第九百七十八話 魔暦二百二十二年十二月(三)
先の戦いにおける真星小隊の活躍は、龍宮戦役に匹敵するものだ。
龍宮戦役において圧倒的な苦戦を強いられていた戦団・龍宮連合軍が、辛くも勝利をもぎ取ることができたのは、真星小隊の機転による〈殻〉内部への特攻が最大の要因だったといっていい。
ムスペルヘイム深奥部に安置されていた殻石の破壊。
それによってスルトが滅び、〈殻〉が崩壊、スルト軍が瓦解したのである。
それと同じことが、今回の戦いでも起こった。
そしてそれは、真眼の持ち主である伊佐那義一の正しい運用法であり、真星小隊そのものの想定された活用法であるのだろう。
真星小隊は、第七軍団内のみならず、戦闘部内でも全く期待されていなかった小隊だ。
まず、小隊長からして、期待のされようがなかった。
ただの魔法不能者ですら戦闘部の一員になれないというのにも関わらず、隊長の皆代幸多は完全無能者の身の上でありながら、半ば強引な方法で戦闘部に入った。魔法の恩恵をほとんど受けることのできない完全無能者が、だ。戦闘部への配属を許可したものですら、彼がこれほどの戦果を上げられると想定などしていなかっただろう。
戦団内外への、現代魔法社会へのある種の主張、喧伝を期待された登用だったのだ。
だれにも期待されていなかった。
統魔を除いて。
真星小隊に所属する残りの三名のうち、九十九真白、黒乃の二人は、これまた問題児だった。第八軍団に所属していたころは、小隊を転々としており、配属先で問題ばかり起こしていたのだという。
唯一期待されていたのは、伊佐那義一だ。戦団副総長・伊佐那麒麟の後継者であり、未来の戦団を背負って立つべき人材と目されているということからも、彼への期待の大きさが窺い知れるというものだ。
魔法技量も高ければ、その異能も戦団には欠かせないものだった。
そして、そんな伊佐那義一の異能こそ、真星小隊を戦団内でも一躍重要な小隊へと羽撃かせたのだ。
伊佐那麒麟から受け継いだ第三因子・真眼が、〈殻〉内部に隠された殻石の所在地を暴き出し、真星小隊の大活躍に繋がったというわけだ。
無論、伊佐那義一一人では成し遂げられなかった偉業である。
それを二度もだ。
ムスペルヘイムに続き、オロバス領でも同じことをやってのけたのである。
殻石の破壊は即ち、〈殻〉の破壊であり、鬼級幻魔の討滅に等しい。
しかしながら、討鬼灯章の条件は鬼級幻魔を撃滅することにあり、殻石の破壊ではその条件を満たしたとはいえないのではないか。
戦団上層部は、それは認められないと頭の硬さを見せる一方、しかし、ある種の柔軟さも見せた。
つまり、その活躍に相応しい勲章を作り出したのだ。
そもそも、戦団の勲章が、戦団創設後、徐々に形作られていったものであり、創設者たちが健在の今、新たに勲章を設けることに拒否感などあろうはずもなかったのだろうが。
「むしろ、いままで殻石破壊が功績となる状況を想定していなかったのがおかしいだろ」
統魔が本音を漏らせば、香織たちも笑うほかなかった。
「しょうがないよ。戦団は今まで殻石を破壊することなく勝利してきたんだから」
剣のいうとおりである。
殻石を霊石へと転じる術を以て、勝利を積み重ねてきたのが戦団なのだ。
伊佐那麒麟が編み出したというその技法によって、戦団は、央都の礎を手に入れ、人類生存圏を拡大してきた。
だが、麒麟は、そのことで特別に表彰されることはなかった。
麒麟たち――いまや戦団の長老と呼ばれる人々にとっては、ただ当たり前のことをしてきたに過ぎないとでもいわんばかりに。
だからこそ、戦団創設者たちは、言わずと知れた英傑なのである。
自分たちの成し遂げてきた偉業、戦績を誇ることもなく、むしろ、後進の戦果を賞賛するためにこそ、階級や勲章といったシステムの整備を行ってきたのが、彼らなのだ。
故に、統魔たちも長老たちをただただ尊敬するのだが。
そして、護法院は、新星の活躍を称賛するべく、新たな勲章を設けた。
破殻星章と名付けられたその勲章は、その名の通り、殻石を破壊したものに贈られる勲章である。
