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神隠しが起こる村  作者: 密室天使
第二章 【レイク】
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第十三話 五月六日

 それは決定的に歪んでいるだけであって、紛れもない愛情なのだと思う。

 それは決定的に歪んでいるだけであって、紛れもない憎悪なのだと思う。

 小学校を上がったばかりの私には好きな人がいた。

 妹だ。

 私は妹のことがどうしようもなく好きだった。

 同時に、小学校を上がる以前の私には嫌いな人がいた。

 姉だ。

 私は姉のことがどうしようもなく嫌いだった。

 清廉潔白(せいれんけっぱく)で誰にでも優しさを振りまける、美貌の姉。そんな姉は裏表がなく、みんなと差別なく接するのである。姉は美術を学んでいたせいか、指はすごく細くて、白魚のように綺麗だった。それでも武道となると師範代が舌を巻く実力を見せる。学業においても常に上位をキープし、まさに姉の理想像を体現したような人間である。

 だから。

 死ねばいい、と思った。無論姉にだ。姉は死んでもいい。否。死ぬべきだと思った。誰のために? 私と妹のために。

 それは劣等感ではなく、嫉妬だった。姉に対する嫉妬。対象は妹だった。

 妹が、「勉強教えて」と甘えるように姉にいいよる様は、私が不必要な存在だと証明されたようで、気分が悪かった。妹にそんな気持ちはないのだろうけど、肩と肩をそわせて勉強机に向かう二人はまるで、鴛鴦(えんおう)の契りを結んだ恋人のように見えた。その二人は血縁関係にあって、同性であることを除けば、だが。

 何でもいい。姉が妹を褒める、という事象があったとする。妹は照れくさそうに顔をほころばせ、姉は嫣然を浮かべる。その構図からして、私は許せなかった。妹の感情が私以外の他者に向かうという概念に、耐えがたい《何か》を感じた。それは幼子には表現し辛い、不燃物のようにドロドロとしたものだった。

 その時の私は小学校に進学して間もないころだった。それと表裏をなすように私は、《嫉妬》と言う感情を覚えた。そしてその《何か》とはつまり《嫉妬》であり、独占欲の発露であることを理解した。それは敵愾心(てきがいしん)でも似ていて、同時に《何か》がよどんでいた。それは私の心にうず高く堆積し、やがて一匹の獣を形作った。その獣は穢れを纏っていて、心身ともに汚れ切っていた。

 私は夜な夜な、妹の唇を奪った。妹にばれないように睡眠薬を盛っていたので、その罪状が周囲に露見することはなかった。家族はおろか、本人でさえも気付いた様子はない。私はそんなことにも気付かない姉を嘲笑し、妹を愛でた。

 それは妹にもいえることではないのか?

 私にとって妹はかけがえのない存在であったので、嘲弄の対象になることはなかった。愚鈍なのはあくまで姉であり、妹は賢明なのだと、本能的にそう理解していた。それに根本的に私が妹をけなすことはまずあり得ない。それほどまでに私は妹に傾倒していて、心の拠り所となっていた。

 性行為がしたくなれば、私は妹の蒲団に潜り込み、嵐のように荒れ狂った。嫉妬と思慕と劣情によって育まれた獣が、歓喜の咆哮を上げるのを感じた。それは狂気と呼ぶにはあまりにも清々しく、むしろ純愛と形容してもよいと思う。ただそれは私の錯覚であって、やはりその感情は狂気なのである。狂気としか表現できないような、実の妹を犯すことへの狂喜。間違った感情で構造された、間違った行為や行動であり、私はそれを無意識のうちに肯定していた。

 意識のない妹を犯すことで、ちっぽけな支配欲が満たされた。薬を服用させ、徹底的に犯す。それが私なりの屈折した愛情表現だった。屈折しているが故に、愚直だったのかもしれない。愚直だったが故に、屈折していたのかもしれない。

