第七話 四月二十六日
光の中。
まどろみに沈んだ瞳が初めに認識したものは、朗々たる光輝であった。
覚醒し切れていない脳。俺は羽毛のベットから起き上がった。
頭が痛いし、なぜか口の中が、淫靡で淫猥に甘ったるい。
時計を見るとちょうど七時。遅刻かなと思ったが今日は土曜日。それは杞憂に終わる。
いつもの癖で洗顔しにトイレへと向かう。その途中で何だか変な違和感を感じたが、気にしないことにする。
それがそもそもの間違いだった。
ここが鴇織姫の自宅で近状がいかに手遅れなのかに気付いたのは、洗顔が終わりリビングに到着した折だった。
「おはよう、クーちゃん」キッチンから顔を出した鴇織姫は悪戯っぽく言った。「昨日はよく眠れた?」
「いや、なんか頭の調子がおかしいけど」一旦息を吐く。「おおむね上々だ」
なんてことないようにソファーに座る。
と。
ひっかかる。何かがひっかかる。
「……ソファー?」
ソファーに。
座る?
俺の家に。
ソファーなんてものがあったか?
純和風の日本家屋に、ソファーなんていう西洋かぶれの代物がはたしてあるか?
周りの景色も変だ。それにさっきの声。聞くだけで神経がおかしくなるような、誘惑的で眩惑的で蠱惑的な美声。
ああ。
そういうことね。
って。
「うわわわわわわわわ! おかしいおかしい、明らかにおかしいぞ! 不可解、圧倒的に不可解だ! 俺の家にソファーなんてない――ないけど、ならなんである? いや、それ以前にここはどこだって話で、そもそもここは一体どこ? ここはどこでどこはここで、はたしてここはどこのここでどこはここのどこなんだよ?」矢継ぎ早に言葉をたくし上げる。「一体全体――どこなんだよ?」
「私の家だけど……どうしたの? そんなに取り乱して?」
鴇織姫は小首をかしげて眉をひそめる。
鴇織姫?
ときおりひめ?
トキオリヒメ?
「鴇織姫ときおりひめトキオリヒメ! なな、なんであんたが俺の家にいる? 不法侵入か! さてはあんたがストーカーだな! 分かる。俺には分かるぞ。俺には手に取るように分かる! 分かってしまって分かっていて分かったようで分からなくはないようで分かり過ぎた俺には分かっているようだぞ! ――今すぐ警察に突き出してやる!」
当惑気味に鴇織姫は呟いた。「……クーちゃん?」エプロン姿で俺に近寄る。そのまま俺の額に手を置いた。「熱は……ないよね。本当にどうしたの?」
心配そうな口ぶり。鴇織姫は上目使いに俺を覗く。「うーん。もう少し寝た方がいいかも。昨日ははめを外し過ぎたかなあ。ごめんね。夢中になってさあ、体がいうこと利かなくて」
そう言って鴇織姫は背伸びをし、俺にフレンチキスをした。「……っうん、はんっ。変なこと言ってないで、朝ご飯にしようよ」
「……そうだな」
力を失った体はがくりと崩れ落ちた。肉体と精神とが致命的に乖離している。俺という人間が二人いるような気分だ。
天衣無縫に鼻歌を歌いながらキッチンへと去っていく鴇織姫の後ろ姿を見て、状況を把握する。
「ああ。そういうことね」
もう一度肩を落とした。
いまさらながらキスの感覚がよみがえって、慌てて唇を押さえた。
○○○
朝餉の膳もこれまた豪華だった。疲弊した体に喝を与える匂い。
俺の向かい側に座り、鴇織姫は箸を動かす。時折俺の方を見ては、嬉しそうに目を細め食事を続行する。
全てを理解した俺は、黙々と振る舞われた膳を食す。もはやこの状況に慣れてしまった自分が恨めしい。少なくとも、鴇織姫と朝飯を共有することを疑問に思わないくらいに。きっと頭が麻痺して、正常な判断を下せないんだろう。
名伽曰く、「人は慣れる生き物」
だそうだ。
この警句を拝聴した時はそう思ったが、今は。
たった二日で慣れるもんなのか?
