第十話 ブッキングについての後日談
事態は俺の予想だにしない顛末を迎えていた。
――これも隠れ神の仕業か? 公立雨稜高校学校教師、何の前触れもなく転落死。
新聞は我先にとセンセーショナルな事件を一面に出していた。
基本的に平和な土地であるが故に、神社付近での人死は明らかに奇々怪々だ。これでは魑魅魍魎の悪行だと解釈されても仕方がない。
右梨祐介の転落死は、一応自殺と発表された。階段付近に肉筆の遺書と、本人の指紋しか付着していないペンと紙があったのが決定打となった。勿論ペンと紙を包んでおいたビニール袋は回収してあるし、着信履歴も消去している。鴇織姫は発信者が特定できない使い捨て携帯で電話していたので、こちら側の足がつくことはなかった。
自宅捜査をしても不審なものは何もなく、他殺であると立証できる証拠もないため、数日で捜査は打ち切られた。ピッキングの跡は取り糺されたが、俄然真相は闇の中だった。当然である。ピッキングはされたことは分かっても、した人間までは分からない。それに《鴇織姫コレクション》はどこかの裏山で埋没している。右梨祐介と鴇織姫との関係性は完全に断ち切ってあるので、警察の手もそこまでは届かないだろう。
思い返してみれば、全ては二つの財布から始まった。
第一に、俺の写真が入った鴇織姫の財布を俺が拾ったこと。
第二に、鴇織姫の写真が入った右梨祐介の財布を鴇織姫が拾ったこと。
高松先生が間接的とはいえ仲介役となり、事態は青天の霹靂を迎え――紛糾した。
そして、後味悪く収斂した。
鴇織姫が右梨祐介を自殺させたのも、ただ単に邪魔だから。
その一言に尽きる。
○○○
今日は火曜日である。
学校は急遽、ゴールデンウィークが開けるまで休校となった。つまり一週間に及ぶ休みである。
それをみんなは不謹慎にも僥倖と捉えてはいるが、当人の俺は複雑な気分だ。
「これで大丈夫だね。もう私達を邪魔する人はいなくなったよ」
と。
鴇織姫は。
いつものように無邪気に笑う。
どこまでが異常でどこまでが正常なのか。
どこまでが正常でどこまでが異常なのか。
そもそも異常とは何なのか。
そもそも正常とは何なのか。
鴇織姫は、凍鶴楔のために殺人すら厭わない。
右梨祐介は、鴇織姫のために自殺すら断らない。
凍鶴楔は、誰のためでもなく傍観を禁じえない。
物事に必ずしも意味が付随するとは限らない。
鴇織姫の暴走も。
右梨祐介の自殺も。
凍鶴楔の傍観も。
もしかしたら、これら全てがまったく無意味なことだったのかもしれない。
けれど。
こうして俺達に平穏が訪れた。
それは取り繕われた平穏なのかもしれないけど。
ただ。
それだけの話さ。
○○○
これは二人のストーカーと一人の傍観者が引き起こした、荒唐無稽で致命的に破綻しているエセ小説。
これは二人の異常者と一人の正常者が引き起こした、正常が異常を履き違えたようなエゴ小説。
始まりも終わりもどこか間違っていて、同時になにもかもが正しくて。
だから。
この物語はなんも前触れもなく終わる。
終わって、終わって、終わって、また終わる。
どうしようもないくらい異常で、どうしようもあるくらい異常に。
どうしようもないくらい正常で、どうしようもあるくらい正常に。
この物語は始まった時からすでに終わっている。
まあ。
あんたが運の良い人間なら。
あんたが運の悪い人間なら。
ひょっとしたら。
ひょっとしたらだぜ?
何かヤバイことがまた始まるかもしれねーなあ。
――The booking has already finished.