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短編

(フラグを)へし折れ! 女騎士さん

作者: 猫宮蒼

 知ってるようで微妙に異なるっていうよくある世界の異世界転生ネタ。



 薪割りをしていた時だった。

 手斧を振り下ろした位置が少しずれたからかまっすぐ真っ二つ、とはいかず少しばかり斜めに割れてしまったのだ。

 そしてその時にできた破片が飛んでコツン、と額にぶつかった事で。


 カレン・ヴィドアは前世の記憶を思い出した。


「わぁ、転生してらぁ」


 まさかこんな事で前世の記憶を思い出すなんて想像すらしていなかったカレンはとりあえず残っていた薪を手早く割って、自室に引っ込む。


「……どうすっかな」


 そして自分の状況を振り返って、カレンは悩ましげに呟いた。


 前世で遊んだことのあるゲームとほぼ同じような世界にカレンは転生している。

 そしてカレンは、前世のゲームに登場していたキャラの一人だった。

 自由騎士として現在はこの都市に所属し、街の治安を担っている。


 国に忠誠を誓った騎士と異なり自由騎士は国を持たないので、その気になればどこにでも行ける。

 前世の作品でたまに見かける、流離いの騎士とかそんな感じの立場と言えば大体合ってる。

 勿論忠誠を誓える相手がいるのならどこかの国に落ち着くこともあるかもしれない。


 ……そこまで考えて、何かあれだな、主君を持たない忍者みたいなやつだな、と雑に思った。

 でもまぁ大体合ってる。


 そんなカレンは現在この都市で女騎士として時に犯罪者を捕まえたり、都市の外側で発生する魔物を退治したりと、中々に忙しい生活を送っているのだが。

「やばいなこのままでは結婚まで秒読み段階になりそうだぞ……?」


 落ち着こうとして一度はベッドに腰かけて座っていたものの、どうにも落ち着かなくて立ち上がり室内を無駄にうろうろしてしまう。


 転生したら悪役令嬢だった、とか貴族の娘だった、みたいな感じで政略結婚が控えているわけではないのだが、それでもカレンはこのままいくと結婚ルートが待っていることを察してしまった。


 ゲームでは、主人公が仲間にしたキャラとのイベントが発生するようになっている。

 仲間にしない限りは、そのキャラのイベントが発生する事はない。


 だがしかし、転生したこの世界はゲームとよく似た世界であってゲームそのものではないようなので、主人公がいなくともイベントが進行している状態なのである。


 カレンのイベントはこのまま騎士を続けるか、それとも結婚するか、という今後の人生に関わってくるようなイベントとなっていた。

 結婚する相手はジェイムズという、同じくこの都市で騎士として魔物退治や街の警備をしている青年だ。

 人懐こいタイプで、周囲から弟のように可愛がられている青年で、動物に例えるならばわんこ。

 鍛えられた身体にやや童顔ぽい甘めの顔立ちは前世で言うならどこぞのアイドルグループにいてもおかしくないようだった。


 その親しみやすさから女性もそうだが、年配の方に好かれている。


 実力もそれなりにあるので、将来性が有望なのは間違いじゃないだろう。


 そんなジェイムズもゲームでは主人公の仲間になるキャラだ。

 カレンのイベントでは身体がついていかなくなるまで騎士としてやっていくか、それとも結婚して家庭に入るべきか、というのを悩む感じだった。

 まぁその前段階でジェイムズとくっつくかどうか、の分岐もあるわけだが。


 ジェイムズのキャライベントでは、片思い状態のジェイムズの恋を成就させるかどうか、が主軸となる。

 つまりこの二人のイベントはある程度リンクしている。


 ジェイムズを仲間に入れずカレンだけのイベントを進めると大体は騎士を続けるルートで、恋など不要! とばかりにストイックに騎士としてあり続けるわけなのだが、ジェイムズの恋を成就させるとカレンは騎士を辞めるかどうかの選択肢が出てくる。


