3話
フィオナはイライラしながら、部屋の中を行ったり来たりしていた。
ジェラルドの部屋側のドアがノックされる。フィオナは無視をしたが、ジェラルドは勝手に入って来た。
「マデリーンが来た。今日はここに泊まるそうだ。晩餐には君にも出てほしい」
「マデリーン様はなんて言うかしら。捕まった私を嘲笑いに来たの?」
「マデリーンは君が逃亡したことを知らない。君も黙ってるんだ」
「でも、そしたら2人でここに居るのは変よ。あなたのマデリーンが誤解してしまうわ」
「誤解すればいいさ」
全く意に介さない様子のジェラルド。フィオナは首をかしげた。
「もう部屋の外にも出て行きたいわ」
ジェラルドは頷いた。
「ミラ。入れ」
廊下側のドアが開けられ、女騎士が入ってきた。
「部屋から出る時は常にミラと行動する様に」
フィオナは美しい女騎士を見上げた。お互いに微笑みを交わす。
この騎士を掻い潜って地下牢まで様子を見に行くことは出来るかしら。
外は激しい雨だった。
フィオナがダイニングルームに入ると、マデリーンがジェラルドに擦り寄る様に話かけていた。
フィオナはミラにエスコートされ椅子に座った。
普段使われていないピレシュ城は使用人もほとんどいない。
微笑みを浮かべながらマデリーンがフィオナの向かいに座った。
「ごきげんようフィオナ様。驚きましたわ。ジェラルド様とあなたがピレシュ城に居るなんて聞いたものですから。いったい何があったの?」
「ただの旅行ですわ」
「あなたとジェラルド様が?」
「ええ、何かおかしいかしら?私は婚約者なのよ?まああなたは気に入らないでしょうけど。あなたのジェラルド様が他の女といるなんてね」
「フィオナ」
ジェラルドが笑いながら隣に座る。笑顔を向けられるのは久しぶりだった。
何で私の隣に座るのかしら。マデリーンが睨んでいるじゃない。
「どうしたのかな?いつもの上品な君は何処に行った。噛みつこうとする猫みたいじゃないか。マデリーンは君の友人だろう?」
友人ですって?友情はとっくの昔に終わったわ。なんて鈍感なの。それとも男の人って女同士の関係に疎いものなのかしら。
「ここにはお二人だけなの?」
「兵士達や少しの使用人を除けば、そうだ」
「他には誰も?」
「ああ」
マデリーンは何が言いたいの?エルマーの事を知っているの?
料理が運ばれてきた。
人手不足のため給仕は兵士が行った。マデリーンは男臭い兵士が近付く度に顔をしかめている。
「急にここに来ると決めたからね。使用人も連れてこなかった。兵士達も慣れない給仕を頑張ってくれているよ」
ジェラルドはマデリーンの様子に苦笑している。
「料理は近くの村の女たちが来て作ってくれているんだ」
「まあ!どうりで見慣れない料理ばかりなのね」
マデリーンは怪訝そうに皿の肉をつつきだした。
昨日はあんなに泣いていたくせに。
ジェラルドは何も無かった様に涼しい顔をして、優雅に振舞っている。
マデリーンといるときも、弱い所を見せたりするのかしら。
昨日の夜は、昔の様にジェラルドに近づけた気がした。でも、もとはといえばこの2人のせいで王宮を出たのよ。フィオナは再び怒りが湧いてきた。
雨が叩きつけるように降っている。
城の裏手の山が崩れていると知らせがあった。
ジェラルドは兵士達と一緒に外の様子を見に行った。
ジェラルドが席を離れるとすぐに、マデリーンも部屋を出て行った。
フィオナはミラと2人だけで部屋に取り残された。
「何て素晴らしい晩餐かしら」
ミラがくすりと笑った。
「ええ、本当に」
ダイニングルームから出た所で、見覚えの無い老女に話しかけられた。
老女を遮ろうとするミラを止め、フィオナは挨拶を返した。
「料理はお口に合いましたでしょうか。あたしゃお姫様に料理なんて作ったこと無くて⋯⋯。綺麗な盛り付けもできやしないし。いつも食べられているのに比べたら、見れたもんじゃ無かったでしょう⋯⋯」
フィオナは首を横に振った。
「とても美味しかったわ。丁寧に作られていたもの」
