「人が死んでいるというのに呑気なことですわね」と悪役令嬢は言った。
シリーズで登場人物と冒頭文を共有する短編「悪役令嬢、かくのたまへり」第4話
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「婚約破棄」を告げられた令嬢が浮かべた不敵な笑み――それは、愚かな王子を破滅へ導く断罪の合図。
暴かれるのは愛憎劇の裏側に潜む「邪教」の陰謀と、可憐な少女の皮を剥ぎ取る悍ましき「異形の闇」。
王国最強の騎士団長という真の姿を持つ彼女が、神の聖剣で絶望を切り裂く、苛烈で爽快な異端審問ファンタジー!
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【冒頭:婚約破棄から断罪へ】
とある時代、とある王国。欧州ではなく、他のどこでもないどこか。世の数多地図になく、誰かの持つ地図にはその名を記すという。いくつかの国家に隣接する、強大ではないが弱小でもない、どちらかと云えば穏やかな国。
その妄言は、王家も参列する壮麗な舞踏会の場で吐き出された。
「私、ヴァロア王国王子クロヴィス・ド・ヴァロワは、長年交わされていた侯爵令嬢エレオノール・ド・メルクールとの婚約を破棄すると、ここに宣言する」
発言の主は、当人の述べるようこの国の王子。未だ成人はしていないが、必要な教養は取得し終え、そろそろ公務にも関わろうかという年頃。一般には聡明と見做され、穏やかな為人で見目麗しく、国民の人気も高い。婚約は王命をもって結ばれ十年の間維持されたが、今此の瞬間、他ならぬ王子自らの宣言をもって、その努力は水泡に帰される。
「エレオノール、貴様は侯爵令嬢であり私の婚約者である立場を利用し、下位の者どもを虐げ、特にこの男爵令嬢ジュリエット・バローには人とも思えぬ所業でその心身を傷つけたこと明白である。その様な者に王家の者の婚約者など務まろうはずもない。即刻その立場を剥奪し、罪に対する罰として国外追放を命ずる。王都の侯爵邸へも、領地へも寄ることは許さぬ。即刻、この国を出るがいい」
自国の王子による突然の蛮行に、参列していた貴族諸侯は、当初愕然としつつも、周囲にある者と密めいて語り合い、会場内は押して引く細波が満ちるようさざめき出す。王子は我が意を得たりとほくそ笑み、隣に佇む男爵令嬢は王子の元に身を寄せ見詰め合う。王子の周囲に侍る側近たる少年達が、貴族達の中に厳しい視線を投げ、一人の令嬢を睨み付ける。
靴音高く歩を進めるその令嬢は、誰よりも優美で気高く、不敵な笑みを浮かべていた。
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(本編へ)
公爵令嬢エレオノール・ド・メルクールは、手にしていた扇子を広げ、口元に浮かぶ嘲笑を隠す。愚かは周知。それでもここまでとは。けれどその仕草をもってしても、その瞳に浮かぶ嘲りまでは隠しきれない。
「ひとつ、お伺いしても?」
問いかけの言葉は、問いかけの形をしていても問いかけの意図がこもらない。王子の返答を待つことなく、
「いつもの取り巻きのうちのお一人、お姿が見えないようですが」
王子は訝しげに、
「話を逸らそうというのか」
「気付いてらっしゃらないのですか」
嘲りを深め、もはや軽蔑ともいえる瞳でエレオノール。
取り巻き令息の一人が、王子に耳打ちする。けれど、
「だからどうしたというのだ。その者にも都合ぐらいあろう。常に私に侍らねばならぬという法はない」
「亡くなっているとしても?」
「死んだだと。それは、痛ましいことだが、ならばこそおらぬのは当然であろう」
「殺されたのですよ、何者かに。そのこともどなたもご存じではなかったと。どなたも殿下のお耳にいれなかったと。殿下も、もっとも密に侍り雑務を熟していた者の不在に気遣いのないどころか、気付きもしなかったと。そういうことでございますわね」
気まずげに視線を彷徨わせる取り巻きたち。王子も気まずげに口を噤む。
「挙げ句の果てのこの騒ぎ。人が死んでいるというのに呑気なことですわね」
皮肉を隠そうともせずにエレオノールがさらに問う。
「ねえ、殿下。殿下は今朝ほどどこにおいででしたか」
「どこといわれて、自室にて執務をこなしていたが。私にも王領内に小さな領地を与えられ代官の人を勤めているからな」
「存じ上げておりますわ。けれど、おかしいですわね。私の元には、王都のとある教会内で貴方を見たという報告があがっております」
「馬鹿なことを。そんなことがあるはずもない。私が自室をでていないことは、多くの者が証言するだろう」
即座に断じる王子の声に、微かな揺らぎを感じ取った者がどれほどいたか。
