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第九百十五話 圧倒(一)

 真星しんせい小隊は、荒井あらい大隊の最前線で激戦を繰り広げ続けている。

 真星小隊の防手ぼうしゅ九十九真白つくもましろは、荒井大隊の中でも特に優れた防型ぼうけい魔法の使い手だ。彼の構築する魔法防壁は、ちょっとやそっとのことでは傷つかないし、突破されることはほとんどなかった。余程、猛烈な攻撃を畳み掛けられなければ、難攻不落の要塞の如く在り続けるほどにだ。

 攻手こうしゅ・九十九黒乃(くろの)もまた、荒井大隊に属する導士の中でも抜群の破壊力を誇る攻型魔法の使い手だ。獣級幻魔ならば、二重殻印にじゅうかくいん持ちであろうとも、有無を言わさず粉砕し、絶命させられた。

 伊佐那義一いざなぎいちの補手としての能力も格別だったし、真眼しんがんの力は、真星小隊の価値を引き上げているといっていい。

 そして、隊長にして攻手たる皆代幸多みなしろこうたは、どうか。

 幸多の戦闘能力は、導士にも引けを取らないものだ。F型兵装(エフがたへいそう)は、あらゆる状況に対応可能であり、近接戦闘も遠距離戦闘もそつなくこなせた。

 なにより、龍宮戦役りゅうぐうせんえきにおいてムスペルヘイムへの小隊単独突入任務を成功させたということも、真星小隊の評価を高めていた。

 そのうような評価の末、真星小隊を最前線に送り込んだのは、大隊長・荒井瑠衣あらいるいである。瑠衣は、真星小隊の作戦遂行力を見込んで、彼らを大隊の先鋒とした。

 真白が超強力な防壁を形成すれば、幸多と黒乃が幻魔を一方的に攻撃し、義一が補助、支援を行いつつ攻撃に参加する。

 真星小隊のそれは、理想的な小隊の戦い方だ。

 しかし。

「これじゃあ切りがないね」

 幸多は、斬魔の一閃で、不死者の胴体を切り離しては見たものの、それで動きが止まらないものだから、断魔でもって叩き潰して見せた。だが、それでもなお、幻魔の死骸の動きは止まらない。ばらばらに砕け散った魔晶体が、不気味に蠢いている。

 そしてそれらには、黒い霧が纏わり付いていることがはっきりとわかるだろう。

 マンティコアの霧だ。

「マンティコアの野郎、どこにいやがんだ?」

「義一くん」

「探してるよ」

 いわれるまでもない、と、義一は、真眼でもって前方広範囲に視線を巡らせている。真眼ならば、不死者アンデッドに纏わり付く黒い霧の出所を特定することも決して難しくはない。魔素の流れを辿れば、原因たるマンティコアを発見するのも簡単だった。が。

「は」

 義一は、思わず笑いたくなった。

 真星小隊と格闘中の不死者アンデッドたちは、多数のマンティコアが別個に操っているものであり、それらマンティコアは、最前線には全く見当たらなかったのだ。敵陣の遥か奥深く、黒い霧が淀んでいる。

「オロバス軍も考えてるね」

「なにが?」

「二重殻印持ちのマンティコアは、ずっと後方にいるようだよ」

「まじかよ」

「消耗戦を仕掛けてきてるってこと?」

「そういうこと。まあ、それも時間の問題っぽいけどね」

「うん?」

 義一は、幸多が怪訝けげんな顔をこちらに向けながら、千手の四本腕で周囲の不死者を吹き飛ばす様を見ていた。

 幸多の戦いぶりは、凄まじい。

 幸多本来の二本の腕と、千手の四本腕それぞれに武器を持ち、幻魔の群れの真っ只中で暴風のように荒れ狂っているのだ。六本の武器を縦横無尽に振り回し、多数の幻魔を血祭りに上げていく様は、まさに鬼神のようだったし、完全無能者などという言葉がまるで似合わなかった。不死者の群れが幸多に殺到したところで、どうにもならない。

