表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
973/1231

第九百七十二話 それぞれの終戦(四)

 闇が、横たわっている。

 幻想空間げんそうくうかん上に構築こうちくされた無明無辺むみょうむへんの闇。どこまでも続く暗黒の闇は、無限に等しい広がりを見せているようでありながら、すぐ目の前で行き止まりになっているような錯覚を抱きかねない。

 光が存在しなかったからだ。

 神経接続技術によって知覚する幻想空間は、現実世界と遜色のないものである。無明の暗黒空間では、この空間の奥行きや広がりを正しく認識することなどできるわけがなかった。

 もっとも、それも数秒のことに過ぎない。

 複数の仮面が、闇の中に出現した。

 わずかばかりに発光する仮面は、動物や幻獣げんじゅうの頭部をしたものばかりだ。栗鼠りすすずめさぎ、馬、つる麒麟きりん、そして竜。

 鳥類が多いのは、ただの偶然なのだろう。

 これら仮面の由来は極めて単純なものであり、身につけている人物と関連していると考えていい。

 鷺の面は、白鷺白亜しらさぎはくあが身につけているし、雀の面は朱雀院火流羅すざくいんかるらが、馬の面は相馬流陰そうまりゅういん、鶴は鶴林つるばやしテラ、麒麟は伊佐那いざな麒麟である。

 上庄諱かみしょういみなの栗鼠だけが、本人とは全く関係のないものだ。

 神木神威こうぎかむいが竜の面を被っているのは、彼が竜級幻魔と深い関わりを持っているからであり、また、竜こそがこの魔界における力の象徴だからだ。

 戦団の頂点に君臨する人物に相応しい仮面といえるだろう。

 そんな様々な仮面だけが浮かび上がる幻想空間を見回して、彼は、胸中ため息を浮かべた。決してだれにも聞こえないように、心の奥底で。

 護法院ごほういん

 戦団の創設者にして管理者たる長老たちの集まりであり、最高意志決定機関というべき集団である。

 そこに顔を並べているのは、いずれも戦団の運営に欠かせない人物ばかりであり、だれもが有能かつ優秀な導士である。当然のように並外れた実績の持ち主であり、戦団の歴史に名を残す逸材ばかりだった。

 だからこそ、戦団の長老などと大きな顔ができるのだが、彼らが長老をしているのは、導士どうしや市民を相手に尊大に振る舞うためでも、支配者の如く君臨するためではない。

 責任を取るためだ。

 それだけのために、護法院は存在する。

 戦団の活動に関するあらゆる責任の終着点が、この護法院なのだ。

「既に報告を受け、知っていることだろうが、西方境界防壁防衛戦は、我が方の勝利によって終結した」

 神威が口を開けば、闇に浮かぶ全ての仮面が彼に向いた。仮面の向こう側から存在しないはずの視線を感じるのは、気のせいだ。

「しかし、我が方の損害は大きく、三百五名もの戦死者を出してしまった」

「あなたがいつもいっている通りの結果だ。犠牲を払わずして、前進はない、と」

「皆、胸を張って死んでいったのだろう。あなたがいうとおりに」

「……うむ」

 火流羅と流陰のげんを受けて、神威は、現実世界で渋い顔をした。わかりきっていたことだ。そういわれることも、こういう流れになることも、神威の想定通りだった。それでも考えざるを得ない。

 此度こたびの戦いにおいて、戦団側が動員したのは、戦務局戦闘部の導士二千八百名である。内訳は、第七軍団が八百名、第九、第十軍団がそれぞれ一千名。

 そして、高天技術開発たかまぎじゅつかいはつ機動戦闘大隊きどうせんとうだいたいクニツカミが、百機のクニツイクサでもって戦列に加わっている。

 敵は、何百万もの幻魔の大群だった。総数を把握はあくしきれないほどの物量であり、戦力差は圧倒的としか言い様がなかった。しかも、もっとも注意するべき鬼級幻魔が一体どころか、二体、三体と増え続けたのである。

 戦団とすれば、最終手段の手配すらしなければならなかった。

 つまり、神威の戦場への投入である。

「戦死した三百五名の導士には哀悼の意を表しますが、我々としては、そのことで足踏みしているいとまはありません。もちろん、戦勝を祝いたいという気持ちもありますが、そういう場合ですらない」

 鶴林テラが、やんわりと、告げた。

 央都は、人類生存圏は、新事態に直面している。

「旧オロバス領、旧エロス領が、天使型幻魔によって掌握しょうあくされたということですものね」

「天使型……」

「彼らは人類の守護者などと自称しており、事実、此度の戦いでは我が方に協力し、悪魔の撃退に尽力じんりょくしてくれている。真星小隊しんせいしょうたいが……皆代幸多みなしろこうたが生き残ることができたのは、天使型幻魔メタトロンの救援があればこそだ」