 結婚したからといってすぐに騎士を辞める必要はないのだが、それでも子供ができた場合、いつまでも騎士としてやっていけるか……となると少々難しい。

 魔物と戦う事だってあるし他に危険な仕事だってある。そこに妊婦が、とか周囲が見ても冷や冷やするのはカレンでもわかる。


 子を産んだ後も、ある程度子育ては必要だし手がかからなくなってからカレンが騎士として復帰するとなると、毎日鍛錬を怠らなければともかく、それもきっと難しいだろう。

 あまり手のかからない子なら自分の時間を確保することもできるだろうが、一秒でも目を離したら何しでかすかわからない、みたいなタイプの子だったらいざ騎士として復帰するにも当時の実力以下になっている可能性が高い。日々の生活で使う筋肉と戦闘で酷使する筋肉は微妙に異なるので。


 足を使う、といっても歩くのに使われる筋肉と自転車をこぐ時に使う部分が違うようなものだ。


 前世のカレンはゲームではこの二人の恋を応援して成就させていたけれど、しかしこうして自分が当事者になったならばそのルートは避けたい。


 ゲームでは表現されていなかった部分も、この世界は現実なので余すところなく存在しているのだ。


 ゲームだったらイベントの進行度状況でエンディングで仲間にしたキャラのその後が文字で表示されるけれど、ここは現実。現実なのだからゲームと同じ展開にはならない、という風にも思いたかったが、困った事に主人公がいなくても既にカレンのイベントと思われるものは始まりつつあった。


 ゲームだったら。

 主人公、というかプレイヤーの選択で決まるけれど、今こうして主人公となるはずの存在がいなくても既に事は進んでしまっている。となれば、これは周囲のやる気次第で今後の展開が決まると言ってもいい。


「いや無理」


 ゲームだったら。


 カレンとそのカレンに恋するジェイムズは見ていて微笑ましく、応援したい感じだったしなんだかんだ最終的に二人をくっつける方向にもっていったりもした。

 だが、現実なので。

 ゲームにはなかった面を見る事にもなってしまったので。


 カレンはジェイムズとの結婚は断固拒否したかったのである。


 弟わんこ系イケメンが駄目なのではない。

 確かに年上キャラと年下キャラならどっちかというと年上キャラの方が好みの傾向にあったけれど、年下だから、という理由で駄目という事はないのだ。


 だがジェイムズ、お前との結婚はお断りだ。


「……えーっと、今日の日付は……あ、いける」


 なので、カレンは壁に掛けられていたカレンダーを見て、それから自分がどう行動するかを決めたのである。



 ――ずぅぅぅん、という効果音が聞こえてきそうな勢いで、ジェイムズは落ち込んでいた。

 理由は簡単。

 カレンに振られたのだ。

 それどころか、カレンは振ったその日にこの都市を出ていった。既に辞めて出ていく算段を立てていたらしく、突然辞めていなくなった、とかではなかった。


 ジェイムズも特に国に忠誠を誓った一般的に誰もが想像するような騎士ではなく各地を移動する事に何ら問題のない自由騎士であったので、場合によってはカレンについていくこともできたはずなのだ。


 だが、カレンにきっぱりと振られた事でそれもできなくなってしまった。


 これがある日急に来なくなって、とかなら事件に巻き込まれた可能性もあったけれど、そんな事もないのでカレンを探す、という名目も何もあったものではないし、振られているのでこの都市を出ていったカレンについていくというわけにもいかない。


 そう簡単に諦められるものではなかったけれど、自分もついていこうとした雰囲気をちょっと見せただけのジェイムズに、

「え? なんで貴方がついてくるの? 意味わからないんだけど」

 と、とても冷ややかに言われてしまったので。

 今の今まで好きだというのを隠しもせずアピールし続けていたのに、その好意すらカレンにとっては不要のものだったらしく、冷ややかな目をむけられて、一緒に行くとか冗談でしょ? とまで言われてしまったのだ。


 ここでどこまでも鈍感さを装ってついていく程度に図太かったなら、空気なんてこれっぽっちも読めない男であったならそれでもカレンについていく事ができたかもしれないけれど。

