10.チカラ
佑衣さん、悪くないんだけど、だから友達いないんだよね、って話。
力は正義なのかもしれないけど、使い方が悪いだけなんだろうか。
それとも力そのものが悪いんだろうか。
・・・たぶん、永遠に答えはなし。
佑衣さんの机を取り囲んでいるのは、女生徒3人。
いかにもいじめっ子風なのはお約束か?
「いっつもお休みだから、なかなか捕まらないしね」
「たまに来ても、さっさと逃げちゃうし」
佑衣さんは相手にせず、って態度。
「だって、お話ししたくないもん」
「うっさいな!」
バンと机をたたく。
その音で、周りの生徒が驚いてこっちを見てる。
「このまま、来てよ」
相手の声に佑衣さんは立ち上がる。
「佑衣、先生、呼ぼうか?」
そう小声で言うのは、さっきの女生徒。
「いい、あたしなりの解決法で行くから」
そう佑衣さんは言い切る。
周りの生徒達が見つめる中、佑衣さんは教室を出た。
◇ ◇ ◇
「気に入らないんだよ!」
「あんた達の気に入るかどうかなんて、知ったこっちゃないわ」
相手の熱い口調に対して、佑衣さんは冷静。
「先生のお気に入りだっていい気になるんじゃないわ!」
「あんたの欲求不満のはけ口にするんじゃない」
「あたしたちのタバコ、チクったのはあんただろ!」
「吸わなきゃいいじゃない」
かみ合わない口げんかが続いてる。
体育館の裏。
まあ、”村”にもいたけど、こういうのってどうして、徒党を組むんだろう?
一人じゃ弱いから、だと思ってたんだけどなあ。こっちでも一緒かあ。
レベルは低いけど、悪意のこもった言葉は心には刃物。
これで魔力を込めていたら、相手に本当のダメージが残る。
(魔力がなくったって、言霊はきっついからなあ・・・・)
僕の心配をよそに、佑衣さんは相手の攻撃をひょいひょいかわして、ダメージを食らわないようだ。
でも、下手な鉄砲でもたくさん打っていれば、少しぐらいは当たる。
佑衣さんの心にも少しずつダメージが残っていく。
その証拠に、僕を握りしめている左手が、だんだんと汗ばんでいく。
佑衣さんのダメージは、親のことを言われたとき、魔来子さんのことを言われたとき、
そして、友達のことを言われたとき。
さすがの彼女もだんだんと冷静さを失ってくる。
「もういいかげんにしてよ。帰る」
「まだ用が済んでない。
あんたみたいなお嬢様は、ちょっと傷つけてやれば、すぐ泣いて、謝るようになるのさ。覚悟しなよ!」
そう言うと、取り出したのはナイフ。
(止めろよ、お前ら、ナイフは止めろ!)
心で叫ぶしか、僕には方法がない・・・・・・・トイレも間に合わなくなるじゃないか!
いや、トイレはいいけど、違う、漏れそうなのはよくないけど、
僕は佑衣さんの戦闘能力を身をもって知っている。
こいつらの身のこなしを見ていると、絶対にかないっこない。
そんな奴らが、凶器なんか使ったら、どういう反撃を食らうか、わかんないぞ!
お前ら自身のためだ、ナイフは捨てろ!そう叫びたかったんだ。
勝負はあっさりついた。
僕の予測どおり、本気の佑衣さんにはかなうはずはなかった。
一人ははね飛ばされて目を回していた。
もう一人は、腹に膝を食らって、胃の内容を大地に戻していた。
そして最後の一人は、手首をねじり上げられて、持っていたナイフを簡単に奪われていた。
「どお、ナイフを突きつけられる気分は?」
いいはずがない。
佑衣さんは左手で相手の頭を押さえつけて、ナイフを相手の目の前、数センチというところに突き付けている。
相手の視界には、ナイフしか見えないだろう。
「やめて、やめてぇ!」
「下手に動くと、眼球が傷ついて、失明するわよ」
佑衣さんの冷静な声に、かえって相手は恐怖に駆られたようだ。
「わかったから、なんでも聞くから、だから助けて!」
涙と冷や汗を流している。
「もうあたしにちょっかい出さない、あたしの周りにも出てこない、友達にも手を出さない、
もしだしたら・・・」
佑衣さんの右手がゆっくりと動いた。
「ひ、ヒィ!」
真ん丸に開かれた、目のほんの数ミリ手前で切っ先は止まった。
佑衣さんが左手を離すと、相手はぺたんと地面に座り込んだ。
地面にはじわりと液体が広がっていく。恐怖のあまり、漏らしてしまったようだ。
佑衣さんは持っていたナイフを投げ捨てる。
「うちのメイドさんが教えてくれたんだよね。
二度とちょっかい出させなくする一番いい方法は、相手に恐怖心を植え付けることだって」
鞄を拾い上げると、立ち去る。
騒ぎを聞きつけたのだろう、何人かの女生徒が遠巻きで見ていた。
その中には、昼間、佑衣さんとしゃべっていた、あの女生徒もいた。
しかし、佑衣さんが近づくと、彼女は数歩、後ろに下がった。
瞳にあるのは、恐怖の色。
それを見ると、佑衣さんは何も言わず、足早で離れた。
誰にも顔を見られないように、少し伏せて、前髪で隠しながら。
でも、左手の僕のアングルからは丸見え。
「う・・・・・・うく・・・・・」
小さな嗚咽を漏らしながら、佑衣さんは小走りしていた。
僕を持った左手で、時折、目をこすりながら。
僕にも彼女の温かい液体がふりかかっていた。