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第九百二十四話 星々、瞬く(六)

「っ」

 無意識の舌打ちとともに、バルバトスの猟銃の銃身を切り上げた朝彦あさひこだったが、星装の力をもってしても傷ひとつ付けられなかった事実を確認した。即座に飛び離れた直後、右手首を吹き飛ばされて歯噛みする。激痛が意識を苛んだのは、一瞬。導衣どういの生体保護機能が痛みを緩和し、瞬時に止血しけつする。

 左手で右手ごと陽炎を拾いつつ、陽炎の能力で虚空に溶けるように消えれば、ようやくバルバトスの攻撃対象から外れることに成功したようだった。

(いや、ちゃうな)

 朝彦は、胸中、頭を振る。つい先程、陽炎の影響下でバルバトスに撃ち抜かれている。いま、バルバトスの目がこちらに向いていないのは、別の杖長を標的としたからにほかならない。

 朝彦が瑠衣るいの元に辿り着けば、彼女は何も言わず彼の傷を癒やした。

「必殺必中とはこのことやな」

「でたらめにも程があるけどね」

「ただ適当に撃ってるだけでいいんだもの。嫌になるわ」

 朝彦が吐き捨てると、瑠衣と真緒まおが同意した。

 二人もともに銃撃を受けている。

 バルバトスは、銃の狙いを定めない。ただ、引き金を引き、銃弾を撃ち放っているだけだ。それだけで、この結界内にいる杖長のいずれかに命中し、血飛沫ちしぶきを上げるのだ。

 これまで数十発の銃弾が撃たれているが、全て、命中していた。

 そして、これまでのバルバトスの攻撃でもっとも重傷を受けたのは、朝彦だろう。右手首を吹き飛ばされたのだ。脇腹の銃創じゅうそうは治癒魔法で簡単に塞ぐことができるのだが、吹き飛ばされた手首を元通りに回復するのはそう容易くはない。

 補型ほけい魔法に分類される治癒魔法、その中でも最高難度といってもいいのが復元魔法なのだ。

 杖長たちの中でも特に秀でた補型魔法の使い手である真緒は、星象現界・暗夜の死徒シャドウ・サーヴァントによって生み出したバルバトスの影でもって相手を攻撃しつつ、負傷した杖長たちの治療に駆け回っていた。

 星象現界によって万能手となった瑠衣もそうだ。攻型魔法よりも補型魔法にその力を注がなければならなくなっている。それほどまでにバルバトスの攻撃は苛烈であり、凶悪無比なのだ。

 真緒が朝彦の右手首の接合を急ぐ間にも、バルバトスの銃撃は止まない。

 杖長たちが間断なく攻撃を仕掛けようとも、バルバトスの足止めにすらならなかった。バルバトスにどれだけ強力な一撃を叩き込もうとも、引き金を引く指を止めるには至らない。

 佐比江結月さびえゆづき雷神弓らいじんきゅうが無数の矢を放ち、バルバトスの周囲の地面に突き立ったかと思えば、頭上から極大の雷光が降り注いだ。天地を晦冥させるほどの雷撃が、暗夜の死徒ごと周囲一体を破壊する。が、その間にも銃撃音は聞こえていたし、宮前彰みやまえあきらの右肩に穴が開いていた。

「そら……そうやわ」

 朝彦は、真緒に感謝しつつ、完全に接合した右手の感覚を確かめた。秘剣・陽炎を握り締め、振りかざす。刀身が放つ光は、朝彦ではなく、真緒の姿を風景の中に隠した。

 真緒は、この星象現界の使い手六名の中でも特に秀でた補手だ。彼女が致命傷を負うようなことがあれば、それだけで戦術が瓦解しかねない。さらに瑠衣の姿も光の中にに隠せば、回復役が狙われる可能性は低くなる。

「なに?」

「ひー様がやられんのも、無理ないっちゅうこっちゃ」

「ああ……そういうこと」

 真緒は、朝彦が冷ややかな目の奥に怒りが渦巻いているのを見た。

 彼のいうひー様とは、城ノ宮日流子(じょうのみやひるこ)のことだ。日流子の星央魔導院時代の愛称であり、一部の導士からもそう呼ばれていた頃がある。軍団長となってからはそう呼ぶものはほとんどいなかった。

 朝彦を始めとする極わずかなの導士だけが彼女をそう呼んだのは、愛情表現の一種といっていいだろう。

 朝彦からすれば、可愛い後輩だった。

 能力の高さ故にあっという間に階級を追い抜かれ、軍団長と杖長という立場になってしまったが、学生時代の後輩だったという事実は、ずっと変わらなかった。軍団長になってからも時折覗かせた後輩の顔は、朝彦にとって忘れがたいものになってしまった。

 最後に交わした言葉は、なんだったのか。

「元より強い鬼級が星象現界を使うんは、反則やろ」

「まったく、その通りですね」

 多大な怒気を含んだ声には、朝彦は愕然とした。頭上を仰ぎ見て、暗黒球の内側に満ちる莫大な光に目を細める。神々しい光が降り注いだかと思えば、無数の光柱が乱立し、バルバトスへと収束していく。

