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第九百六十四話 戦いの終わり方(三)

 西方境界防壁拠点は、激戦を終えたばかりの導士どうしたとであふれかえっていた。

 戦場に動員された総勢二千八百名の導士、クニツイクサの操者百名以外にも、戦務局は無論のこと、医務局や技術局の導士が多数、この防壁拠点内で激務に追われている。とにかく人、人、人で、どこもかしこも渋滞しているといった有り様だ。

 それはそうだろう。

 戦いが終わったばかりだ。

 それも極めて大きな戦いだった。

 戦団史上最大規模といっても言い過ぎではないほどに大きな、そして熾烈しれつな戦い。

 都合、五体もの鬼級が出現したのだ。

 いや、天使型を含めるともっと多くの鬼級幻魔が戦場に降臨し、その力を発揮した。圧倒的で、絶大な力。それはまさに災害そのものだったし、人類にとっての滅びが具体化したかのような光景だったことはいうまでもない。

 これほど数多くの鬼級幻魔が同時に出現した戦場は、戦団史上初である。

 それまでは龍宮りゅうぐう防衛戦が過去最多だったが、今回はそれを大きく上回っている。動員された戦力も、戦死した導士の数も、最大規模である。

 幸多こうたたちは、防壁拠点に辿り着くと、とにかく生体検査を受けるべきだという八咫鏡子やたきょうこの指示に従った。拠点内の医務室に向かおうとしたのだが、当然ながら既に満員であり、さらには今作戦のために用意された簡易治療所までもが混み合っていたため、待たなければならなかった。

 幸い、真星小隊しんせいしょうたいに重傷者はいない。少々手持ち無沙汰ではあるものの、大した問題ではなかった。とはいえ、だ。

「大変だなあ」

 真白ましろが他人事のようにいいながら、幸多の肩に顎を乗せてきた。そのまま全体重を乗せてくるのはいつものことだったし、反対側の肩に黒乃が顎を乗せ、体重をかけてくるのもまた、わかりきっていたことだ。

「大変なのは、隊長だと思うよ」

 などと、義一は、ケルベロスのようになった幸多の様子を見て、つぶやいた。

 真白の発言は、特定のだれかに向けられたものではあるまい。この防壁拠点そのものが大騒ぎになっていることをいっているのだ。

 防壁拠点内のどこもかしこも、人で溢れている。多かれ少なかれ傷を負っているか、消耗し尽くしていて立っていることもままならないと言った様子の導士ばかりだ。通路や広間、休憩所などの空間という空間が、戦いを終えたばかりの導士たちで埋め尽くされている。

 真星小隊の四人も、立って待っていられないから通路の片隅に集まって座り込んでいるのである。

 四人は、目立った。

 通りすがる導士のだれもが四人に手を振ってくれたり、声をかけてくれた。皆、真星小隊の活躍を褒め称えてくれるのだ。

「きみたちのおかげだ!」

「ありがとう!」

「本当に助かったわ!」

「ねえ、今度ご飯でも一緒にどう? おごらせてよ」

「これでまた階級が上がるな! おめでとう!」

 等々、様々な言葉を投げかけられて、幸多たちはそのたびにどのような反応をするべきなのかと考えなければならなかった。

 勝利したことは喜ばしいことだ。その要因となる活躍をしたことも、間違いない。自負もある。自信もある。しかし、素直に喜べないという感情もあった。

 被害が、あまりにも大きい。

 第七、第九、第十の三軍団から二千八百人の導士が動員され、そのうち三百五名が戦死したというのだ。

 これほどまでの規模の戦闘なのだから、相応の犠牲が出るのはわかりきっていたことだ。いや、むしろ、戦死者の数が三百五人で済んだのは想定よりも遥かに少なかったのではないか。

 彼我ひがの戦力差は、それほどまでに圧倒的だった。

 敵には、多数の鬼級がおり、それらに対抗するための星将せいしょうが足りなすぎた。

 投入された星将は、五名。

 伊佐那美由理いざなみゆり朱雀院火倶夜すざくいんかぐや麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅう天空地明日良てんくうじあすら、そして、妻鹿愛めがめぐみ

 五星杖ごせいじょうとも呼ばれる光都事変こうとじへんの英雄たち。

 その五人で、よくも二体の鬼級を抑えつけることができたものだったし、討ち滅ぼすことができたものだといわざるを得ない。

 生き残った導士たちの話題の中心は、やはり星将たちの活躍なのだ。

 妖級以下の幻魔を相手に奮闘するのがやっとという導士が大半を占めている。

 鬼級を相手にわずかでも食い下がれたというのであれば、それだけでもとんでもない実力者だった。

 故に、鬼級二体を相手に大立ち回りを演じ、討滅せしめた星将たちへの尊敬の念が高まるのは当然の結果だろう。

 幸多も師匠である美由理が大活躍し、生還したという事実に歓喜すらしていた。

 星将たちが境界防壁拠点に帰還したのは、ちょうどそんなときだった。

 五人が五人、鬼級との戦闘で消耗し尽くしたとは思えないくらいに立派な足取りだったし、傷ひとつ見当たらなかった。導衣にすらだ。もちろん、導衣に関しては、転身機てんしんきを用いて着替えたからだろうが。