 ジェイムズは基本周囲の雰囲気を読み取ったりする能力があったので、それもできなかったのだ。


「ま、元気だしなー。仕方ないでしょ自業自得なんだからさぁ」


 すぐ近くで座って酒を飲んでいた先輩騎士――女性である――に物凄くどうでも良さそうに言われて、ジェイムズは思わずガッと頭を抱えた。


「そうそう。酒の席での事とはいえ、自分の口で言っちゃったんだからさ。責任は持ちな。

 大体ほら、酔っぱらってるからって言った事全部無しとはならないでしょ。グスタフ隊長とか酔ってここは俺のおごりだー、なんて言って財布の中身すっからかんになって後日困ったからって、やっぱあの時の支払い割り勘で……とかみみっちぃ事言えないわけだし」

「そだよぉ? お酒飲むのは自由だけど、酔っぱらって自我なくすのはアウトだよぉ?

 酔って意識なくした時に家に運んでくれる先輩が皆優しいかっていったらそうじゃないでしょ?」


「うぅ……それは、そうなんですけど……」


 少し離れた席から他の女騎士が追撃してくる。容赦がない。


 事の発端が何であったか、をジェイムズはハッキリと断言できない。

 ジェイムズの家はそこそこ裕福な家であったけれど、両親の関心は兄にばかり向けられて弟のジェイムズには見向きもされていなかった。最低限の教育はされたけれど、本当に最低限で両親はいつか自分を追い出すのだろうな、とわかっていた。

 裕福といっても、幼い子供の面倒は問題なくとも成人した後まで兄弟を家に置いたままというわけにはいかない程度の裕福さだったから。

 将来兄が結婚して嫁がきたのであれば、それこそジェイムズの身の置き場はないし、更に子供が生まれたなら間違いなく家を出るように言われる。


 それもあって、ジェイムズはある程度の年齢になってからさっさと家を出て、自力でどうにかするべく各地を移動して仕事に困らない場所へ移り住んだのだ。

 昔からそれなりに剣の腕は褒められていたから、若いうちならそれを活かした職でしばらくはどうにかなるだろうと思って。

 そこで既に自由騎士で結成された自警団組織にいたカレンに、ジェイムズは一目惚れだったのだ。

 綺麗な人で。それでいて自分より大きな男が捕縛から逃げようとしてカレンへ攻撃を仕掛けたのも動じずあっさりと倒せる強さ。

 黙っていれば少し冷たい印象があるけれど、話をしてみたら案外コロコロ変わる表情で。

 冷たい印象なのは最初だけなのだと知る。


 関われば関わるだけ、カレンへの想いは募る一方だった。

 付き合っている人もいない、と聞いてジェイムズは他の誰かにとられる前に、と距離を縮めようと努力はしたのだ。

 周囲もそんなジェイムズを見て、協力してあげようか、なんて言う者だって出てきた。

 そんな周囲の助けを借りつつも、確実にカレンと距離を縮めていたはずなのに。


「ま、普段からアンタお酒飲んで酔っ払う事はあっても、精々泣きながらせんぱぁい、俺の事好きですよねぇ……? 嫌いになったりしてませんよねぇ? もっと頑張って強くなるから見捨てないでくださぁい、なんて子供みたいに縋ってたけど、この前のアレはないわ」


 お酒が入って最初のうちは楽しく飲めるのだが、それが進むとジェイムズは泣き上戸になるのだ。

 とはいえ、精々ちょっと鬱陶しさが増す程度で、周囲はそれをそこまで問題があるとは思っていなかった。

 元々体質的に酒が飲めないのなら他の仲間たちも無理に勧めたりはしないけれど、ジェイムズはそれなりに飲める事がわかっているし、こっちが勧めたら勧めるだけ飲んで泥酔とか吐くとかまではいかなかったから。

 そろそろ限界っぽいんでやめときまぁす、なんてやや舌足らずに言って、実際その後は酒以外の飲み物を飲んでいたから。


 仲間たちもそれぞれ情報交換しつつ楽しく飲んでるので、飲ませすぎて目の前でゲロ吐かれても困るので、本人がそろそろ限界って言うなら無理はさせんとこ、と弁えているので。

 自分の限界がわからずガバガバ飲んで悪い酔い方をするようなのもいたけれど、そういうのは大抵周囲に先輩騎士数名が配置についてうまい具合に誘導してそうなる前に飲ませないようにしている。


