第五話 四月二十五日
四月二十五日。金曜日。
もう我慢の限界だ。
私の中の箍は決壊寸前だった。
今にも■■■の対する思いが漏れそうで。溢れだしそうで。
君が欲しい。
それに■■■に馴れ馴れしい奴の出現も、私に焦燥感を与えていた。
私の■■■に話しかけたときは、固く拳を握りしめ歯を食いしばったものだ。さすがに衆人観衆の前では、手も出し辛い。私がやあやあ言われても別にかまわない。しかし、それによって■■■の生活に支障でも起こしたら目も当てられない。
私はあくまで■■■の傍にいる守護霊のような役割を背負っていた。そう自らに課せたからだ。でなければ、今にも■■■を壊したくなる。だから今まで自分を抑えてきた。
が。
今すぐ■■■と逢って、色々な事を話したい。勿論■■■のことで知らないことなんてない。■■■のことで分からないことは、私に対する好意の度合いくらいだ。まあ、今日確認すればいいだけのことだが(当然私のことを愛しているに決まっている)。
何よりも、■■■と直接話すという行為そのものに意味がある。
肝臓一個売ってでもいい。
■■■と言葉を交わし合いたい。
電話や携帯電話という媒体はもう必要ない。私はじかに■■■と逢いたい。
今日決行しよう。
私は自らに課せた業を解き放つ。
私は。
■■■と逢う。
○○○
畑の脇の春泥は雨に混じって、暗く濁っていた。昨夜の夜に雨が降ったらしく、この葉には無数の雫が滴っていた。ここ最近雨は降っていない。木々にしてみればありがたい慈雨である。
縁側から見える光景は、巧妙な切り絵のようだった。
珍しく仕事が休みだった紀一郎おじさんは、静謐に茶を啜っていた。視力の落ちた目を細め、春らしい情景に感銘を受けている風であった。
そろそろ時間だろうと思い、ゆっくりと立ち上がった。
「もう行くのかい?」
紀一郎おじさんは残念そうに詰問した。こぉーんと、庭園の鹿威しが寂々と鳴った。風雅な余韻である。
俺は首肯すると、紀一郎おじさんは朗らかに笑った。「がんばりなさい」
と。
それだけ言って。
再び茶を飲んだ。齢を感じさせる挙動であった。
俺は白髪の混じった頭を眺め、その場を去った。
雨稜高校の制服を着用し、玄関から出る。今日は名伽は来ない。剣道部の朝連があるらしいのだ。
九十九折とうねる小道を抜ける。
空は爽快で風光明媚であった。小川は氾濫しているが、水質は鉱物のように透明でよどんでいない。水の垂れた春の七草が水面に映えていた。
○○○
学校の正門を潜りぬけ玄関口へ。靴を脱ぎ玄関箱に持っていこうとする。すると下駄箱の中から、はらりと一通の手紙が落ちた。
周りに人はいない。
それでも。
俺は辺りに用心して、その白色の便箋を回収した。なんか見覚えがあるなと思ったら、昨日俺の机にあった手紙と全く同じ代物だった。ともなれば、それが病的な瘴気を放っているような気もする。
死神の鎌を首に当てられたような感触。これが単なる恋文であると楽観視するほど、俺の神経図太くない。
瞬き一回分の逡巡を経て、俺はその手紙を読む覚悟を決めた。
俺はその怪文書を開いた。
数分後。
俺は手紙を鞄に突っこんでいた。
「ファーイト! 元気出していこう!」
陸上部の掛け声で俺は我に帰った。
○○○
手紙の内容は。
今日の放課後。屋上で逢ってくれませんか?
