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第九百二十一話 星々、瞬く(三)

「人間も、よく持ちこたえている」

 その言葉に何処どこ他人事ひとごとのような響きを感じるのは、きっと気のせいではあるまい。

 地上では今、大きな戦いが起きている。

 鬼級幻魔オロバス率いる軍勢と、戦団の魔法士たちが衝突し、天地を震わせるほどの大激戦を繰り広げているのだ。

 央都を囲うように聳え立つ境界防壁、その西方に横たわる空白地帯を主戦場とし、数百万の幻魔と、たった三千人にも満たない人間たちが、命を、互いの未来を賭けた戦いを行っている。

 血で血を洗う戦場。

 死で死をあがなう闘争。

 膨大な魔力が渦を巻き、数え切れない魔法が飛び交っている。

 大量の幻魔が命を落とし、少なくない魔法士たちが死んでいく。

 死が、満ち溢れている。

「このまま推移すいいすれば、勝ちの目も出てくるかもしれませんね」

 ルシフェルに続いて、ガブリエルもまた、何処がどうでも良さげに言った。

 人類の守護者をうそぶく天使たちの長たるルシフェルがそうであるように、四大天使の一角をすガブリエルまでもがそれほど大きな関心を抱いていないというのはどういうことなのか。

 ウリエルは、地上の光景を映し出すガブリエルの魔法球を覗き込みながら、考える。

 自分も、天使だ。

 経緯はどうあれ、ルシフェルやガブリエルと同じ方法でこの世に生まれ、ここに在るはずだ。

 人類を守護するべく生まれ落ち、この身も、この力も、そのためにあるという前提が、命に刻まれている。

(命)

 いままさに地上で数多と散る命の有り様を目の当たりにすれば、どうにも震えを抑えられないのは何故なのか。

 なにゆえ、ルシフェルたちと同調できずにいるのか。

(命)

 ウリエルは、大いなる天使たちが地上の騒乱に関わろうともしないことに疑問を持つ。

 人類の守護者ならば、いままさに人類の危機が訪れているこの状況を静観して良いのか。

(命)

 ウリエルの脳裏のうりになにかが過る。それがまるで遠い記憶のようであり、つい最近の出来事のようでもありながら、決して思い出せないものだということも理解する。

『それがよすがだ』

 以前、そう冷ややかに告げてきたのは、メタトロンだ。

 白銀の大天使もまた、ルシフェルたちと同じく地上を静観しているのだが、彼だけは人類への干渉を考えもしない二人に対し、多少、疑問を持っているようだ。表情から伝わってくる。

「放って置いて良いのか?」

「うん?」

 ルシフェルは、不意に問われ、きょを突かれたような気分になった。顔を上げれば、ウリエルの蒼穹のような瞳が彼を見据みすえている。

 射貫くような視線だった。

「このままでは、戦団が負けるかもしれない」

「そうだね。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。可能性の問題だ」

「戦力差は圧倒的。ですが、戦団の導士たちは、人類の魔法士たちは、成長するもの。幻魔とは違いますから」

 ガブリエルの発言通り、通常、幻魔は成長するものではない。

 生まれ落ちたときから完成された生き物であり、完全無欠にして完璧な生命体であるという自負が、鬼級幻魔にはあるはずだ。

 故に魔法技術を磨くこともなければ、鍛錬たんれん研鑽けんさんを積むこともなく、魔法技量を高めようともしない。そういう発想すら湧き上がらないのが、幻魔なのだ。

 努力は、幻魔という存在を根底から否定するものといっても過言ではない。

 一方、人間は、努力をしなければならなかった。

 でなければ、この地獄のような世界で生きていくことはできない。幻魔に満ちた魔界に己が生存圏を持ち、維持していくには、多大な力が必要だ。人間が生来持つ力だけでは圧倒的に足りないから、血の滲むような鍛錬を繰り返し、血反吐を吐くようにして研鑽を積み重ねるのだ。魔法技術を磨き、魔法技量を高めていかなければ、低級の幻魔にすら手も足も出ない殺されてしまう。

 人間とは、それほどまでにか弱い存在だった。

 そして、だからこそ、戦団の導士たちは人間とは思えないほどの力を得た。

 いままさにその力を発揮して、幻魔の大軍勢と一進一退の攻防を続けている。

 しかし、戦いが始まって、どれほどの時間が経過したのか。

 大量の幻魔が絶命している一方、数多くの導士が負傷し、あるいは命を落としている。

 このまま戦いを続ければ、戦団側の払う犠牲は、一時的な勝利で埋められないほどのものになるのではないか。

 一時的な勝利。

 そうなのだ。

 仮に戦団がこの戦いに勝利したところで、オロバス軍に与える損害など、微々たるものに過ぎない。また数年もすれば、オロバスは戦力を蓄え、央都方面へと軍を差し向けようとするだろう。余程甚大な被害――たとえば、オロバスが戦線に復帰することが不可能なほどの痛手を受けでもしない限りは、何度だって軍を再編しうる。

