第38話 恐怖の親衛隊
私は喫茶店のウインドーまで来るとわざとスピードを落とした。野乃葉ちゃんはと言うと、コーヒーを飲んでむせている。これはどう考えてもラブラブじゃないよ!
『紗椰ちゃん。お願いだから野乃葉ちゃんがラブラブに見えるように支持して』
『わかった。任せて』
紗椰ちゃんの声が異常に弾んでいるのは気のせいかな?
『野乃葉。中園君の手を握りなさい』
野乃葉ちゃんが突然乗り出して琉生の手を握ろうとしている。
「何? 何?」
慌てて手を引っ込める琉生。
『チッ、失敗したか。だったら野乃葉。中園君を甘えた目で見つめて。可愛く見せるこつは下から見上げるんだよ』
野乃葉ちゃんが低い体勢から琉生を睨み付けている。これじゃコンビニでたむろしている不良だよ。
「ごめん。俺が悪かった。謝るから許してくれ」
あれ? 琉生が野乃葉ちゃんに土下座してるよ。
『うまくいかないわね。こうなったら無理矢理キスするんだ野乃葉!』
野乃葉ちゃんが唇を突き出して思いっきり琉生に向かっていく。
「野乃葉、落ち着けここは喫茶店だぞ!」
琉生が野乃葉ちゃんの肩を必死で押している。ダメだわこりゃ。
「あそこに座って話しているのって中園君と野乃葉ちゃんじゃない?」
気付いてなかったんか~い!
「あっ、本当だ」
やや棒読み台詞になりながらも私が答える。
「何か仲良さそうだね、あの二人」
「そうかな~。じゃなかった本当だね」
琉生が必死で何かを言っている。
「わかった。場所を変えてゆっくり話そう」
「どこで~話すの~」
「どこがいいかな?」
「琉生君の~家がいいな~」
「そうだな。俺の家なら・・・・ってダメだ!」
「どうして~」
「身の危険を感じる」
野乃葉ちゃんとても幸せそう。琉生も何か嬉しそうに見えるのは何でだろう?
あれ? 何だろうこの気持ち・・・・。ちょっと寂しいような。
「どうかしたの?」
「ううん。何でもない」
「中園君、僕には柚衣ちゃんしかいないって言ってたのに」
「琉生だもん」
そう言いながら私は琉生を見た。
私たちは野乃葉ちゃんと琉生がいる喫茶店からゆっくりと離れた。これ以上この2人を見せていると仲が悪いことが草壁君にバレかねない。すると紗椰ちゃんの大きな声が聞こえてきた。
『やったー!! 大成功!!』
沙耶ちゃんかなり妥協してない? それにあまり大きな声出すと草壁君に聞こえちゃうよ。私はさっきよりちょっと草壁君に近寄っていたのだ。どうしてかはわからないけど。きっと奇妙な寂しさが心を支配しつつあったからかな?
「あまり僕に近寄らない方がいいよ」
!?!? 何か聞いてはいけない言葉を聞いてしまったような‥‥。
「どうして!?」
私は涙目になりながら聞く。草壁君の冷たい言葉は私に大きなダメージを与える。
「さっきから誰かに見られている気がするんだ」
え? それって例の親衛隊? 違うよね? わかった。きっとそれは沙耶ちゃんだよ。さっきの声が聞こえたんだね。
「僕の思い過ごしならいいけど」
「きっとそうだよ」
「もし親衛隊もどきなら君に危害を加える可能性もある」
何ですと! でも、ここで引き下がったらダメだ!
「大丈夫だって。こう見えても私、書道5段なんだから」
「それは頼もしいね。学校でも何かあったらすぐに言って欲しいんだ。彼女らは僕の前では何もしないから」
「ありがとう。嬉しい」
沙耶ちゃんがつけて来ているだけだから、怖くないもんね。
『あたし野乃葉が心配だからさっきの場所にいるからね。柚衣たちは見えないので適当に盛り上がってて』
「え゛!」
「どうしたの? 変な声出して」
草壁君は心配そうな顔で私を見ている。
「何でもないの?」
ははは・・・・ていうことは誰に後をつけられてるんだろう・・・・。沙耶ちゃんじゃないんだよね?
「そろそろ、戻ろうか」
と私が言うと、
「え? もう?」
と草壁君が言ってくれる。
こ、これは何と嬉しい言葉でありましょうか! 生きてて良かったよ~!
でも、今はそれどころじゃないし・・・・。
私たちが戻りかけたとき、一人の女が私たちの行く手を拒んだ。
「私の誘いを無視しておいて、クリスマスイブに異性とデートとはどういうことですか?」
「君は誰?」
草壁君の親衛隊じゃなくて、私の親衛隊もどきだった!
「遥香ちゃん!」
壁ドン事件以来、私と付き合っているつもりの佐々木遥香ちゃんだ。
「もう何よ! こんなにひっついて!」
そう言うと遥香ちゃんは私たちの間に割って入った。
「あなた達、どういう関係なの?」
遥香ちゃんは草壁君を睨みながら聞く。
「友達だけど」
分かり切った返事なのだが、何か近付いたものが遠ざかっていく感じがするよ~。
「私は柚衣ちゃんと付き合ってるの。紛らわしい真似しないでくれる?」
ちょっと何言い出すのよ!
「遥香ちゃん。付き合ってるって・・・・」
「あの真剣な愛の告白を私は忘れません!」
「愛の告白?」
草壁君はきょとんとした顔で呟く。
「違うの!!! これにはわけが・・・・」
「さあ、行きますよ」
遥香ちゃんは私の手を強引に引っ張った。これが意外と力が強く、みるみる草壁君から離れていった。
「ちょっと待って遥香ちゃん。私は今大事な‥‥。お願いだから手を放して! 何でこんなに力が強いのよ!」
草壁君は何が起こったのか分からないという表情でポカンと立ったままだった。ああ、私の草壁君が遠ざかっていく。