 なのでちょっと酔って甘えた状態になるジェイムズの事は、周囲も割と気にしていなかった。

 カレンだって前は仕方ないなぁ、なんて感じでいたから、誰もこんな結末を迎えるなんて思ってすらいなかったのだ。


「あ、そういや言ってたな。ツンデレ履き違えるのどうかと思うって」

「ツンデレってなん?」

「こないだのこいつが酔った時の状態がそうらしいよ?」

「へー」


 振られた事で傷心中のジェイムズは、今他の男連中の席に突っ込むと間違いなく記憶がなくなるまで飲め、とか言われかねないので、周囲は女騎士たちで囲んでいる。

 パッと見でハーレムっぽいのだけれど、しかし落ち込んでいるジェイムズと、割とどうでもよさそうな女騎士たち、という構図なので色気がある展開になるとはとてもじゃないが思えず、少し離れた席で飲んでる男連中は羨ましいとか思う以前にご愁傷様……みたいな顔をしてジェイムズを時々見ていた。


 少し前に。

 それなりにカレンとはいい仲になりつつあるんじゃないだろうか、とは思っていたのだ。


 だからそろそろ告白をして、結婚を前提に付き合ってください、と言うつもりだった。

 少なくともジェイムズの中ではそうだった。一生を共にしたい、それは嘘偽りのない気持ちだったのに。



 前回の飲み会の時に、都市内部で犯罪者を追跡したり捕獲したりした側と、都市の外側で魔物を倒してきた側とで集まって、情報交換をしていたのだ。

 情報交換自体は普段からなのでそこはさておき。

 担当する仕事が異なると、同じ自由騎士としてこの都市の自警団をしていても、うっかり存在を忘れるくらいの期間顔を合わせない、なんてこともあるので。


 かといってそういった相手と話をするためだけに、休日の予定を確認するわけにもいかない。休日は休日でやる事があるのだ。放置していた家の事とか。

 あと、休みの日にまで仕事仲間と顔を合わせたくない、という層が一定数いるのでそれならまだ仕事終わりの時間帯に集まれる奴だけ集まって飲み会で情報交換とか話とかをするようになっていったのである。

 別に酒は飲まなくてもいいけれど、大半が酒好きなのでそうなると始まるのは情報交換と飲み会だ。


 そして前回の飲み会で、ジェイムズは流石に飲み会の場で告白をするつもりはなかったけれど、でもそれをするためにいつ、どこでするべきか……なんて考え始め、いつもより緊張状態にあったからか飲み過ぎていたのである。

 といっても、度数の強い酒をカパカパ流し込んでいたなら周囲の騎士たちも気付いて止めたかもしれないが、そこまでハイペースでもなかったので完全にノーマーク状態だった。

 バカみたいな飲み方を明らかにしていたら周囲だって止めたけど、傍から見ている分にはジェイムズは大人しく酒を飲んで、周囲の雰囲気に耳を傾けているようにしか見えなかったのである。


 だがしかし、いくつかの酒を頼みそれらを順にちびちびと飲んでいたとはいえ、同じ系統の酒ではなく複数の異なる酒だったからか、知らないうちにジェイムズの限界を超えて彼は酔っていた。いつもなら先輩先輩、と犬がじゃれつくみたいになっているはずだが、その時はとても大人しくひたすら飲むだけだった。


 これがもっと目が据わっているだとかで剣呑な雰囲気でもあれば、周囲も何かおかしいぞ? となったかもしれないが、ちょっと酔ってるんだろうな、とわかる程度に赤くなって目元がとろんとしているくらいで、そこまでヤバイとは誰も思わなかったのだ。むしろまだ泣きながらカレンに対して自分の事嫌いになったりしてませんよね? とか縋り付いてないだけまだそこまで酔っていないのだと思い込んでいた。実際はそんなところはとうに通り過ぎた後だったのに。


