第7話 練習台は慎重に選ばないとね
暫くすると沙耶ちゃんが小柄な女の子を連れてきた。見覚えのあるその子は近所に住む佐々木遥香ちゃんだ。遥香ちゃんは一つ後輩の1年生で、小さいときはかなり仲良しだった。高校に入ってからは殆ど遊んでないけど昔は毎日のように遊んでいた子だ。でも何で女の子を連れてくるわけ?
「遥香ちゃん」
「あっ、柚衣ちゃん!」
「なんか久しぶりだね」
「そうですよ。小学校の時はよく遊んでくれたのに、この頃、全然遊んでくれないじゃないですか?」
「ごめん、ごめん。何かと忙しくて」
私は苦笑いした。
「ところで今日は何があるんですか?」
それを聞くと私は沙耶ちゃんの耳元で囁いた。
「まさか女の子相手に壁ドンをやれって言ってないよね? それに何も言ってないの?」
「当然。言ったら相手の反応見れないじゃん。身構えられても困るし」
「ええ~。それまずくない?」
「大丈夫だって」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫! それに相手が女の子だったら『好き』って言っても誤解を受ける心配はないでしょ?」
「それはそうだけど・・・・」
沙耶ちゃんは私の言葉も気に止めず遥香ちゃんを壁のところまで連れて行った。
「準備OK」
沙耶ちゃんの声が響く。
「がんばって〜」
野乃葉ちゃんも応援してくれている。てか完全に他人事だよね。
やらなきゃいけないんだよねたぶん。やった方がいいんだよねきっと。草壁君とラブラブになるためだ。私は意を決してゆっくりと遥香ちゃんに近付いていく。
私が遥香ちゃんの前に立つと、
「ん??」
とあどけない表情で遥香ちゃんが私を見つめている。
「ごめんね」
小さな声で呟いた後、私は深呼吸を一つして手を肩の高さまで上げた。
“ドンッ!”
「私、あなたのことが好きです。付き合って下さい!」
「はい!」
できた! やってみると割と簡単なものね。
ん? 辺りに違和感のある空気が流れている。
「・・・・遥香ちゃん?・・・・今なんて?」
「私も柚衣ちゃんのこと大好きです。いや、愛してます。だから喜んでお付き合いします」
「え?? ええーーー!」
私たち3人が驚いていると、遥香ちゃんが私の肩に手をかけて抱きついてきた。
「今のは冗談だから。これは練習だから」
「今更そんなこと言っても信じませんよ」
「いや、本当に」
「何を言っても無駄です。今の告白は本気だったと確信しましたから」
「まあ、とにかくこの手を放してほしいな?」
「もう、離れないです」
「沙耶ちゃん、野乃葉ちゃん、何とかしてよ!!」
私は後ろを振り向いて叫んだ。
「何とかって言われても・・・・。まさかこういう展開になるとは・・・・。ねえ」
「そうだよ〜」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、ようやく遥香ちゃんは離れてくれたが、それ以来、遥香ちゃんは私の前に度々現れるようになり、私の腕にしがみついたり私にすり寄ったりしてくるようになってしまった。
ああ、草壁君との幸せな日々が遠のいていきそうで怖い。