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神隠しが起こる村  作者: 密室天使
第二章 【レイク】
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第十五話 五月六日 続続

 その日の放課後。

 名伽花魁(なとぎおいらん)との一悶着の後、三棟三階で鴇織姫(ときおりひめ)と名伽花魁と共に向かったのは、第一の怪談――【天国への階段】だった。何でも死者が成仏するために駆け上がる、という(うわさ)である。

 窓からは傾きつつある夕陽。オレンジ色に染まる山林は華美である。

 名伽花魁は老朽化の進んだ階段を見て、感嘆交じりに言った。「ふぅ、ここから落とされたらひとたまりもないね」

「ふぅ、じゃありませんよ」

「こんなところから空子(そらこ)は突き落とされたのかい?」

 名伽花魁は壁にもたれかかっていた。飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を纏い、怪しい瞳が俺を覗いている。知性と狡猾がない交ぜになったかのような不可思議な眼球。さすがに落ち着いたのか、鴇織姫を襲うことはなかった。しかし虎視眈々(こしたんたん)と目を光らせ、爪を研いでいるに違いない。氷のように聡明で冷静な人間だが、かわいいものにはとにかく弱い。無表情を装ってはいるが、奈落はどこまでも深いのだ。

 どうやら名伽花魁にも情報は入っているらしい。俺は首肯した。「本人が言うには」

「それは災難」名伽花魁は茶化すように言った。

「さささ、災難っていうレベルじゃありません」俺の背中に隠れながら、鴇織姫はおずおずと言った。「全治一カ月の大怪我なんですよ?」

「確かに災難という言葉では片付けられない」猫のように笑い、視軸を少しずらす。「仇は取ってあげないとね。そうでしょう、織姫ちゃん?」

 鴇織姫は震えながら頷いた。どうやら恐怖心をまだ払拭(ふっしょく)し切れていないらしい。名伽花魁に苦手意識を感じているようだ。意外と言えば意外な構図である。

 犯行現場に犯人は姿を現す。

 推理小説によく登場するロジックだが、決して眉唾ものではないのでは? そう思い俺たちはここに来たわけだが、これと言ったものは見つからなかった。さすがに三週間も前ではさほど意味はない。仮に証拠品等があっても、犯人が回収しているはずで――望みは薄い。

 ではなぜ俺たちがここに出向いたかといえば。

「――操作がてらに七不思議を調べろ、なんて虫のいいことを言いやがって」

「私たちが七不思議を調べれば、おそらく犯人は何らかのアクションを仕掛けてくる。楽観的憶測だが、実に合理的だろう?」

「俺たちは(おとり)ってことですか? 犯人は女子生徒をつき落すやつですよ。危険極まりない」 

「案ずるな。そうさせないために私がいる」名伽花魁は見る者を不安にさせるような笑みを浮かべた。「私とて武家の娘なのだぞ。愚劣な匹夫(ひっぷ)など、片手で制してみせる」

 と。

 名伽花魁の視線は、微動だにせず鴇織姫に固定していた。本性が見え見えである。

「……しかし【天国への階段】にしても、分かったことは一つとしてない」

 それを受けた名伽花魁は、階段のすぐ横を指差した。「文献ならすぐそこにあるけど?」

 そこに目を向けると、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたドアが見えた。プレートには第二図書室と表記されている。鈍色の南京錠は固く閉ざされていた。

「この学園の変遷を綴った書物があるはずだろう?」

「そりゃ何冊かはあるでしょう、ただそのためには鍵を借りないといけない」

 第二図書室は何年も前に封鎖されている。扉にはご丁寧に錠がかけられていて、職員室で管理されている鍵がいるのだ。ただたとえ中に入ったとしても、埃の被った書物がうず高く積み上げられているだけである。汗牛充棟(かんぎゅじゅうとう)としていて、多くは古めかしい本ばかり。一応先生の許可があれば利用することはできるが、そんな生徒は皆無である。

「借りるかい?」

「借りませんよ、面倒くさい」

 ふっと笑い、名伽花魁は窓を開けた。夕焼けを纏った風が吹き抜ける。名伽花魁はそこから顔を出し、透き通った銀髪をはためかせた。「次は確か――【狐面の怪人】だったね?」

「演劇部ですか?」鴇織姫は尋ねる。

 名伽花魁は(ひるがえ)る髪の毛を押さえながら言った。「演劇部にはすでに話をつけている。何でも演劇に使った小道具は倉庫に保管してあるそうでな。もっとも演劇部の部長には随分と不審がられたが、そこら辺は私の話術が功を奏したのだ」




