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中華王朝史記

植樹された桜に託された初代女王達の思い

作者: 大浜 英彰

2枚目の挿絵は「イラストで物語書いちゃおう!! 企画」御主催の武 頼庵様よりお借りしたテーマイラスト(2)です。

そして3枚目の挿絵は幻邏様のテーマイラスト(3)で御座います。

また、1枚目の挿絵と4枚目以降の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。

 記念植樹もスピーチも順調に進み、此度の台北市における視察も無事に完遂出来そうじゃ。

 今はまだ王位継承権を有する第一王女に過ぎないとしても、(わらわ)こと愛新覚羅麗蘭(あいしんかくられいらん)は将来的に中華王朝の女王として即位する立場にある。

 民達の幸福と国家の安寧を司る立派な君主として大成するためにも、こうした式典や視察といった公務で経験を着実に積み重ねていかねばならんのう。

 特に此度の視察先である台湾島の中華民国は日本に並ぶ我が国の友好国の一つなのだから、どんな些細な失態も決して許されぬのじゃ。

 何はともあれ、視察も植樹式も無事に遂行出来た訳だし、(わらわ)としても肩の荷を下ろせたという心境じゃ。


 そうして緊張感から解放されると、自ずと心理的にも余裕が出てくるという物よ。

 挿絵(By みてみん)

「ほう…見事な物じゃのう…」

 この康誥坑溪櫻花大道に咲き誇る、満開の桜並木。

 その美しさと優雅さに、(わらわ)も今更ながらに魅せられたのじゃ。

 台北市長と共に臨んだ植樹式や地元報道陣を相手にしたインタビューの最中にも、この満開の桜花は否応なしに(わらわ)の視界に入ってはいた。

 ところが公務に対する緊張感と責任感とで頭の中が一杯になってしまい、桜を愛でるゆとりがまるで持てなかったのだから、全く恥ずかしい限りじゃ。

「母君なら…いや、女王陛下ならば恐らく、公務の最中にも桜花の美しさを決して見落とされず、臨機応変にスピーチやインタビューで言及されるであろうな。(わらわ)も一日も早く、その域に達したい所じゃ。」

 (わらわ)の実母でもある三代女王の愛新覚羅芳蘭(あいしんかくらほうらん)陛下は、細部に至るまで目配りと心配りの出来る聡明な仁君として、国内外から高く評価されておる。

 挿絵(By みてみん)

 オマケに艶やかな黒髪と白い額の特徴的な類稀なる若々しい美貌の持ち主でもあるのだから、天から二物も三物も与えられた才人と言えるじゃろう。

 そんな母君に恥じない立派な後継ぎに、果たして(わらわ)がなれるのか。

 不安を口にすれば、本当に際限が無かった。

 台北市での公務という肩の荷は下ろせそうだが、次期女王として双肩に担った責任はそう簡単に下ろせる物では無い。

 言っても詮無き事ではあるが、今の(わらわ)には康誥坑溪櫻花大道へ花見に来た行楽客や付近を往来する台北市民が羨ましく感じられたのじゃ。

 挿絵(By みてみん)

 例えば大学生と思わしきあの男女などは、(わらわ)よりは幾分ばかり屈託のない日々を送っているのじゃろう。

 まあ、(わらわ)のような義務教育も済んでいない小娘に言われる筋合いは無いのかも知れないが。

 挿絵(By みてみん)

 そして昨夜にゲストルームのテレビで見た動物番組の山猫やフクロウなども、妾が背負った責任とは無縁の存在であろう。

 そうは言っても、市井に生きる人々や野生動物にだって、悩みや苦労は確実に存在する。

 (わらわ)の脳裏に過った思考など、所詮は単なる無い物ねだりでしかない。

 未だ義務教育さえ修めていない若輩の身の上とはいえ、このように考えているようでは我ながら先が思い遣られるな…


 そうした具合に思索に耽っていた(わらわ)の視線は、一本の桜の木に釘付けとなってしまったのだ。

 厳密には、木の傍らに設けられた記念樹碑に目を奪われたと言うべきじゃな。

「ほう、『台中友好記念植樹』とな…して、何人による植樹なのか…?何、『中華王朝初代女王・愛新覚羅紅蘭(あいしんかくらこうらん)』じゃと?!」

 記念樹碑に刻まれた文字を読み上げた瞬間、(わらわ)は自ずとしゃちこ張ってしまったのじゃ。

 (わらわ)の曾祖母にあたる愛新覚羅紅蘭(あいしんかくらこうらん)初代女王陛下は、日本に亡命した華僑の令嬢から身を起こされ、長じてからは清朝の皇位請求権を行使する形で中華王朝を興された、正しく「建国の母」というべき大人物。

 臣下達の言葉に素直に耳を傾ける謙虚な姿勢と仁愛に満ちた治世で万民から愛され、高齢を原因に政務から退かれた今日でも多くの人々から慕われている太王太后は、曾孫にあたる(わらわ)にとっても理想の君主像である。