というものだった。
たったそれだけの文面。差出人の名前はない。ただ、差出人の目星はあらかたついている。
これは種の分かった手品なのだ。俺のアクションに必ず応える。ストーカーの宿命であり悲しい習性なのだろう。ひょっとしたらとは思っていたが、まさかこうも早く実行に移すとは。それはそれで俺の想定範囲内だ。
とはいえ。
まったくもって、朝のホームルームは生きた心地がしなかった。
右梨先生が執拗に絡んできたような気がするが、よく覚えていない。俺の頭は手紙のことで一杯だったからだ。
ホームルーム終了後。俺は窓際で頬杖をつき、南柯の夢から覚めたような表情で憂いていた。その際名伽からは、「活力がないな。さては朝一番に私と逢えなかったことが堪えたとみえる」と、軽口を叩かれた。俺は曖昧に相槌を打つと、名伽は表情をがらりと変えて俺の心配をし始めた。心意気だけ受け取っておくことにする。俺は懇切丁寧に礼を述べた。
一時間目の授業は数学だった。
二時間目の授業は日本史だった。
三時間目の授業は英語だった。
四時間目の授業は古典だった。
五時間目の授業は生物だった。
六時間目の授業は家庭課だった。
授業内容なんて一切耳に残らない。窓から見える景色をぼんやり眺めるくらいで、あっという間に授業は終わってしまう。自分が時の流れに追いついていないようだった。
振り払えない雑念や疑念。気がつけば俺は、机に突っ伏していた。
この姿を梅雨利が見たら、笑いを堪えきれない様子で安否を問うだろう。どうせ、「焼き芋サワーと炭酸入り牛乳、どっちがおいしいと思う?」といったバカげた質問でも吹っ掛けられるか、否か。どうでもいい話だ。
砂時計を反転させることなんてできやしない。
巡るましく星霜は過ぎていき、昼休みとなり。
そして。
放課後となった。
○○○
屋上の鍵は生徒内で限定すれば、俺しか持っていない。俺はこれでも部活動生で、『天体観測クラブ』の部長だ。部員は俺一人だが。
『天体観測クラブ』。それは俺が屋上を使用するための隠れ蓑で、実質何の活動もしていない。一応屋上の合鍵は貰ってはいるものの、ただの張りぼてである。それでも害はないと判断したのか、先生達は俺を黙認している。
その点を踏まえれば、礼の手紙の文面はいささか違和である。
手紙の差出人は俺と放課後、屋上で会う予定なのだ。ならば、どうやって屋上に入る?
しかし。
差出人も合鍵を持っていた。
という前提条件を前にしては、それとは別の問題が生じてくる。
逆転の発想だ。
差出人はどうやって屋上の鍵を手に入れるのか?
一つは先生に頼んで合鍵を作ってもらう。これが模範回答だが、屋上が部活場所の『天体観測クラブ』に話が通らないのが、得てして妙である。せめて報告くらいはあるはずだろう。
次いで二つ目は、俺の鍵を使って合鍵を作るというもの。しかし一度として、そういった類の相談は受けていない。
昨日自室の窓が人為的に破壊されていたことが、仮説に真実味を帯びさせる。
ストーカーは俺の目を盗んで鍵を持ちかえり、鍵を専門の店で複製してもらったのでは?
合鍵を作るくらいすぐ終わる。寝静まった深夜。偶然窓を閉め忘れた日を狙って、ストーカーは俺の部屋に侵入したのだろう。昨日の強引なまでの侵入は、単に気持ちが昂った故の衝動的な行動だったのだろう。事実、手紙の文は血液でなくペンだった。
俺の部屋は二回だが、屋根や塀をつたれば上れないこともない。屋上は俺と二人きりになれる絶好のポジションだ。前々からこう言ったことを画策していてもおかしくはない。
日が傾き始めた。
俺は無機質な鉄格子にもたれかかった。乾いた風が肌を引き、俺の髪を攫っていった。茜色に染まった日和見村。東西南北を山や谷で囲まれた、超がつくほどの田舎である。
何かが擦れたような音がした。それはひどく金属質で、すぐさま烈風にかき消された。
扉がゆっくり開く。
前もって鍵は施錠しておいた。それでも扉が開くということは、俺の予感が的中していることを意味する。
つまり。
扉一枚を隔てた先に。
いる。
ということだ。
「逢いたかった」