 否。

 私が禁断の果実に手を伸ばしたから、愚直でいて屈折していたのかもしれない。

 ただやはり、それは救いようのない錯覚なのだろう。私の思いは間違っていない。そう思いたかった。けれど――間違っていた。間違っていたけど、無視した。そして肯定した。一般的な倫理から目を逸らし、自分だけに通用する論理を作り上げたのだ。それは最初から破綻し切っていた、と言うだけであって論理には違いはなかった。

「ごめんね」

 妹の頬に手を添えて、私は口づけをする。寝室で淫らな音がする。口蓋(こうがい)を行き来する唾液。私は妹の口内を蹂躙する。小学生にしては豊満な胸をまさぐり、唾液の橋を架ける。口から甘いと息が漏れ、私の秘所が濡れる。全身が妹に欲情していて、欲しい、と呻く。私はそれに従い、開放してはならないものを開放する。それは俗に言う《本能》であり、肉欲であり、願望であった。妹を私色に染めたいという、方向性をたがえた欲求。性欲との相乗効果で、その思いは日に日に高まっていた。

 高まってしまった、といえば懺悔の言葉にでもなるのだろうか。私には分からなかった。鋭敏な姉なら分かるかもしれないが、あいにく私は姉のように賢くない。物事の表面にしか興味のない、薄っぺらい人間なのだ。欲望に素直になるくらいでしか、私にできることはなかった。

 妹の大切な純潔を破壊する。

 妹の大切な純潔を破戒する。

 悪鬼のような興奮と恍惚。一心不乱に無垢な唇を(むさぼ)る。そして愛しい体を撫で、慎重に、それでいて乱雑に、妹の服を脱がす。何のために? 犯すために。

 狂っている。

 なにからなにまで狂っている。

 実の姉に憎悪を抱き、実の妹に恋愛感情を抱いている。

 はてしなく醜い。

 あらゆるところが醜い。

 その反動だろうか。私は醜いものが極端に嫌いだった。逆を言えば、美しいものを好むようになっていた。目の前にお花畑が広がっていて、後ろには死屍累々(ししるいるい)と死体が転がっているのだとしたら、私は間違いなくお花畑に視線を固定させる。醜いものを知覚しなければ、腐り切ったこの世界は楽園にすらなることを知っているからだ。

 それが真実であろうと、虚構であろうと。

 それが虚構であろうと、真実であろうと。

 やっぱり、真実なのだと思う。

 しょせん、虚構なのだと思う。

 こんな私は狂っていて、醜い獣なのだろうか。

 獣に理性はない。あくまで本能につき従う。

 私に理性はない。あくまで本能につき従う。

 妹に近親相姦だなんて、バカげている。女である私が妹を強姦するなんて、《常識》から逸脱している。


 ――《常識》。


 そう、わたしは。

 《常識》から――




          ○○○




 五月ともなれば、日差しは(うらら)かなものに変わる。

 簡素な作りをした時計は、午前七時を指し示していた。

 俺は臥床から上体を起こした。襦袢(じゅばん)姿だが、それほど寒くはない。四月は瘋癲(ふうてん)じみた極寒だったが一転、五月になってみれば陽だまりが心地よい温度であった。

 ハンガーにかけてあるカッターシャツを掴み、袖を通す。ひんやりとした感触がして、体を犬のように震わせた。覚醒未満のままで、のそのそと階段を下りる。

 朝食は家族と摂るのが我が家の主流である。俺か紀一郎(きいちろう)おじさんが交代制で朝飯を作ることになっていて、今日の当番は俺だ。

 寝癖のついた頭をかいて、襖を開ける。

「おはよう、クーちゃん」

 と。

 エプロン姿の鴇織姫(ときおりひめ)は、快活な笑みを浮かべた。

 (うつつ)とした眠気は吹っ飛び、俺の脳髄はものすごい違和感を捉えた。けれどその違和感は後味悪く霧散した。間違い探しで間違いが見つからないような、理不尽な感覚。慣れればそれだけ感受性が鈍るということなのか。

