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File21 なぜ生き物を殺してはいけないか

またまた難しい禅問答を持ち出してしまった。仏教では無用の殺生をしてはならないと教えている。でもなぜ無用の殺生をしてはいけないのか、きちんとした説明を受けた人はいるだろうか。命はかけがえのないものだから。これは説明になっているようでなっていない。もっと科学的に根拠を示してほしい。それでは本題に入ろう。

物理学の基本法則の一つに「エントロピー増大の法則」というのがある。もともとはクラウジウスという人が提唱した理論で、熱量における不可逆性のことを言っている。熱いコーヒーは必ず冷める。それは新たにエネルギーを加えない限り二度と熱くはならない。要するに元に戻せない、これを不可逆性という。

この理論が拡大解釈されて、今日の宇宙物理学においてエントロピー増大の法則として応用されている。すなわちどんなに熱く燃え盛る星々もいつかは燃え尽きて、冷えて、雲散霧消していく。別の言い方をすれば、形あるものはいつか壊れる、秩序あるものは放っておくと少しずつ無秩序へと向かってゆく、これをエントロピー(秩序の乱れあるいは無秩序)が増大するという。

もう少し身近な例を示そう。あなたが自分の部屋を全く片付けもせずに1ヵ月の間放っておいたとすると、部屋の中は言いようもなく乱雑に無秩序な世界となるであろう。これを食い止めるためにはエネルギーを加えなければならない。つまりあなたが額に汗して部屋の中を片付ければ、部屋は元通り秩序ある状態に戻る。

エントロピー増大の法則では、エネルギーはエントロピーを下げると言われている。つまり宇宙の秩序を維持するためには、常にエネルギーを加えなければならないということである。

生きているものと死んだものの最大の違いは、このエネルギーの有無である。生きているものは、動物であれ植物であれ、絶えず外部からエネルギーを取り入れて自らの体を維持し、子孫を残し増えてゆく。逆に死んだものはエネルギーを取り入れることなく、冷たくなり腐敗して、その形は崩れてゆく。要するに死者はエントロピーを増大させるのである。

実際、われわれ生物の体は有機化合物という物質でできている。有機化合物は水素や酸素、炭素といった原子が強固に結びつき、それが合わさってより大きなアミノ酸やタンパク質となり、われわれの体を形作っている。もし、有機化合物がなかったら、われわれの体は水素や酸素、炭素原子のレベルまで分解されて、消えてなくなってしまう。

ここまでくれば、賢い読者はもうお分かりであろう。われわれ生き物は、宇宙のエントロピーの増大を防ぐために存在しているのである。神が創造したのか、それとも自然の摂理なのか、不思議ではあるが、間違いなく生きている物は意味があるからこそ存在している。よって、それを無為に殺すことは、この宇宙に対する反逆とみなされる。だから生き物を勝手に殺してはならないのである。

では、ライオンはどうか。シマウマを殺して食べてしまうではないか。人間だって、稲を刈り取って米を食べてしまうではないか。これは宇宙に対する反逆ではないのか。そうはならない。なぜなら全体としてエントロピーは増大していないからである。シマウマの肉はライオンの血肉となり、米は人を生かすエネルギーとなる。そうやってエントロピーは保存される。これを食物連鎖という。食物連鎖は強い物が弱い物を食し、エネルギーを得るための手段である。それはエントロピーを増大させることにはならない。仏教の言葉を借りるなら、有為な殺生はしてもよいということになる。

皆さん、生きている物は大切にしましょう。

(このテーマについてさらにご興味のある方は、拙著「ある作家の死」をご参照ください)

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