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第九百四十話 渦巻く(四)

「なんでや……」

 朝彦あさひこは、朦朧もうろうとする意識の狭間で叫ぶようにうめいていた。

「なんで、おまえがそれを持っとんねん……!」

 朝彦のぼやけた視界の中心で、一体の悪魔がその威容を見せつけるようにして立っている。限りない暗黒の闇が凝縮し、人の形を成したのような怪物だ。その全身から溢れる絶大な星神力せいしんりょくが、一種の重力場を形成しているのがわかる。

 黒天大殺界こくてんだいさっかいからくも維持されているが、それは、取りも直さず山王瑛介さんのうえいすけが意識を保っているからであり、杖長じょうちょうの中でもっとも軽傷で済んだからにほかならなかった。

 ほかの杖長は、だれもが重傷を負っていたし、致命傷に等しい一撃を受けたものもいた。

 突如起きた大地の激変に飲み込まれたのだ。

 割れた大地に飲み込まれたものもいれば、隆起した岩塊に吹き飛ばされたものもいる。鋭利な岩片に腹部を貫かれた状態でどうにか死なずに済んでいるのは、神明真緒だ。

 六名の杖長は、皆、一斉に攻撃を受け、大半が致命傷を負ったのだ。

 だから、なにもできない。

 朝彦は、ようやく導衣どういに仕込んだ簡易魔法で治癒魔法を発動させたものの、回復しきるまでにどれほどの時間がかかるものかわからなかった。

 時間の感覚がおかしくなるのは、アーリマンの存在によって急かされているからなのか、どうか。

 朝彦には、理解できない。

 彼に把握できることがあるとすれば、アーリマンがその右手で統魔とうまの首を鷲掴わしづかみにして持ち上げているということだ。統魔が抵抗しようともしていないのは、意識を失っているからに違いない。

 そして、アーリマンの左手には、見覚えのある矛が握り締められていた。

 大地の結晶と呼ぶに相応しい、異形いぎょうにして長大なる矛。

 天之瓊矛あめのぬぼこだ。

 今は亡き第五軍団長・城ノ宮日流子(じょうのみやひるこ)武装顕現型星象現界ぶそうけんげんがたせいしょうげんかい

「これがの星象現界、その能力」

 アーリマンは、朝彦を一瞥いちべつし、手にした天之瓊矛の力を発動させた。下半身が岩塊に押し潰されたままの朝彦に対し、さらに無数の岩石を叩き込んだのだ。まさに鬼畜の所業というべきだが、アーリマンには関係がない。

 それから視線を巡らせれば、杖長たちがどうにか戦闘態勢に入ろうとしている様子が見て取れた。だれもが致命傷に等しい痛撃を受けながら、それでもすかさず回復に全力を注ぎ、絶望することなく立ち向かってこようというのだ。

 導士ならば当然の覚悟であり、反応だ。

 朝彦が動けなかったのは、いま動き出した杖長たちよりも余程重傷であり、瀕死の状態だったからだが。

 アーリマンは、再び天之瓊矛の切っ先を地面に突き刺した。城ノ宮日流子の星象現界・天之瓊矛は、地属性魔法の極致というべき代物だ。星神力の及ぶ範囲内の大地を支配し、自在に操る攻防一体の超高等魔法。

 それは、杖長ほどの導士ならば、周知の情報である。

 瑠衣は、杖長たちが朝彦を救助するのを横目に見つつ、矛の切っ先から大地に波紋が走るのを目撃した。地面が、さながら水面のように大きく波打ち、無数の岩塊が噴出してくる。瑠衣が咄嗟に張り巡らせた魔法壁が容易く打ち砕かれたものの、杖長たちが攻撃から逃れる時間稼ぎにはなった。

 それぞれその場から飛び離れれば、瑠衣は朝彦の治療に専念した。もっとも深手を負った朝彦の下半身がもはや原型を留めていない。急がなければ、命の火すらも消えてしまうのではないかと思えるほどだった。