 障子から透ける朝日。それは二人の人物を克明にしていた。

 一人は雛道紀一郎(ひなみちきいちろう)卓袱台(ちゃぶだい)の上に用意された膳をおいしそうに食している。

 もう一人は鴇織姫。畳の上に端座をついたまま、招き猫のように手招きをしている。

「ほら、クーちゃんも食べなよ」 

 瑠璃色の瞳は俺を見つめていた。鴇織姫は制服姿で、部屋の隅に鞄がある。そして卓袱台(ちゅぶだい)の料理。この匂いは鴇織姫邸で嗅いだことがある。これらの料理は間違いなく鴇織姫が調理したものだと確信する。

「なな、なんで?」

「なんでって言われても……クーちゃんを迎えに来たんだよ? 一緒に学校行きたいなって思って。それでついでだから朝ご飯作ったの」

「聞いたぞ(くさび)。まさかの大金星じゃな」と食事の手を止めたおじさんは、感慨深げに言った。まるで出来の悪かった生徒がテストで満点を取ったかのような、そんな喜びを滲ませているのである。「お前にそんな甲斐性があるとは思わなかったぞ」と言い、「こんなにかわいいお嬢さんを連れてくるとは驚きじゃ。早く孫の顔が見たいわ」とも言った。

 気が早い。

 その思ったが、口に出さないことにした。黙ってテーブルに着く。

 俺への配膳を甲斐甲斐しくしながら、鴇織姫は朗々と言う。「おじさん。孫の顔はすぐに見れると思います」

 噴き出す。

 対するおじさんは、人の良さそうな笑みを浮かべた。「おお、そうか。こんな奴じゃがよろしく頼む」(しわ)が刻まれた額は、心なしか緩んでいた。「楔、お嬢さんを幸せにしてやるのだぞ」

「私はこの人といるだけで幸せなんですよ、紀一郎さん。私も彼のために頑張ります」

「それは嬉しい限りじゃ。良い妻を(めと)って、楔も果報者じゃのう。結婚はいつするのかな、お二人は?」

「彼が十八になったらすぐにでも。ねえ、クーちゃん?」

「ねえ、じゃねえ」箸を掴み、ご飯をかきこむ。無性に気分が悪い。おじさんは完全に鴇織姫に懐柔されている。これでは二対一だ。圧倒的に分が悪い。

「そんな風に鼻であしらうでない。そんなことではお嬢さんに愛想を尽かされるぞ」

「そんなことは絶対にありません。一生涯彼を愛し続けます」

「……なんと健気でいじらしい子じゃ。健康だけが取り柄の楔にはもったいない女性だのお」としみじみとした様子で、紀一郎おじさんは呟く。おじさんはこの女の実態を知らないから、そんな暢気なことが言えるんだ。心の中でそう悪態をつくが、口には出さない。喉に魚の小骨が詰まったからだ。うまい具合に呑みこみ、危機を回避する。

「もったいないだなんて……」鴇織姫はちらりと俺を盗み見て、頬を赤らめた。「ううぅ、私嬉しいな。これでクーちゃんとの結婚は確かなものになったよね」

 鴇織姫はゆっくりとだが、俺に体を寄せた。体と体が触れ合い、茶色っけのある髪が俺の肩にかかる。

 俺はそれを無視して、黙々と食べ続ける。おじさんはそれを微笑ましげに眺めた。ひょっとして、俺達が仲睦まじく見えるのだろうか?

「後は若いものに任せて、老人は退散することにしよう」とおじさんは腰を上げて、「そして楔。お嬢さんを泣かすことだけは許さんぞ」と言って、退室する。

 どこかで聞いたことがあるなと思ったら、梅雨利空子(つゆりそらこ)も同じことを言っていたのを思い出す。

 庭から鹿威(ししおど)しの深々とした余韻。柳が幽霊のように揺れ、山奥からは野鳥の(さえず)りが甲高く聞こえた。いつも通りの朝である。

 鴇織姫を除いては。

 なんでここにいるんだ?

