37.アンジェリーヌ
直球ど真ん中コースで書いてます。
なんの変化球もありません。読みしてる人、そのまんまだよ。(笑)
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何の思慮分別も持たず、何も分かっていなかった。
若さと勢いに任せて、ただ突っ走るだけだった。
それでよいと思っていた。
何も悪いことはない、当然そう思っていた。
若くして、この国の領主となり、伯爵様と呼ばれることが当たり前で、
何も出来ないことはないと思いこんでいたのだ。
思うがままに振る舞うことが、私の特権であり、
そうでなければならないとさえ、思っていたのだ。
年を経た今になって思えば、ゆっくりと待てば良かったのだ。
何一つ焦る理由はなかったのだ。
それとなく、あの少女に近づき、丁寧に話しかけ、話を聞けば良かったのだ。
彼女が心を開き、私が心を占めるようになるまで、いろいろな手練手管を使って、
あわてないで、ゆっくりやっていけば良かったのだ。
いや、その過程を楽しんでこそ、恋と呼べたのかもしれない。
だが、若くて愚かな私は焦った。
矢も楯もたまらなかった。
欲しい。欲しい、この娘が欲しい。
それしか考えなかった。
少女の気持ちなど、何一つ考えなかったのだ。
追っ手を差し向けた私は、すぐにも少女が捕まり、
私の元へと来るものだと信じていた。
だから、見失ったと聞いたとき、激怒した。
あの狭い村の、子供一人、見つけることが出来ないのかと。
無能と罵り、盲目とあざけり、さらに追っ手を差し向けた。
しかし、虱潰しにしてみても、少女は見つからなかった。
私自らも村に乗り込んだ。
ある時は、伯爵と名乗り、大勢の軍勢でもって、村人を脅した。
少女の居場所を吐かねば、村を焼け野原にすると。
それでも、少女は現れることはなかった。
又あるときは、こっそりと単身で商人と化けて村の噂をこの耳で確認した。
ある噂は、少女は死んだと言っていた。
追っ手を逃れ、山には入り、野犬に襲われたと、
またある噂は神隠しにあったのだと。
永遠に誰の手も届かないような、神の国に行ったのだと。
ある噂は、追っ手に捕まり、山の向こうの国に連れて行かれ、奴隷にされたと言っていた。
そんなことはない、私は奴隷にしたかったのではない、そう叫びたかった。
ようやく、その頃になって、自分の本心に気がついたのだ。
ただ、一緒に話し、笑い、そばにいてくれれば、それでよい。
いや、それが唯ひとつの望みであったのだと、やっとわかったのだ。
無くしてやっと、無くしたもののすばらしさを思い知ったのだ。
無くさなければ分からないとは、なんと愚かであろうか・・・・
彼女は死んでしまった。
いや、死んでいなくても、私の手の届かない所へ行ってしまった。
もはや、証拠も何もいらなかった。
それだけで、私には十分だった。
彼女がいなければ、私には生きている意味などない。
あの微笑みがなければ、生きる価値などない。
政は家臣に任せた。
何をおこなっても、興味は湧かなかった。
毎日がむなしく過ぎ去っていく。味気のない日々。
時折聞く噂に、心を騒がせては、何もない手の中をのぞき込む日。
その中には、絶望以外何もなかった。
時間が癒してくれる、そう思った時もあった。
だが、後悔が強まることはあっても、癒されたことなどなかった。
悔悟の念だけが募る。
あの少女が生きてさえいてくれれば。
長い金髪、角度によって、色の変わる煌めく瞳。愛らしい唇。
そこから発せられる可愛らしい笑い声。
私は己の愚かさから、全てを失ってしまったのだ。
生きてさえいてくれれば、今頃、
そなたのように美しい女性となって、私のそばにいて
ほほえみかけてくれたであろうに・・・・
△ △ △
「伯爵様は、それ以来、その少女には逢われていないのですね・・」
魔来子さんの問いかけにゆっくり肯く。
「・・・もはや、我が人生に何の意味もない・・・
ただ、死という安らぎが来ることを待つだけであった・・・・
そなたを見るまでは・・・・」
「そなたを見たとき、忘れようとしていた、あの少女を思いだした。
もしかすると、神は最後の時に、そなたを寄越したのかも知れない、と。
そなたは、髪の色も瞳の色も、なにより名前が違っても、
私の記憶の中の少女と同じ印象なのだ。
その声、その微笑みが・・・・・・
甘く、辛く、苦い記憶が甦る・・・・・
閉じようとしていた心に痛みが走る・・・・
そなたに感謝せねばなるまい・・・・・・」
魔来子さんは涙を拭っている。
「伯爵様は、その少女の名前はご存じなのですか?」
ゆっくりと伯爵の唇が動く。
「後で噂で知った・・・・アンジェリーヌと・・・・・
何という、愛らしい名前であったことか・・・・・」
魔来子さんはゆっくりと肯いた。
「アンジェリーヌ・・・・その少女の名前が、アンジェリーヌ。
つまり、アンジェリーヌ・エバ・オッフェンバッフのことですね」
伯爵はわずかに肯いた。
さて、次回の予告。
どうして、魔来子さんはアンジェリーヌのことを・・・・
次回: 第7章 姉 第38話 指輪
刮目して待てっ!
(サブタイトルは変更する可能性があります。ご容赦下さい)