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第九百五十五話 反撃(九)

 愛染女王クイーンハートが荒れ狂い、光の嵐を巻き起こしている。

 光り輝く数多の頭髪が、まるで巨大な竜巻となって吹き荒び、周囲一帯を絶え間なく切り刻んでいるのだ。

 途絶えることのない無数の斬撃が、結界となっていた。

 不用意に接近すれば最後、刹那のうちに切り刻まれ、死ぬだけだ。

 斬撃の一撃一撃が、酷く凶悪だった。

 星神力せいしんりょくで編み上げた強固な魔法壁が、一瞬にして粉微塵こなみじんに打ち砕かれる様を目の当たりにしたのだ。星将たちも愕然とするほどだった。

「まるで茶番だな」

「なにが?」

「先程までの戦いがだ」

「その結果、どうやら大切にしていたらしいオロバスを失ってしまったんだ。茶番だとしても、くだらん茶番だ」

 蒼秀そうしゅうが吐き捨てるようにつぶやけば、エロスが彼を睨み付けた。赤黒い双眸そうぼうから、憎悪ぞうおに満ちた眼差まなざしが放たれる。そして、無数の光刃が蒼秀に殺到した。

 瞬間、蒼秀は、八雷神やくさのいかづちのかみの全力を発揮した。雷光そのものとなって遥か後方へと遠ざかることで、エロスの斬撃をかわしたのだ。

 無数の光刃が、蒼秀の残光だけを切り刻む。

「オロバスを大切に思うのであれば、最初から本気で挑んでくるべきだった。おれたち人間を劣等種と見下した結果がこのザマだ。おまえは、大切なものをなにひとつ守れなかった」

「なにを……!」

「事実だ。エロス。万物の霊長れいちょうを名乗る鬼級幻魔よ。おまえは、オロバスを守り切れなかった。おまえ自身が調子に乗った結果がそれだ」

あおくん?」

「あいつ……」

「いや、これでいい」

「それは……そうだけど」

 火倶夜かぐやは、美由理みゆり冷徹れいてつ極まる発言を肯定しつつも、蒼秀の暴走にも見える言動に眉を潜めたかった。無論、蒼秀が考えもなしに行動するわけもない。

 蒼秀は、いままさにエロスの攻撃を一手に引き受けていた。

 彼はまず、エロスを煽った。それによってエロスがどのような反応を示すのかを試みたのである。言葉がエロスの精神面への痛撃となることがわかると、罵倒ばとうし続けた。

 エロスが激情そのものを蒼秀にぶつけるようにして星神力を噴出ふんしゅつさせ、愛染女王の総力を結集させる。無数の光刃がさらにその数を増大させながら、戦場を飛び回り続ける蒼秀を追った。

 エロスは、蒼秀だけを見ていた。彼をまず最初に殺さなければ気が済まないといわんばかりに睨み据えている。

 無論、だからといって美由理たち四人への攻撃の手が止んでいるというわけではない。愛染女王は、無数に分裂し、無限に増大する光の刃である。エロス自身を守るための刃も残されていれば、美由理たちを攻撃するための刃も確保されていた。

 その数は、蒼秀に殺到する光刃の数とは比較にならないほどに少なく、躱すにせよ、防ぐにせよ、余裕ができるほどではあったが。

 そしてそれこそが、蒼秀の狙いだ。

 五星杖ごせいじょうの中で最速を誇る蒼秀ならばこそ、光刃の追跡を躱し続けることが可能だろうと判断したのだろう。

 超高速戦闘といえば、星将ならばだれもが可能だったし、速度だけならば風使いの明日良あすらも十二分に早いのだが、雷の速度を優に越す蒼秀には及ばない。

 蒼秀は、いままさに一条の雷光と化して遥か彼方を飛び回っており、エロスに向かって罵倒を投げ掛け続けている。エロスのオロバスへの想いを踏みにじるような罵詈雑言ばりぞうごんの数々は、蒼秀の怒りそのものでもあった。

 エロスとオロバスによって踏みにじられた数多の命がある。

 何人もの星将が、二体の鬼級によって殺された。

 美由理たちにとっての恩師ともいうべき星将たちは、死力しりょくくしてオロバスたちに立ち向かい、そして、死んでいった。

 蒼秀が、オロバスの死を目の当たりにして悲嘆ひたんに暮れ、絶望すらして見せたエロスに対し、耐え難い怒りを覚えるのは当然のことだった。

(そうだ、怒れ。もっと怒れ。怒り続けろ。おれたちの怒りは、おれたちの痛みは、その程度じゃ収まらない……!)