 バルバトスが空を睨み、銃を撃った。しかし、銃弾は彼の体からすり抜けるようにして現れた星霊に妨げられ、弾かれてしまう。

皆代みなしろくん!」

 朝彦は、叫び、大地を蹴った。

 突如上空から現れ、バルバトスと攻撃し合ったのは皆代統魔(とうま)であり、八体の星霊が彼に付き従っていた。

 いままさに戦況は、一変した。


 鬼級幻魔が星象現界を使うことそのものは、これが初めてではない。

 既に一度、オトロシャ領恐府(きょうふ)の先行攻撃作戦中に経験したことだ。しかもその際は、戦闘の最中、突如として鬼級幻魔トールが発動して見せたのであり、その場にいたものたちが受けた衝撃の凄まじさたるや、想像を絶するものだっただろう。

 そして、今回、鬼級幻魔オロバスが突如として星象現界を発動したこともまた、衝撃的な出来事ではあった。

 想定外にして予想外の事態だ。

「人間どもよ」

 オロバスは、人間たちの動揺を手に取るように理解しながら、嘲笑あざわらう。オロバスに蹴り飛ばされた人間は、雷光となって姿を消し、上空へと移動しているが、どうでもいいことだ。

 状況は、依然いぜん、彼に有利なままだ。

 なんといっても、星象現界を発動したのだ。

「貴様らが鬼級われら陵駕りょうがするべく編み出したこの星象現界という術。忌々《いまいま》しいが、確かに強力無比にして凶悪至極であると認めよう。だが、故に我が貴様ら如きに再び負けるなどということはないということだ」

 オロバスは、上空の人間たちを睨み据え、告げた。彼の脳裏のうりには、光都こうとでの戦いの有り様がよぎっていた。

 一方的だったはずの戦いは、星象現界の使い手たちが乱入したことによって激変し、彼の幻躰げんたいは致命傷を負った。そして敗れ去り、エロスにまで屈辱的な目に合わせる羽目になってしまったのだ。

 その事実は、彼にとって拭いがたい失態としかいえなかった。

 失態。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 いままさに目の前にいる三人の人間たちは、エロスの幻躰を傷つけ、破壊したものたちだ。

「貴様らは、エロス様を傷つけた。その罪の深さ、我が新たな力によって思い知るがいい!」

 オロバスは、ハヤグリーヴァと名付けた星霊とともに空中高く浮かび上がると、大身の槍を振りかざした。切っ先から噴き出す闇の奔流が、虚空を薙ぎ払うようにして人間たちに襲いかかる。大気中の魔素を蹂躙じゅうりんし、腐敗させ、瘴気を渦巻かせながら。

「光都事変を起こし、あまつさえ大量の人命を奪ったものの言う言葉ではないな」

 戦線に復帰した蒼秀そうしゅうは、いうが早いか、手の先に巨大な雷球を生み出し、オロバスの魔法を受け流した。馬頭人身の星霊が背後に現れるが、それには火倶夜かぐやが対応する。燃え盛る紅蓮の翼が、星霊と蒼秀の間に割り込み、防壁の如く聳え立ったのだ。

 そのまま炎の翼で星霊を包み込んだ火倶夜だったが、直後、翼を突破されるのを認める。星霊である。軽々と押さえ込めるものではない。

(わかりきったことよね)

 火倶夜は、星霊の眼前へと移動すると、その周囲に紅蓮の炎を巻き起こした。

 そのとき、オロバスが吼えたのは、星霊を解放するためか、あるいは、火倶夜を攻撃するためだったのか。

 しかし、火倶夜は攻撃を受けなかった。

 大気中の魔素が凍りつき、瞬時に構築された巨大な氷壁が、オロバスの攻撃魔法を受け止めたからだ。魔法の直撃を受けてばらばらに砕け散った氷壁は、しかし、それで霧散するのではない。無数の氷の刃へと変化し、オロバスへと殺到さっとうする。

 オロバスが大槍を振り回して氷刃を吹き飛ばすと、雷光がその巨躯を斬りつけていく。

 三対一。

 理論上――理屈の上では、鬼級と対等に戦うことのできる最低限の戦力が揃っていることになる。

 だが、相手は、オロバスは、星象現界を使った。それも化身具象型の星象現界であり、自動的に戦闘行動を行う星霊がオロバスと同等の力を持っていると考えた場合、こちらが圧倒的に不利になると結論づけるしかない。

 星象現界は、オロバスがいったように凶悪無比な超高等魔法技能だ。星象現界を発動しただけで、その魔法士の戦闘力は何倍、何十倍にも向上するとされる。

 つまり、オロバスの戦闘力は、光都事変のときとは比較にならないほどのものになっているということだ。

 だがそれは、火具夜たちとて同じことだ。

「五年前とは、なにもできなかったあのときとは、違うのよ!」

 火倶夜は、叫ぶ。

 その咆哮が真言となり、火具夜の星神力を爆発させた。


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