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第九百二十二話 星々、瞬く(四)

 オロバスの巨躯きょくが愛馬らしき異形いぎょうの幻魔もろとも氷漬こおりづけになったのは、美由理みゆり星象現界せいしょうげんかい月黄泉つくよみの力だ。

 空間展開型くうかんてんかいがた星象現界・月黄泉は、範囲内の時間を静止するというとてつもない魔法だ。そしてその範囲とは、おそらく地球全土どころか宇宙全域に及ぶと考えられている。でなければ、範囲の内と外で時間のずれが生じるはずであり、なにかしらの齟齬や問題が起きるはずだからだ。

 しかし、これまでのところ、月黄泉の発動による問題は確認されていない。

 確認されていないだけで、世界のどこかで、宇宙の片隅で、なんらかの問題が生じている可能性もないわけではないが、この状況でそんなことを考慮していられるはずもない。

 月黄泉を逃れる術はないということだけは確かなのだ。。

 月黄泉は、知覚することもできなければ、認識することもできないのだ。

 月黄泉の時間静止能力は、長らく証明できなかった。なぜならば、だれにもそれを認識することができなかったのだから、当然だろう。

 幸多こうたが現れるまでは、数々の状況証拠も、月黄泉の能力を確定させるものではなかったのだ。

 そうはいっても、月黄泉の性能を疑うものはいなかった。

 なぜならば、実際に美由理が説明した通りのことが起きてきたのだから、疑う理由がない。

 魔法局による解析結果よりも、使い手本人の説明のほうが余程信用に足る。

 それは、あらゆる魔法にいえることだが。

 さて、オロバスだ。

 月黄泉の発動によって静止した時間は、他の星将せいしょうたちにも認識できない。よって、月黄泉は、連携の取りにくい星象現界といえるのだが、一方で強力無比な星象現界でもあることに疑問を挟む余地はない。

 静止した時の中ではなにものも傷つけることはできないが、しかし、やりようによっては、一方的な状況を作り上げることも可能だ。

 それがいままさに目の前で起きたことだ。

 つまり、時間静止の解除と同時に、オロバスが巨大な氷柱に飲み込まれた現象が、それなのだ。

 時間静止中に紡ぎ上げられた超高密度の律像りつぞうは、時間静止の解除とともに魔法となって発動、オロバスを有無を言わさぬままに氷漬けにしてしまった。

 オロバスが騎乗する双頭異形の幻魔も、その馬の足に踏み潰された幻魔や、周囲の幻魔ももろともに飲み込み、天をくほどに巨大な氷柱の中に閉じ込めてしまったのだ。

「時間稼ぎにしかならないだろうがな」

 背後から飛来した魔力体を軽々とかわして見せながら、美由理は告げた。オロバスの頭上に突如として出現した超高密度の魔素質量に対し、周囲の幻魔がいきり立つのは当然の結果だ。それら獣級、妖級の幻魔たちが一斉に襲いかかってくるのも、想定の範囲内だった。

「そう謙遜けんそんしないの。十分よ、十分」

「そうだな。十分だ」

 火倶夜かぐや蒼秀そうしゅうは、氷漬けになったオロバスを見据え、律像を展開する。星象現界の発動によって全身に満ちた星神力《せいしんろyく》を以て、強力無比な攻型魔法の行使が可能となっているのだ。

 そしてそのための時間は、美由理が稼いでくれた。

 美由理の先制攻撃では、オロバスには致命傷にもならないことはわかりきっている。

 四方八方から殺到してくる魔法攻撃の雨嵐を軽々と回避しながら、火倶夜は、考える。

 オロバスがこのままなんの行動も起こさず、たおれてくれるはずもない。

 オロバスは、鬼級幻魔であり、あの光都事変こうとじへんにおいて六名の星将の命を奪ったものなのだ。その力は強大無比であり、氷牢に封じられただけでどうにかなるとは思えない。

 これだけで終わるのであれば、光都事変など起こっていない。

 事実、オロバスの目が光るのを見た。赤黒く禍々しい光は、幻魔共通のものだ。そしてより毒々しく、黒々と燃え盛るかのように見えたのは、その密度の凄まじさ故なのかもしれない。