開口一番、彼女はそう言った。
栗色の繭糸のような髪。澄み切った瑠璃色の瞳。長身のすらりとした肢体。
「――あんただったのか。鴇織姫」
鴇織姫は最上級の微笑を浮かべた。頬に赤いものを含めながら。まるで、初めて私の名前を呼んでくれたね、といった具合に。
全ては俺の予定調和だった。
実は言うと、俺は昨日からストーカーの正体に勘づいていた。
二日目に俺がストーカーの私物らしい財布を拾った時のことを思い出してほしい。その後俺は、高松先生に落とし物として財布を渡した。また、俺の思惑通りに学年集会の話題に上がった。
例の財布がストーカーの私物でしかも、俺の写真が入っている財布となれば回収せざるを得ない。とくれば、高松先生と財布の交渉をしなければならないわけで。
それが。
鴇織姫だった。
二日目の集会後、鴇織姫は直球に高松先生に直談判をしたのだ。普通なら何らかの小細工を弄するところだが、おそらく鴇織姫にそういう感情はなかったのかもしれない。
ストーキング行為は彼女にとって、ただの愛情表現で。
それ故に。
罪悪も逡巡も躊躇も焦燥もなく。
俺を追い求め、愛していた。
ただ。
歪み過ぎていた。
虚ろ過ぎていた。
壊れ過ぎていた。
狂い過ぎていた。
少なくとも、自分のした行為に何の疑問も持たなかったほどに。
鴇織姫は。
異常だった。
「今行くからね。待っててよ、クーちゃん」
クーちゃん?
俺との距離を縮める鴇織姫。スカートから伸びる足は細くて艶めかしい。
ああ、楔だからクーちゃんか。
俺は不覚なことに納得してしまった。
鉄格子にもたれている以上、後退は望めない。が、ここは屋上である。逃げ場なんて元々ないし、どちらにしたって鴇織姫から逃れる術は皆無だろう。
だが、この歪んで虚ろで壊れて狂ってしまった関係をリセットする。
遠回しな小細工を仕掛けたのも、全てはこのためだった。
俺との距離は約二メートル。その気になれば一気に距離を詰めることも可能だ。
「まずお礼を言うね。ありがとう。来てくれて嬉しいよ」
鴇織姫は微笑んだ。男子なら瞬時に昏倒してしまいそうなかわいらしさである。
この場合。
俺も嬉しいよ。
というべきなのだろうか?
俺は苦笑をもらした、それこそ与太だ。笑わせる。
「昨日の手紙見てくれた? 私の愛をいーぱい込めたよ」
夢見るような目つき。焦点は定まっておらず、夢遊病者のようだった。
「いきなりあんなこと書かれたら恥ずかしいよね? 私だって恥ずかしくて目が回ったもん。けど、自分に素直にならなくっちゃって思って、頑張って書いたんだよ? クーちゃん?」そう呼びかけ、鴇織姫は神妙そうに尋ねた。「私のこと好き? そうだよね。好きに決まってるよね。けど私、クーちゃんの口から直接聞きたいなあ。好きだって言われたい愛してるって言われたい欲しいって言われたい。私って我がままなのかなあ?」
クスリと。
鴇織姫は無邪気に笑んだ。
俺が沈黙を守っていると、鴇織姫はハッとしたような表情を作った。気付かなかったものに気付いた。そんな風だった。
「そうだったね。こう言うのはまず言いだしっぺからいわないとダメだよね。……私鴇織姫は凍鶴楔を愛してます。うわあ、言っちゃった! ううぅ、恥ずかしいよぉ」
前に職員室で見た綺麗過ぎる笑顔。火照った顔に手を当て、悶々としている。
目に当てた指の間。意図的に作った隙間から瞳を覗かせた鴇織姫は、嬉々として言った。
「さあ、言ったよ? 今度はクーちゃんの番だね。言って。好きだって言って。私のことを一番愛してるって言って。君以外に考えられないって言って。それともあれかなあ? やっぱり恥ずかしいよね。クーちゃんって意外とシャイボーイ? 分かった。じゃあ、私後ろ向くから背中越しに言って。これならいいでしょう? はうぅ、きき、緊張するなあ」
致命的だ。
鴇織姫は。
致命的に間違っている。
話の論点がずれていることを自覚していない。
今まで自分のしてきたことを自覚していない。
それが如何に異常なのか。
それが以下に以上なのか。
鴇織姫は何も自覚していない。
それともそういう論理自体が間違っているのか?