「何を仰るのです。王家の方が、誰にも見られずに王城を抜けられる手立てを持たぬなど、誰も信じぬことでしょう。『どこからどこに』は秘中の秘であれど、その存在自体は公然の秘密。もし存在しないことが誠であれば、それこそ危機管理体制を疑いますわ」
「だとしても、第四子でしかない私には、その場所は知らされていない」
「さようでございますか。私はてっきり、『それ』があるからこそ、あの部屋を所望されたものと考えておりました」
数拍の間、その間の意味を人々は勘繰る。
「どういう意味だ」
「その教会は、ある男爵家がかねてより多額の寄付をしており、そのご令嬢が頻繁に慰問されるのだとか。ねぇ、バロー男爵令嬢」
「教会を慰問して何が悪いのですか」
急に水を向けられ、おどおどと応える男爵令嬢。王子に縋り、涙目に見詰める。
「そうだとも、ジュリエットは心優しい……」
「そこでよく密会なさっているそうですね、殿下」
戯言に耳を貸す謂れなしと言葉を遮ってエレオノール。
「その教会には地下聖堂があり、秘された祭儀がなされるとか。それはいったい、どのような秘儀なのでしょうね」
「何を言っている」
「嘘偽りのない、真実を」
嘲り以上の愉悦を込めて、エレオノールが突き付ける。
「先ほど私は『見たと報告があった』と言いました。『見た者がいたという報告』ではなく。つまり、第三者の目撃証言ではなく、私の配下が直接殿下を見たのです、その教会で」
「そんなものは見間違いだろう。王都は広く人も多い、少し私に似るくらいの者なら、探せば幾らかは見付かる。だから、何だというのだ」
それまで抑えていた感情も顕わに。苛立ち混じりの王子は声を張り上げ、拳を振るわせる。
「それはありえないのですよ。なぜなら、知らせて寄越したのは、今朝亡くなった貴方の取り巻きの一人。彼は、目立たず、貴方方に存在を認識されないよう気配を消しながら貴方の傍にずっと侍り、雑務を引き受け、貴方の動向をずっと探っていた。だからこそ、貴方のことを見間違えるはずがないのですよ」
「馬鹿な、そんなことが。いや、待て。死んだというならなぜそんな報告ができる。ならばお前が殺したのか」
言うにも事欠いてと誰かが言った。それが王家に属する王子の言葉かと多くが失望する。さすがに妄言が過ぎると。
「我が侯爵家が、王都の治安を司ることはご承知ですね。我が家は臣籍降下した先々代陛下の王弟閣下が興した公爵家のさらに分家ですが、王家の信厚く、また武に優れ、公正を重んじる気風から兵団の一部を衛士として供出しており、その中核たる騎士団は私が率いています。その意味するところ、殿下は重々ご承知のことでしょう」
「いや、だからといって」
口の中でもごもご言うだけの王子。
「だからこそ、殿下は私との婚約を望み、今は婚約破棄し侯爵領へ帰らそうとしている。そうでしょう、クロヴィス・ド。ヴァロア第四王子。あるいは、『闇の王子、堕天のリュシフェリアン』殿でしたか」
口にするのも悍ましいとエレオノールは顔を顰め、「よく恥ずかしくございませんわね」と零した。事実、その場にいる貴族たち、男性は何か心の奥に触れる物があるのか身悶えし、女性はあまりの幼稚さに失笑する。
「そ、それは周りの者が勝手に……ッ」
自分の発した言葉に目を見開く王子。
けれどエレオノールは冷徹に、
「あらあら、まぁまぁ、今さら失言を悔しがることはありませんわ。貴方の所業はすでに知られたものです。隠す意味もないものですわ」と断じる。
「何を言っている」
「何もなにも、彼が全て語ってくれましたわ」と指し示した先にいるのは、
「君は! サブレ男爵令息」
エレオノールが死んだといった王子の取り巻き令息。
「ええ、そうです。ですが、そうではありません。彼は、本来、『名のなき者』ですもの」
「名のなき……、まさか、彼は」
「ええ、そうです。彼は『王家の影』。私が陛下よりお借りして、貴方に貼り付けていた私の配下、貴方の罪を暴くために。まさか、貴方の手によって殺されてしまうとは思いも寄りませんでしたが」
死んだが死んでいない。殺された振りをして、自らの体験を報告。元々仮初めの身分だった名を捨て、『影』に戻った。ただ、それだけのこと。『影』の任務としてはありふれており、難易度としても低い。男爵令息だった彼は、細波立つほどの表情もなく、冷厳にただそこにあった。数ヶ月を共にした感慨など欠片もなく。
「そんなの嘘よ」
言葉も出せない王子の代わりに叫んだのは、可憐なはずの男爵令嬢。
「クロヴィス様を陥れるための、侯爵家の陰謀だわ。そうですわね、殿下」
愛するはずの人の声に押されてさえなお、王子の顔色は冴えない。『王家の影』、その名が重く伸し掛かる。嘘を吐く理由が、エレオノールにはない。