という思いが強い。これも流されるままに生きてきた俺の性質なのだろう。
「どう?」鴇織姫は亜麻色の髪を不安げに揺らし、「おいしいかな?」と質問した。
俺は首肯して、食べ物を咀嚼し水を嚥下する。
「そっか。口に合ってよかった」鴇織姫はほっと胸をなで下ろした。「洋食を作るの初めてだから、不安で不安で」
「昨日の夕食は和食だったな」俺は詠嘆交じりに言った。「和食も洋食もすごくおいしい。何か秘訣でもあるのか?」
「愛だよ愛。クーちゃんへの献身的な愛かな。けど一応隠し味はあるよ」
「……なんだよ?」
「秘密。言ったら隠し味じゃないよ」
隠すから隠し味なんだよ、クーちゃん。
鴇織姫はそう言って、崩したハンバーグを箸でつまんだ。そのまま俺の口もとに持っていく。「あーん」
反射的に口を閉ざす。
「クーちゃん、あーん」
「…………」
箸に手を添える手が少し震えているのが分かる。艶やかな口唇が歪み、瞳がすっと細められる。表情が消え、感情が欠如したような様相。
時間が停止したような感覚。
空間が静止したような感覚。
メキメキって。
何かが。
壊れる音がする。
「ああ、もうっ! 口開けてよぉ! こうなったらクーちゃんの口を無理やりこじ開けて、私の舌を強引にねじ込んで、クーちゃんの舌を噛んで吸って口の中を余すところなく蹂躙して、クーちゃんの服を脱がせて体をまさぐって私の体を覚えさせて、とことん犯しつくして私の体なしには生きられない体にするんだからねっ!」
鴇織姫は椅子から立ち上がり、ずんずんと俺のすぐ横の椅子に座りなおした。俺の太ももに手を置き、体を傾ける。
「あーんくらいさせてくれたっていいじゃん! 別に減るもんじゃないし、あーんは恋人同士の軽いスキンシップなんだよ? お互いに餌を与え合うっていう関係はね、相手抜きでは生きていけないっていう深い結びつきを表してるんだよ。まさに私達じゃん! 私、クーちゃんなしで生きていけないもん! クーちゃんが死んだら私後を追って死ぬし、クーちゃんだってそうでしょう? だって私達恋人なんだもん!」
鴇織姫に無理やり口を開けられる。口の端にハンバーグの欠片を残した鴇織姫の顔が近付く。
俺の口の中に異物が侵入する。それはハンバーグと鴇織姫の舌だった。
鴇織姫は椅子から中腰で立ち上がり、俺に唾液を注いだ。ハンバーグはすでに細かくなっていた。
舌と舌が熱烈に絡み合い、くちゅくちゅと淫らな水音が木霊する。
「っぷは、や、やばいかも。これ中毒性がある。昨日あんなにしたのに、足りない。足りない足りない足りない! 愛が足りないよぉ! こんな私を許してよぉ! どうしようもないよぉ! だって念願の……念願の……キスだもん。こんなんで足りるわけないじゃん! 何年も前からずっと待ち焦がれてたもん! こうすること。クーちゃんとこういう関係になること。毎日クーちゃんの愛を求めてもいい関係になること。私の夢だったもん!」
止まらない留まらない停まらない。
感情のおもむくままに俺との愛を望む鴇織姫。一心不乱に俺とつながることを切望する。
「好きになっていいんだよね? 愛していいんだよね? 欲してもいいんだよね? じゃあクーちゃんは私だけのもの。……私だけのもの! 決定したから。もう渡さない。もう誰にも渡さないから。クーちゃんを他のクズ女になんか渡さないんだからっ! だってクーちゃんの恋人は私だけ! クーちゃんに触れていいのも私だけ! こうやってキスしていいのもセックスしていいのも私だけ! 私だけなんだもん!」
ディープキスを再開する。唾液がしたたっても鴇織姫は気にする様子はない。俺との口づけを続ける。