 という質問はあってないに等しい。問うだけ無意味であり、明らかに不毛である。

 普通との乖離。

 普段との違和。

 普遍との離反。

 俺の日常はいともたやすく喝破(かっぱ)される。

 鴇織姫の名のもとに。

 あらかた食事を終えた鴇織姫は、俺の肩に手を置いた。しな垂れるように体重を預ける。「おじさんいい人だね。ちょっと羨ましいな」

 何だか嬉しくて、箸を一旦置いた。俺は家族が褒められると嬉しくなる体質なのだ。「おじさんは俺の尊敬する人だよ」と誇らしげに言う。

「そうなんだ。私両親が――不在だから、家族愛ってのを貰ったことがなくて」と切々と語り、俺の胸に手を添える。薄手のカッターシャツから艶めかしい体温が伝わってきて、鳥肌が立った。それをごまかすように問う「あんたの母親ってどういう人なんだ?」

「バリバリのキャリアウーマン。東京でIT関係の仕事に従事してる」

「すごいんだな」と俺は感嘆を込めて言った。なんだか雲の上の人のように思えたからだ。田舎者特有の憧憬である。「どうりで数学が強いわけだ」

 全教科学年一位だけど。

「先生にもそんなこと言われた。けど、クーちゃんに褒められると、すっごく嬉しい」喜色を滲ませ、胸板に置かれた手が首元に移動するのが見える。下から俺を覗き込むような形。ちょうど俺の首でぶら下がっている風だった。

「やっぱりクーちゃんしかいないよ。私の運命の人」

 体が熱い。丸い眼球が俺を見る。やけにクリアで蒼然とした瞳。鼻筋の通った面立ち。艶やかな口唇。さらさらとした遺伝的な茶髪。陶磁器みたいな皮膚。華奢(きゃしゃ)な体。身長は百六十五センチくらいで、割と長身である。

「チューしたいな。今日一回もチューしてないよね。どうりで体がむずむずすると思った。今日の分のクーちゃん成分を補給してないからだよ。景気づけに十回。その後に深いやつを十回ね」

 その時日本家屋の襖を震わせて、当惑した声が走った。

「なにをしている?」

 俺は慌てて声のした襖の方を振り向いた。開かれた襖の先には、瞳孔を見開いた名伽意味奈(なとぎいみな)がいた。鴇織姫同様に制服姿で、背中に布に包まった竹刀を指している。

 俺は鴇織姫の手を振りほどいて、言い訳がましく言った。「ごっ、誤解だ。これは誤解だ。名伽、勘違いするな――」

「あなたが名伽さん?」

 と。

 俺の言葉を遮るようにして、鴇織姫は冷淡な態度で尋ねた。その目は完全に冷え切っていて、先ほどの俺に向けた目とは種類が違っていた。対象を人間と見ていない目だ。

「そそ、そうだ」

 名伽は俺を凝視しながら言った、否。俺の体にもたれかかる鴇織姫の体を、だ。俺の体はぎこちなく強張り、バツの悪い表情を作る。

「帰ってください。もう二度とこの家に――いや、クーちゃんに近づかないでください」

 名伽はクーちゃんが差す人物を俺だと瞬時に理解したらしい。

「ふっ、ふざけるな! なぜ私が貴様ごときに指図されなければならないのだ! それよりも貴様はなんだ? どうして凍鶴(いてづる)の家にいる?」

「その答えは単純明快です。――私がクーちゃんの恋人だからですよ。彼女が彼氏の家にいてなにかおかしいですか?」とさも当たり前のように言う。それには致命的な語弊があるのだが、訂正する勇気は俺にはない。

