第6話 逆転の発想
沙耶ちゃんが俯いている時は碌なことを考えていない時だ。第一『できたらこの手だけは使いたくない』ってどういうことよ?
「だから何をするの?」
私は怖々聞いた。
「いい? これは逆転の発想から生まれた凄い手段」
「もう、早く言ってよ」
「壁ドンだよ」
「へ?」
あまりに意外な言葉に私は思わず変な声を上げてしまった。
「そんなの無理だよ。告白すらしてないのに壁ドンなんてしてもらえるわけないじゃない」
「壁ドンは柚衣がするの」
「はぁ!?」
私と野乃葉ちゃんは一斉に声を上げた。沙耶ちゃんもついにネタ切れか。
「何考えてるの? 女の方から壁ドンだなんて」
「この際、女も男もないよ。男女平等の時代だからね」
「そういう問題じゃ・・・・」
「いい? 草壁君はたくさんの女の子から告白されて、女は一途なものって思い込んでいるんだよ」
「そうかなあ?」
「そんな時、強引に告白されたらきっとYESと言ってしまうに違いない。それが人間心理ってもんよ!」
沙耶ちゃんの迫力に私たちは思わず頷いてしまった。
それと同時にさっきの店員が水を注ぎにやって来る。
「でも、どうやってやるの?」
「まず、私と野乃葉が草壁君を空き教室へ呼び出す。そして隠れている柚衣が出てきて壁ドンってわけ」
「そんなにうまくいくのかなあ?」
「大丈夫だよ~」
野乃葉ちゃん、何を根拠に言ってるの?
「じゃあ、まず練習だね」
「練習ってどうするの?」
「中園君に~練習台になってもらえば~??」
「え?‥‥い、嫌だよ。琉生にそんなことするなんて」
「でも~、一番仲のいい男の子でしょ~??」
「仲なんて良くないから」
「私なら~喜んでするのに~」
「確かに柚衣って中園君の前では人格変わるよね」
「それは琉生が変なことばかり言うからよ!」
私は顔を赤くして怒鳴った。
「本当は中園君のこと好きなんじゃないの?」
「す、好きなわけないでしょ!!!」
私の声が店中に広がる。それと同時にさっきの店員が水を持ってくるのが見えたので、私たちは店を出ることにした。
次の日、私は沙耶ちゃんの手際の良さに驚かされた。さっさと空き教室を見つけ、放課後呼び出す手配までしてきたのだ。
「これで完璧」
「私は不安なんだけど」
「やっぱり練習は必要か」
沙耶ちゃんがびっしりと計画が書かれた手帳にさらさらとメモをする。
「昼休みに練習しよう」
「誰で練習するの?」
「そうだね。昼休みまでに考えておく」
「誰で練習しても誤解されそうで怖いな」
「大丈夫。誤解されない人にすればいいじゃん」
沙耶ちゃんが自信満々に答える。誤解されない人っているのかな? 多分いない気がする。
そしていよいよ昼休み。
「じゃあ、私たちが練習台を連れてくるからこの部屋で待ってて」
「いったい誰を連れてくるの?」
「それはお楽しみ」
「お願いだから怖そうな人はやめてね」
「大丈夫、大丈夫」
と言いながら二人は教室から出て行った。
私は不安と緊張に包まれて独り空き教室にいる。時間の流れが遅い。もう昼休み終わっちゃうよ~。ふと教室の時計 に目をやると5分しか経ってないのがわかった。何でこんなに長く感じるの? この時計壊れてないよね? 私はそっと隣の教室の時計を見る。壊れてなかった。