 蒼秀は、複雑な軌道を描きながら迫り来る光刃を避け続けながらも、エロスへの罵倒を欠かさない。エロスの意識を自分に集中させなければ、意味がないからだ。

 エロス本体の力は、幻躰げんたいとは比較にならないほどに凶悪無比だった。

 鬼級幻魔には、最低でも三名の星将が必要だとされているが、エロス本体はどうか。

 三名で足りるのか。

 全力で戦えるという前提ならば、十分かもしれない。

 だが、蒼秀たちは、これまでの戦いで消耗し尽くしていた。

 五人全員が力を合わせても、全力の三星将に及ぶものだろうか。

(いや)

 蒼秀は、胸中でかぶりを振った。いまや遥か遠方となったエロスの周囲に莫大な星神力が満ちるのを見たのだ。元よりエロスの星神力が圧倒的だった空間に、明日良や美由理の星神力が膨れ上がり、せめぎぎ合っている。

 敵と味方、両者の星神力がぶつかり合い、魔素密度を爆発的に増大させていく。

 杞憂きゆうだった。だが。

「人間風情(ふぜい)が、わたしの、わたしたちのことを馬鹿にするなど、許せることではないわ!」

 エロスの激情が愛染女王の力を増幅させ、光刃がさらに何十倍、何百倍にも増大したかと思えば、一瞬にして蒼秀を包囲した。

 逃げ場がなくなった。

(ここまでか。だが、良く持った)

 十二分に時間は稼げた、と、蒼秀が自画自賛じがじさんしたそのときだ。全周囲から殺到してきていた無数の光刃、その髪の毛一本一本に至るまでの全てが、ものの見事に凍り付いたのだ。表面だけでなく、芯の芯に至るまで完全無欠に凍り付き、故に蒼秀の全身もまた底冷えするくらいの冷気を感じたほどだった。

「さすがは氷の女帝」

 一瞬にして完璧に凍り付き、微動だにしなくなったエロスの髪の毛を見つめながら、蒼秀は同僚に賞賛の言葉を送った。


「雷神のおかげだ」

 美由理は、前方に誕生した鬼級幻魔の氷像ひょうじょう見据みすえながら、蒼秀に返答した。

 この戦闘最後となるであろう月黄泉つくよみによる時間静止からの無明月影むみょうつきかげによって、エロスの本体をも氷漬けにすることに成功したのは、いうまでもなく蒼秀がエロスの注意を引いてくれていたおかげだ。

 もちろん、月黄泉の発動中に律像りつぞうを組み上げるのだから、どうしたところでエロスに察知されることはないものの、とはいえ、月黄泉を発動するための時間は必要だった。

 それを十分以上に稼いでくれたのが、蒼秀である。

 美由理まで全力攻撃の対象であれば、時間を止めている暇もなかったかもしれない。

 そして、時間静止に成功すれば、こっちのものだ。

 美由理は、全身全霊の力を込めて、無明月影を発動した。対象の根本からなにもかも全てを氷漬けにし、細胞の隅々まで完全無欠に凍てつかせる究極の氷結魔法は、エロス本体にも効果覿面(てきめん)だった。

 少なくとも、エロスの動きをわずかでも止めることはできた。

 ほんの数秒。

 されど、数秒、

 女神の如き美しさを誇る氷像がわずかに揺れ動き、その振動が激しくなったときには、二人の準備は万端整っている。

 蒼秀と美由理による二段構えの時間稼ぎ。

緋凰絶翔ひおうぜっしょう

勇健ゆうごん

 火倶夜が真言しんごんを発すると、全身から紅蓮の猛火を噴き出し、巨大な火の鳥そのものとなった。そして、今にも動き出そうとする氷像へと突貫すると、その熱気の全てを逃すまいと翡翠色ひすいいろ颶風ぐふうが渦を巻いた。

 明日良の星象現界・阿修羅あしゅらが、周囲一帯の大気を支配し、凝縮したのである。

 そして、火の鳥が氷像に激突した瞬間、天地を震撼するほどの大爆発が起きた。爆砕に次ぐ爆砕の乱舞は、エロスの氷像を破壊し、灼き尽くしていく。熱も爆発も外に逃れない。

 風の結界が、破壊の嵐を何倍にも増幅させ、暴走させていくかのように螺旋を描く。

「ああああああああっ!」

 エロスの絶叫もまた、幾重にも反響した。渦巻く破壊の嵐の中で、吹き荒ぶ灼熱の炎の中で。爆砕の坩堝るつぼで。

 それはまさに断末魔であり、同時に真言でもあったのだろう。

 莫大な星神力が絶え間なく放出され、愛染女王の光刃が無数の斬撃となって全周囲を、虚空を切り刻み、引き裂いていく。だが、爆砕は終わらない。

 爆発の中心にあって、火倶夜が燃え続けているからだ。己の肉体を破壊しながら、エロスを爆砕し続けている。

 終わることのない破壊と再生の連鎖。

 エロスは持ち前の生命力でもって魔晶体を復元し続け、火倶夜は愛の星象現界・愛女神ラヴ・メガミックスの力によって再生し続けながら、破壊し、破壊され続けているのだ。

 いずれかの力が尽き果てるまで、破壊と再生は続く。


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