誓紙の力
「そうだろう、できるはずもない。高貴なる血の前にはお前らの武力など無力なのだ。さあ今のうちだ、愚か者の国王ライムント16世の命を奪うのだっ!」
国務大臣オットマーが近衛騎士達の前に立ち、命令する。なぜか近衛騎士は棒立ちのままだ。国務大臣の後ろにいた男たちが躊躇いながらかつての主君に近づいて行く。なるほど、彼らは下にいた鎧の魔物と違って只の人間だ、弑逆を命じられても簡単に剣を振り下ろすことはできないらしい。ならば間に合えっ!
《俺は魔力を6消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、全てを拒絶する鉄となりて、彼の者達を守れ!Inexpugnabile(難攻不落)!》
戸惑っていた剣がライムント16世の首に振り下ろされる、しかしその一撃は高い金属音を発して弾かれた。ありえない出来事に男たちが驚愕する。なにかの間違いかと繰り返すが、当然魔法の防御を越えることはできない。
「なっ、なんだ!これはどうしたことだ!」
国務大臣は魔法の影響で動けなくなった近衛騎士達を押しのけて、ライムント6世に駆け寄る。触れたその手には金属を触った様な感触しかしない、そこで俺に気づいた。
「いつの間に現れた、ここには誰も入っては来れないはずだ!」
「下の魔物は駆逐しました。もう終わりです、武器を捨てて縛について下さい。」
「何を馬鹿なことを、ここまでしたからには私か、兄上のいずれかが死ぬまでは終わらん。」
「なるほど確かにそれは正論です。それは王国の歴史が物語っています。では私の手で終了させて頂きましょう。」
「そう何もかも思い通りに行くと思うな、お前達、私を守れ!」
国務大臣の命令によって、護衛の男達が俺と大臣の間に入る。俺から大臣まで20m、その間に武装した護衛が5人、大広間にいる文官を巻き込まないで彼らを排除するのは難しい。それに難攻不落の魔法の効果は約3分、残る時間はあと2分。
「お前が私の知らぬ力を持っていることは、ある者から聞いておる。だがその力があろうとこの状況は覆せない。これが分かるか!」
大臣が懐から数枚の紙を取り出す。強く握りしめたその中から一枚を選び出して眼前に突き出した。
「この城に仕える者の誓紙、だがその実情は違う。王家の者への反逆の防止、さらに生殺与奪の権を持つ呪法、そうではないですか?」
俺の言葉にここにいる全ての者たちの顔色がが変わった。驚愕、畏怖、侮蔑、動揺、様々な感情が表情に出ている。
「なっ、そこまで分かっていて尚、余裕を見せるか!やはりお前は油断ならぬ、もはや生かしておくわけにはいかん。この秘密を知った者全てだっ!」
国務大臣の手によって俺の誓紙が破られた。破れた紙から魔力が解き放たれる。死神の手が俺の心臓を握り潰さんとこちらに伸びてきた。
何かが割れる音、奪った命に満足した死神の手が消えていく。だが俺はまだ立っている。
「馬鹿なっ!なぜだっ、なぜお前は死なぬっ!そうかっ、やはりお前は人間ではない、この呪法が効かぬとは魔物に違いない!」
信じられない事実に大臣がわめき散らす。それを冷静に見つめながら、首に下げていたペンダントを取り出した。真っ赤に染まった水晶が砕けている。
「これは命の護り。持ち主の命が失われる時、身代わりになる魔法のアイテム。その誓紙の秘密に気付いた時から、こんなこともあろうかとずっと身に着けていた。決して魔物の業ではない、古から伝わる魔法のアイテムにすぎません。」
わなわなと震えている大臣に説明する。その言葉が大臣の耳に届いているかは分からない。目があらぬ方向を見ていた。
「まだだっ、まだ終わってはいない。たかが一人だ、お前達やってしまえっ!
