閉じ込め口
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
……ん、私が何度も振り返るのが気になったかい?
いや、入り口の明かりを確認していたのさ。ここのトンネルって真っすぐだけど長いだろう? 出口からも入り口からも満足に明かりの届かない地点を、歩かされる距離が長い。そうなると入ってきた場所のことが心配になる……まあ、小さいころのできごとのせいかな。
閉じ込められる、というのは怖い状況だと思わないかい?
これまで居た環境から切り離され、容易に戻ることができない。後戻りできないことは、生きている限り続くもので、その摂理自体は受け入れるしかないな。
しかし、作為的なもので切り離されるのは恐ろしい。何者かの都合を押し付けられ、自由を奪われた……分かりやすい上下関係のラインを敷かれたも同然。そこから抜け出したい、と思うのも無理はないかもしれない。
よし、無事に抜けることができたようだね。閉じ込められずに済んだ、と。
――ん、私のその昔の体験が、少し気になる?
そうだね。今となっては些末なことかもしれないが、人生経験の浅いころに味わったことはインパクトがでかい。
個人的な思い出話になるけど、聞いてみる?
私がはじめて閉じ込めを意識したのは、6歳くらいのときだったか。
布団に潜り込む経験、たいていの人はしたことがあるんじゃないだろうか。理由はさまざまだろうが、嫌なことがあったときなどはこうすることが多くないか?
わずかな光にも触れたくはない。そう思って、ぬくさがこもる空間に身を置きたくなる。くわえて布団は重みが増すとともに、心強さも増してくるもの。寒くなりかけの時季などは、いっそうそのありがたみを感じやすくなるだろう。
このときの私も、おおよそそれくらいの気持ちで、数分くらいしたら布団から這い出ようと考えていたよ。
ところが、いざ布団から出ようともぞもぞ動いたところで気づく。
出られない。
枕のあるほうへ頭から出ていこうと試みたのだけど、いつもならすんなり進んでいく頭がせき止められてしまう。
布団の端がきっちり縫い付けられているか、とてつもなく重い石でも乗せられているかのようだ。そして、自分の想定した通りにことが進まないというのは、子供のときほど恐ろしく感じる。
横に転がる、などという他の策をとっさに考えられず、あわてる私は愚直に直進を繰り返したよ。自分の自由を奪われる怖さを、はじめて強く実感した。
どれほどの時間が過ぎたか、分からない。
何度目かで、想像していたような抵抗がふと消えて、私は布団の外へ顔を出すことができた。そこがいつも通りの自分の部屋で安堵したよ。
部屋には誰も入ってきた形跡もない。もちろん、布団まわりに重しや妨げになりそうなものもなかった。
だとしたら、あれは何だったのだろう?
少なくともそれから、私は布団へ自分からもぐろうとすることは、二度としなくなったよ。
それだけなら、何かしらの偶然と思ったかもしれない。
けれど、更にはっきりした経験をもう一度、私はすることになる。
15歳、中学卒業を間近に控えたころだった。音楽室から教室へ帰る途中、トイレに寄った私は、ひとりで戻るかっこうになっている。
その教室があるフロアへ戻ったときだ。右手に三つほど部屋を抜けた先が私のクラスだったのだが、ふと左手へ顔をやったんだ。
私のいた学校の階段の左手は、すぐ非常口の扉になっているつくり。そこの窓からはいつも外の光が入り込んでいたんだ。
なのに、今はそれがない。今朝までは確かに差し込んでいたそれが、今は暗い闇の中へ沈んでいるんだ。
カーテンのたぐいは取り付けられていない。誰かがマジックなどで真っ黒に塗り潰したりしたのだろうか?
首をかしげながら、右手へ向き直る私。
3年近く、慣れ親しんだ校舎ゆえ、さして気を払ってはいなかった。その油断のせいで、すぐに気づくことができず、廊下を少し歩いてしまったときには、もう遅かったよ。
教室がない。
前方へ伸びる廊下の両脇には、平べったい壁が続くばかり。ドアはおろか、ところどころに配置される柱の気配さえもない。
気づいて、はたと後ろを振り返ると、自分が降りてきた階段があったあたりもまた壁になっている。ただ変わらないのが、例の非常口の存在だけだ。
試しに300歩を数えながら前へ進んでみたものの、廊下の景色にまったく変化はなし。それでいてはるか前方に本来見えるべき窓の姿もないときている。
――これは、なにかマズい気がするねえ。
振り返った。
だいぶ距離をとったはずなのに、あの暗がりに沈む非常口は遠ざかった様子が見られない。あたかも私がこの場から動いていないかのようにね。
私の判断ははやかった。すぐさま、非常口へ飛びつくとそのドアを押したんだ。重さこそあったけれど、開くこと自体はできてね。そこから出た非常階段で外の光を浴びた時には、布団から抜け出たときとよく似た安堵感を覚えたよ。
廊下へ戻ると、生徒たちの喧騒が耳を打つ。壁も元通りだ。
先ほどまでは全然なかったそれらの復活を喜びたいところだったが、私へ目を向けたみんなの顔がギョッとしたものになる。
原因はすぐにわかったよ。私の来ていた黒の学ランが、真っ白になっていたのだからね。
汚れたわけじゃない。色がすっかり抜けてしまっていたんだよ。体そのものには、なにも異状はなかったのは幸いだったけどね。
でも3度目はどうなるか分からないから。またいつ閉じ込められるんじゃないかと、こうして気にしているわけ。