無限のように長い時間。
俺は。
「鴇」
鴇織姫を突き飛ばした。鴇織姫は尻もちをついて、茫然とした表情を作る。
「なぜか昨日の夜の記憶がないんだ。変な話だよな? 何かが間違ってるよな?」
答えない。虚ろな目で千鳥足を踏むだけである。
「そしてその《何か》。あんたが原因だろ? あんたが俺に《何か》をしたんだろ?」
答えない。乱れた髪を整える素振りもなく、亡霊のように俺のもとに向かう。
「正直考えたくもないが、あんた――俺と《した》だろ? ベットに鮮血が散ってたぜ?」俺は意味もなく悲しくなる。これからのことをあまり言いたくない。「あんたは確信犯だ。確信的に俺を誘い、確信的に俺を襲い、確信的に俺と――《した》。そうして俺との関係を強引に革新させようとした。そうだろ?」
「クーちゃん、ごめんね」幽霊みたいに俺に近づいた鴇織姫は憔悴しきった様子で言う。「だってこうするしかなかったんだもん。……我慢しろ? バカも休み休み言ってよ! そんなの無理に決まってんじゃん。手の届く位置に好きな人がいるんだよ? 好きで好きで堪らない人が近くにいるんだよ? 自然と手が出ちゃうよぉ! ……こんなのただの言い訳だけど、許してよぉ! 私のこと嫌いにならないでよぉ! そんなことされたら私死んじゃうよぉ! やだよ。嫌いにならないでよぉ、クーちゃん!」
鴇織姫は俺にもたれかかった。細くて華奢な柔らかい体。俺の胸にうずめて喘いでいる。
この瞬間、俺はあまりにも分かり切ったことを悟った。
鴇織姫は俺を愛している。
それは致命的に迂曲して湾曲して歪曲しているだけで、愛や恋という感情と遜色ない。例えストーカー行為に走ろうが、レイプまがいなことをしようが。
ただ自分を表現する術をよく知らないだけで。
純粋すぎるが故に。
純真すぎるが故に。
純情すぎるが故に。
ベクトルが間違った方向に進んでしまっただけなのだ。
そんなバカみたいに愚直な奴を。
そんなアホみたいに廉直な奴を。
嫌いになれるわけ。
ない。
「俺に……見せる、な、よ。そそ、そんな弱いところ……見せるな、よ。守りたく……なな、なるだろ」
俺は鴇織姫の背中に手を回し、少しだけ。
少しだけ抱きしめる。
同時に俺は、紀一郎おじさんの厚い胸板を思い出す。よく俺が泣きじゃくっていた時、こうやって抱きしめてくれたものだった。
鴇織姫の体が一瞬硬直したが、すぐに俺を抱きしめ返してくれた。
「クーちゃん。私のこと嫌いにならない? 好きになってくれる?」
縋りつくように問う。目に涙をためて、心細そうに俺を見る。
だから。
そんな目で。
俺を見るな。
重なる。
幼かった俺に――重なる。
弱かった俺に――重なる。
脆かった俺に――重なる。
どうしようもなくなる。
「……これからについてゆっくり話し合おう」
それだけ言うのが精一杯だった。
○○○
時刻は十一時。食器はとうに片付けられていて、台は布巾で綺麗に拭かれてあった。
庭の窓からは春風駘蕩たる眺望。石垣の塀の奥には芙蓉の峰を思わせる秀峰が群をなしている。
リビングには向かい合ってソファーに座る俺と鴇織姫。流れる雰囲気はどこかよどんでいて、停滞している風である。
「まず明らかにすべきは」開口一番、俺は啖呵を切るように言う。「昨夜のことだ。俺が気を失っている間、あんたはどこまでしたんだ?」
鴇織姫は俯き加減に言った。「さ、最後……まで、かな……?」一呼吸おいて、「正直、私も……お、覚えてない。けど……」
「けど?」
「いつの間にか、あ、頭が真っ白になってて、い、いっぱい……してた」
口の中で反復してみる。
いっぱいしてた?
いっぱいシテタ?
イッパイシテタ?
