幕間 : 名を呼ばれぬままに
私に言われるがままに恋をして、妻を娶り、ようやく自分に向けられた熱に気づいた彼は、もうすっかり見違えてしまっていた。
まるで我が子のように甘えたり、親のように見守ったり。
出会った頃の貼り付けたような笑みが嘘のように、その表情は豊かに、柔らかに変化していった。
――けれど、私は知っていた。
彼の本質は、あの頃から何も変わってなどいないのだ。
私は──随分と変わり果ててしまったというのに。
恋を知り、愛を抱き、ようやく手に入れた温もりを、別の誰かに手渡してしまった。
そうして紡がれていく『縁』を、私はただ黙って、視つめていた。
彼の瞳にも、自分と同じ用に炎が揺らめいていた事に気付けたのは、そのずっと後だった。
……何もかもが、もう遅かったのだ。
彼の口から私の名が呼ばれることは、ついに一度もなかった。
「百目さん。これからも、私たちは親友だよ」
柔らかく笑うその横顔に、私は酒を煽ることでしか返せなかった。
親友。相棒。
私には、それがなんとも残酷な言葉に思えた。
「……何を言う。私たちは、親友よりも深い――相棒だろう?」
意地を張って、そう返すことで精一杯だった。
彼は笑った。何も知らない、無邪気な目で。
せめてこの炎が、彼の胸の奥で灯り続けていてくれるなら。
少しでも永く、その温もりが、私を暖めていてくれるなら。
私は、ただそれを祈るばかりだ。
――願わくば。
この想いを抱いたまま、名を呼ばれぬまま、朽ちることができたなら。
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