偏執的なストーカーを常識の秤にかけること自体が愚かなのだろうか?
静寂が流れた。
俺はクックと笑った。
これは茶番だ。
喜劇でも悲劇でも詩劇でも歌劇でもない。
ただの。
茶番だ。
不審に思ったのか、鴇織姫は振り返った。
「なに笑ってるの? 私の顔に何か付いてる?」
「…………」
「なんで黙ってるの? 何か言ってよ」
「…………」
「ねえってば。答えてよ、反応してよ、私を無視しないでよ」
「…………」
「どうして私だけ? あの女の時はあんなに楽しそうだったのに、ねえ」
「…………」
「やめて。私を拒絶しないで。私を拒否しないで。私を受け止めて。私を受け入れて」
「…………」
「いやだよ。折角話せるチャンスなのに、どうして? どうして? どうして?」
「…………」
「クーちゃん好き。好きだよ。好き好き好き! 死ぬほど好きで殺したいほど好き! ああ、愛してるよぉ! 世界中の誰よりも愛してるよぉ! 愛してるに決まってるよぉ! 君が欲しいに決まってるよぉ! 欲しい欲しい欲しい! クーちゃんの頭のてっぺんから足のつま先まで全部欲しいよぉ! 目も鼻も耳も口も髪も手も足も心も全部欲しいよぉ! だって私達恋人同士なんだよぉ! だからクーちゃんは私を好きにならないといけないし愛さないといけないし欲さないといけなんだよぉ! ならなんで? ならなんで無視するの? ねえってばぁ!」
「近付くな」
「……クーちゃん?」
俺は近寄ろうとする鴇織姫を制した。
「鴇。あんた勘違いしてないか? 訊くがあんたは俺と面識でもあるのか? そもそも俺とあんた、恋人同士か? 違うに決まってるだろ」
「……違う」
「違わないね」
俺は一蹴した。「虚構なんだよ、あんたは。ありもしない事実を捏造して、自分の都合のいいように解釈して。結局あんたは自分の構築した世界の中で生きているだけなんだ」
鴇織姫はわななと唇を震わせた。今まで信じてきたものが全て嘘だった、と宣告された幼子のように。
「俺とあんたは断じてそういう関係じゃない。それに、名伽をあの女呼ばわりするなよ。俺の友人を穢すな」
「な、なんで? なんであの女を庇うの? まま、まさか、あの女のことが……好きなの? いや。いやいやいやぁ! そんなのいやだよぉ! わわ、私だけのクーちゃんなのに……」
鴇織姫はそう言って、コンクリートの上で泣き崩れた。嗚咽を漏らし顔に手を当てている。
とたんに俺はどうしていいのか分からなくなる。
言い過ぎた。
さすがにこれは酷い言い方だったのかもしれない。存在を全否定されたんだ。これくらいの反応は当たり前なのかもしれない。
一転、俺は根強い罪悪感を感じた。鴇織姫の心に《楔》を打ち込んだかもしれない。
周章狼狽し慌てて鴇織姫の方に駆けよる。
「だ、大丈夫か?」俺は前屈みになって問うた。「悪い、俺が言い過ぎた」謝罪する。少なからず、自分の行いを悔いた。
「ふえぇ、クーちゃん?」
鴇織姫は涙目でそう言った。その声は震えていた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔が痛々しくて。
全身を凍えさせる肢体が弱々しくて。
不安一杯に俺を見る瞳が煌々しくて。
ストーカーの鴇織姫も、それ以前にか弱い女の子で。
泣き崩れる姿が幼いころの俺に重なって。
気が付いたら俺は。
「クーちゃん?」
鴇織姫の頭をなでていた。
「泣け。泣きまくれ。とことん泣いて、体の無駄な成分を絞り出すんだ」
きめ細かい金糸のような髪が、俺の指に絡みつく。
「悪かったよ、ごめんな。酷いこと言って」
鴇織姫は俺のされるがままになっていた。涙はもう止まっていて、うずくまっているだけだった。
「クーちゃんクーちゃんクーちゃん……」
まるでうわ言のように言う。語尾が定まっておらず、瞳孔は開いていた。
このまま離れようかと思ったが、その手は俺の服の裾を握っていてそれすら叶わない。
俺と鴇織姫はそのまま、一時間もの間そうしていた。
○○○
時刻は午後六時を過ぎようとしていた。
鴇織姫はむすっと立ち上がった。
瞳の焦点はしっかりしていて、足取りも不安定ではない。しかし、その手は俺の服を握ったままだ。
もう離さない。
言外にそう言っているようだった。
「クーちゃん」
鴇織姫は唇を真一文字に結んで、俺の目を見る。
「私の家に行こう」
「は?」
「だから私の家に行こうって言ってるの。今後についてじっくり話し合おう」鴇織姫はうんうんと頷いて、「うん、それがいい。それしかないよ」
なんで。
そういう帰結になる?