俺は頭を抱えた。これはマジでヤバイ、手の施しようがない。
幻のように実感のない昨夜を思いだそうとしても、深いもやがかかっていてこれ以上進めない。ただ鴇織姫の喘ぎ声と嬌声が、壊れたカセットテープみたいに延々と続くだけだ。
綿で首を絞められているような感覚。避妊をしていないことが何より焦燥感を募らせる。
外れてほしい一心で問いただす。「本当に、さ、最後まで……したのか?」こんなことを訊く自分が情けなくなる。
しかし運命とは残酷にできているもので、思い通りにならないのが世の常である。
案の定、鴇織姫は俺を突き放すようなことをさらりと言ってのけた。「うん。途中でクーちゃんが気絶したことに気付かないで、その……ずっと」
その時の回想をしたのか、鴇織姫はぼんやりとした眼差しで俺を見つめる。
紅潮した頬。
綺麗過ぎる碧眼。
色素の薄い茶髪。
柳眉な肢体。
パーツは驚くほど整っているのに、中身の方は驚くほど脆いし弱い。精神も俺の言動一つで錯乱するほど情緒不安定だ。
俺の存在は鴇織姫にとって大き過ぎる。
俺は悶々と押し黙った。
穴があくほど見つめられて、俺は罪悪感と恐怖で何もできなくて、鴇織姫の心配すら出来ないほど追いつめられていて、時間は無意味に過ぎていって、打つ手は全くの皆無で、どうすることもできなくて。
「いいじゃん」
鴇織姫は小さい声で呟く。それが静かな波紋を描いて、波のうねりを大きくする。
「別にセックスくらいいいじゃん。だって私がしたいもん。それでいいじゃん」
「……いいわけないだろ。そんなの絶対ダメだ。そもそも俺達未成年だろ。俺が下手なことをしたばっかりに女の子を苦しめたりしたら……そんなことは最低な奴のすることだ。いくら相手から誘ってきても――こればっかりは無条件でダメだ。高校生で十字架を背負う必要はないんだぞ」
「ダメじゃないよ。別にいいもん。クーちゃんさえいればそれでいいもん。十字架を背負うかわりに私のことを愛してくれるんでしょう? クーちゃんは優しいから枷を背負った私を絶対に見捨てないもん。なら喜んで私は背負うよ。そうすればクーちゃんは私のことを仕方なくでもいいから愛してくれるもん」
「……人生を台無しにするかもしれない。それでもか?」
「……台無し? クーちゃんのいない人生なんてありえないよ。だって決めたもん。私の人生をこの人に捧げるって決めたもん。好きだからどうしようもないよ。クーちゃんは私だけを見てくれればそれで満足だもん」
きっぱりと言い放った鴇織姫の瞳に濁りはない。
「クーちゃんの子供なら産んでもいい。そうすれば私だけを想ってくれる。私を第一に考えてくれる。私にだけ愛を与えてくれる。私はそんな人生が欲しいの」
逆浪。風向きが怪しくなるのを感じる。
だから。
駄弁を弄することにする。
「ははははははははっ!」
俺は悟った。
悟ったぞ。
これ以上の議論は不毛だ。もうこの女に常識を求める方が愚かなのだ。ちっぽけな常識なんて、強大な非常識の前ではただの紙くずだ。
狂い始めて。
狂い続けて。
狂い終わって。
狂い余って。
やっぱり狂ってる。
鴇織姫は、常軌を逸脱するほどに狂っているのだ。
話し合いに突破口が見当たらない今、俺に出来ることはこの話を終わらせることだけだ。
「やめよう。あんたの言い分は分かった。――でだ。これから何をするか? ストーカーの件もあることだしな。異論は?」
突然の方向転換に困惑するも、首を横に振る。了承の意だ。
ただ沈んだ口調で言う。「……うん。けど、大丈夫だよね? もしクーちゃんにもしものことがあったら私……」
何かが間違っていると自覚しつつも、俺は答える。「安心しろよ。二人で協力すればどうにかなるさ」
「だよね」不安が和らいだのか、先ほど注いだミネラルウォーターに手を伸ばした。「私とクーちゃんの無敵コンビだもん。平気だよね」