城ノ宮(じょうのみや)くんもね」

「……ああ」

 諱が麒麟の発言にバツの悪そうな声でうなずいた。

 城ノ宮明臣(あきおみ)は、諱の直属の部下である。長らく右腕として重用し、全幅の信頼を置いていた人物である。諱にとっては職務上の半身といっても過言ではないほどの存在だった。それがまさか、あのように暴走するなどとは、想像だにしていなかったのだ。

 それは、諱だけの話ではない。

 この場にいるだれもが、明臣の暴走を聞き、呆然ぼうぜんとしたものである。

「天使型が、人類に味方し、他の幻魔と敵対しているのは事実だ。これまで、天使型が幻魔を攻撃し、殲滅せんめつする光景は何度も確認され、記録されている。マモンの撃退にも、天使型の協力があった」

本荘ほんじょうルナという例外を除けば、我々の味方と見ても良さそうではあるが」

「しかし、幻魔は幻魔。人類の天敵たる幻魔を、少しばかり味方してくれたからという理由だけで許容し、受け入れ、信頼するなどあってはならない。そのような隙を突くのが、幻魔という生き物だ」

「それも確かですな」

「此度は、たまたま、上手くいっただけかもしれない。我が方が大いなる隙を見せれば、そこをいてきた可能性もまた十二分にあったのだ。見よ」

 神威が幻想空間上に幻板げんばんを出現させると、仮面の視線がそこに集中した。暗闇を切り裂くように現れた光の板には、記録映像が流されている。

 遥か上空から広大な大地を見下ろしている映像であり、真下には西方境界防壁の長大にして威圧的な建物があった。そこから前方へと映像が移っていけば、混沌たる魔界の情景が映し出されていく。つまり、先頃戦場となった領域であり、旧オロバス領の様子である。

 いまや、その領域は、天使型幻魔たちの楽園と化しており、光り輝く幻魔の群れが、周囲を警戒し続けている様が見て取れた。

 そして、その中心に琥珀色の神殿らしき建造物が作られ始めているのがわかる。

 さらに視線を遠方に遣れば、エロスの〈殻〉の跡地が見えてくるのだが、そこにもまた、数多の天使たちが蠢いていた。そして、つい数時間前まで壊滅的な状態だった旧エロス領が、いまや大量の草花が芽吹めぶみどりの大地に変化しているのがわかるだろう。

 まるで人類生存圏のような光景だ。

 魔界にはありえない、数多の命が咲き誇る景色。

「天使型が、〈殻〉を持った。そこに数多の天使型が集まっており、軍隊の様相を呈している。あれらが、我々の敵とならない保証はない」

「まあ、しかし……いまのところは、これまで通り警戒する程度でよろしいのでは?」

「ふむ?」

「確かに天使型に全幅の信頼を寄せるのは危うい。ですが、天使型の助けがなければ、先の戦いでこれほどの大勝利を得ることができなかったのもまた、事実。天使型がもし、我々人類に味方してくれるのであれば、その力を借りない手はありません。既に我々は、幻魔を利用することで人類生存圏を拡大するという悪辣あくらつ極まりない手段に打って出ているのですから」

「……それも、その通りだ」

 神威は、渋面を作りながら、その表情が仮面の向こう側の同胞たちに見えずとも伝わっているのだろうと認識する。地上奪還作戦以前からの付き合いなのだ。五十年以上、苦楽を供にし、死線を潜り抜けてきた仲間たち。

 痛みも苦しみも哀しみも喜びも、なにもかも分け合ってきた間柄だ。

 感情や想いを隠すことなど、できる相手ではない。

 天使型の協力あればこその勝利。その事実を受け入れた場合、真っ先に頭にもたげてくるのは、大敗した可能性である。

 もし、先の戦いに天使たちが介入してこなければ、戦団側は大量の戦力を失い、大敗を喫したのではないか。

 万が一の場合には、神威が出張ることになっていたとはいえ、それはまさに最悪の事態なのだ。

 神威投入の結果、西方境界防壁以西が不毛の地と化すだけならばまだしも、央都の一部が失われる可能性すらも考慮しなければならなかった。

 大量の市民が、命を落としたかもしれない。

 それでも、央都が、人類生存圏が全滅するよりも遥かにマシな結果ではあるのだが、しかし、一時的な勝利のために払う犠牲にしては、大きすぎるに違いなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