俺は鴇織姫をまじまじと見た。「意味が分かんねーよ。今後? 何の今後だよ?」
それを受けた鴇織姫はさも真面目そうに質問する。「クーちゃんは何人くらい子供が欲しい? 私は二人以上欲しい。クーちゃんはどう? 一姫二太郎っていうし、やっぱり初めは女の子の方がいいのかなあ? それとも男の子?」
小首を傾げ、腕を組む。しかし、不意に紅潮した。
「け、けど。だよねえ。ここ、子供をうっ、産むには、そ、その……す、するんだよねえ? ……私とクーちゃんが? ええ、しちゃうの私? ひゃっ、わ、わわ、私とクーちゃんが、ままま、交わる――の? あんなことやこんなことを……いっぱい――いっぱい……しちゃうんだ……。し、初夜は、く、暗い部屋で二人っきり――二人っきり? そうだよね私とクーちゃんだけの空間でクーちゃんの声が近くで聞けて私のためだけに口を開いてくれて艶めかしい仕草で私の全身を余すところなく触れて触れて触れて熱く火照った体を慰めてくれて私を愛してくれて……。そうやって、わ、私とクーちゃんで……す、するのかなあ? 空想の世界じゃなくてリアルで? うわぁ、わ、私幸せすぎて死んじゃうよお」
体を身悶えして、空想に陶酔する。鴇織姫は熟れた林檎のように頬を真っ赤にして――
ちらりと。
ちらりと俺を見た。
「うわわわわわぁ、私はどうしたらいいの? ここはどこ? 私は誰? や、やだ、頭がうまく回らない。いや、待って。考えてみれば私。クーちゃんと初めて面と向かって話してるよね。そうだよそうだよそうだよ! クーちゃん!」
鴇織姫は俺に踊りかかった。「だぁーいすき! もう考えられない。脳が正常に機能しない。欲しい。クーちゃんの全てが欲しいよぉ! 私の全てになってよぉ! 私がクーちゃんの全てになるからぁ!」
「だっ、抱きつくな!」
「やんっ、そんなに……乱暴しないでよ。けけ、けど。も、もちろんクーちゃんがそういう性癖で女性に暴行を加えて快感を覚えるような変態性欲の塊でも私はクーちゃんを愛しますそのくらいで私がクーちゃんを見捨てるわけないもん分かった私の体好きにしていいよめちゃくちゃにしていいよ殴ってもいいよ蹴ってもいいよ骨を折ってもいいよ痛めつけてもいいから蹂躙してもいいから私を壊してもいいから私の全部をあげるからそれでクーちゃんが満足するのなら私本望だよぉそれがクーちゃんの愛なら私痛いの我慢する」
「と、鴇? あんたは何を――言ってるんだ?」
「織姫って呼んで名字じゃなくて名前で呼んでだって私達恋人だもん!」
火が入った鴇織姫はわずかな隙間なく体を密着させる。柑橘系の香り。体臭か? だとしたら、すごく。その、すごく甘い香り。神経がとろけそうになる。理性が飛ぶ。体だってすごく柔らかい。女の子ってみんな、こんな風なのか? 今にも折れそうで細いのに――熱い。だとしたら中に何が入ってるんだよ? カイロか? カイロみたいに内部で化学反応でも起こってるのか? 核分裂か? そんなバカな――
「――私の家、いこ?」