「一刻も早く捕まえるぞ」俺は電話口から聞こえる低い声を思い出す。「あれはヤバイ。直感だけど、あの男は間違いなく狂ってる。あんたのストーカーは頭のネジが何本もぶっ飛んでるサイコパスだろうよ」
勿論。
あんたも。
狂ってるけどな。
まあ、それをどこかで許容している俺も狂ってるかもしれねーけど。
「とはいえ」仕切り直すつもりで口を開く「問題は誰がストーカーなのかを特定するかだ。ストーカー側には俺達の行動が筒抜けである可能性が高いがその反面、俺達がストーカーの挙動を知る術はない。これは極めて危険だ」
「警察に通報したら?」
「ああ、俺もそれが最善だと思うけど……ストーカーってのは罪が立証しずらい犯罪の一つなんだ。仮に捕まったとしても、金をつめば投獄は免れるし、投獄されたところで数年で釈放される。何よりあの手のタイプは警察に逮捕されたところで再犯――つまりあんたをストーキングし続けると思うぜ。自分だけに通じる論理が形成されている。常識っていう物差しはとっくに焼き切れてるのさ」
勿論。
あんたも。
焼き切れてるけどな。
まあ、それはこれまでの体験で分かり切ったことだけど。
「そ、そうなんだ……。ストーカーって怖いね」
戦々恐々と体を震わせる。ストーカーが怖い? 俺をおちょくっているのか?
否。
鴇織姫は本気でストーカーは怖いものだと思っている。
ストーカーなんて異常者がすることだと思ってる。
そして、自分は正常者であると思ってる。
鴇織姫はちぐはぐなパッチワークみたいな人間だ。常識と非常識のバランスが取れていない。むしろ、常識の穴を非常識で埋めているような、どうしようもない異常者なのだ。
何かが欠けていて。
何かが病んでいて。
何かが歪んでいて。
俺への依存率が高くなって。
全てが俺で、俺が全てで。
世界を凍鶴楔そのものであると錯覚して。
凍鶴楔が世界そのものであると錯覚して。
これは俺のうぬぼれなのだろうか?
単に鴇織姫の心に楔を打ちこんだだけなのだろうか?
「……助けて。クーちゃん助けて。お願いお願いお願い……」
鴇織姫はまるで、正常者が助けを乞うような口ぶりで言う。
「ストーカーは俺達を知っていて、俺達はストーカーを知らない。てがかりが欲しいところだな」
「……てがかり?」鴇織姫はハッとしたような様子で言った。「てがかりなら――あるよ」
「……本当か?」
「私がクーちゃんに嘘つくわけないじゃん」
鴇織姫はスカートのポケットから一枚の写真を取り出した。
「これ、なんだと思う?」
鴇織姫が掲げてみせたそれは。
鴇織姫の。
写真だった。
「なんていわれても……あんたの写真だろ?」やや言って、俺はかぶりをふる。確かにそうだが、これには何か意味があるはずだ。「……ひょっとしてストーカーのか?」
「御名答。……と言っても、そう決まったわけじゃないんだけどね」鴇織姫は片目をつぶって、先を綴った。「この写真には秘密があってね、もしかしたらストーカーの身元が分かるかもしれない」
鴇織姫はその写真の詳細について、滔々と語った。
対する俺はその話に刮目し、瞠目し、瞑目する。
「――っていうわけ」
「なるほど」俺は閉じた目を開けた。「うまく立ち回れば、どうにかなるかもしれないな」
「それでね、クーちゃん。私にちょっとした作戦があるの」
それを聞いて思ったことは、危険が大き過ぎるということだった。それは博打打ちに限りなく近い。ハイリスクハイリターンだ。
「確かに良策といえば良策だが――それでいいのか? うまくいくかどうかフィフティフィフティだぞ?」
「そうだけど……私達にできることはこれくらいしかないよ。私もう終わらせたいの。これ以上、無粋なストーカーに邪魔されたくない。ねえ、お願い。一生のお願いだから」
俺は散々思案し、頭の中で必死にアイデアを練る。
「……分かった。あんたの言う通りにしよう。よし、俺は明日学校を休むことにする。潜入捜査と洒落込もうじゃないか」