殻石の破壊は、戦況そのものを一変させる偉業である。
殻主たる鬼級幻魔を滅ぼし、〈殻〉を崩壊させ、幻魔の軍隊を潰乱せしめるのだから、相対している敵が〈殻〉一つ分ならば、勝利を確定させるほどの大活躍といっていい。
故に、灯・閃・輝・煌という戦団お馴染みの等級の中でも最上級である、星を用いることにしたようだ。
また、真星小隊は、数日前に行われた勲章授与式において二個の破殻星章を授与されたという。
勲章の授与は、大きな戦いが終わった後に必ずといっていいほど行われるものだが、龍宮戦役後の授与式では、破殻星章に関して護法院内で審議中だったということもあり、授与されなかったのである。
なので、今回、真星小隊の四人に破殻星章が二個、授与されたということだ。
破殻星章が授与された導士は、真星小隊の四人だけである。
「……ってことは、戦団の歴史に名を刻んだんだな、あいつ」
統魔は、字が携帯端末で出力してくれた幻板を見つめていた。虚空に投影された幻板には、授与式の様子が映し出されている。
幻想空間上で行われた盛大な式典の模様は、当然ながら、双界全土に中継されたに違いない。
正装を着込んだ真星小隊は、四人が四人、緊張した面持ちであり、見ているこちらまで多少の緊張感を覚えずにはいられないほどだった。
同時に、胸が熱くなる。
統魔にとって、幸多が戦団史に残る活躍をすることほど嬉しいことはないのだ。
正直、自分の活躍など、どうでもいい。
自分には才能があり、技量があり、それを裏付ける鍛錬と研鑽を積んでいるという自負がある。その点に関してはだれにも負けないし、いずれは星将たちをも乗り越えてみせるという決意もある。
しかし、幸多は、どうか。
統魔は、幸多の身体能力の高さは認めている。肉体だけを用いた戦闘技量ならば、幸多に敵う人間など、そうはいまい。だが、相手が魔法士や幻魔ならば、話は別だ。身体能力だけでどうにかなる相手ではないのだ。
幻魔には、通常兵器が通用しない。肉体一つで斃せる幻魔など、下位獣級幻魔が精々だ。それも、魔晶核を破壊できる位置にあるような、極一部の幻魔だけに過ぎない。
幸多が戦団の導士として、戦闘部の一員として功績を積み重ねていくには、障害が余りにも大きすぎた。
簡単に乗り越えられるものではないし、打破できるものでもない。
そう、想っていた。
だが。
「そうなりますね」
「弟くん、やるじゃん」
「いつもいってるだろ。あいつは、やる奴だって」
「はは、耳が痛くなるくらいにね」
「皆代輝士のこととなると、うちの隊長は話が止まらなくて困るな」
統魔が幸多の話題になると普段以上に饒舌になるのは、皆代小隊ならば常識だった。これでもしルナが起きていたらと思うと、枝連たちも苦い顔になっていたかもしれない。
ルナは、統魔のことを知りたがったし、統魔の兄弟である幸多のことも知りたがった。ルナが幸多のことを聞けば、統魔も話が止まらなかった。
ほかの四人は、二人の幸多の話を聞き続けなければならなくなることが少なくなかったのだ。
おかげで、皆代幸多のひととなりについては、おそらく真星小隊以外でもっとも詳しいのではないか。
いや、もしかすると、真星小隊の隊員たちよりもよく知っているかもしれない。
幼少期の皆代幸多のことなど、九十九兄弟が伊佐那義一が知っているとも思えなかった。
統魔は、部下たちの反応に苦笑しつつも、幻板を食い入るように見ていた。
幸多が勲章を授与され、賞賛される映像や画像を見ているだけで目頭が熱くなる。感極まるとはまさにこのことだ。
幸多の人生を想えば、当然のことだった。
統魔は、幸多の幼少期を知っている。魔法不能者としての己を受け入れながら、魔法士への憧れを決して捨て去ることができなかった幼い子供は、いつだって統魔の魔法に目を輝かせていた。
嫉妬や羨望に身を焦がすのではなく、ただただ憧れていたのだ。
そんな彼が、戦団最高峰の魔法士ですら手に入れることのできない勲章を与えられ、輝いていた。