 朝彦の治療を瑠衣に任せると、彰は氷形剣アイスソードを振り翳した。青く透き通る刀身が輝き、猛烈な吹雪が巻き起こってアーリマンを飲み込もうとした。だが、大地が隆起し、巨大な壁となって立ちはだかったがために無駄に終わる。

 しかし、それが彰の目的だった。時間稼ぎだ。

「どう見ても天之瓊矛だが……日流子様の星象現界ってわけじゃないよな?」

「それはありえないと思うけど……」

「属性も形式も性質も似通った星象現界が存在するのは、おかしなことじゃない。でもあれは、天之瓊矛だ。日流子様のな」

 アーリマンが握りしめる矛の形状も能力も属性も、なにもかもが日流子の星象現界そのものだという事実は、杖長たちに衝撃を与えていたし、混乱させもした。

 それが、アーリマンの星象現界などではあるまい。

 そんなことがあっていいわけがない。

 滝のような雷が降り注ぎ、巨大な岩壁を打ち砕き、さらにアーリマンを狙撃する。佐比江結月さびえゆづきの雷神弓だ。雷撃による狙撃は、当然のようにアーリマンの眼前に出現した石の盾で防がれてしまったが。

 ともかく、攻撃である。

 畳み掛けるような星象現界の攻撃でもって、少しでも時間を稼ごうとした。

「だったらなに? 他者の星象現界を模倣もほうするのが、あいつの星象現界の能力ってこと?」

「他者の魔法を模倣することは、魔法の初歩中の初歩だからな。星象現界を模倣する星象現界があったとしても、なんら不思議じゃない」

「だとすれば、奴は日流子様の星象現界を直接目にしたってことになるんじゃないかな?」

「そんなん、ありえんのかいな」

 朝彦は、杖長たちの会話に割り込みながら、律像を構築した。意識が吹き飛んだことで、星象現界が霧散してしまったからだ。

「どうでもいいさ。そんなことは」

 とは、瑠衣。ギター型法機を激しくかき鳴らし、星霊たちとともに熱唱する彼女の脳裏には、在りし日の日流子との思い出が過っていた。

 日流子とは、所属する軍団こそ違えど、何度も手合わせしてもらった間柄だ。日流子が星象現界を体得してからは、毎回のように星象現界での組み手をせがんだ。星象現界を体得するには、〈ほし〉をるには、星象現界を体験し、他者の〈星〉に己の〈星〉を見出す以外に方法はない。

 〈星〉のきらめきは、命の輝きであり、魂の火だ。

 天之瓊矛を初めて目の当たりにしたときの興奮と感動は、いまも鮮明に覚えている。終生しゅうせい、忘れ得ないものだろうし、その形状の隅から隅までこの目に焼き付いていた。

 その瑠衣が、見間違えるはずがなかった。

 怒りが、瑠衣の魂を燃え上がらせるのだ。

「無駄だ」

 アーリマンが矛の切っ先を地面から抜き放った瞬間、杖長たちは瞬時にその場から飛び離れた。地面から巨大な岩柱が突き出てきたかと思うと、岩柱からさらに無数の岩石が飛び散り、杖長たちへと殺到してくる。

 が、しかし、それらには黒天大殺界の力が作用した。つまり、岩石投擲魔法を術者に跳ね返したのだ。

 無数に殺到する岩石に対し、アーリマンは、瞼一つ動かさない。天之瓊矛を握り締めたまま、その能力を駆使する。大地が振動し、またしても岩壁がせり上がれば、岩石群を受け止めてみせた。

 そしてそのまま岩壁と岩石群が一体化すると、異形の大蛇のようにうねりながら杖長たちへと襲いかかった。巨大な岩塊が生き物のように動き回る様は異様としかいえないが、それは大地そのものを自在に操って見せた日流子の戦法そのものでもあった。

