36.未練
なかなかひねりも何もでてきません。
淡々と話を進めていっています。
一応、因縁話なんですけどね。(笑)
伯爵を見上げて、固まっている魔来子さんのそばに僕は駆けつける。
そこで見たもの・・・・伯爵とは名ばかりの土偶。
長身、白髪、そして高貴な衣装は確かに伯爵のもの。
しかし、その肌は土気色。唇は白く、瞳はガラスのようにうつろ。
その有様はまるで死者。
「これは・・・・・いったい何だ?」
「伯爵は・・・・伯爵に何をしたのですかっ!?」
佑衣さんにナイフを突きつけられたままの、オネクターブに詰問する。
「伯爵は・・・・三年前にとっくになくなっているわ」
ゆっくりとオネクターブが話す。
まるで大したことでもないかのように。
「そ・・・・そんな馬鹿な。伯爵がしゃべるところを聞いているぞ!」
僕は叫ぶ。この城に来たときから、何度となく、伯爵の声を聞いている。
こいつ、また僕らを誑かすつもりだな。
その考えを魔来子さんの声が遮る。
「反魂の術・・・・蘇らせたのですか?伯爵を!」
魔来子さんが引きつるような声を出す。
反魂・・・まさか!死者を蘇らせるような魔術があるのか!?
そんなことが出来れば、この世界の支配者にだってなれるだろう。
死者が蘇り、彷徨い歩き、生者を襲うこの世の地獄。
そんなことになる前に、間に合わなくなる前にこいつを葬り去らねばならない。
その秘術と一緒に・・・
オネクターブは慌てて両手を広げる。
「残念ながら、いかに有能な私でも、反魂の術は無理ですわ。死者は死者のまま。この世の秩序を乱すような術は決してあり得ません」
それを聞いて僕はホッとする。
「では、あの伯爵の声は何だったのですか。まさか、こっちの世界にも録音装置や再生合成装置があるはずがありません。どうやって死んだはずの伯爵の声を作ったのですか?」
魔来子さんの問いに淡々とオネクターブが話す。
「あれは・・・・伯爵の残留思念・・・・いわば、未練ですわ。断ち切ろうとして断ち切れなかったこの世への未練の想い。その想いを使って、この土偶を仮の肉体としたという・・・
ま、私にしか思いつかないような、すんばらしい、技でございましょう?」
「なにが、すんばらしい、よ!!」
魔来子さんの怒声に、オネクターブも僕も思わず一歩後退する。
「死者の魂を、死者の想いを、どうして呼び覚ますようなことをするの!?どうして、安らかに眠らせてあげないの?未練という、哀れな想いを、どうして利用しようなんて、思いつくの!?」
魔来子さんはいつの間にか、泣き声になっていた。
伯爵の干からびたような両手を握りしめている。
「伯爵がこの世に残した未練というのは何か、知っているの?」
「知らないわよ、そんなこと。そんなことは全然重要じゃないの」
オネクターブは冷たく言い放つ。
「お家の事情ということなのよ・・・
伯爵は奥方も娶らなかった。つまり、跡継ぎもいなかったのよ。伯爵の死の直後、あたしたち家臣団は相談したの。このまま伯爵の死を公表すれば、周りから攻め込まれて、国が持たない。なんとかして、死を伏せて国を一つにする、良い方法はないかしらと・・それがこの方法だったのよ。
伯爵がこの世に残した、わずかな想いを使って、伯爵の人形を動かす・・この三年間、それは見事に隠し切ったのよ!これがすばらしい方法でなくて、一体なんなんでしょう!?」
オネクターブが熱く語る。ちょっと暑苦しいぞ、お前。
「伯爵には、伯爵の未練には三年間の牢獄なのよ・・・・。
この三年間に、あなた達は伯爵の名と声を借りて、自分たちの欲望を満足する方向にしか動いてこなかった。せめて、未練を満足するような事をしてあげることができなかったのかと思うと・・・未練の意味も分からないような人たちに出来るはずはないのだけれど、・・・なんと、哀れでしょう。伯爵様は・・・」
魔来子さんが握っていた手がゆっくりと動く。
魔来子さんの両手を握り返している。
「伯爵・・・伯爵様?」
魔来子さんが見つめる先、伯爵がわずかに動いている。
「・・・お前は、本当にあの少女に似ている。あの少女が生きていて、帰ってきてくれたようだ。私のもとに、ようやく戻ってきてくれたのかと思うと、本当に嬉しい・・・・」
伯爵の、抑揚のない低い声が話す。
よく見れば、その瞳はしっかりと魔来子さんを捕らえている。
「伯爵様の未練とは、その少女のことなのですね・・・」
魔来子さんのつぶやき。
「・・・私は若かった。わずかな供を連れて、山を越え、”村”の近くへ行ったときだ。”村”の近く、森の中でその少女を見た。まるで、天使か、妖精かと思った。それほどに美しく、また愛らしい少女であった。
・・・しかし、そこで私はとんでもない間違いを犯した。その間違いが、私を一生苦しめることになるとは思っても見なかったのだ・・・私はその少女を欲した。ただ、単に欲しいと思ったのだ。それ以上のことも、それ以外のことも何も考えずに・・・そして、供の者に、その娘を捕らえよ、と命じたのだ・・・
・・・ただ、そばに置いておきたい、そう思っただけだったのだ・・・・」
さて、次回の予告。
やっと、伯爵のホンネ、ちゅうか、よー考えたら、ロリコン伯爵!?(汗)
次回: 第7章 姉 第37話 アンジェリーヌ
刮目して待てっ!
(サブタイトルは変更する可能性があります。ご容赦下さい)