紅の騎士の剣がアレフを襲う。勇者の盾に当たった剣の軌道が変化して、アレフの体を襲うが鎧で阻まれる。それを見届けた真紅の騎士が一旦跳び去った。
「鎧も盾も一級品だな。だが武具の性能の違いが、闘いの決定的差でないことを教えてやるっ!」
真紅の騎士の猛攻が始まった。力尽くの攻撃、フェイントを使用した巧緻な攻撃、時には蹴りまで取り混ぜてアレフを襲う。真紅の騎士の剣は鎧に覆われていない場所を狙って蛇の様にアレフを襲うが、それを把握しているアレフは冷静にその攻撃を捌いている。鎧の隙間や鎧に覆われていない所に来る攻撃を、体をずらして受ける。それだけではない、真紅の騎士の姿勢が崩れた時にはアレフからも攻撃をしている。
「学者、俺はアレフの勝ちに賭けるぞ。お前はどうだ?」
「賭けにならないな。、今までにアレフが負けると思ったことは無い。」
ガイラの無責任な台詞に俺なりの答えを返す。
「なに不謹慎なことを言ってるの、苦戦してるじゃない!」
「心配は要らない。見ろ、アレフの攻撃が当たるようになってきたぞ。」
真紅の騎士の剣をうまく弾き、アレフの剣が真紅の騎士を襲う。最初は真紅の騎士の攻撃が8、アレフが2で交わされていたが、今は6:4ぐらいになっている。
アレフの盾が、真紅の騎士の攻撃を押し返してその姿勢を崩し、兜に剣が斬り下ろされた。真紅の騎士は押された反動を利用して仰け反ってその一撃を避ける。剣先が兜にかすり、その面頬を切り裂いた。真紅の騎士が切れて変形した面頬を忌々しげに引きちぎる。
「この俺が練習台だと・・・舐めるなっ!『俺は魔力を5消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、おお万能たるマナよ、雷とな・』ぐあっ!」
アレフの右手が真紅の騎士に向けられている。
「馬鹿な!無詠唱で俺より速いだと・・・。」
電撃の直撃を受けた真紅の騎士が仰け反り、苦悶に喘ぐ。そこに居合いからの一閃、見事な右斜め切り上げが真紅の騎士の鎧を切り裂いた。
「見事、貴様の・・・勝ちだっ!」
鮮血が噴出し、真紅の騎士が仰向けに倒れた。
「電撃の魔法の練習なら何百回、何千回としてきました。僕より速く詠唱できる人は二人しか知りません。」
「そうか・・お前には目指す頂が・・・常にあるのだな。羨ま・・・・ことだ。その・・・二人・・・・・・よろしく・・・・・・・・くれ。」
最後は何を言っているかは分からなかったが、全て言い終えた真紅の鎧を纏った魔族が事切れた。アレフが倒れた魔族のそばに歩み寄る。
「なぜ満足そうな顔で亡くなっているのでしょうか?」
俺達も近寄ってその顔を見る。アレフの言う通り、目を瞑ったその顔は満足そうな笑みを浮かべていた。
「分からんよ、魔族の考えることは想像できない。」
「俺には分かる気がするな。武人たる者、最後は戦場に倒れたいと思っている。」
「そうか、そんなものか。」
「俺はベッドの上で満足に動けなくなってから死ぬのは嫌だ。」
ガイラの静かだが沈痛な叫びにも似た独白が、なんとか俺の耳に届いた。アレフとマギーには聞こえなかったようできょとんとしている。
「お墓を作ってやらなくていいですか?」
「要らん、戦場に倒れた武人は屍を晒し、いずれ土に還る。」
ガイラがこの場を後にする。置いていかれた形になった俺達がその後ろ姿を追った。
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「アイゼンの旦那、旦那の言う通り城門の前に置いてきましたよ。でもあれでよかったのですか?」
「いいも悪いも無い。せっかく助かった命だ、主の下に返すべきだろう。」
「そう意味じゃなくて、あいつの頼みで王様の危機に駆けつけたんだ。褒美を貰うなり、復職するなりできたのではないですか?」
「私が褒美目当てで動く人間と?」
「そんな怖い目で睨まんで下さいよ。」
アイゼンマウアーに睨まれた小男が肩を竦める。そう言う割りには怖がっている気配は無い。
「私は城には戻らない、そう決めたのだ。今回の件で全ての借りを返すことができただろう。」
「借りねえ。返し終わったら、はいさよならですか。」
小男がふざけた口調で聞き返す。
「私の復職を望まぬ者も少なくはない。それに誰かを助けるのに許可がいるなど、私の性には合わない。」
「ああ、そうですかい。惜しいなあ、俺っちは近衛騎士の影でいたかったんだけどな。」
「そうか、なら推薦状でも書いてやろうか?」
「いやいやいや、俺っちは旦那のいる近衛の影がよかったんでさ。」
小男が大慌てで頭を振った。
「お前も損な性分だな。まあいいだろう、私はこれから一介の戦士に戻る。私の手の届く範囲を私の甲斐性で守るとしよう。お前も自由にするがいい。」
「当然、旦那についてく。旦那は一介の戦士にしては光り輝きすぎてるからね、俺っちがその影で旦那の足跡を消さないと大変なことになりますよ。」
「そうか、どおりで今まで誰も私の前に現れなかったのか。煩わしくなくていいと思っていたところだ。」
「理解してもらえて光栄だね。ならさっさとここを引き払いましょうや、あの人が目を覚ましたらここに誰かやってきますぜ。」
アイゼンマウアーがそれに答えるように黙って立ち上がる。足元にあったそう多くない荷物を担ぎ、腰の豪炎の剣を確かめてから部屋を出て行った。




