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第九百四十九話 反撃(三)

「一体なにがどうなってんの!?」

「そんなの、ぼくが知るわけないでしょ」

「そうだけどさ!?」

 ルナが狼狽ろうばいするのも当然の話だと、つるぎは、周囲の幻魔を吹き飛ばしながら思った。

 天から降り注ぐようにして現れた天使の軍勢が、戦団に加勢したのだ。導士を攻撃するどころか、導士たちを窮地から救い、庇うような行動を取り、オロバス軍への攻撃を始めたのだから、そうとしか考えられない。

 空を覆い尽くすほどの大軍勢がだ。

 天使型幻魔。あるいは、エンジェル・タイプ。

 積み重なった情報、状況証拠から、人類に対し極めて友好的な幻魔だと考えられていた。とはいえ、このような本格的な戦いに介入してくるというのは今回が初めてだったこともあり、また、想定外も甚だしい出来事ということもあって、戦団本部や作戦司令室が混乱に陥っていた。

 情報官たちからの指示は的確だったものの、その後方から聞こえてくる声には情報の錯綜が感じられるのだ。

 戦場の導士たちもそうだ。

 いくら戦団に加勢しているのが明白だとはいえ、幻魔は幻魔である。

 幻魔とは人類の天敵であり、滅ぼすべき邪悪だ。

 人間を敵視しない、あるいは利用価値を見出す幻魔の存在が確認されているものの、ありのままを受け入れて問題ないわけがなかった。

 幻魔の存在を許容すれば、人類復興の未来を勝ち取ることなどできない。

 幻魔は、根絶しなければならない。

 それがなによりも困難だということは、戦団に所属するだれもが理解していることではあるが。

 それに、だ。

 ルナは、かつて、天使型に攻撃目標とされたことがあった。

 光都こうと跡地に現れ、ルナだけを執拗しつように攻撃してきた天使型幻魔オファニムの記憶は、皆代みなしろ小隊全員の頭の中に鮮明に残っている。

 そしてその異形の姿も、天使の軍勢の中に見受けられた。天使の階級における第三位である座天使オファニムは、高位だからだろう。やはり、低位の天使よりも圧倒的に数が少なかった。

 高位になればなるほど少なくなるのは、幻魔と同じだ。

 天使型も幻魔なのだから、当然といえば当然なのかもしれない。

『現状、天使型の目的は不明ですが、こちらから攻撃する必要はありません!』

「そっか、わざわざ敵の敵を減らす理由もないもんね」

「ああ。天使型が一体でも多くの敵を減らしてくれるのならば、それに越したことはない」

 情報官からの通達に納得顔の香織かおりを横目に見て、枝連しれんは、渋い顔のままだった。

 空を覆う光の軍勢が地上に舞い降りれば、それだけで大惨事だいさんじとなった。少なくとも、オロバス軍は想定外の損害を被っただろうし、戦線がこうも容易く崩壊するなどとは思ってもいなかっただろう。

 天使たちが光の矢を放ち、オロバス軍を攻撃すれば、幻魔たちも応戦せざるを得ない。それは、戦団の導士たちにとって大いなる隙となったし、また、消耗を回復する好機ともなった。戦線を立て直すまたとない機会だ。

 天使たちの介入は、戦団にとって利しかなかったのだ。

 だからといって幻魔を信用することなどできるはずもないが、利用できるのであれば、そうするべきだろう。

 皆代小隊だけでは、オロバス軍の幻魔をたおし尽くすのは不可能だったし、戦団の損害を減らすことも困難だ。

 光が、地に満ちている。

「天使……」

 ルナは、頭上を仰ぎ、オファニムを見遣った。天使型幻魔の中でも高位に位置するのであろう異形の幻魔は、遥か上空から光の雨を降らせており、それによってオロバス軍の幻魔だけを攻撃している。

 その姿は、光都跡地に現れ、ルナを殺そうとしてきた個体とは、微妙に異なるものだった。

 光の翼を生やした球体状の胴体に顔面が張り付いているというのがオファニムの姿だが、ルナの前に現れた個体には顔面が二つあり、それぞれ男性的、女性的なものだった。しかし、いま天使の軍勢に見られるオファニムには、顔面は一つしかなく、中性的な顔立ちをしているように見えた。

 つまり、例外なのは、ルナを殺そうとしたオファニムということなのだろうが。

(だから……なによ……?)

