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第九百六十九話 それぞれの終戦(一)

「ふむ……」

 天燎十四郎てんりょうとうしろうが殊更渋い顔をするのは当然だと、松波桜花まつなみおうかですら思わざるを得なかった。

 西方境界防壁防衛戦せいほうきょうかいぼうへきぼうえいせん――あるいは、オロバス軍撃退戦――は、人類側の勝利で終わった。

 そのために戦団は多数の死傷者を出したものの、大勝利というほかないくらいであり、完璧な戦勝であると誇った。

 機動戦闘大隊きどうせんとうだいたいクニツカミの操者そうしゃはといえば、当然のことながら、誰一人かけることなく、戦いが終わるときを迎えた。

 防壁拠点内からクニツイクサを遠隔操作するのが操者の役目だ。実際に戦場に立ち、常に死の危機に曝されている導士たちとは、その点が大きく異なる。

 戦場に出向かずとも、戦いに貢献することができたのだ。

 最終的には全滅してしまったが、しかし、多数の幻魔を撃破できたのだし、露払いの役目を果たすことができたのだから、クニツカミの隊員たちが導士たちと勝利を分かち合えたのは、当たり前というべきだろう。そして、ただそれだけのことで、なんだか誇らしかったし、喜ばしかった。

 クニツイクサの有用性を示せたこともそうだが、戦団の導士たちとともに死線を潜り抜けることができたのだ。

 導士たちがクニツイクサの働きを認めてくれたのは、操者にとってこの上ない喜びだった。

 数多の幻魔を撃滅した。

 それがたとえ、霊級、獣級ばかりとはいえ、露払いに過ぎないとはいえ、全くの役立たずなどではなかったはずだ。

 しかし。

(そりゃあ……まあ……)

 桜花は、格納庫に集められた操者たちがなんとも言い難い表情をしているのを見て、きっと自分も同じ顔をしているのだろうと確信した。

 格納庫に集められたときはなにごとかと想ったが、桜花たちが辿り着けば、終戦の報せを聞き、まさに飛ぶように駆けつけたのであろう十四郎の姿があったのだ。十四郎は、衛星拠点から一歩も出ないことを条件として、帯同を許されたのである。しかし、戦いが終わったとなれば、彼を衛星拠点に縛り付けるものはなにもなかった。

 故に、彼は、ここまで飛んできたのだろう。

 十四郎だけではない。彼の側近である曽根伸也そねしんや高天技術開発たかまぎじゅつかいはつ所長・天原竜彦あまはらたつひこを始めとする技師ら、今回の戦いに駆り出された天燎財団の人員が勢揃いしていた。

 皆、格納庫に集められた残骸を見ているのである。

 残骸。

 そう、残骸だ。

 もはや残骸としか呼びようのない、魔法金属の塊が格納庫の片隅に並べられている。

 今回の戦いに投入されたクニツイクサは、全部で百機。

 クニツイクサは、高天技術開発、いや、天燎財団が総力を結集して大量生産している最中だ。完成した機体の数は百機を優に超えていたが、実戦に投入可能と判断された操者の数が百人だったがために、百機のみが戦場に持ち出された。

 そして、百機のクニツイクサが全て、大破した。

 魔法合金の塊であり、複雑にして精密な最新技術の結晶でもあるクニツイクサは、回収できる限りの部品が回収され、この場所に集められていた。

 回収に奔走ほんそうしてくれたのは、戦団の導士たちだ。

 戦いが終わり、消耗しょうもうし尽くしていたはずの導士たちがそこまでしてくれたのは、それだけクニツイクサの働きを評価してくれたのことの証明となるだろう。

 そして、その事実を知った桜花たちは感無量だったし、導士たちに感謝したものだった。回収に当たった導士たちは、全機全部品を回収することができなかった以上、感謝されるほどのことではない、といってきたのだが。

 そんな導士たちの何気ない対応こそが、彼らが人類の守護者たる所以なのではないか、などと、姫路道春ひめじみちはるがつぶやいていたものであり、桜花も同意した。

 さて、十四郎である。

 難しい顔でクニツイクサの残骸を見つめているのであろう理事長の後ろ姿は、少しばかり残念そうだ。それはそうだろう。彼が次世代兵器として、財団の新戦略の基軸として打ち出したのがクニツイクサだ。財団の総力を結集して作り上げた最新兵器が、こうもあっさりとただの鉄くずと成り果てれば、言葉も失うというものだ。

「復元は可能なのかね?」

「不可能ですね。クニツイクサは最新技術の塊にして魔法合金の塊ですから。よほど高度な復元魔法でも、完璧に元通りというわけにはいかないでしょう。そして、不完全な復元は、致命的な事故を起こしかねませんから、それならばいっそ、一から作った方が安全です。量産体制も整っていますし、これらの残骸は、クニツイクサの素材として再利用するのが無難です」

