シロクロ
白い部屋。
そこに私は居た。
私の髪も白くて、この部屋には本当に白しか無い。
ベッドしかないこの部屋で、私はベッドの上から動くことが出来ない。
私は自分の意思でこの部屋から出ることは出来なかった。
黒い少女がこの部屋に来た。
初めて見る、白以外の色。
初めて見る、私以外の存在。
黒い少女が私に問う。
「貴方はここにずっと1人でいるの?」
私は答えた。
「そう、ここから出たことがないの。体が動いてくれないから。私以外の存在を初めて見たわ。」
黒い少女は動揺したような顔をした後、困った顔で言った。
「そっか。」
黒い少女は無言でこの白い部屋から出て行った。
何処と無く、私と声が似ている気がした。
もっと話してみたかったな。そう思う。
あの子はどうしてここに来たのだろうか。
もし、次に来た時は聞いてみよう。
『次』なんてあるのかな。
黒い少女が来た。
もう来ないと思っていたから、すごく驚いた。
それと同時に、とても嬉しかった。
驚くのも、嬉しいと思うのも、初めてだった。
黒い少女は私に言った。
「私は外の世界を知っているの。あなたが望むのなら、教えてあげる。」
外の世界。
私の知らない世界。
知りたいと思った。だから私は望んだ。
それから、黒い少女は頻繁にこの部屋に来るようになった。
外の世界の話をいっぱいしてくれる黒い少女。
大好きになった。
大好きというのも、初めて知った。
黒い少女は、私が見たことの無い物を持ってきた。
「それは何?」
私が問う。
「これは、お花。外の世界にはいっぱいあるの。」
黒い少女が答える。
「お花。」
「そう、お花。この花は赤色の花なの。花弁は赤で、茎や葉は緑色。」
「赤。緑。」
私は黒い少女の言う色を繰り返した。
初めて見る物。
綺麗なお花。
だけど、お花はゆっくりと消えていった。
私は驚いた。黒い少女も驚いていた。
それから黒い少女は、お話と一緒にお花や果物など、私の見たことの無い物を持ってくるようになった。
消えてしまうとわかっていても、私に多くを見せてくれた。
いつしか、私たちは互いを『クロ』、『シロ』と呼ぶようになっていた。
彼女は黒いから『クロ』。
私は白いから『シロ』。
安直だけど、嬉しかった。
仲良くなれた気がした。
この部屋では、私以外の存在は消えちゃうのに、どうしてクロは消えないんだろう。
不思議だった。
でも、クロは大丈夫なんだと信じていた。
またクロは私に外の世界を教えてくれていた。
なんとなく、ただ本当になんとなくだった。
私は、クロの手に、触れてみた。
「痛っ。」
私の手に激痛が走った。
私の体が蝕まれるような、痛み。
「どうして私に触ったの!」
クロが怒鳴る。
どうして。どうして。
お花は触れたのに、果物は食べられたのに、クロにはどうして触れたら痛いの。
クロは私に語りかける。
「怒鳴ってごめんなさい。だけど、私にはもう触れないで。シロに痛い思いをして欲しくないから。」
悲しかった。
温もりを知ることが出来ないことが。
クロに触れ合えないことが。
悲しいということを、初めて、知った。
どんなに仲良くなれても、触れ合うことは出来ない。
悲しくて泣きたい時に抱き締めてもらえない。
クロが泣いていても抱き締められない。
近くに居るのに、いないような。
そんな距離感だった。
それでも、クロはやって来た。
初めて見る物を必ず持って来た。
それでもいいと思った。
触れなくても、クロとずっと一緒に居たいと思ったの。
永遠を望んだ。
クロが来た。
何も持っていない。
何も語らない。
「どうしたの?」
私が問う。
何も、言わない。
暫くするとクロが口を開いた。
「私は知っていた。シロのこと。最初から。」
そして、クロは語り出す。
私たちのことを。
「この世界は、『人間』の人格を作り上げるための空間。」
「『人間』って何?」
「私たちが混ざり合った末に生まれる存在。」
何を言っているのか、私に理解出来なかった。
それでも、クロは続ける。
「私たちが混ざり合った時の色が、生まれる『人間』の根元にある人格になるの。白は優しさや素直さ。黒は醜さや卑しさ。
本当はね、絶対にこの部屋には入らないって思ってた。もし、入らないといけなくなったら白い少女を殺してやる、苦しめてやるって思ってたの。だけど、出来なかった。シロを初めて見た時、寂しそうで、つまらなそうで、儚くて、助けたいと思ったの。消したくないって、そう思ったの。私には醜さや卑しさが足りなかったみたい。」
そう言うクロは、とても優しい顔をしてた。
クロと一緒に居ることが出来たのは、クロの優しさがあったから。
それはとても嬉しいことなのに、喜べない。
嫌な予感がしている。
胸の奥が、ざわざわしている。
「シロはとても素直で可愛かった。シロを苦しめるなんて考えられなくなってた。守らなきゃって思ったの。私からシロを。
黒は白を飲み込むから、私たちが触れ合うとシロの方が痛みを感じるの。触れる度にシロを蝕んでしまうから。だから、触れることが出来なかった。触られることが出来なかった。」
クロは私を守ろうとしていた。
この世界にいる時点で、私たちは争うはずだったんだ。
私は、クロに守られて生き残っていた。
「この部屋では、シロ以外は消えちゃったよね。それは私も例外じゃないの。ちょっとずつ、ゆっくりと時間をかけて消えていたんだよ。でも、私はそれでいいの。シロを守れた証拠だから。」
そう言うクロの体は、ゆっくりと透けていた。
消えていく、ゆっくりと。
クロが、私の目の前から、消えていく。
嫌だ、と思った。私の目から水が流れる。
直感的に思った。
これは涙だ。これが、涙だ。
「ごめんね、シロ。シロが泣いているのに私は抱き締めてあげられない。
でもね、私たちは今から一つになるの。これからずっとずっと一緒。『人間』として産まれたら、この世界の出来事は、思い出は消えてしまうけど、心の奥底ではきっと忘れない。大好きだよ、シロ。」
笑った。クロは最後まで涙を流すことなく、笑った。
音も無く静かに、クロは消え去った。
一つになれて、とても嬉しい。
これからはずっと一緒だから。
クロが消えて、悲しい。
もう、クロとは話せないから。
忘れてしまうのは、苦しい。
大事な、とても大事な思い出だから。
消えていく。この世界も、クロも、思い出も。
そして、白と黒はゆっくりと混ざり合った。
20XX年2月1日。
とある総合病院で新しい命が生まれた。
その子の名前は『優』と名付けられた。
とても、優しい子になって欲しい。
そんな願いを込めて。