          ○○○




 体育館近くの倉庫。

 そこには第二の怪談――【狐面の怪人】の用具が封印されている場所だ。またそれ以外にも役目を終えた演劇関係のものが収容されている。またそれの横には体育館倉庫が隣接している。

 名伽花魁は先生から借りた鍵で錠と格闘していた。錠前には埃が積もっていて、開けるのに骨が折れそうである。

「ふむ。開かぬ」

「……この調子だと長い間開けられていないみたいですね。手伝いましょうか?」

「本当?」一旦作業を中止した名伽花魁は、淫猥な笑みを浮かべた。「もしかして私に惚れた? あっはぁん」

 鴇織姫は頬を引きつらせて、勢いよく後ずさりした。そのまま俺の腕を取り、潤んだ目で俺を見る。

 言いたいことは分かる。

 だから突っぱねることも出来ず、振り払うことも出来ず、かといってどうすることも出来ず。

 どうしようもない葛藤の末、たどり着いた結論は保留だった。いまさらになって名伽花魁の破綻的性質を矯正できるわけがない。かといって、何かと理由をつけて俺とのボディタッチを図る鴇織姫もしかりだ。一度曲がった金属板が二度と元の形に戻らないように、二人の性質は一生変質することはないだろう。

 このまま異常なるままに、異常な日常を送らざるを得ない。

「開く様子がないなら」ポケットから針金を取りだし、「ピッキングしましょうか?」と盗賊然とした表情を浮かべる俺。

 名伽花魁は忌憚(いたん)なく頷く。頬には薄い笑みが張り付いていた。

 名伽花魁という人間は利用できるものなら何でも利用する人間である。結果的にそれが《悪》であろうと、《善》であろうと関係ない。世故(せこ)に長けるともいえる。そう言う意味では反社会的ではないが、社会から爪弾きに遭うような非社会的な人間なのである。

 俺はしゃがみ、曲げた針金を南京錠に突っ込んだ。内部を掻き乱すと、小気味よい感触が針金から伝わる。鴇織姫がくっついていてやりにくかったが、割とあっさり解錠できた。右梨祐介(みぎなしゆうすけ)邸よりも手薄である。「開きました」

「君って、悪い人なんだね」ぽつりと、名伽花魁が呟いた。

「ぼやかないでください。扉を開けますよ」破壊した南京錠をポケットに入れて、門扉(もんぴ)を指差す。

「クーちゃんがやったってばれたら、結構マズイよね」

「大丈夫。さっき確認したけど、周りに人はいなかった。立地条件が一因だと思う。それにここら辺はもともと人通りが少ないからな」

「恐ろしい推理力だニョロン」

「なにがニョロンですか」俺は溜息をついた。

 先ほどから翻弄されっぱなしである。

 何が本当で何が虚偽なのか。

 何が虚偽で何が本当なのか。

 名伽花魁という人間は、その境界線がひどく不鮮明だ。

 虚々実々。

 奇々怪々。

 空々漠々。

 その相様はさながら迷路。伏魔殿。

 嘘と実が混同し、哲学的に狂った人格。

 奇と怪が混合し、理知的に堕ちた人格。

 空と漠が混在し、究極的に病んだ人格。

 出口もなければ入り口もない。抜け出すことはおろか、中に入ることすら不可能。迷路を目前に、悶々と立ち往生するしかないのである。

 名伽花魁を前にして。

 人は。

 迷うことすら出来ない。

 迷うことすら出来ないのだ。

 故に、名伽花魁の判断の準拠(じゅんきょ)は極めて単純明快。

 醜悪や、醜怪や、醜行や、醜状は。

 名伽花魁にとっては、全てがどうでも良いものにカウントされる。

 華美や、耽美や、優美や、甘美は。

 名伽花魁にとっては、全てがどうでも悪いものにカウントされる。

 俺が傍観者で、梅雨利空子(つゆりそらこ)が観察者であるとするならば。

 名伽花魁は。

 破戒者だ。

 倫理や常識。人格形成に不可欠な要素ですら打ち破った、良い意味での破戒者。

 矛盾や撞着(どうちゃく)を駆使し、殺意も、憐憫も、哀悼も、同情も、逡巡も持たずして戒めを破戒する者。あるいは、稀代(きだい)の社会不適合者。

 名伽花魁。


 倉庫の扉は今、開かれようとしていた。

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