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百目探偵事務所  作者: てふてふ
火鼠の衣編
2/32

開幕 : 祖父の遺言

「おじいちゃん」


 布団に横たわる祖父は、随分と小さくなって家に帰ってきた。

 二年前に肺を患ってから、川向こうの浅田総合病院に入院。何度も手術を繰り返し、懸命に生きながらえようとしていた。

 そんな祖父が家に戻されたのだから、それはもう、“そういうこと”なのだろう。


「おじいちゃん」


 浅く呼吸する祖父に声をかける。もう三日も祖父が目を覚ましたところを見ていない。

 今日も駄目か。

 俺は潜めていた息を思い切り吐いて、立ち上がる。


「純壱」


 襖にかけた手は、ピクリと固まる。

 なんとも重い空気に逆らうように振り向けば、寝ていたはずの祖父は上体を起こして俺を真っ直ぐ見つめていた。


「お、じいちゃん……?」

「純壱」


 祖父は俺を見つめたままゆっくりと腕を上げ、一点を指差す。

 その動きを追うこともできず、俺はただ固唾を飲み込むばかり。


 汗が噴き出る。


 この場から一刻も早く逃げ出したい、逃げ出さなければならない。

 そう思うのに、足が動かない。まるで石になったみたいだ。


「百目探偵事務所へ行け、お前は行かなきゃならん」

「……っ、は」

「急げ、純壱。もう時間がない。もう時期に奴らが……」


 がくん、と祖父の体から力が抜ける。

 まるで、糸が切れた人形劇の木彫り人形のように。それと同時に空気が軽くなる。

 やっとの思いで酸素を吸い込めば、ようやく自分が生きているのだと実感が出来た。


「ど、どうしたの?じいちゃん。奴らって、一体誰が……」


 祖父に近寄り、すっかり薄くなってしまった肩に手を乗せる。次の瞬間、俺は慌てて部屋を飛び出して、母さんを呼んだ。

 おじいちゃんは、もう冷たくなっていた。まるで、ずっと前に事切れていたように、硬く、冷たくなっていたのだ。


 チンチン電車を降りて、俺はごしごし目を擦る。車内に充満していた煙が、まだ目に“膜”を張っている気がした。

 祖父が遺した地図を頼りに慣れぬ道を進む。地図の通りに進んでいるのに、何故か辿り着けない。

 求めれば求めるほど、遠のくように。誰に聞いても、「百目探偵事務所など知らぬ」と帰ってくるばかり。


「一体何処にあるんだよ、その“探偵事務所”は!」


 公園のベンチに腰掛け、膝を叩く。再び地図と睨めっこをしても何も変わらない。同じ場所をぐるぐる回り、振り出しに戻るだけ。


「一体何処が駄目なんだ?何故この“百目探偵事務所”に辿り着けないんだ!」


 盛大にため息を吐いて、空を仰ぐ。太陽光が眩しくて、日除けにと地図を顔に乗せた。


「もし」

「……」

「もし、そこのお方。ハイカラなあなた」

「……はい?」


 地図を下ろし、辺りを見下ろす。誰もいない。

 先程まで大勢の子供がいたはずの公園は、いつの間にか俺一人になっていた。知らないうちに寝てしまったのだろうか。

 諦めて家に帰ろうと立ったその時、また声が聞こえる。


「あなた、そこのあなた!」

「ついに俺は疲れすぎておかしくなったんだな。明日にでも、病院へ行こう。幻聴なんて、縁起でもない。まるでキチガイのようじゃないか」

「まっ、幻聴だなんて、失敬な。私、幻なんかじゃ御座いませんことよ。下、下をご覧なさい」

「下……?」


 恐る恐る視線を下へ。自分の靴先が見えてきた頃、ようやくそれは―


「何もない……やっぱり幻聴か……」

「あらまっ、もしや“お見えにならない”方なのかしら?」

「やはり俺はおかしくなったんだな。今からでも診てくれる医者はいるかな」

「しかし、声は聞こえているご様子。さ、こちらへどうぞ」

「──は?」


 なんて事のない地面に、ペタペタと足跡がついていく。それはとても小さくて、うんと目を凝らさないとすぐ見失ってしまうほどだ。


「な、なんなんだ!これは!」

「さあさ、おいでなさい。大丈夫、無事送り届けて差し上げますからね」

「一体、俺を何処へ連れていくんだ!」

「まあ、おかしな事を。勿論、“百目探偵事務所”ですわ。あなた、其方へ行きたかったのでしょう? だって、地図を持っていらっしゃるじゃない。私も丁度依頼をしに行く所だったのです。“見えていないご様子”なので、連れて行って差し上げますわ」

「はぁ⁉︎」


 恐怖にすくむ足が、自分の意思と反して動く。その足跡を追って、俺は人混みをするりそろりと掻き分けて行く。


(──違う!人が、俺たちを避けている!)


 まるで此方が見えていないかのように。“此方が人々と別の場所にいるように”、人々は不自然なほど自然に俺たちを避けていた。


 突如、濃い霧が立ち込めてくる。


 目の前は真っ白で、足跡も何も見えない。声は少し遠くから聞こえてくる。


 ぼやけてくるのは視界だけではない。俺の頭は眠りに落ちる瞬間のようにふわふわと上下を繰り返す。

 必死に思考を巡らせようとしても、“それが当然”かのように靄がかかる。


「あらっ、お迎えだわ。ご機嫌よう、ぬりかべ様、以津真天様! ……此方の方?嗚呼、道に迷われていたご様子でしたので、案内を……ええ、そうですわ。貴方様の探偵事務所への地図を持っていたものですから、はい……あらやだ、そうだわ、私ったら! 見えていらっしゃらないのですものね。いやだわ、どうしましょう」

「な、何が起こってるんだ……⁉︎」

「まぁ、大変、どうしましょ。あなたー! 早く此方へいらっしゃいまし! このままじゃあなた、“自分の姿を忘れて透明になってしまいますわよ!”」

「──はぁ?」


 自分でも驚くほど呆けた声が出た。透明?何を言っている?

 確かめようにも、真っ白になった視界では自分の体すら見えない。ただわかること。それはとても眠いということだ。


「きゃ! もう足もとがあんなに“スッキリ”! あなた、早く! はやくいらっしゃいな! どうしましょう、百目さま! あの方、きっともう“あし”をおわすれになられているのだわ!」


 あし、あし、あ 、  、


「待っ いてくだ  な! わたくし、 とをよんでき すわ!」

 まるで、脳 直接煙を吹き  られたような、変な気 だ。けむり、とはな   た うか。 はなぜ 俺、おれ、お 


「わあ、すごいことになってる」


 近くで全く焦っていないような、男の声がする。男、おとこ、おと 、何だ  っ 。


「たったこれだけで、自分を忘れちゃうなんて…雑魚じゃない!」

「大丈夫だよ。ほら、すぐ連れていくからね……」

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!


ランキング入りを目指しているので、ブックマーク、評価ボタン等よろしくおねがいします!

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