第九十六話 ドリームステーション
央都大和市八尺瓊町の一角に、サークルドリーム社は、居を構えている。
設立当初は、雑居ビルの一室だけが会社の全てだったといわれているが、いまではかなり広い敷地に巨大な本社ビルを持つほどの規模の大きな会社へと成長していた。
急成長といっていい。
「まさに夢物語だよね。地上に上がってきて、即座に一発当てて、これだけの規模の会社にしてしまうんだから」
蘭は、何度も映像で見た本社ビルの壮観さに圧巻されるような気分になりながら、いった。
「天燎ほどじゃあねえが」
「そりゃああらゆる分野に食指を伸ばして全てで大成功を収めている天燎とは、規模もなにも違うでしょ。サークルドリームは、ゲームソフト開発だけでここまで成長したんだ」
「おう……」
冗談めかしていったつもりが真顔で訂正されてしまい、圭悟は、幸多に助けを求めた。が、幸多は圭悟を黙殺し、怜治についていった。
「先輩たちも亨梧くんもいないのは少し残念だね」
「仕方ねえよ。亨梧の野郎、黒木先輩の子分に成り下がりやがったからな。で、先輩も先輩で、町内清掃大作戦だなんだとはしゃいでたしさ」
怜治がどこか呆れたような、それでいて少しばかり安心したような様子で、いった。怜治は、本当は、亨梧と法子、雷智も誘うつもりだったのだ。対抗戦部全員勢揃いで体験会を開きたかった、というのが、彼の本音だった。だが、法子には法子の事情があり、雷智も亨梧も法子と行動をともにするというのだから、仕方がない。
それが町内清掃大作戦なのだが、それは、法子が勝手に町内の大掃除を行うというものだった。日頃お世話になっている街に感謝を込めて、と、法子は言っていたが、要するになにか騒ぎたい、というのが彼女の本音に違いない、と、怜治は見ている。雷智はそんな法子に協力を惜しまなかったし、亨梧ももはや法子の虜だ。
一応、怜治は三人にも声をかけたのだが、残念ながら、断られてしまった。
だから、この六人なのだ。
怜治は、本社ビルの正面玄関から臆することなく入っていく。その手慣れた様子から考えれば、彼が何度となく訪れていることがわかるというものだろう。
怜治は受付でなにやら話し込むと、幸多たちの元に戻ってきた。
「しばらく待っててくれってさ」
彼は、少しばかり得意げに、いった。
「すまんね。少し待たせてしまった」
円マドカが話しかけてきたのは、幸多たちが受付所に併設された待合室で各人のゲーム体験について話し合っているときだった。
幸多以外の全員が、サークルドリーム社の代表作エターナルウォーシリーズに触れたことがあり、蘭などは全作遊び込んでいるといい、凄まじい熱の入りっぷりを疲労してくれたものだ。
幸多は、まったく話についていけなかった。幸多にとってそうしたコンピュータゲームは、未知の領域だったからだ。子供のころか、そうしたゲームとは無縁の日々を送ってきている。
ゲームで遊ぶくらいならば、体を動かしたかった。体を動かしているときだけは、なにものにも縛られないでいられる気がしたからだ。
そんな本音を告げると、友人たちは、なんともいえない微妙な表情をしたものだから、幸多は、慌てるよりほかなかった。同情を買うつもりでいったわけではないし、同情などされたくもなかった。
別段、ゲームができない家庭環境などではなかったし、幻想空間での訓練も何度だって行っている。ただ、遊ぶよりも鍛えることに重きを置いていた、それだけのことなのだ。
そうしているときに話しかけてきたのが、円マドカだ。黄赤色の頭髪が目立つ、外見上は若く見える男だった。身の丈は平均的だろうか。彼のような恰幅がよさというのは、この央都でもあまり見られるものではない。簡素な衣服を身につけているのは、動きやすさを重視してのことなのか、どうか。見た目からは、彼がこの会社の社長とは思えなかった。
「わたしが円マドカです。このサークルドリームの社長を勤めていることは、まあ、知ってくれていると思うのだけれど……よく来てくれたね、天燎高校対抗戦部の皆さん」
「は、はい、あの、ゲーム界の革命児、円マドカさんにお会いできて光栄です!」
緊張の余り声を上擦らせながら、あまつさえ立ち上がった勢いでテーブルを揺らし、飲み物を零してしまいながら、蘭がお辞儀をしたものだから、だれもが呆気に取られた。
円マドカは、天燎高校対抗戦部の戦いぶりを目の当たりにし、目が覚める想いだった、と、道すがら語った。
「天燎高校を応援したのは、対抗戦部に甥の怜治が名を連ねていたからだけどね」
「……そりゃあそうでしょうとも」