 この時のジェイムズはおもむろに立ち上がり、カレンのいる方へずかずかと歩み寄り、そうしてビシッと指を突きつけて高らかに宣言したのだ。


「せっ、先輩の事なんて別に好きじゃないんだからねっ!」


 ――と。


 同僚の女騎士にカレンが言ったであろうツンデレ履き違えたやつ、と言われるのも無理のない発言であった。


 酔いが醒めた後のジェイムズがその発言を改めて聞かされた時、自分そんな事言った? 本当に? と思う程度には衝撃的だったけれど、それでもすぐに思い直した。

 確かに好きというよりは、もうそんな部分通り越して愛してるの域だな、と。

 だがしかし、内心でジェイムズがそんな風に思っていても、口に出していなかったのでカレンにそれが伝わるはずもなく。


 そしてジェイムズは言うだけ言って満足そうに自分の席に戻って行ったのだ。

 周囲がぽかんとした後に、おいおい今のは本心かー!? なんて囃し立てたりもしたのだが、ジェイムズは堂々と「本心です!」と返していたので。

「本当に後悔しないかその発言ー!」

「しませんよ!!」


 なんてやりとりができてしまっていたので。



 酔ってる時は精神的な守りが色々と取り払われるから、本心である可能性が高い。

 酔って前後不覚になってる時に、冷静に自分がどんな状況かなんて把握できていないのなら会話だってままならないし、それでもその状態で話をしろとなれば、建前で取り繕う余裕すらないわけで。

 だからこそ、酔っている時の言葉はほぼ本心であると言われているのだ。


 あまりに酔いすぎるとマトモな言葉にならなくなってくるけれど。

 酔っているといってもまだ自制心が働いているうちはともかく、そうじゃない、と周囲が判断できるような状況であればそこから出る言葉は大体本音。


 なので少々呂律が回ってなくても言い切ったジェイムズの発言は本心として周囲に受け取られてしまったのである。


 とはいえ、普段のカレンへの懐き具合から、あ、あの好きはラブじゃなくてライクの方か、という風に受け取られてしまったのだが。


 そしてカレンも同じように受け取る事にした。


 だから、恋人ではなく友人どまりとして考えたなら、カレンがこの都市から他の場所へ行くと決めた時に一緒に行く、というのは少しばかり不自然でもあるのだ。

 他に誰も友達がいなくて一人は寂しい、とかならともかくジェイムズの周囲の人間関係はカレンだけと繋がっているわけではない。

 そして友人だと考えても、大親友と言い切れる程でもない。

 もうずっと一緒だよ! とか言えるくらいに濃厚な友情関係もあるにはあるけれど、カレンとジェイムズはそこまでの友情を築いたわけでもないのだ。



 酔いが醒めて冷静になってからならわかる。


 この時のジェイムズの発言が、どれだけ終わっているのかを。


 好きじゃない=愛してる

 本心です=だって愛してるから

 後悔しない=この愛は本当の気持ちです


 ジェイムズのその時の発言の根底にはこうあるわけで。

 そして周囲はそれを知らないとなれば。


 ラブじゃなくてライク、という結論になるのも仕方のない事だった。


 ちなみにこういった酔い方は実は初めてではなかった。

 ジェイムズがこの都市にやってきて、自由騎士として自警団に所属する事になった時、新人歓迎会という名目で飲み会を開いたわけだ。そこでジェイムズがそこそこ飲めると知って、周囲はよし今日はお前の歓迎会だ好きな酒を好きなだけ飲んでいいからな、ただこの酒場にある酒に限るが、なんて言われてそれはもうたくさんの酒を飲んだ。


 そして泣き上戸が発動した時点では、いい先輩たちに囲まれて嬉しいです、なんて言っていたから周囲もよせやい、なんて笑っていたのだ。

 その後になって、そっ、そんな風に親切にされたからって、そう簡単に尊敬したりしないんだからねっ! とここで前世の記憶を思い出したカレンがいたなら――この時点では思い出していないが――ツンデレ知らん奴がとりあえずそれっぽい事言わせようとしたやつかな? なんて感想を抱きそうな事を言った直後に、

