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神隠しが起こる村  作者: 密室天使
第四章 【ラブソング】
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第四十二話 ラブソングについての後日談

 川のせせらぎは懐かしさを感じるものだった。

 俺と鴇織姫は小川の河川敷にいた。

 防波堤の近くに座って、緩やかな川筋を眺める。青嵐が川岸に生える姫百合をそよがせた。

「織姫」

 そう呼びかけると、横にいる鴇織姫は驚いたように目を見開いた。その後嬉しそうに目尻をすがめる。

 照れ臭くなって、へらへらと誤魔化し笑いを浮かべる。相変わらずの軽薄な笑みだ。

「ちょっと話があるんだ」

「なーに?」

「八月にさ、二人で旅行に行かない?」

 鴇織姫はなおのこと顔を綻ばせた。

 鴇織姫が体をずらして、肩と肩がぶつかる。咫尺(しせき)の間である。

「勿論いいよ、けどどうしたの、いきなり? 私のこと名前で呼んだり、旅行に誘ったり」

「世話掛けたから、かな。単なる罪滅ぼし」俺は鴇織姫を見ないように言った。「それじゃあ、ダメ?」

 首を横に振る。視線を下に向ければ、俺の左手と鴇織姫の右手が繋がっていた。

 前髪に隠れる顔は朱が混じっていた。

「……ダメ、じゃないよ。全然ダメじゃない……。なんか、嬉しいな。クーちゃんから誘ってくれたから。いつもは私の役目だったのに。取られちゃったね」と顔を俯かせたまま喋る鴇織姫。 

 鴇織姫のいうとおりだった。なんでこんなことを言ったのか、自分でもよく分からない。

 けれど彼女に感謝してるのは本当だから。鴇織姫がいなければずっと監禁されていた。それは確然たる事実。

「ちょうどいいところがあったんだ。二泊三日、二人合わせて九千円。すごいだろ」

「……それ大丈夫なの? 危険な香りがプンプンするんだけど」

「その辺の心配はいらない。向こうから金額を提示してきたんだ」と言った後で、俺は自嘲めいたものを浮かべる。「条件として織姫を連れて来いって言われたけど……」 

「……時々すごいよね、クーちゃんって」と称賛なのか皮肉なのか分からないことを言う。

 俺は小さく息を吐いて昼下がりの川を観賞する。

 雲間から漏れる日が水面に反射して、目が眩しい。炯然たる河流は穏やかに放浪していく。

 遠目には巍々(ぎぎ)たる大山が顔を覗かせていた。

「……新婚旅行だね」

 喜色を滲ませながら鴇織姫が呟く。

「違うな」と否定。

「うーん、そうだね。ちょっと早いかな。後十ヶ月だもんね」

 鴇織姫は情痴の限りを尽くした声で言った。「あと少しでクーちゃんと結婚できる……。堂々と日と前でいちゃついても、抱きついても、キスしても、セックスしても誰も責めない……。子供をいっぱい作って、たくさん愛し合おうね」

 苦笑いで留まる。

 鴇織姫の妄言に慣れつつある自分がいた。

 それでも止まる気配の見せない鴇織姫は熱い眼差しを送り続ける。「旅館で何しようかなあ? 当然お蒲団は一組だけだよね。夜を共にするんだよね。……それって初夜だね。どうしよう、興奮する。夫として責任とってよね、クーちゃん」

 そう言って鴇織姫は首に手を回して来た。そして俺の耳に舌を入れる。蠢動する何か。

「ひゃっ!」と声にもならない悲鳴を上げて、鴇織姫を突き放す。

 全身で呼吸する俺。残念そうに肩をすくめる鴇織姫。

「……止めなさい。お前は変態か」

「うん……。多分私、クーちゃん限定で生粋の変態になるみたい。えへへ、私めちゃくちゃセックスがしたい。最近ご無沙汰手で、クーちゃんが寝込んでる間、ずっと一人で処理してたんだよ?」

 鴇織姫は俺に掴みかかってきて、背中に手を回される。

 そのまま草むらの上で転がり合う俺と鴇織姫。

 唇を近付けようとする鴇織姫を退かせ、胸に手を置く。

 俺の胸はドキドキしっ放しで、さぞかし血行は活性化しているだろう。

 体には悪いけど。

 ふくれっ面で俺を睨む彼女はやっぱり綺麗だった。

 俺はその膨らんだ頬をつついてやることにする。


 どこかずれているような会話。

 明らかな誤謬(ごびゅう)と矛盾で湾曲されたもの。

 人間なんてそんなもの。




     ○○○




 四か月に渡って綴られた物語はこれにて終幕を迎えることとなる。

 どいつもこいつも破綻気味で、崩壊を待つだけのパズルだった。

 誰もが主役で、誰もが端役で、誰もが異常で、誰もが正常で、誰もが病んでいた。

 決まって誰かが死んで、どうでもいい奴が生き延びた。

 凍鶴楔は畢竟(ひっきょう)、他の追随を許す愚かしい男のままだった。

 鴇織姫も、名伽意味奈も、梅雨利空子も、最初から最後まで、最後から最初まで異質な存在であり続けた。

 メッセージ性も何もないこの物語。

 そしてこれからも何もない。

 それ以前に元から何もない。

 だから関係ない。


 この先は未知数。

 紡ぐも紡がぬも全くの謎。


 こうしてこの物語はあっけなく完結する。

 それでもその先を綴って、俺たちは走り続ける。

 今を生きる俺たちは平坦な道でつまずいたり、転んだりして、それでも現在を疾走する。

 独走して、並走して、暴走して、迷走して、やがては完走――する奴もいる。

 幸か不幸か。

 不幸か幸か。

 また何か、面倒なことが始まりそうな気がするぜ。





 ――Happy End!

◆キャスト



凍鶴楔(いてつるくさび)

 十七歳。男。存命。

 特技――林檎の皮むきとピッキング。あと家事

 人生観――勝っても奸軍、負けても賊軍。それが俺の人生。


鴇織姫(ときおりひめ)

 十六歳。女。存命。

 趣味――恋人の観察日記。恋人に夜這いをすること。

 座右の銘――恋に狂うということは、言葉の重複である。恋とはすでに狂気なのだ。


名伽意味奈(なとぎいみな)

 十六歳。女。故人。

 好きなこと――修業。楔との組手。

 頑張ったこと――キスの練習に楔の顔を書いた鏡を使ったこと。


梅雨利空子(つゆりそらこ)

 十六歳。女。存命。

 特技――時計を一時間見続けても飽きない。

 将来就きたい職業――科学者。


右梨祐介(みぎなしゆうすけ)

 二十七歳。男。故人。

 長所――ストーキングが上手い。達筆。

 言いたいこと――私は織姫を永遠に愛している。 


 

名伽花魁(なとぎおいらん)

 十七歳。女。故人。

 好きな人――妹。

 嫌いな人――姉。

 

梅雨利東子(つゆりとうこ)

 二十一歳。女。存命。

 趣味――骨董品収集。

 人生の教訓――行き過ぎた知識はそれ自体が不幸を呼ぶ。


 

神隠しが起こる村、これにて完結。

いかがだったでしょうか。


こんな駄作に付き合って下さった読者様には感謝の言葉がつきません。

ご購読ありがとうございます。


てか、故人が多いこの小説。

 

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