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第九百八十九話 透明な存在(一)

「ガルム六体程度なら一瞬だな」

「まあ、獣級下位だし……」

「これくらいはできて当然というか、なんというか」

 真白ましろ黒乃くろの義一ぎいちたちが幻魔の死骸を見下ろしながら総評する様子は、ごくごく当たり前で、いつものことではあった。

 小さな、本当に小さな規模の戦いが終わった。

 六体の下位獣級幻魔ガルムをまさに一瞬のうちに撃滅げきめつした真星しんせい小隊は、壊滅的な被害を受けた住宅街の真っ只中にいる。

 市民の平穏な生活が、やはり一瞬にして打ち砕かれたという事実を目の当たりにすれば、幸多こうたは、考え込まざるを得ない。

 霊石結界セフィラに包まれた市内であっても、幻魔災害は起こりうる。いつ何時なんどき、どんな状況であっても発生する可能性があるのだ。故に、戦団は常時導士たちを巡回させ、あるいは各所に待機、警戒させることで、被害を最小限に食い止めようとしている。

 今回、幻魔が出現した直後に討伐できたのは、幸多たちがこの付近を巡回中だったからだ。

 もし、幸多たちが間に合わない距離にいれば、別の小隊が対応しただろう。巡回任務中の、あるいは警戒任務中の小隊が速やかに現場におもむき、やはり、幸多たちと同様に容易く殲滅せんめつして見せたに違いない。

 これが央都の現状であり、こればかりはどれだけ警戒をげんにし、警備のための戦力を増強しても、完全になくすことはできない。

 音を立てて崩落する建物の天井を魔法で受け止め、そっと地面に下ろす真白を横目に見る。建物内に転がっているのが幻魔の死骸だけだという事実には、少しだけ安堵あんどした。

「被害者がいないというのは、間違いなさそうなんですか?」

『幸い、現場周辺の家屋にはだれもいなかったわ。ガルムが暴れ回ってたけれど、負傷者一人確認されていないのよう』

「でも、ガルムは現れた……?」

 義一が小首を傾げれば、情報官・計倉とくらエリスが説明する。

『現場から固有波形こゆうはけい観測かんそくされているわ。これまで記録されていない、強力な波形よ。おそらくは鬼級幻魔のね』

「鬼級幻魔が、空間転移魔法を駆使し、ガルムを送り込んできた可能性が高い――ということですか」

「ってこたあなにか、未知の鬼級幻魔が央都侵攻を企んでるってことかよ?」

『そういう可能性もあるということよ。そしてそれはなにも、いまに始まったことではないわ。昔から、央都への侵攻を企む鬼級はいた。そしてそのたびに撃退してきたのが戦団よ』

「そして、そのたびに攻め寄せてきた鬼級の〈殻〉を制圧して見せたのが、戦団なんですよね」

 義一が、考え込むようにいった。

「……鬼級幻魔鬼級幻魔鬼級幻魔、この世にゃろくな鬼級幻魔がいねえなあ、おい」

「それは……まあ、そうなんだけど……」

 沸き上がる怒りのままに叫び声を上げた兄に対し、黒乃は、困ったような顔をした。それから、幸多がきょろきょろと室内を見回している様子に気づく。

「隊長、どうしたの?」

「いや……そういえばさっき、声が聞こえた気がしたんだ」

「声?」

「エリスさんの声じゃなくて?」

「ううん。違う。男の子の声だった」

「男の子お?」

「ぼくたちと同年代くらいかな。たぶん。真星小隊の活躍を褒め称えて、拍手もしてくれてたんだ」

 幸多が戦闘直後の出来事を思い出しながら伝えると、真白たちは怪訝けげんな顔をした。

「はあ? 聞いたか?」

「ぼくは聞いてないけど」

「ぼくも、聞こえなかったな。幻聴じゃない?」

「幻聴……」

 彼らの反応を見る限りでは、先程の賞賛しょうさんと拍手は、幸多以外には聞こえていなかったのは確かなようだった。

 真白たちが不思議そうな顔をして、黒乃などは幸多の額に手を当ててくる。熱でもあるのではないかと考えたのだろう。

「……隊長の幻聴はともかく、ここは幻災隊げんさいたいに任せて、おれたちは任務に戻った方がいいんじゃないか?」

「珍しくまともなことをいうね?」

「おれはいつだってまともだっつの。幻聴に振り回されることだってないしな!」

「別に振り回されてはいないけどさ」

 真白が真っ先に現場を離れたのは、幻災隊が現場に到着する様が見えたからだ。法機ほうきに跨がり、水穂基地から飛来した導士たち。幻魔災害特殊対応部隊げんまさいがいとくしゅたいおうぶたいの隊員たちである彼らは、颯爽さっそうと現場に降り立つと、真星小隊に軽く会釈し、状況の確認を始めた。