 オロバスの全身から暗黒の闇が溢れ出し、氷柱を侵蝕し、内側から破砕していく。そしてその魔素質量の凄まじさには、火倶夜が思わずその場を飛び去るほどだった。

 燃え盛る翼で大気を叩いたときには、炎の尾で美由理と蒼秀を掴んでいる。星将である。火倶夜が手を貸さずとも対応しただろうが、しかし、そうもいっていられなかった。

 爆砕が起きた。

 天高く聳える氷柱が根本から崩れ去り、無数の氷塊が雨の如く降り注いだ。膨大な冷気が戦場に満ち、周囲一帯の幻魔が悲鳴を上げながら飲み込まれていく。

 氷霧ひょうむが、視界を満たす。

「あれは……」

「まさか……」

「星象現界……!」

 星将たちは、三者三様に反応しながら、それを見た、

 オロバスの全身から立ち上る黒い魔力の渦は、まさに星神力と呼ぶに相応しいものであり、周囲の幻魔を圧殺し、異形の馬をも押し潰していた。殻主かくしゅたるオロバスにとって、配下の幻魔がどうなろうと知ったことではないといわんばかりだ。

 そして、オロバスの背後に馬頭人身の星霊せいれいが出現していた。それが化身具象型星象現界であることは、一目で理解できた。凄まじいまでの密度の星神力が、周囲の大気を捻じ曲げ、破壊していくかのようだった。

「そうだ、これは我が星象現界ハヤグリーヴァ。貴様らが我に叩きつけた力そのものよ」

 オロバスが星将たちを見上げて、にやりとした。その全身に満ちた星神力は、鬼級幻魔生来の膨大極まりない魔素質量を練り上げ、昇華したものであり、圧倒的としか言いようがなかった。

 そして、その背後に出現した馬頭人身の星霊は、神々しくすらもあるのが異様だった。人類の天敵たる幻魔に相応しいものではない。

「これで二例目か」

 蒼秀が、冷ややかに告げ、同時に巨大な雷球をオロバスに叩きつけていた。

 すると、星霊がオロバスの前方へと瞬時に移動し、特大の雷球を受け止めて見せた。さらに蒼秀の背後に現れたオロバスが、彼の背をおもむろに蹴りつける。

 衝撃が、蒼秀の意識を消し飛ばす。


「ふむ。これはこれは……なるほど」

 全周囲を閉ざすように展開する暗黒空間を眺め、バルバトスは、目を細めた。

 複数名の導士が、彼を包囲するように布陣している。

 それらは、戦団において杖長じょうちょうと呼ばれる導士たちだ。杖長が高位の魔法士だということも、考えるまでもなく理解できる。

 強大な力を秘め、優れた魔法技量の持ち主だということも、だ。

 バルバトスには、全てが手に取るようにわかるのだ。

 バルバトスは、背後に向き直ると、己の影から染み出すようにして形を成した物体に魔力を叩き込んだ。それはバルバトスそのものの姿を真似た魔力体のようであり、一撃で破壊したが、すぐさま復元し、バルバトスに襲いかかってきた。

 さらに魔力を込めた拳を撃ち込み、炸裂させながら、その場を飛び離れ――ようとして、空間の中心に引き寄せられるのを認識する。

 どうやらこの空間は、魔法の結界であり、対象を中心部に引き寄せる力があるようだ。それも極めて強力で、強制力を持っていた。

 対象を固定しておくには持って来いの能力と考えて良さそうだ。

「さすがは星象現界といっておきましょう」

「幻魔に褒められても嬉しくないねえ」

 頭上から聞こえてきたのは、荒井瑠衣あらいるいの声だ。ギター型法機などという馬鹿げた代物をかき鳴らす杖長は、二体の星霊とともにスリーピースロックバンドを演じている。苛烈な演奏が律像を組み上げ、鮮烈な歌声が真言となって無数の魔法を連続的に浴びせてくる。 

 バルバトスは、魔法壁を張り巡らせることで対応したものの、つぎの瞬間には、背後から斬られていた。残光が、視界に焼き付いている。

 それが味泥朝彦みどろあさひこの星象現界だということは、わかっている。

 知識だけならば、あるのだ。

 そしてその知識量が故に、バルバトスは、口の端を歪ませる。

「こんなものですか」

 隙だらけの背後から斬りつけてもなお、致命傷にはなりえない。

 バルバトスは、杖長たちの星象現界の半端さを嘲笑あざわらい、充ち満ちた星神力を解放して見せた。

星を射落とすもの(サジタリアス)

 バルバトスが真言を発した瞬間、星象現界が発動し、黒天大殺界こくてんだいさっかいの暗黒空間が激しく震撼した。

 空間内に満ちた魔素質量が許容量を大幅に超えたのだ。

 爆発が、起きた。


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