「昨日もお出しするのが遅くなってしまって⋯⋯。王子様が言うサーモンのパイってのを知らなかったもんで」
「あなたがパイを作ってくれたのね。私はあれが大好物なのよ。全部食べたわ」
老女は嬉しそうに頭を下げて去って行った。
「ミラ、あなたが夜の食事を運んでくれたのね。私は眠っていたでしょう。恥ずかしい所を見られてしまったわ」
叩きつけていた枕を掴んだまま、うつ伏せで寝ていたのだから。
「いえ、ジェラルド様が自ら運ばれたので⋯⋯」
「そうなの?」
フィオナの顔が赤くなる。
「ジェラルド様はフィオナ様をとても愛してらっしゃいます」
「ミラの誤解よ」
「分かりますよ。私も人妻なので」
ミラがいたずらっぽく笑った。
「結婚しているの?」
「はい。5歳の息子も一人」
どうしよう。
ミラの隙をついて地下牢にエルマーを探しに行くつもりだったのに。私がいなくなれば迷惑をかけてしまうかしら。
小さい子供のいるミラを巻き込みたくないわ。
明日王都に帰るなら、その途中でエルマーに会うチャンスがあるかもしれない。
フィオナとミラは広間に向かいジェラルドを探した。まだ誰も、外から戻っていない様子だった。
「雨が止むといいけど⋯⋯」
「ええ」
広間の奥にはマデリーンがいた。フィオナに気付かない様子で、地下に向かう階段を降りていった。
「あの階段は地下牢に続くんでしょう?」
「ええ。⋯⋯おかしいですね」
ミラは辺りを見回す。
「フィオナ様。実はエルマーはマデリーン様の母方の従兄弟なのです。エルマーに会いに行ったのかもしれません」
フィオナはショックを受けた。
いつもそばにいたエルマーがマデリーンの従兄弟だったなんて。まるでマデリーンの刺客じゃない。
「ジェラルド様も今回の事でマデリーン様を警戒してらっしゃいます。ただ、山崩れで皆出払ってしまって⋯⋯。フィオナ様、暫くこちらでお待ちいただけますか?」
ミラはフィオナの返事を待たず、マデリーンを追いかけて行った。
エルマーはどうして私に付いてきたのかしら。エルマーのことは苦手だけど、親切心には感謝していたのに。
マデリーンが何の魂胆も無く、従兄弟を私の護衛にさせておくかしら。
フィオナは老女を探してジェラルドに言付けを頼むと、ミラの後を追い地下に向かった。
薄暗い地下。ミラが石壁に身を潜めていた。
フィオナを見て驚き、困った様に眉尻を下げた。
奥から話し声がする。
「馬鹿ねエルマー。簡単に捕まっちゃって。もう少し有能だと思ってたのに」
「王子の追跡が早すぎるんだ」
「これからあなたはどうなるの?」
「分からない。王子は恐ろしい男だ。何も躊躇わずに私の頭に向けて発砲してきたんだぞ」
「ジェラルド様が?まさか」
「本当だ。助けてくれよマデリーン」
「フィオナなんて、あなたにさっさとくれてやれば良いいのに」
フィオナはショックと怒りで頭がずきずきと痛くなってきた。
「フィオナとはしたの?」
「え?何だって?」
「寝たのかと聞いてるのよ!」
「いや⋯⋯寝てない」
「しっかりしてよ!あなたがフィオナと逃げられるように助けてあげたのに!衛兵の気を引くのは大変だったのよ」
「フィオナが私を近づけないんだ」
「意気地なしね。そんなんだからいつまでも手に入らないのよ」
怒鳴り込もうと息を吸い込んだ時、フィオナの口が手で覆われた。ジェラルドが唇に人差し指を当てている。
こんな時なのに目を輝かせて、何で笑っているのかしら。しかも雨でずぶ濡れだわ。
「マデリーン。君ももうやめたらどうだ?王子が君に気があると思ったら大間違いだ。あれはフィオナに嫉妬させようとしていただけだよ」
「⋯⋯エルマー。あなたを助けるのはちょっと難しそうだわ。悪いけど」
マデリーンが冷たく言い放った。
「そう言うだろうと思ったよ。ジェラルド王子も馬鹿だよ。君にフィオナとの仲を相談するなんて。実際は嘘を重ねて仲をぶち壊したのは君なのに」
マデリーンは笑った。