 そんな初代女王陛下の御名前が刻まれた記念樹碑を目の当たりにしたのだから、頭を垂れて礼を示すのが筋という物だ。

「麗蘭殿下、如何なされたので…おお、それは太王太后の桜で御座いますね。」

 (わらわ)の数歩後を歩んでいた太傅(たいふ)紀志喬(きしきょう)も、記念樹碑に気付くや直ちに拱手の礼を示すのだった。

 太傅(たいふ)として(わらわ)の教育に携わっている立場上、頭を下げる事には慣れているのだろう。

 紀志喬(きしきょう)の拱手礼は、妾のそれより遥かに洗練されているように感じられたよ。


 そうして無事に公務を終えて台湾から中華王朝に帰国した(わらわ)は、太傅から件の桜について詳細な講釈を受ける事になったのだ。

 挿絵(By みてみん)

「太王太后が件の桜の木を植樹されたのは、御在位十五年目の年の春の事で御座いますね。」

「すると(わらわ)の母君…いや、今上の女王陛下と同年代の頃か…」

 紫禁城の書庫から取り出してきた公文書を片手に熱弁する紀志喬(きしきょう)に相槌を打ちながら、(わらわ)は若き日の太王太后の写真を改めて注視した。

 挿絵(By みてみん)

 文武百官から「紅蘭陛下」と呼ばれていた頃の曾祖母は、初々しくも緊張感を隠そうともしない面持ちでカメラを見つめていた。

それも無理からぬ事だろう。

 確かに「建国の母」と言えば聞こえは良いが、初代女王として即位された曾祖母は一から全てを立ち上げなければならなかったのだから。

 歴史の浅い新興国の君主として、様々な気苦労をされた事は想像に難くない。

「そして台湾島の中華民国と中華王朝の末永き友好を祈願して、桜の苗木を連名で植樹されたので御座います。その際に御一緒だったのは、中華王朝初代丞相の楽永音(がくえいおん)閣下と、当時の中華民国大総統の孫小喬(そんしょうきょう)閣下…」

「実に妥当な人選じゃな。初代女王陛下の人間関係という点からも、我が中華王朝と台湾政府の友好関係という側面からも。」

 挿絵(By みてみん)

 黎明期の我が国に初代丞相として尽力して下さった楽永音(がくえいおん)閣下は、初代女王陛下にとっては「股肱の臣」と言うべき頼れる腹心であり、年下の親友のように心を許せる存在でもあったそうだ。

 その仲はさながら、後漢末期における劉備玄徳と諸葛孔明の間で育まれた「水魚の交わり」に喩えられる程の親密さだったという。

 そんな楽永音(がくえいおん)閣下は台湾生まれの台湾育ちで、その上に台北大学で修士課程にまで進んだのだから、中華王朝と台湾政府の橋渡し役としてまたとない逸材と言えた。

 挿絵(By みてみん)

 そして後漢末期における呉の皇帝である孫権の直系の子孫という由緒正しい家柄に生まれ、歴代最年少で中華民国政府の大総統に就任する快挙を成し遂げた孫小喬(そんしょうきょう)閣下は、楽永音(がくえいおん)丞相閣下と台北大学の修士課程でゼミ友として友情を育み合った過去があったらしい。

 この両者の絆は愛新覚羅紅蘭(あいしんかくらこうらん)初代女王陛下を加える事で一層に強固な物となり、今日における台湾島の中華民国と我が中華王朝の友好関係を構築する礎として機能した事は、アジアの近現代史を学ぶ者達にとって周知の事実である。

「すると件の桜の木は、初代女王陛下の若き日の思い出であると同時に、我が中華王朝と台湾の友情と絆の証でもあるという事か…」

 初代女王陛下と初代丞相閣下、そして歴代最年少の大総統閣下。

 アジアの平和と友好に尽力した三人の女性達によって植樹された苗木は、数十年の歳月を経て見事な成長を遂げた。

 その成果を目の当たりに出来た(わらわ)は、類稀なる果報者と言えるのかも知れんな。

「そして此度は、(わらわ)が桜の木を植樹した…よし!」

 そうして軽く首を左右に振ると、今の今まで妾に纏わりついていた重苦しい空気のような物が雲散霧消していくかのようだった。

 挿絵(By みてみん)

 (わらわ)の植樹したあの桜の苗木も、何時の日にかは平和と友好の証として大輪の花を咲かせるのだろう。

 そんな未来を築くためにも、次期天子に相応しい立派な大人物になりたいものよのう。

 クヨクヨしてはいられないという事じゃ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛新覚羅麗蘭殿下の重圧は相当なものだと思います。 母や祖母、ご先祖様が名君なら余計に大きなものだと思います。 それでも、植樹した、された桜を通して決意された殿下は素晴らしい御方だと思います…
[良い点] 愛新覚羅麗蘭さま、お言葉の端々に誇り高さ、気高さが垣間見えていらっしゃいますね。 美麗なイラストがあるお陰で、愛らしくも凛とした彼女のお姿を想像いたしつつ読み進めることができました。 将来…
[良い点] 記念植樹。 桜の苗が植えられることがよくありますね。 毎年、満開の花で春の到来を教えてくれるとともに、それを目にした人々に、大切な何かを思い出させてくれるからでしょうかね。
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