魔法談義⑧
手から火炎が噴出する。そのまま軽く横に振ると扇状に炎が広がった。
「これがParma Flamma(小火炎)だ。そしてこれが・・・・・・Flamma。さらにこれが・・・・・・・・・・・・・・・Magna Flamma(大火炎)だ。手から噴出するから使用が難しい。味方の後ろからは使えないからな。」
「すごいな、一個中隊ぐらいなら一掃できそうだな。」
「対をなす魔法もある、それが冷却系だ。Sagitta Glacies(氷の矢)は単体への投射、Gelidus Ventus(凍てつく風)は放射、Snowstorm(吹雪)は大範囲、最後にGlacies Loculo(氷の棺)が小範囲、魔王の島に渡ったのはGelidus Ventus(凍て付く風)を使った。」
腕を強く前に突き出し、猛烈な冷気を放出する。あえて扇状でなく狭い範囲で放つと、不規則な氷の柱がバキバキと前方に伸びていった。
「これまたとんでもない魔法だな。ワンマンアーミーを名乗れるぞ。」
「まだ続きがある。次は爆発系・・・・・・・ごらんの通り爆発だ。それと一度ガイラに見せたがFragor(爆発・・・・・・・、そして落雷の魔法を除いた最強の魔法Pagna Fragor(大爆発)だ。」
俺達の前方のかなり離れた場所を中心に大爆発、俺以外の全員が耳を押さえている。
「前見たのとは桁違いの威力だが、前みたいに巻き込まれたら命がなさそうだ。」
「そうだな、とても屋内で使う気にはなれない。そうだ、ついでだからマギーには教えておくが、石炭を岩場に埋めて、上からこれを使うと例の硬い粉末ができる。」
「へえ~、破壊の魔法で物を作るとはケルテンらしいわ。」
「どんな道具も使い方次第さ。それと一人では戦えない理由だが、ここまでで俺の魔力の半分以上を使っている。それも上位の魔法だけでその半分を占める。適当にぶっ放すとあっと言う間に魔力切れになるし、溜めが長い分危険も多い。」
少し頭痛がしてきたのでこめかみを押さえる。
「ちょっとマギー、いいかい。力を抜いてこれから使う魔法を受け入れてくれ。少し不快な効果があるが俺を信じてくれ。」
「いいわ、あなたを信じる。」
「ありがとう、これが吸魔の術・・・・・・・・・・・・・・・Accipere Magicae(魔力奪取)!」
「あ・・・あっ・・・・・あああーーーーーー!!!」
俺に魔力を奪われたマギーが喘ぎ、突き出した俺の手からマギーの魔力が流れ込んできた。アレフとガイラがなんとなく顔を伏せて目を逸らしている。
「なによこれ、体から何かが抜かれたみたい。」
「そうだよ、本来は敵の魔力を奪って魔法を使えなくする魔法だが、俺みたいに魔力の上限が低い者にとっては、味方から補充する魔法として使うことも可能だ。まあこれからも勝手にはやらないよ。」
「そうね、でも必要なら遠慮なく言って、私なら大丈夫だから。」
「分かった、その時はそうさせてもらう。では残りの魔法も見せておこう。・・・・・・Parma Turbine(小旋風)、・・・見ても分からなかったかもしれないが、真空の刃で皮膚が切れる。威力を増したのが・・・・・Turbine(旋風)、そして竜巻で敵を切り刻む・・・・・・・・・・・Turbo(竜巻)だ。」
「これは分かり辛いな。最後のはともかく効果が見えない魔法は困るな。」
竜巻が収まるのと見ながらガイラが呟いた。
「確かにそうだ。そして小火球の魔法・・・Parma Ignis、威力を増したのが・・・・・・Ignis(火球)、そして敵を焼き尽くす・・・・・・・・Magna Ignis(大火球)だ。」
小火球に較べると膨大な熱の塊が少し離れた場所にあった大木を消し炭に変えた。
「ここまで来ると人の技をは思えんな。剣や拳で戦うのが馬鹿らしくなってこないか?なあ、アレフ。」
「でもケルテンさんが言ったじゃないですか、強力な魔法を使うには溜めがいるって。だから僕達がその時間を作らないと、効果的には発揮できないんですよ。」
「なるほどなあ、確かにその通りだ。」
「理解してくれるとありがたい。へたな奴と組んだら一人で前に出される恐れもあるんだ。これも公開しない理由の一つだ。もう一つがほとんどの魔法は威力によって大中小に分かれている。それを分けるパワーワードは今分かっただろう。」
「ParmaとMagnaですね?」
アレフが即答した。分かるように説明してきたのだが、それでも嬉しいものだ。
「ああ、そうだ。まあ詠唱文がまるっきり一緒ではないけど、それだけでも分かる者には分かるかもしれないな。」
「そうか?俺にはさっぱりだ。だけど今の魔法を見ていると強過ぎて一人で何でも出来そうな錯覚に陥るな。」
「だから自重している。それとどれか一系統の上級魔法を何人かに使用させたら、一つの街を陥落させることも可能だ。そう考えると怖くて公開できなかった。」
「確かにそれは怖いですね。爆発の魔法なら城壁ぐらい簡単に壊せそうだし、他のどの魔法でも受けて無事な人はいないでしょうね。」
「そうだ、この怖さを理解できない奴には絶対に教えない。」
「魔法を使えない俺には関係ない話だ、俺は誰にも言わないからうまく使ってくれ。」
真剣な声で語る俺に対し、おどけた口調でガイラが茶化す。
「そう簡単に言うなよ。うまく使うために幾つかの合図を送るから覚えてくれ。前にマギーと使っていたやつだ。」
「うへっ、マジかよ。覚えるのは苦手なんだよ。」
心底癒そうな顔をするガイラを見て、俺達に笑い声が戻った。