 しかし、それは即ち、部下たちの前で情けない姿を見せるわけにはいかないという、上に立つものの心掛けに違いなかった。

 そんな星将たちの中で、通路の片隅に集まった真星小隊を発見するなり真っ先に歩み寄ってきたのは、美由理だ。

「よく……生き残ってくれた」

 美由理は、真星小隊の四人が姿勢を正そうとするのを手で制し、彼らの眼を見た。四人が四人、激戦の末に憔悴しょうすいしきった様子だったが、だからこそなのか、その眼は爛々《らんらん》と輝いている。

 幸多たちが状況を打開するべく〈クリファ〉内部への突入を決めたとき、美由理は、止めなかった。軍団長である。彼らの暴走にも等しい行いを止めることができるのは、彼女くらいのものだ。

 しかし、ムスペルヘイムの前例があり、また、オロバス、エロスという鬼級二体を同時に相手にするのは不可能に近いという現実を考えれば、幸多たちをたのみにするしかなかった。

 星将として情けないと想わずにはいられない反面、それだけの窮地きゅうちだったのだ。そして、さらにいえば、真星小隊かれらを信頼してもいた。

 実績がある。

 だから信用し、自分もまた奮起したのだ。

 オロバスに彼らの存在が気取られることのないように、全身全霊の力を込めて戦った。戦って戦って、戦い抜いた。

 その結果、真星小隊は誰一人欠けることなく殻石破壊任務を成し遂げ、星将たちもまた、全員生き残ることができたのだ。

 オロバスとエロス、二体もの鬼級を撃破することができたのだから、なにもいうことはない。

 美由理がそれ以上なにもいわなかったのは、四人の無事の姿を見て感極まってしまったからだ。いわなかったのではない。いえなかったのだ。

 四人が生きている。

 それだけで嬉しい。

 特に今回のような大規模戦闘ともなれば、だれがいつどこで命を落としてもおかしくはないのだ。

 星将たちですら、そうだった。

 愛の星象現界せいしょうげんかいがあってもなお、全滅する可能性があったのだ。

 そんな美由理の心情をくみ取って口を開いたのは、火倶夜だ。

「本当、無茶ばかりするわね、あなたたち。そんな調子じゃ、長生きできないわよ?」

「朱雀院軍団長、わたしたちの命の恩人になにを――」

 美由理が珍しく狼狽うろたえるものだから、それがおかしくて、いとおしくて、火倶夜は微笑びしょうを浮かべた。死闘を終えたのだという事実を、そんな妹の反応で実感する。

「ただの軽口でしょ。本当に感謝しているわ。あなたたちが自分の命を省みず、吶喊とっかんしてくれたからこそ、わたしたちはこうして生き残ることができた。それは紛れもない事実よ」

「ああ、まったくとんでもないことをしでかしてくれたもんだ」

 そういって晴れやかな笑顔を四人に向けたのは、明日良である。特に明日良は、九十九つくも兄弟の無事を喜んでおり、二人の肩をばしばしと叩いては、彼らを困惑させた。

 真白と黒乃にとって、明日良は、雲上人うんじょうびとといって良かった。第八軍団に所属していたとはいえ、ほとんど関わりがなかった。気にしてくれていたことは知っていたし、明日良が気を利かせてくれたからこそ、第七軍団へ移籍し、真星小隊に入れたのだが。

 それはそれとして、明日良がこれほどまでに喜んでくれることには驚きを隠せないのも事実なのだ。

「……いい隊長に巡り会えたな」

「……は、はい!」

「軍団長のおかげっす!」

「おう、精々感謝しろよ」

「は、はいっ!」

「死ぬ気で感謝しまっす!」

「冗談だよ、気にすんな」

 明日良は、九十九兄弟の反応を見て、呵々《かか》と笑った。そして手を振りながら、その場から離れていく。

「あんな奴だが、部下想いの良い奴だということは、知っておいて欲しい」

「は、はい……」

「わかってます!」

「そうか。それなら、いい。ああ、真星小隊の活躍、見事だった。おれたちが勝てたのは、きみたちのおかげといっても言い過ぎではない。胸を張ってくれていい」

 そういって、颯爽さっそうと幸多たちの前から去って行ったのは、蒼秀だ。そんな同期の後ろ姿を見送って、愛は軽く肩をすくめた。

「どいつもこいつも愛想が良いんだか悪いんだか」

「別に悪くはないと想うけど」

「そうかねえ? あたしにゃよくわかんないね」

「幸多くんはどう想う?」

「ぼくですか?」

「だって、きみじゃない?」

「はい?」

 火倶夜に話を振られ、幸多はきょとんとした。

 火倶夜の千草色ちぐさいろの瞳が、真っ直ぐに幸多を見つめている。紅蓮ぐれんの魔女の異名のままに、燃え盛る炎のような真っ赤な髪が印象的な人物。戦団一の女傑じょけつとも呼ばれるほどだ。

 その全身から迫力を感じずにはいられないのは、戦いが終わったばかりということもあるのだろうが。

「きみが、中心でしょ」

 そう告げて、火倶夜は話を打ち切ってしまった。

 幸多が問い返す暇もなかった。

「なんの……ですか?」

 幸多の疑問には、愛も美由理も同意するほかなかった。

 火倶夜が意味深げな言葉を残して去って行くのは、よくあることだった。

 火倶夜は、学生時代、感覚派の元締めなどと呼ばれていたよな人物であり、その感覚的な言動に振り回されたのが後輩の美由理と愛である。

 故に、幸多に同情を禁じ得なかったのだ。


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