「バロー男爵令嬢、貴女先ほど、教会への寄付と奉仕を認めましたわね。その教会は、殿下を『闇の王子、堕天のリュシフェリアン』として祭り上げるような教会、つまりは、淫祠邪教の類い。つまりは、貴女こそが黒幕だと認めたも同然。違いますか」
「そんな、そんなこと……」
「メルクール騎士団の調査能力を侮らないでいただきたいですわ。バロー男爵家の裏の顔も、王城の抜け道も、貴方方の教会での悍ましい振る舞いも、教会の真の狙いも、調べは付いています。公判に持ち込めるだけの証拠と共に。ただし、事が事だけにそれは避けたいという王家の意向の元、彼には確実な『証拠』として、その全てをその眼で確認して貰いました。『王家』として内々に処断するのに信頼に足る『証拠』として。ただまぁ、このような成り行きは想定の埒外でしたが。そうでございましょう、陛下」
苦笑するエレオノール。その視線の向かうところは、
「世話を掛けたな、エレオノール」
重い響きは修羅場を潜り続けた為政者のもの。頭を垂れる貴族達に迎えられたこの国の国王は、僅かな疲れを滲ませながらも、圧倒的な存在感で場を支配する。
「その者が『王家の影』であることは事実である。王である朕が補償しよう」
「父上、私は……」
「クロヴィスよ、言い訳はいらぬ。大人しく縛に付け。沙汰は追って知らせる」
全身から力が抜け、抜け殻のように突っ伏した王子は、両脇を屈強な兵に掴まれ引き摺られていく。もはや王子でいられることはあるまい。命が繋がるかどうかも、状況次第。ヴァロア王国は、王権がさほど強くない。それだけに、貴族は王家の相続に関心が薄い。どうしようもなくなったら、すげ替えれば良いのだから。逆にだからこそ王家は醜聞を厭う。その辺りのバランスがどのように作用するかが、彼の生死を分かつだろう。
そして、もう一人の当事者といえば。
「許さない。私からクロヴィス様を奪おうなんて、絶対に許さない!」
男爵令嬢の全身から、黒い靄のようなモノが立ち昇る。それが何かは解らないものの、良くないモノだとは誰の目にも明らか。怒りに我を忘れた男爵令嬢は、しかしむしろ表情を失わせ、温度をなくした眼はこの世の何物をも見ることなく、どこでもない虚空を見詰め、「許さない、許さない」と繰り返す。
その間も黒靄は湧き立ち、絡まり、一つ箇所に澱み固まって、
「あらあら」
呑気な声のエレオノールだが、周囲の貴族達は我先にと絶叫のままに逃げ出そうとする。それほどの悍ましさ。男爵令嬢ジュリエットからは、数本もの黒い軟体動物のそれに似た触手が。
「わたしから殿下を奪う者はみんな、死んでしまえばいい」
絶叫と共に踊る触手が、王とエレオノール目掛けて。王に侍る近衛兵が動くが、全て触手に振り払われてしまう。阿鼻叫喚の地獄絵図。一つ間違えば、蹂躙される戦場がこの王城の内に再現されるという間際に。
エレオノールが、立つ。
駆け寄る侍女が、彼女の背丈ほどもある包みを抱え持ち、それを解く。
それは、白く、光り輝くほどの清廉で、悪意を寄せ付けぬ潔癖さで、異様を放つ。薄汚れた人類とは根本を違う、人とは語り合う言葉すら持たぬ遙か高みの『善』のみが持つ。剣という形を取った神の威光。抜き放つエレオノールは、神話の戦女神の如く、断罪の大天使の如く。
「憐れであるが故に、神の裁きにて解放されなさい。それが、貴女の救済になることを願いますわ」
エレオノールが神の剣を振り下ろす。
闇が晴れ、男爵令嬢だったモノは跡形もなく。
男爵に使われることしか生きる道がなかった少女。救いの道と錯覚したのは、戻る道のない破滅への片道切符。共にあればよかったという思いも果たされず、散ることしか少女に救いはなく。
そんな少女を悼み、辺境の地で生涯祈り続けた男がいたとか。
男もまた、立場に抗う術なく孤独に己を見失った者だった。男は弱かった。立場に見合わず、弱すぎた。現実から逃れ、夢想に溺れた。今も、その夢想の中に浸るのかもしれない。
王はやつれた目で身を翻し、舞台から去った。
エレオノールは今日も疾駆する。
とある王国の、有能ではあったが後世に凡愚と評される王が、その地位を追われた。次代の王が即位し、多くの貴族がそれを支持し仕えた。貴族の国家への関与が深まり制度が整えられ、商業が集中化し国家が栄えるに付け、「王権」が権威を増す。そんな時代の過渡期に起こった、些細な出来事。
【登場人物】
クロヴィス・ド・ヴァロワ
:優秀なる無能。王と王妃の寵愛を受けるが、婚約者に見放される。
エレオノール・ド・メルクール
:知性的で凛とした、古き良き名門の凄みを体現する侯爵家令嬢。
ジュリエット・バロー
:身の程知らずで欲望に忠実な男爵令嬢。
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