第9話 少女マンガチック作戦
私は草壁君に告白できないまま時間だけが過ぎていった。そんな私に紗椰ちゃんは明るい声で話しかけてくる。
「いいこと考えたよ」
今は放課後、沙耶ちゃんと野乃葉ちゃんが私の教室に来ている。
「ふーん。それで?」
「柚衣ってこの頃暗くない?」
「だって草壁君には付き合わない宣言されるわ、ショッピングセンターには薪も吊せるような大きな胆も売ってないわ」
「何それ?」
「何でもない」
こんな私を無視するように紗椰ちゃんは話を続ける。
「昨日、昔の少女マンガが出てきて読んでたんだ」
「昔の少女マンガが出てきた? なぜ急に?」
「家中大掃除をしてたんだ」
「どうして年末でもないのに大掃除をするの?」
「我が家は突然何かを始めることが多い」
紗椰ちゃんの家って変わってる。
「昔の少女マンガってお母さんが読んでたやつ?」
「違うね。お母さんじゃなくお父さんが読んでた少女マンガだそうだ」
紗椰ちゃんの家って想像以上に変わってる。
「それで少女マンガがどうしたの?」
「廊下や道でぶつかった人と恋に落ちるシーンがやたらと出てきたんだよ」
何となく嫌な予感がするんだけど・・・・。
「これは使えるなと思って」
「どういうこと?」
「そっか〜。草壁君と柚衣ちゃんが〜ぶつかればいいのか〜」
突然、話に入ってきた野乃葉ちゃんが言った。
「そういうこと」
「それは無理だよ。マンガと現実は違うもん」
「いやあ、そうとも限らないよ。草壁君がこけた柚衣にそっと手をさしのべて、『怪我はないかい?』って言うの」
「そんなうまくいかないよ」
「手と手が触れあい。柚衣のハートは120%に・・・・あれ?」
「もしかして恋に落ちるのって女の子の方じゃないの?」
「そう言えばそうだったような・・・・」
やっぱりダメじゃん。ちょっとでも期待した私がバカだったわ。
「でも、逆も考えられるよ」
紗椰ちゃんて割としぶとい。
「逆?」
「そう、草壁君がこけて柚衣が手を出すの」
「そんなの無理でしょ!」
「やってみなきゃ分からないよ」
「だって、草壁君て野球部のショートなんだよ? 更に四番でキャプテンなんだよ? 私がいくら強くぶつかってもこけるわけないよ」
何でもショートというのは重要なポジションらしい。
「第一、強い女をアピールいてどうするのよ!」
「そうだよね〜」
野乃葉ちゃんが私の方を見て頷く。
「よし、こけなかったときのことも考えておこう」
沙耶ちゃんは腕組みをして教室をうろうろ歩き回る。
「わかった! 柚衣が怪我をすればいいんだ!!」
「え?? そんなの無理・・・・だよ??」
「うまくいけばおんぶで保健室に運んでもらえるかも?」
「え! ほんと? ・・・・じゃなくて都合よく怪我なんてしないから」
私はため息交じりに言った。
「しなくてもいいの」
「え?」
「怪我をした振りをすればOK!」
「・・・・そんな草壁君を騙すなんてできないよ」
「それは騙すのは悪いことだよ。でも、ほんの少しだけ目を瞑れば草壁君の背中は柚衣のものなんだよ!」
「え! でも〜、そんな〜」
私は赤くなった顔に手を当てながら言葉にならない声を出した。
「よし、決まり! もし気が咎めるのなら意地でも草壁君をこかすことだね」
だから、それは無理だって!
「後、一つ大きな問題が」
「遥香ちゃんだね〜」
「その通り」
壁ドン作戦(事件)以来、遥香ちゃんは私の周りによく現れる。もし、うまく草壁君にぶつかっても遥香ちゃんが近くにいると、
『私が保健室に連れて行きます』
何て言いかねない。
そうなると草壁君の背中が・・・・。あれ? 私うまく丸め込まれてる?
「そこであたしの作戦はこうだ」
沙耶ちゃんはいつもの手帳を取り出すと紙に図を書いて話し始める。
「なるべく人通りの少ない廊下となると3階のこの場所。そして時間割から考えた動線で推測すると草壁君は2限目の終わり美術室に移動すると考えられる」
「沙耶ちゃん凄い!」
いつの間にこんなデータを揃えたの? 紗椰ちゃん、本当に恐ろしい人!