 幻魔災害の事後処理全般を担当する彼らは、別名・事後処理部隊とも呼ばれる。

 戦闘部の導士たちを幻魔や魔法犯罪者との戦いにのみ集中させるべく設けられたのが、事後処理に特化した部隊である幻災隊だ。

 幸多たちも、幻災隊の存在の大きさを実感することばかりだ。幻魔討伐後、速やかに本来の任務に戻れるのも、幻災隊の存在があればこそなのだ。

 幸多は、幻災隊の導士たちに感謝を示すと、義一に続いてその場を離れた。人気のなくなった町中に降り立ち、鎧套がいとうを転送する。さすがに鎧套を装備したまま巡回任務を行うのは、悪目立ちが過ぎる。

『本当に……聞こえた?』

「うん……え?」

 幸多は、再び聞こえたささやき声に振り向き、そこに佇む隊員たちの顔を見た。

「どうしたんだよ?」

「まさか、また聞こえた?」

「幻聴?」

「……じゃない」

 幸多は、確信をもって、告げる。

「幻聴じゃないよ」

「なんでそうと言い切れるんだよ。おれたちにはなんも聞こえてねえってのに」

「兄さん……」

 真白の強気な発言に対し、黒乃がそのそでを掴んで抑えようとするのはいつものことだ。真白がだれかと一悶着ひともんちゃくを起こす可能性を常に考えているのだ。それは隊内であっても同じであり、それが小隊内の不和に繋がる危険性を思えば、なおのことだった。もちろん、幸多や義一が、真白といがみ合うことになるとは、思ってもいないのだが。

 それはそれとして、兄の言葉の強さには、弟としても想うところがあるのだ。

「だって、そこにいるもの」

 幸多の視線は、道路沿いに立つ真白や黒乃、義一たちのすぐ隣を見ていた。だれもいない虚空に視線を定める幸多の様子からは、嘘や冗談をいっているようには見えない。

「いる?」

「いるってだれが?」

「声の主だと想うけど……そうだよね、隊長?」

「うん」

 幸多は、静かに頷き、黒乃の質問を肯定した。

 幸多の視線の先には、確かに少年の姿があるのだ。声音から推察した通り、幸多たちと同年代の少年が、真白たちと少しは慣れた位置に立ち、こちらを見ている。

 淡い緑の光で構成された少年の容貌は、どこか見覚えがあるような気がした。けれども、その優しげな、しかし驚きに満ちた表情は、幸多の記憶の中には存在し得ないもののように思えてならない。

 背格好も幸多たちに近いが、幸多より少し上背うわぜいがあるようだ。すらりと伸びた手足には筋肉がついていない。導衣を身に纏っているようなのだが、かなり古い種類の導衣だった。今現在、彼と同じ導衣を装備している導士は一人としていないはずだ。

 導衣は、世代によって大きく性能差がある。古い導衣を好き好んで身につける理由は、一切ないのだ。

 ではなぜ、彼は旧世代の導衣を身につけているのか。幸多には、想像もつかない。

 さらに特筆するべきは、その全体像だろう。少年の全身は、半透明だった。背後に立ち並ぶ家の軒先が、道路が、はっきりと見えているのだ。

 まるでその少年がこの世界に実在していないかのような存在感の薄さだった。

 幸多は、少年に歩み寄った。少年は、幸多の反応に驚きっぱなしだ。

「そっちにいるのか?」

「なんにも見えないけど」

「義一くんにも?」

「うん。真眼しんがんでも見えやしないよ」

「じゃあやっぱり幻聴で幻覚なんだよ、隊長」

「違うよ」

「なんで断言できんだよ」

 呆れ果てたような真白の反応もわからなくはないが、幸多は、少年を実際に目の当たりにしているのだから仕方がない。興味が湧いた。好奇心の赴くままに、少年に歩み寄る。

 少年は、近づいてくる幸多に対し、戸惑いを見せていたが、ついには諦めたようだった。

『本当に聞こえて、見えているんだね』

「うん。聞こえてるし、見えているよ」

『……いやはや、困ったな』

「どうして?」

『ぼくは、透明な存在だったのにな』

「透明な存在?」

 幸多がなにやら独り言を言っている様を見て、真白たちは顔を見合わせた。幸多が、だれもいない空間に向かって話しかけているのだ。不気味で、奇妙で、異様だ。しかし、幸多が意味のない行動をするとは想えないのが、真星小隊の隊員たちの総意だった。

 幸多には、自分たちには見えないものが見えているのだろうし、聞こえないものが聞こえているのだろう。

 それがなんであれ、疑う理由はない。

 なにより、彼は、特別な存在だ。

 だから、真白たちは、幸多が満足するまで待つことにした。


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