「おっ、おかしいもあるか! こっ、恋人? 貴様が凍鶴の恋人だと? ありえない……断じてありえない! そうだろう、凍鶴!」

 般若のような形相で、名伽は俺に問いかけた。目を釣り上げ、一心不乱に俺に詰め寄る。

 が。

「近づかないでください」

 鴇織姫が名伽の前に立ちはだかる。

 いつもの鴇織姫からは想像もつかないような、ぞっとする声。俺は三週間ほど前に送られてきた写真を思い出す。名伽の顔がマジックペンで黒く塗り潰されたやつだ。

「そこをどけ。私は凍鶴に話があるのだ」

 鴇織姫の体越しに、名伽の鋭い眼光があった。スロットルを完璧に振り切っている。ともなれば、俺や鴇織姫は間違いなく射殺(いころ)されている。

「いやです」と鴇織姫。

「貴様。()()()()()()?」業を煮やしたのか、名伽は背中の竹刀を手に取った。

 それを見た俺は堪らなくなって叫んだ。「やめろ! 頼むからやめてくれ!」

 息苦しい静寂。

 俺はゆっくりと立ち上がった。なぜか足は小刻みに震えていた。「頼むから……頼むから、そんなことをしないでくれ、名伽。人を傷つけるなよ……そうだろ? あんたはなんでも暴力で解決する人間ではなかったはずだろ? それに鴇織姫。とりあえず座ろう、なっ! 楽しくご飯を食べよう。ほら、二人とも……そうカッカするなよ」

 二人は口を噤んだ。

 ぼそりと、名伽が呟いた。「済まない。確かに君の言うとおりだな」と自嘲じみに頬を緩める。「今日は私が引くとする。なんか悪かったな。ついカッとなって」

 俺は礼を述べた。「ありがとう、助かる」

 頭が冷えたのか、名伽は神妙な面持ちで(きびす)を返した。やけに大きい音を立てて襖が閉められる。

 もしかして怒ってる?

 もしかして起ってる?

 これが梅雨利の言う何かなのだろうか。取り乱す名伽の姿が頭を離れない。あそこまで冷静さを欠く名伽を見るのは初めてだ。変な感覚が拭えない。

 それに。

 先ほどから鴇織姫の様子がおかしい。やたらめったらに静かだ。頭を下げてぶつぶつと何かを言っている。

「……鴇?」

 心配になって声をかける。恐る恐る近づいてみると、鴇織姫がなにを言っているのかが聞こえた。

 それは、「ごめんなさい」という言葉だった。

 俺の気配に気付いたのか、鴇織姫はがばっと顔を上げた。青空のように渺渺(びょうびょう)とした瞳が見える。

「クーちゃん……」

 鴇織姫は俺に抱きついてきた。「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい私を嫌いにならないで私を見捨てないで私から遠ざからないで私から離れないでごめんなさいごめんなさいごめんなさい私が悪かったから私がいけなかったからクーちゃんに迷惑をかけたから不快にさせたから何でもするからどんなことでもするから私のこと好きにしていいからそんな目をしないでよ困った顔をしないでよ苦しそうな顔をしないでよごめんなさいごめんなさいごめんなさいけど私を嫌いにだけはならないでよ私はダメダメのへなちょこ女だけどクーちゃんのことを心から愛していることは本当だから本当に大好きだからごめんなさいごめんなさいごめんなさいだから私以外の人を見てほしくないの喋ってほしくないし触ってほしくないし認識してほしくないの私以外の人間がクーちゃんの視界に入ることが嫌なのクーちゃんは私だけのものだって思ってるからクーちゃんの髪の毛一本に至るまで独占してないと気が済まないのこんな女でごめんなさいけどダメなのどうしようもないの私もうクーちゃんのこと好きすぎて堪らないのごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 目に涙を止めて、必死に懇願する。自分のことを嫌いにならないでと嘆願する。

 鴇織姫は俺に嫌われることを極端に恐れる。

 俺がほんの少し怒っただけで、著しく鴇織姫は狂う。

 それほどまでに、鴇織姫は言う存在は俺に偏っている。依存し過ぎている。これではドラッグと変わらない。ドラッグがなくなれば、正常な意識が破綻する。まさにそれだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 許容しがたい違和感。俺はそれを抱えて、漫然と佇立(ちょりつ)した。

 時計を見れば、もう登校時間だ。

 俺はそっと鴇織姫の肩に触れ、明後日の方に視線を移した。

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