大臣の命令に護衛の男達が俺に襲い掛かってきた。俺はまだマギーの魔法の影響下にある。止まって見える様な二流の戦士達の攻撃を掻い潜る。刀を五閃、手首ごと剣を切り落とす。血飛沫を上げ倒れる男達。刀の血を勢いよく振ることで落として刀を納めた。
「まだお続けになりますか?もうあなたを守る者はいませんよ。」
大臣に声をかける。その後ろではライムント16世と近衛騎士達が動き始めているのが見える。魔法の効果が切れたらしい。
「終わりだと・・・お前も王家の者には手を出せぬはず、だから終わってなどいない。」
『私は魔力を5消費する、魔力はマナ・・』
使い慣れていないだろう辿々しい魔法の詠唱。大臣の後ろにいたライムント16世と目があった、静かに頷く。
《俺は魔力を8消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、魔法の鏡となりて、我を守れ!Magicae Speculum(魔法の鏡)!》
『雷となり我が敵を撃て!Incursu(電撃)!』
遅れて詠唱が終わった大臣から電撃が放たれる。刀に宿る魔法の鏡に跳ね返された電撃が大臣を襲う。
「ぎゃあああああああ!」
大きな悲鳴を上げて大臣が倒れる。武人でない大臣はもう瀕死であろうか、それでも這ってライムント16世の下へと進む。サイモン達が剣を振り下ろそうとするが呪法の効果でそれは叶わない。
「私は・・死なぬ・この国を私の手で導くのだ・・・私でなくては・・・・このく・・にを・・・」
這いずる国務大臣の前に立ちはだかる。刀を床に突き刺して行く手を遮った。刃に当たった手から血が流れるのも構わず前進を続ける。およそ半歩進んだ所で無念の表情のまま事切れた。そっと目と口を閉じさせる。
「魂の浄化の魔法、本来は葬儀の際に神官が魂の葬送の為に歌う詩。今その詩で神の下へと誘いましょう。』『清き魂はそのままに、汚れた魂は神の慈悲にて洗い清められよ。おお、偉大なる神よ、彷徨える魂を汝が下に導き給え。』」
独特の旋律、おそらく誰にも理解できないであろう詩を終える。ふと我に帰ると大広間にいる全ての者が呆けた様に俺を見ていた。
「おいっ、今のは何だ!?」
口火を開いたのはサイモン、やはり空気を読めない男は強い。
「俺のことはいい。まだ全ては片付いていない。」
「ああ、そうだった。近衛騎士達よ、陛下はご無事。だがまだ終わってはいない。残る敵を駆逐せよっ!」
サイモンの台詞によって、近衛騎士達が解き放たれる。駆け出した近衛騎士が一階へ降りていくのが見えた。
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アレフと対峙している漆黒の鎧の動きは鈍い。鈍いというより何かを恐れるかのようにも見えた。その鈍い攻撃の隙をついて、アレフの炎の剣が漆黒の騎士の剣を弾き飛ばす。返す剣で漆黒の騎士の兜を飛ばす、中身の無い鎧から力が抜けて崩れ落ちた。
一方ガイラが相手をしている漆黒の騎士の動きは鋭い。一撃一撃が致死に値する攻撃をミスリルナックルと左手の篭手で弾き、受け流す。ガイラの攻撃は漆黒の騎士の大きな盾で防がれてダメージを与えられずにいた。
「なんだか俺の相手だけ違わねえか?」
あまり有利とも言えない状況でもガイラの軽口は止まらない。しかもその顔には歓喜の表情が浮かんでいる。一度距離を取ってから腰を落として構えた。その構えに何かを感じたのか、漆黒の騎士が盾を前ににじり寄ってくる。
「せいやっ!」
ガイラの正拳が盾に叩きつけられる。普通あえて盾を攻撃する者はいない、漆黒の騎士はその意外な攻撃をまともに盾で受けてしまった。吹き飛んだ盾が漆黒の騎士の後ろで大きな音を立てる。左手の肘から先を失った悪魔の騎士が、残った右手の斧をガイラに向かって振るう。しかし懐に飛び込んだガイラはその腕を取って背負い投げ、床に叩き付けた頭がひしゃげて、逆さまになったまま漆黒の騎士は動きを止めた。
アイゼンマウアーは真紅の騎士の猛攻を受け流しながら、冷静に戦局を見極めている。
「二人の勇者が負ける要素はない。奴め、なかなかいい手駒を育てたものだ。それに周りの魔物は割り込んでは来ないようだな。よほど信頼しているのか、巻き込まれるのを恐れているのか・・・何を馬鹿なこと・・・この魔物に意志があるはずもないか。」
アイゼンマウアーは攻撃を受けているだけではない。真紅の騎士の隙を見つけて豪炎の剣を振るう。ミスリルでできた豪炎の剣が少しずつ真紅の騎士の斧、盾、鎧を削る。
「技量は同等以上、だが装備では私の方がやや上。無理はできない。」
真紅の騎士の攻撃は止まない。まともに受けてしまえば致命傷にもなり兼ねない攻撃を冷静に、凌ぎ続ける。いつしか両脇の勇者二人が、同じ真紅の騎士に向かって武器を構えていた。真紅の騎士の攻撃が止み、構えが防御に寄った。
「邪魔はしないでくれ。こんな相手には二度と会うことはない。」
そう言いながらもアイゼンマウアーの剣が真紅の騎士を襲う。剣と斧の間に火花が飛び散る、振りぬいた豪炎の剣に真紅の騎士の斧頭が半分に切り裂かれた。それでも軽くなった斧でアイゼンマウアーを攻撃する。その軽い攻撃をミスリルの盾で受け流し、豪炎の剣を真紅の騎士の面頬に差し込んだ。
『業炎よ、敵を焼きつくせ!』
真紅の騎士の空っぽの鎧の中で炎が荒れ狂う。内側から炎に焼かれた真紅の鎧が崩れる。豪炎の剣を引き抜いたアイゼンマウアーは一撃の下に両断した。
「いい腕だな。流石、学者が褒めるだけはある。」
「まだだ、油断するな。」
二階から鎧の立てる音が近づいてくる。三人が上からの襲撃に備えて構える。階段を降りてきたのは近衛騎士達だった。
「アイゼンマウアー隊長!」
「もう俺は隊長ではない。陛下は無事か?」
「無事です、もう大丈夫です。敵を掃討しましょう。」
それを聞いた三人は近衛騎士に混じって、魔物の掃討に加わることにした。