「男を数人雇ったの。明日フィオナの馬車を襲わせるわ」
突然ジェラルドがフィオナを抱き上げた。声が漏れてフィオナは慌てて口を押さえた。
「ミラ。マデリーンを捕らえろ」
短いジェラルドの指示にミラは頷いた。
ジェラルドが階段を登る。後ろからはマデリーンの悲鳴が響いた。
ジェラルドは寝室に入るとフィオナをベッドに下ろした。フィオナはジェラルドに苦しい程抱きしめられた。首に鼻を擦りつけてくるのでくすぐったい。
ジェラルドから滴が落ちてくる。ドレスもびしょ濡れになってしまった。
気づいてないのかしら。
「ああ!神よ!感謝します!君はあいつに奪われていなかった」
フィオナは目を見開いた。
「私のことは疑ったのに、エルマーの言葉は信じるの?」
「怒らないでくれ。今私はとんでもなく気分がいいんだ。君があいつとどうなっても、愛さずにはいられない。一生苦しみながら結婚する覚悟をしていたんだから」
フィオナの鼻の奥がツンとして、涙が出そうになった。
「マデリーンを愛しているのでは無いの?」
「ずっと君しか見えていない」
「キスしてたのを見たわ」
ジェラルドはばつの悪そうな顔をした。
「あれは不意打ちだったんだ。君が嫉妬してくれるなら、悪い気はしなかったが」
「酷いわ!」
フィオナはわっと泣き出した。私が嫉妬でどれだけ泣いてきたかも知らずに。
「ああ、フィオナ、許してくれ。君に男として見られている自信がなかったんだ」
フィオナはジェラルドを見上げた。
こんなにすてきな男性が、自信が無いなんて。
王子じゃなくて農夫だったとしても、私は恋をしていたわ。
「君は僕を兄のように思っていただろう?」
「いいえ。初めて会った時から恋してたわ。お兄様と呼んだのは、恥ずかしかったし、近づきたかったから⋯⋯」
ジェラルドは小さく呻いた。
柔らかいフィオナの頬に、ジェラルドは頬を擦り付けた。少し髭が伸びてザラザラとしているのに、不思議と気持ちいい。
緑色の目がフィオナをじっと見つめた。瞳孔が開いている。
「フィオナ、びしょ濡れじゃないか⋯⋯」
「あなたのせいよ」
「⋯⋯ああ」
ジェラルドはやっと気づいた様に濡れた髪をかきあげた。
「着替えないと⋯⋯。フィオナ、もう部屋に帰るんだ。わたしの理性が残っているうちに」
気分が高揚して頭がぼうっとしてくる。
「明日は早く起きて一緒に出かけよう。いいね?」
フィオナは顔を真っ赤にして頷いた。
ジェラルドに連れられ辿り着いたのは、近くの小さな村の、こぢんまりした古い教会の前だった。
「ジェラルド様。教会に用事があるのですか?」
「ああ。今すぐ結婚する。ここで」
フィオナはクスクス笑った。
「もう!冗談はやめて」
ジェラルドはフィオナの手を引き教会の中に入った。司祭が祭壇前に立って待っていた。
フィオナはジェラルドが本気だと気付いた。
「でも、挙式は1年半後、聖シーマス大聖堂と決まっているわ」
「だから?」
「国王様と王妃様は何ていうか⋯⋯」
「そんな事はどうでもいいんだ!」
ジェラルドはスタスタと身廊を進み、祭壇前でフィオナを待ち受けた。
フィオナは困惑した。
「フィオナ様。ジェラルド様を安心させてあげて下さい」
ミラがフィオナの横に進み出た。
気持ちを隠す様に目を伏せたジェラルド。
不安げに見えるのは気のせい?
裾の長い豪華なドレスや、格式高い大聖堂の挙式より、ジェラルドを喜ばせることの方が大事に思えてきた。
「僭越ながら私が侯爵様の代わりを」
ミラが腕を差し出した。
フィオナはミラの腕に手を添えた。ゆっくりジェラルドに向かって歩き出す。
ああ、ジェラルド様!そんなに嬉しそうな顔しないで。
子供の頃みたいに、走っていって胸に飛び込んでしまいそうだわ!
皇太子が小さな村の教会で突然結婚したという話は、すぐに国中に広がった。
国民達は驚嘆した。呆れる一方で、皇太子と花嫁を身近に感じ、喜んだ。
そして若い皇太子夫婦を熱狂的に支持した。
最後まで読んで頂きありがとうございます!