「アニキ! どこまでもついていきますよ!」

 とか言い出したから。

 周囲の男連中は手のひら返すの早すぎるだろ、とかちょろいちょろいちょろい、とゲラゲラ笑っていたのだ。



 ともあれ、愛してるという肝心なことを言わないまま、好きじゃない、というそこだけ切り取ったらそりゃそうなる、と周囲が思うのも当然で。


 最初の歓迎会の時のように、先輩の事なんて好きじゃないんだからねっ! の直後に、世界で一番愛してるー! とか叫んでいたらまた違った結末が待っていたかもしれないが、そんな事はなかったし、前世の記憶を思い出したカレンはこれ幸いとその言葉を素直に受け取ったのだ。


 よしこれで恋愛フラグは折ったぞ! とばかりに。


 そして前々から密かに上と話をつけていたので、その翌日にはさっさとこの都市を出たのである。


 えっ、昨日の飲み会であんな事言っといてついてくるとかないでしょ? とカレンが言うのは当然だった。


 そこで素直に酔ってて憶えてないんです、とか言えればまだフラグは残っていたかもしれない。けれど、どのみち前世の記憶が蘇ってしまったカレンからすれば、ジェイムズとの結婚は回避したいものなので。


 どう足掻いたところで詰んでいた。



 ――カレンの前世を思い返してみると、一部ロクなのがいなかった。

 まず父親。こいつは酒に弱いくせにその自覚がなく、そしてその上で酒好きを公言しておりちょっとだけなら問題なかったが、飲むと悪酔いして周囲に迷惑を振りまく奴だった。

 まぁそれが周囲に知れ渡る頃には飲み会は悪い文明、という風潮だったので職場で飲み会なんてものはやらなくなったし、個人で仕事終わりに飲みに行こうぜ、とか誘っても若手はえっ、仕事終わったのにまだ職場の人間と付き合わなきゃいけないんですか? と関わりを拒絶し、上からも無理に飲み会に誘ったりしないようにと注意されていた。

 結果として家で飲むようになったのだが、まぁそのせいで被害に遭うわけだ。前世のカレンや母親が。


 最終的に前世のカレンと母親に酔って暴力をふるった事で母は離婚を決意し実行したのでその後の事は知らない。好きなだけ自宅で飲めばいいんじゃないかな。そしてそのまま召されておくれ。


 父方の親戚にも酒癖の悪いのはいた。

 大学に入って酒の味を覚えたまではいいけれど、酔ってそのまま女性とワンナイト決めて避妊に失敗して大学を中退して働く羽目になった従兄弟は、職場の飲み会でも同じような事をやらかして、泥沼の修羅場を繰り広げていた。


 むしろ先に発覚したのはこっちなので、父にはお酒とか飲み過ぎてあんな事とかやらかさないでね、と母からもカレンからも言われていたのだ。

 父は大丈夫だと言っていたけれど、確かに女性と酔った勢いで不倫はなかったけれど、酔って同じ話を何度もループさせるし自慢にならない自慢を武勇伝のように語りだすし、説教臭くなるしで方向性が違うだけでどうしようもなかった。挙句の果てに暴力である。


 父方の血筋かな、と思ったので母が離婚してくれた事は良かった。その結果向こうとほぼ関わりはなくなったので。


 だが母方の親戚にも酒癖の悪いのはいた。

 といっても、酔って全裸になりたがるおじさんが一人と、酔った途端真顔で何一つ面白くないダジャレを延々垂れ流し続けるお兄さんと、自分はオネェなのだと力説する従姉妹とか。なおオネェではなく普通におねえさんである。


 全裸になる以外は割と無害なのでスルーできたけど。


 ともあれ、酒飲んで意識を保てないレベルまで飲むのはだめだな、と前世の記憶を思い出してからはより強く思うようになったわけで。


 ジェイムズはこれからもきっと飲み会で酒を飲むだろうし、もし彼と結婚していたら。

 酔って帰ってきて、そうしてゴミみたいなツンデレもどきをやられてみろ。ツンデレるならもっとちゃんとやれと言いたい。あれは一見簡単そうに見えて高度なテクニックだとカレンは思っている。