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「ずいぶんと落ちぶれたものだ、別人の屋敷に来たかと思ったぞ。」
明かりもない暗い部屋に男が座っている。誰もいない空間から不気味な声がした。
「貴様、どこから入ってきた!いや、よくも顔を出せたな。」
「そなたが窮地にあると聞いてね、ここは助けてやらねばなるまいとやってきたのだ。あの時はそちらが先に約定を破ったのだ。それを分かってこちらを責めているのか?」
暗い闇に金色のローブが浮かび上がる。
「約定を破ったのがこちらだと?どう言うことだ!」
「あの時点で王女は奪還されておったのだ、そなたの手下の仕業だよ、実に大した役者だ。」
「そのようなこと、私は知らぬ。」
「まあ済んだことを言っても仕方あるまい。そうでもなければ約束通り茶番のような戦で、終わらせていたのだ。惜しいことをしたものだ。」
その声には人を馬鹿にしたような響きがある。言われた側の顔が屈辱で真っ赤に染まる。
「ぐっ!それで何様だ。まさか私を虚仮にする為に来たのではあるまい。」
「なに、そなたが復権できる様に手伝ってやろうと思ってな。何を成すのにも力は必要であろう。」
「その言を信じろと言うのか?」
「信じられないなら、帰っても一向に構わぬのだがな。」
「うぬっ!どこまでも人を喰った話だ。だがこのまま落ちぶれていくよりはずっとましだ。」
「そうだ、我等に従えばこの世界の半分をやろう。どうだ、この契約を結ぶか?」
「結ぶ、すでに私に戻る場所はない。ならばその場所は奪うしかない。」
「よろしい、契約は成立した。ぬっ、何者だっ!・・・Incursu(電撃)!」
「ぐあっ!」
金色のローブから電撃が部屋の隅に向かって放たれた。押し殺した悲鳴が上がり、誰かがいた気配が消えた。
「聞かれたのか、誰かに知られてはならん。必ず殺すのだ。」
「くっくっく、この出血ではそう遠くには行ってはいまい、すぐにでも追っ手を出すのだな。私はあまり表舞台には出れぬ。」
「誰かっ!誰かあるかっ!」
部屋の扉が開き、執事が入ってくる。金色のローブは闇に消え、その姿は見えない。
「曲者だ、決して逃してはならぬ。追っ手を出して殺せ。」
「はっ、仰せの通りにします。」
執事が慌てて出て行く。しばらくして屋敷が騒がしくなる、鎧がガチャガチャ音を立て、幾人もの足音が遠ざかる。男は暗い部屋で椅子に座ったまま、これからの期待と不安に震えていた。
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「アイゼンの旦那、外で面白いものを拾ってきましたよ。」
「私のことは放っておいてくれ、そう言ったはずだが・・・。」
「つれないこと言うなよ、俺っちと旦那の仲じゃないですか。文句はこれを見てからにして下さいよ。」
小男が引きずる様に持ってきたのは全身血みどろの男、血でよく分からないが地味で目立たない格好をしている。その男に見覚えがある気がしたアイゼンマウアーが顔の血を拭い、顔を確かめた。
「シュミットか、陛下が影として使っていたのは知っていたが、これはどうしたことだ?」
「よく分からんが裏路地で倒れていた。そこら辺に柄の悪い奴等がうろうろしていたんで確保してきた。」
しゃがみ込んだアイゼンマウアーはシュミットの負傷具合を確かめる。傷の場所が多いので傷毎に小治癒の魔法を使う。それを眺めていた小男が口を挟んだ。
「もっと強い魔法でどんと治せないんですかね?」
「止めておいた方がいいな、剣による打撲や骨折も見られる。内蔵にも損傷があるかもしれん。とりあえず止血を優先する。」
「こいつ助かりますかね?」
「分からん、体力次第としか言えんな。それより追っ手はどこの者か分かるか?」
「そりゃあ簡単だ、こいつが逃げてきた方角にあるのは大臣の屋敷で、武装した兵を出せる奴なんぞそうはいない。答えはおのずと出てくるものさ。」
「きな臭いな・・・おっ!」
横になっているシュミットが身動ぎをした。アイゼンマウアーがその上半身を押さえる。
「おい無理をするな、死にたいのか!」
「こ・・ここは?」
「俺の隠れ家だ。安心しろ、誰にも見つからんはずだ。」
「ア、アイゼン、マウアーか・・・探して・いる・・・時は見つからない・・皮肉なもの・・だ。」
「あまりしゃべるな。」
「うぐっ!頼む・・陛下をお守り・・くれ・・・・が謀反・・・・・いる・・・」
口から血を吐き出しながらそれだけ言い終えると、シュミットは気を失った。生死を確かめる為に首に手を当てる。
「まだ死んではいない、このままではそのうち死ぬことには変わりない、すぐに医者を手配してくれ。」
「いいんですか?それで旦那はどうするので?」
「一方的な約束とはいえ果たさねばならない。」
「旦那を放りだした城の連中のことなんか捨て置いても、誰も文句言わんぜ。」
「たとえ放逐されようと、漢は一度仕えた者を悪くは言わぬものだ。それに放り出されたのではない、私がけじめをつけたのだ。」
「そうですかい、損な性分だ。じゃあ医者を呼んできますが、連れてくるまでに死なせないで下さいよ。」
小男が足音を立てることなく消える。アイゼンマウアーはシュミットに手を当て、その命が消えぬように治癒の魔法を唱え続ける。
(そうか、私を探していたのか。まあこんなことでもなければ、あいつが隠した痕跡は見つかるまい。運がいいのか悪いのか、分からんものだな。しかし、大臣が謀反だと・・・うまく立ち回らねば国が滅びかねん。)