 幻魔とは、〈殻〉とは、そういうものなのだ。

 しかし、戦団側は、どうか。

 将来予測されるオロバス軍の再侵攻に際し、相応の戦力を整えられているだろうか。

 確かに央都の人口は、増大した。

 およそ五十年前、たった数百人から始まった央都は、いまや人口百万人を越える大都市となった。人類復興のための最大にして最後の砦。それが央都であり、戦団なのだ。

 だが、どれだけ人口が増加してもなお、戦力として活用可能な魔法士の数というのは微々たるものに過ぎない。

 人口の半分でも戦力に回すことができたのであれば、このような状況どうとでもなったかもしれないのだが、そういうわけにもいかないことくらい、ウリエルも理解している。

 戦団総長・神木神威こうぎかむいの理想と、護法院ごほういんの理念が、そうさせている。

 そして、そんな組織だからこそ、央都の人々がついていっているのだという事実もあるのだ。

 さて、戦場である。

 戦況は、決してかんばしくはない。

 西方境界防壁周辺に展開する戦団側の戦力は、およそ三千名の導士と、百機の機械兵器だ。クニツイクサと呼ばれる機械兵器のうち、三分の一ほどが活動限界を迎えていたり、半壊している様子が窺い知れた。

 導士はというと、数百名が負傷し、戦闘行動を取ることのできない重傷者も少なくなかった。命を落とした導士も、何十名といるだろう。そして、死せる導士の魔力が、新たな幻魔の苗床となり、戦場に混乱を巻き起こしている光景も見受けられた。

 魔法士を戦力として運用する問題の一つが、それだ。

 幻魔は、魔法士の死を苗床として誕生する怪物である。戦団が動員する導士たちは、圧倒的な力を持つ幻魔を相手に戦い抜き、打ち倒すために鍛え上げられた優秀な魔法士たちだ。そんな魔法士たちの死によって生じる魔力ならば、さぞや幻魔の苗床として最適だろう。

 事実、大量の幻魔が戦場の真っ只中で産声を上げては、災害の嵐を巻き起こし、激戦を繰り広げている。

 戦団側の被害は、オロバス軍の攻撃のみならず、新たなる幻魔災害によって膨れ上がっているのだ。

 一方、オロバス軍の損害も大きい。もっとも数多く動員された霊級幻魔は、やはりその能力の低さからか既に半数以下にまで激減しており、各地で散発的な攻撃を行っているものの、効果的なものとはいえなかった。

 霊級幻魔制圧には、クニツイクサが猛威を振るっているようだが、その原理はウリエルたちにはわからない。

 獣級幻魔も大量に投入され、故に大量に撃破されている。だが、エロス・オロバス同盟が生み出した二重殻印にじゅうかくいんのおかげなのか、獣級幻魔とは思えないほどの手強さを見せつけており、戦場を暴れ回っていた。

 妖級幻魔は、まだまだ数多く健在だ。いまもなお十万以上の妖級幻魔が戦場に在り、戦団の導士たちに大打撃を与えているのだ。

 そして、鬼級。

 オロバスと、バルバトスという二体の鬼級が、この戦場にいる。

 オロバスには、三名の星将せいしょうが対応し、バルバトスには多数の杖長じょうちょうが足止めを行っている。

 オロバス軍を撃退するというのであれば、オロバスを撃破さえすればいいはずだが、それこそが非常に困難だということは、人間たちも理解しているはずだ。

 故にこそ、戦団は、戦力を出し惜しんではいられない。

 星将三名が星象現界を駆使しているのが、その証左だ。

 だが、それでも、と、ウリエルは考える。

「成長が人間と幻魔を分かつ数少ない要素なのだとすれば、幻魔が成長した場合、どうなる?」

「幻魔が成長?」

 ガブリエルは、ウリエルがなにを不安に思っているのかがわからず、小首を傾げた。ウリエルは地上の戦いの推移を気にしているようなのだが、それがガブリエルにはわからない。

 ルシフェルも、ガブリエルと同じ気持ちだろう。

「うん。確かに、幻魔が成長するのであれば、それは脅威きょういとなるだろうね」

「オトロシャ配下の鬼級幻魔トールは、星象現界せいしょうげんかいを学び、体得した。それは成長といえるのではないか?」

「……そうだね。その通りだ」

 ルシフェルは頷き、ウリエルの不安を多少なりとも理解した。

 星象現界。

 人間が編み出した魔法技術の中でも最高峰のものであり、窮境きゅうきょうにして極致きょくちたる領域であろう。

 人類は、星象現界の発動によってのみ、鬼級幻魔にも食い下がることを可能とした。そのうえ、鬼級幻魔の撃破さえも成し遂げている。

 星象現界は、人類をして幻魔の次元に引き上げる技術なのだ。

 いままさに星象現界を発動した魔法士たちは、鬼級幻魔との苛烈極まる攻防についていけているが、それ以外の魔法士たちは蚊帳の外だ。関われば最後、一瞬にして命を奪われることがわかりきっている。

 では、幻魔は、どうか。

 巨大な氷柱に閉じ込められたオロバスに変化が起きたのは、ちょうどそのときだった。

 オロバスの双眸に〈星〉がきらめき、星神力せいしんりょくが満ちた。


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