 故に、瑠衣たちは怒気を込めて魔法を放つのだ。

 アーリマンは、杖長たちなど見てもいない。

 彼が見ているのは、気にしているのは、右手に握り締めた人間のことだ。

 皆代統魔。

 その首に食い込んだアーリマンの右手の指先から統魔の皮膚へと、さながら侵蝕するかのように黒い波紋が広がっている。それに対し、統魔が抵抗一つしないのは、意識を失っているからだ。

 しかし、どういうわけか、統魔の星象現界はその力を失っておらず、星霊たちは動き続けていた。

 

 

「絶対絶命って奴かよ?」

 真白ましろが唸るようにいったのは、当然だっただろう。百体以上ものウェンディゴによって進路を完全に塞がれた上、サキュバスとヴァンパイアの集団が多重に魔法壁を張り巡らせ、こちらの攻撃を完封してしまうのだ。

 ついに、カラキリは立ち往生してしまった。

 カラキリを中心とした移動要塞が、ただの要塞と化してしまったのだ。移動要塞は、動き続けるからこそ意味があった。その場に足止めされれば、集中砲火を受けざるを得なくなる。そうなれば、防手の負担は増大するだろうし、いずれ魔法壁を突破されるのではないか。

 幸多こうたは、クニツイクサとともに弾幕を張り続けながら、頷く。

「かもね」

「ええ……」

「まあ、そんな軽口を叩けるのなら、まだまだ余裕でしょ」

「そうかな?」

「そうだよ」

 黒乃くろのの不安げな声に対し、義一ぎいちが力強く言ってのけたのは、幸多に全幅の信頼を寄せているからだ。

 幸多は、確かに魔法も使えないし、魔法の恩恵も受けられない完全無能者だ。真星しんせい小隊の四人の中ではもっとも頼りにならないと判断されるには十分すぎるほどの理由がある。

 しかし、義一からすれば、幸多ほど頼りがいのある人物はそうはいなかったし、彼がいる限り、絶望することはないとも思っていた。

 確信がある。

 少なくとも、義一の中の美零みれいは、そう考えているようだ。美零は、幸多に心底感謝していたし、感謝してもしたりないくらいだと常々いっている。

 幸多のために力を尽くしたい、とも。

 であれば、義一にできることはなんなのか。

 この絶体絶命に等しい状況を打開する方法を考え、実行に移すことだろう。

 しかし、だ。

(これは……不味いな)

 義一の真眼しんがんは、周囲に渦巻く莫大な量の魔素まそを視ていた。どれもこれも動態どうたい魔素であり、生命力に満ち溢れた破壊的な力の奔流ほんりゅうである。

 そのいずれもがこのカラキリに向けられており、義一たちはいままさに怒濤どとうのような猛攻にさらされているのだ。

 真白の鉄壁の防型魔法がどうにか持ち堪えているものの、それもいつまで持つものかわからない。

 だが、戦況を打開するには、これ以上の手はないこともまた、明らかだ。

 戦団は星将せいしょうを都合五人動員した。これでオロバスとエロスを撃破し、オロバス軍が引き上げてくれるのであればそれで良かったのだが、しかし、そうではなかった。

 オロバスは、〈七悪しちあく〉と手を組んでいたのだ。

 アーリマンの配下であるバルバトスのみならず、アーリマンまでもが戦場に現れたのだというのだから、戦況がオロバス軍に傾くのも道理に違いない。

 故にこそ、このような策に打って出たのだ。

 龍宮戦役りゅうぐうせんえきと同じく、殻石クリファイトを破壊することによって殻主かくしゅたる鬼級幻魔を撃破し、〈クリファ〉を消滅させるのだ。それができれば、オロバス軍そのものは音を立てて崩壊するだろう。

 エロスは滅びず、エロス配下の幻魔は残るだろうが、エロスが引き上げないとは考えにくい。オロバスとの共闘があってこその此度こたびの侵攻であるはずだからだ。

 そして、エロスが引き下がってくれれば、アーリマンだけになる。

 星将、杖長が力を合わせれば、いくら〈七悪〉の一体といえども、たおせないとは思えない。

(余力が残っていれば、だけれど)

 そして、この最悪の状況を脱することができれば、だが。


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