「ふむ……」

 よどみのない天原竜彦の説明を受けて、十四郎は息を吐いた。クニツイクサや兵装群の一部であろう魔法合金の塊が、この広々とした兵器庫の片隅に置かれている。

 それら残骸には、苛烈かれつな戦闘を行った痕跡こんせきが残っており、装甲板の断面などを見れば、幻魔がどれほどまでに凶悪な存在なのか思い知るというものだ。

「これだけの材料があれば、二、三機は作れますよ」

「たった二、三機ですか?」

「たった二、三機。されど、二、三機。クニツイクサ一体を完成させるのにどれだけの材料が必要なのか、考えたことはありますか?」

「それは……」

 姫路道春が天原竜彦の質問返しにしどろもどろになるのを横目に見て、桜花は、どうにか笑いそうになるのを抑えつけた。姫路道春の迂闊な発言が天原竜彦の怒りを買ったのだ。

 開発責任者である天原竜彦が、クニツイクサを乱暴に扱いがちな姫路道春をあまり快く思っていないことは、一部では有名な話だ。

 クニツイクサの実戦形式の演習ですら小破、中破が当たり前となれば、そうもなろう。

 もちろん、今回の結果ばかりは、天原竜彦にも不満はなさそうではあったが。

「一機分の魔法合金だけでとんでもない量の魔法金属が必要なんですよ。二、三機分でも再利用できるのであれば重畳ちょうじょうでしょう。もちろん、できるのであれば、全て回収したいものですが」

「それは無理だな」

「そうですか……戦団に掛け合って見ては……」

「戦いが終わったばかりだというのに、こちらの都合で導士を駆り出させるなど、考えられることではないだろう」

「そうですね……仕方ありませんね。これは今後の課題ということになりますね……」

 心底口惜しそうな天原竜彦の様子を見れば、クニツイクサに用いられる魔法合金がどれほど貴重なものなのかがよくわかるというものだ。

 桜花たち操者には、これまで何度となく、それこそ耳が痛くなるほど説明されていた。頭の中では理解しているのだが、同時に、実際の戦場に出ていると、そんなことを考慮している暇などあるわけがないとも思うのである。

 クニツイクサを材料が貴重だからと、機体を傷つけないように立ち回ることなど不可能だ。そんな戦い方で役立てるというのだろうか。

 ただでさえクニツイクサの戦闘能力は、導士に劣る。

 この巨人の如き体躯を駆使し、導士たちの壁となり、盾となって幻魔の攻撃を受け止めてこそ、クニツイクサの本領を発揮できるというものではないか。

 そうして一人でも多くの導士を守り、導士が一体でも多くの幻魔を撃滅できたのであれば、まさしく重畳ちょうじょうなのではないか。

 なにより、クニツイクサは兵器であり、兵器は消耗品である。

 そうである以上、消耗したとしてなんの問題もないはずだ。

 材料が貴重であり、大量生産するのも困難だということはわかっているのだが、しかし、クニツイクサを無事帰還させるために戦い、大した戦果を上げられないというのは本末転倒というほかない。

「まあ……良い。今回は、クニツイクサ及びクニツカミ初の実戦だ。本格的な、大規模な戦闘への参加という意味だが。そして、成果を示すことはできた。諸君がクニツイクサを見事操り、大量の幻魔を撃破せしめたという事実は、高天技術開発の、引いては財団の今後に大きな影響を与えるだろう」

 十四郎は、操者たちに向き直ると、彼らの活躍を手放しで賞賛しょうさんした。

 百機ものクニツイクサが、たった二、三機分の材料となって帰ってきたという事実には落胆を隠せないものの、クニツカミの戦績そのものには満足しているというのは事実である。

 クニツカミは、露払いとしての役割を全うしただけでなく、その後も戦場で戦い続けた。真星しんせい小隊の任務に随伴ずいはんし、大いに役立ったのである。

 クニツイクサ初となる大規模戦闘の成果としては、上々というほかないだろう。

 クニツイクサは、戦団にとっても決して無視できない存在となった。

 もっとも、元より戦団技術局との密接な協力関係があればこそ完成したのだから、クニツイクサを用いることに否やなどないだろうが。

「それもこれも、諸君の日々の鍛錬たんれん賜物たまものである。クニツカミ諸君の操縦技術があればこそ、クニツイクサはその能力を発揮し、数多の幻魔を討ちたおすことができたのだ」

 十四郎は、ただただ、操者たちを褒め称える。操者たちが照れくさくなるほどの賞賛ぶりであり、天原竜彦などは呆気に取られたものだった。

 もちろん、竜彦も操者たちの奮闘ぶりはよく理解している。

 クニツイクサが一機たりとも帰還できなかった戦場である。

 死闘に次ぐ死闘だったことは、想像に難くない。

 三百余名もの導士が命を落としたのだ。

 それほどの戦場にあって、操者は誰一人傷ひとつ負っていない。戦場に直接出ていないのだから当然だが、その結果を踏まえれば、クニツイクサの有用性を理解できないわけがあるまい。

 もっとも、現在のクニツイクサでは、鬼級幻魔を撃破するどころか、撃退することすら叶わないという事実も分かりきっていることだが。

 竜彦ら開発者たちがいまもっとも頭を悩ませているのが、そこだ。

 クニツイクサは、戦団の導士たちを支援するためだけの兵器ではない。

 露払いで終わって良いわけがないのだ。

 いずれ主力に取って代わってこそ、その存在意義がある。

 竜彦はそう確信していたし、だからこそ、彼は残骸を見つめ、目を細めた。

 幻魔との激戦は、想像を絶するほどに熾烈であり、破壊的だ。

 もっと強く、もっと早く、もっと硬く――。

 竜彦の脳は、クニツイクサの可能性を追求し続ける。


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