『謁見の白鷺姫』
大国を治める皇帝の日常は多忙を極める。 1日でこなす仕事の量は、謁見100人、相談・指示100人、決済100件——実際はそれ以上である。皇帝の執務室。多忙なはずの皇帝はこの日に限り、威厳のかけらもなく、孫娘を溺愛するただの中年男に成り下がっていた。
後宮ではまだ乳児の皇女シェルランテが失踪し、大騒ぎとなっていた。皇帝からの呼び出しを受けた皇太子リアムは、愛娘の失踪という大事件の渦中に呼び出しなど正気ではないと思ったが、皇帝の命は絶対である。
渋々父親の執務室へやってきた息子は、その光景に驚愕した。執務室の一角に乳児用の豪華な寝台が置かれ、失踪したはずの娘シェルランテが、親の心配をよそにすやすやと眠っていたのだ。驚いたリアムが大きな声を出そうとした時、父帝は指を口の前に立てて、声もなく制止した。 「拐さらったのではないぞ。自分から飛んできたのだ」 リアムは状況をすぐに理解した。過去に同じことをした、よく知る人物の記憶が蘇る。 「この寝台も、シェルランテが自分で用意したのですか?」 息子の問いに、イリアードは苦笑いしながら頷いた。
シェルランテの祖父である皇帝は、毎日でも会いに行きたかったが、息子の嫁に遠慮して春宮に出向くことができずにいた。そこで皇太子妃シルヴィアがシェルランテを伴って皇后リゼリアや貴妃セシリアの宮へ出向いた際に、偶然を装って遭遇できるよう、何度も水鏡宮と水明宮を交互に足繁く通っていたのであった。
ところがこの日、執務室で政務を行っていたところ、突如、寝台ごとシェルランテが現れたのである。イリアードはすぐさま思い出した。亡くなったルシアが赤ん坊の頃、同じように仕事中の彼の元へ瞬間移動して現れ、空中浮遊しながら「来たよ」と後頭部を小突いてきたことを。
彼にはもうひとり、娘のシンシアがいるが、彼女はイリアードが一歩近づくと一歩後退あとずさるような年頃の娘である。嫌われてはいないものの特段父親に愛情がないように感じられ、近寄りがたかった。
ルシアは違った。有り余る愛情表現をぶつけてきてくれ、その遠慮のなさが心地よかったのである。
そんな愛娘ルシアの存在が忘れられず、同じことをするシェルランテにその面影を重ね合わせてしまう衝動に駆られた。——生まれ変わりなど存在しない。そう自分に言い聞かせ、おかしな考えを持たないよう自分を制するのであった。
皇帝の執務室で乳母に授乳させるのは流石に問題であろうと、シェルの若い父親が連れて帰ろうと抱き上げた途端、シェルランテが目を覚まし、激しく泣き出した。執務室のあらゆる調度品が動き出し、フルビアント製の花瓶が大きな音を立てて激しく割れた。
リアムは驚きたじろぎ、娘をそっと再び寝台に戻した。彼は冷や汗を拭いながら父帝に謝罪し、駆けつけた宦官に割れた花瓶の片付けと、春宮の者にシェルランテがここにいる旨を伝えるよう申しつけた。
イリアードは慣れた様子で笑いながら、同時にシェルランテが「自分と一緒にここにいたいのだ」という意思表示をしたと感じ、天にも昇る幸福感に浸っていた。夜に皇后リゼリアのところまで自慢しに行こうと思ったほどであった。