 言い知れぬ違和感にさいなまれながら、ルナはかぶりを振った。

 そんなことは、どうだっていいことだ。

 いま自分がやるべきは、皆代小隊の一員として全力を尽くすということだ。オロバス軍を攻撃し、導士たちを援護することだけに専念するべきなのだ。

 それ以外のことを考える必要はない。

 そう思おうとした矢先だった。

「え?」

 ルナは、異様な感覚に襲われ、地上を見下ろした。

「どうしました?」

 あざなが、地上に向かって滝のような雨を降らせながら、ルナに問う。星装せいそうを纏う字の魔法は、通常よりも遥かに強力であり、多数の獣級幻魔に断末魔を上げさせる。本来、補手ほしゅであり、補型ほけい魔法を得意とし、攻型魔法を不得手とする字らしからぬ破壊力は、星装あればこそだ。

 字だけではない。

 枝連が投げ放った火球が大爆発を起こして幻魔の群れを吹き飛ばせば、剣が巻き起こした嵐によってウェンディゴの巨躯が打ち上げられると、一条の電光となった香織によって真っ二つに切り裂かれ、魔晶核もろとも破壊された。

 妖級幻魔を意図も容易く撃滅できるのは、まぎれもなく星象現界の恩恵があればこそなのだ。

 そして、皆代小隊は、戦団の中でも特に活躍している小隊といっていい。

 それも全ては統魔とうまの加護があればこそであり、彼の星象現界・万神殿パンテオンの圧倒的な力の結果だ。

 その統魔は、幸多の命を奪おうとした鬼級幻魔の相手をするべく、黒天大殺界内に飛び込んだままだ。その中でなにが起きたのかは、無論、知っている。

 バルバトスが倒れ、アーリマンが現れたのだという。

 その報せを聞いたとき、ルナは、すぐにでも統魔の元に向かいたかった。が、そんなことをすれば、統魔からの指示を無視することになる。

 統魔の命も大事だが、黒天大殺界こくてんだいさっかい内には朝彦を始めとする杖長じょうちょうたちがいるのだ。

 統魔のことは、杖長たちにこそ任せるべきだったし、であれば、ルナにはルナの為すべきことに集中することにしたのだが。

 ルナは、黒天大殺界の暗黒球が崩壊する様を目の当たりにした。

 巨大な星神力せいしんりょく同士の衝突に、星域せいいきが耐えきれなかったからに違いない。

 光と闇の力がぶつかり合いながら螺旋を描き、天へと昇る。頭上の天使型幻魔を巻き込み、消し飛ばすほどの力の奔流ほんりゅう

 空に穴が開く。

 その一方がアーリマンの力であり、もう一方が天使型幻魔の力であることは明らかだったが、ルナは、そんなことよりも統魔に注目した。

 統魔が、アーリマンの足元に倒れ伏している。微動だにしないところを見れば、意識を失っていることは明らかだった。

「統魔!」

 ルナは、絶叫とともに飛び出していた。

「ルナっち!?」

「ルナさん!?」

 背後から彼女を呼ぶ声が聞こえたが、もはや止まらない。どうしようもなかった。

 衝動だ。

 衝動だけが、彼女を突き動かしている。そして、そうなってしまった以上、彼女自身にもどうすることもできなかった。

 遥か地上へと加速し続けながら、前方に立ちはだかる幻魔の群れを光刃でもって薙ぎ払う。断末魔が耳朶じだを突き刺すようだった。

 天使たちの唱和しょうわが、幻魔たちの怒号どごうが、導士たちの真言しんごんが、ルナの意識の外でさながら乱舞しているかのようだ。それらは多種多様な魔法となって乱れ飛び、激突し、炸裂し、戦場を震撼しんかんさせたが、そんなことはもはや彼女には関係がなかった。

 ルナが見ているのは、ただ一人、統魔だけだ。

 それ以外のなにも視界に入ってこなかった。

 黄金の光と絶対の暗黒が対峙していることすら、彼女にはどうでもいいことだったのだ。

 統魔の無事だけが心配だった。

 それはずっとだ。

 ずっと、それだけを考えていた。

 彼と出逢い、彼に救われ、彼の側にいるようになってから、ずっと。

 統魔だけが、彼女のり所だった。

 統魔がいない世界など考えられなかった。

 そんなことになれば、きっと、自分も消えて失せるだろう。

 確信がある。

 ただ、だから、などではない。

 自分の存在を維持したいなどという理由で、統魔の元に向かっているのではなかった。

 本能だ。

 本能が、叫んでいる。

「統魔っ!」

 ルナは、暗黒の悪魔の足元へと急降下するなり、統魔を抱え上げ、その場を飛び離れた。黒い星神力の渦がルナを攻撃してきたが、反射的なものだったのかどうか。少なくとも、アーリマンの視線は感じなかった。視線など感じられるものではないのだとしても、だ。

 激痛が、右の足首にあった。見れば、足首から先がなくなっていた。星装に護られた足首が、ものの見事に寸断されていたのだ。

 しかし、彼女は慌てない。力を込めれば、それだけで彼女の足は瞬く間に復元した。

「統魔」

 ルナは、抱き抱えた少年に意識を集中したかったものの、そのような状況ではないことを把握し、前方に視線を定めた。

 黄金色の光と、無明の暗黒が、対峙していた。


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