小声で圭悟が頷いた理由は、幸多には想像もつかない。
後で聞いた話によれば、サークルドリーム社と天燎財団は折り合いが悪いというのだ。
しかし、天燎財団系の高校に通っている怜治とマドカの関係は良好そのもののようであることから、会社と人間は別ものとして切り離して考えられる人物のようだった。
「怜治もよく頑張った。本当に、良くやった。我が甥ながら、まさかあそこまでやる男だとは、思ってもみなかったよ」
「おじさん、褒めすぎ……」
「はっは、いいじゃないか、本当のことだ」
怜治が気恥ずかしそうにするのを見て、マドカは心底嬉しそうにその背中をばしばし叩く。怜治はますます小さくなった。
怜治にしてみれば、これほど恥ずかしいことはなかった。マドカと二人きりのときや、家族と一緒のときならば、いい。そのときは、怜治だって胸を張って頑張ったといえる。
が、いまは、対抗戦部の皆の前だ。真に活躍した仲間たちの前で、ここまで賞賛されるのは、逆に辱めを受けているようなものだ。
無論、マドカにそんなつもりはなかったし、怜治もそれを理解している。だからといって、恥ずかしいことこの上ないという事実にも変わりがなかった。
そんな怜治とマドカの様子を見て、対抗戦部の面々は心温まるものを感じざるを得ない。あの怜治が親族と仲良くやれているというだけで、ほっとするのは、やはり、この二ヶ月あまりの猛練習で、ともに命を削るようにして戦い抜いてきたからだろう。
青春をともに駆け抜けてきたからこそ、だ。
「もちろん、皆さんの奮闘ぶりも見ておりましたよ。まさか万年初戦敗退の天燎高校が優勝するだなんて、とても思えなかった。怜治が足を引っ張らないことだけを心配していたものですが、いやはや、そんな心配は一切要らなかったなあ」
感慨に浸るマドカに対し、幸多は、悪い人ではないのだろうと実感した。甥の活躍が嬉しくて堪らないようだったし、幸多たち一人一人の活躍を上げて、褒め称えてきたのは、彼が試合をよく見ていた証左だった。
やがて、マドカが本社ビル内の一角に辿り着く。
大和市の建築基準法では、葦原市よりも高度制限が大きく緩められており、サークルドリーム社の本社ビルも大和市規準の建物だった。
高層建築物というほどではないにせよ、葦原市内には存在しない高さを誇り、建物内はいくつもの階層に分かれ、無数の部屋が存在している。そうした無数に存在する一室に、マドカは幸多たちを案内した。
扉を開き、中に入ると、なにやら真剣な顔で作業している人達がいた。機材の操作を行っている人々は、幸多たちの存在には目もくれない。それくらい、仕事に集中しているということだろうし、意識を逸らすわけにはいかないということなのかもしれない。
「諸君、既に話したとおり、今日は天燎高校対抗戦部の皆さんが来てくれている。彼らならば、思う存分試し尽くしてくれるに違いない」
マドカが室内の人達に語りかけると、様々な反応を見せたが、すぐに作業に戻った。社長の発言に対しても素っ気ない反応だが、それが社風なのだろう。
圭悟が、怪訝な顔で怜治に聞いた。
「……どういうこった?」
「いっただろ、テストプレイだって」
「そりゃあ聞いたが、おれは遊び半分でだな」
「おれらは遊んでりゃいいんだよ。その情報を今後の開発に生かすんだからな」
「なるほど」
怜治の説明に得心した圭悟が、今度はその内容を幸多たちに小声で伝えた。幸多には圭悟と怜治の会話の内容が筒抜けだったため、笑いを噛み殺すのに必死にならなければならなかった。
「こっちだよ、皆さん」
マドカに導かれるまま、部屋の奥へと進む。
万能演算機を始めとする様々な機材による作業が行われている部屋の奥に別の部屋があり、その一室へと案内された。
その部屋に入るなり猛烈な圧迫感に襲われ、とにかく狭く感じた。というのも、人体よりも遥かに大きい筒状の機材が室内にいくつも置かれているからだ。それら機材が本来は広いはずの室内の大半を埋めており、故に狭く感じるのだ。
「見たこともないだろうが、これらは我が社が独自に開発した機材でね。名をドリームステーションという」
マドカは、それらの機材を示しながら、少しばかり自慢げに語った。門外不出の開発機材だ。自慢したくもなるだろう。
「ドリームステーション……夢の駅的な?」
「まあ、夢の出発点、とかそんな感じらしい」
「なーる」
怜治の解説に圭悟が納得する。
その側では、蘭が機材に触れそうで触れない距離に近づき、興奮している。
「これが今日、きみたちに新たな夢の世界を見せてくれるだろう」
マドカが、胸を張って、そう宣言した。