 まず前提として相手に自分は貴方に好意をもっています、というのが伝わらなければ普通に態度の悪い人になるだけなので。

 ところが、あぁこの人素直になれなくてつい咄嗟に口からいらん事言っちゃったんだな、とわかってもらったとしても、そこからなるべく素直な気持ちを伝えられるようにならなければならないのだ。好きってわかってもらえたなら、じゃあもういいよね? わかってるもんね? とこちらの察する能力に胡坐をかかれて察しろ、は何度もやられるとうんざりしてくるので。

 そこら辺を乗り越えたうえで、素直な気持ちを伝えた挙句照れが遅れてやってきて顔を真っ赤にして逃げ出すくらいはやってほしい。まぁそこはカレンのお好みなので、必ずしもツンデレを目指す者がやらなきゃならないわけではない。


 ジェイムズは一見普段の状況からカレンに対する好意をわかりやすくしていたけれど、しかしその後の本当の気持ちを伝えるという部分でミスった。一歩間違えば心無い言葉を投げかけられた、と受け取られかねないような言い回しまではいっていないが、それでもいつかはやらかすかもしれない。


 飲み会の時にジェイムズが酔っ払って泣き上戸からツンデレもどきになる、と知っていたからこそ。

 カレンは前回の飲み会の時にジェイムズのところに飲みやすくて度数の高いお酒を運ばせていた。あの場で先に結婚を前提に付き合ってくださいー! とか叫ばれていたら周囲の同僚たちの後押しで逃げられなくなるところだったけれど、酔うと素直さが消えて捻くれた部分が出るのを知っていたからこそ使えた手段だった。



「よし、無事に脱出できたから、それじゃこれからどうしよっかな」


 なんて上機嫌に呟いて、カレンは新たな門出のために南へと向かった。



 ゲームだとある程度の日数が進むと発生するイベントというのもあった。

 そしてそれが起きるのは決まっている。

 南方の国でクーデターが起きて、それに巻き込まれた結果故郷に帰れなくなった魔術師の少年。

 実は彼は小国の王子なのだが、主人公がいなくても周囲で勝手にイベントが起きるなら、日付が確定しているイベントならきっと間違いなく発生するだろう。


 流石に南方の国でのクーデターを事前に知らせるにしても、その方法がなかったのでそこはもうどうしようもない。


 だが、少年が帰る方法を模索しているのなら、多少は力になれるとカレンは思っている。ゲームと同じく少々厄介なルートを通れば行けなくはないので。

 これからどうしようかな、なんて言いつつもカレンは既に先の算段を立てていた。


 多少、一方的に知ってるキャラだけど、ジェイムズみたいなゲームじゃわからなかった嫌な部分、みたいなのがなければ護衛を申し出て、ついでに無事に国に送り届けたら仕事もらおう。


 小国だけど貧乏ってわけでもなかったっぽいから、まぁ当面の生活はどうにかなるでしょ。


 とても打算たっぷりである。



 カレンは知らない。


 ゲームでは少年だったけれど、いざ出会ってみれば男装した美少女である事を。

 王子様ではなく王女様だったなら、余計にゲームと同じルートは大変かな、と思ったのでつい色々と世話を焼く事になる事も。

 そうしてすっかり王女様に懐かれて、その国で王女様の護衛騎士に取り立てられる事だって。


 今のカレンはまだ知らないのである。

 他に転生者がいて色々した結果何かゲームと異なる展開が、とかではなく多分並行世界的な感じで差異が出たとかそういう感じ。


 次回短編予告

 つがいの話。随分前に書いた中編つがいものバッドエンドみたいなのの別バージョンぽく浮かんだけどそっちとのリンクはしません。登場人物も違うので別作品と言い張る。

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― 新着の感想 ―
酔い癖が悪い人にも二通りある それを自覚出来るかしないかだ 酔い癖悪いは体質だから変えようが無いから仕方が無いが 何があろうと自覚しない・・・と言うか自分の中でその事実を消す馬鹿野郎居るからタチ悪い…
ツンデレっていいツンデレと悪いツンデレがあって、だいたいのアニメやら小説やらで出てくるのは量産型の悪いツンデレなんですよね。 かつて一度だけいいツンデレに出会ったけど、あれを見て本当に高度な技術だと私…
酔わなければ良い人はそもそも酒に弱いことを自覚してなさそう
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