 無数の斬撃が幻魔の死骸を切り刻み、打撃でもって粉砕する。

 それほどまでに粉々に叩き潰しても、不死者の攻撃は終わらない。

 そんな幸多の戦いに見取れている暇もなく、義一の真眼は、戦団側左翼に膨張する魔力を見て取っていたし、それが星神力せいしんりょくとして爆発するのを感じ取っていた。

 星象現界せいしょうげんかいが発動したのだ。

 凄まじいまでの圧力が、この戦場全域に轟く。そしてそれは、魔法士や幻魔のみならず、さすがの幸多にも感じ取れるほどのものだったようだ。

「これは……」

 幸多は、第九軍団が展開する左翼陣を見遣り、極大の光が柱の如く聳え立つ様を目の当たりにした。

 周囲の幻魔たちが口々にたけったのは、その力に圧倒され、本能が刺激されたからなのか、どうか。本能的恐怖を吹き飛ばすためには、叫ばなければならなかったのではないか。

 だが、叫んだところでどうなるものでもない。

 圧倒的な力が、空を白く染め上げたかと思えば、天から光が降り注いだ。一条の光芒が大地を撫でるようにして薙ぎ払えば、無数の幻魔が断末魔の声を上げる間もなく消滅していく。

「星象現界……」

 幸多は、遥か遠方に光り輝くものたちを見た。まるで神話上の存在の如く眩いばかりの光を帯びたものたちは、戦場の各方面へと散っていく。

 そのうち、光の化身が幸多の目の前に現れたかと思えば、光の刃を乱舞させ、周囲の幻魔を一掃して見せた。

 それは、光の衣を纏った統魔とうまであり、光の輪を負ったその姿は、神々の王の如き威容といってよかった。星神力の圧力だけで、周囲の幻魔たちを制し、接近を許さないほどだ。

「マンティコアは任せろ」

 統魔は、幸多に向かってそれだけを告げると、再び上空へと戻っていった。そのついでのように多数の幻魔を消し飛ばしていったものだから、幸多たちは、ただただ圧倒されるばかりだった。

「あれが戦団始まって以来の大天才か……」

「本当、凄いね……」

「うん、凄い……」

「統魔……」

 幸多は、前方から飛来した魔力体を斬魔の一太刀で切り飛ばしながら、唸るようにいった。


 上空へ至った統魔が、幻魔の大群に向かって光の剣を振り翳せば、無数の光芒こうぼうが地上に降り注ぐ。

 総勢数百万の大軍勢の中から、二重殻印のマンティコアだけを探しだし、殲滅するというのは、決して簡単なことではない。マンティコアの姿そのものは特徴的だが、しかし、これだけの物量があれば、身を隠すのも難しくないからだ。

 故に、統魔は、そこかしこを攻撃した。炙り出すのだ。

 統魔の脳裏のうりに先程の光景が過る。つまり、真星小隊と接触した瞬間のことだ。

「そういや、伊佐那義一がいたな」

 伊佐那義一の真眼ならば、マンティコアの所在地を割り出すことができるのではないか。

 だが、しかし、義一がマンティコアの居場所を発見できたとして、それをどうやって統魔たちに伝達するのかと考えた場合、難しいのではないかとも思えた。

 幻魔の数が多すぎる。

 結局、マンティコアだけでなく、周囲にいるであろう多数の幻魔とも戦う必要が出てくるだろう。

 ならばいっそのこと、獣級幻魔を手当たり次第にたおしてしまえばいい。

 この力ならば、それができる。

 そして、仮に統魔が星象現界の発動で力尽きたとしても、問題はない。

 オロバスには、星将たちが当たってくれるのだ。

 だから、統魔は、こうして全力を出すことができる。

『ひゅううううっ、さいっこおおおおっ!』

 通信機越しに聞こえてきたのは、香織かおりの声だ。雷の星霊せいれい星装せいそうとして身に纏った彼女は、まさに雷神となって戦場に君臨しており、無数の稲妻を落としては、幻魔たちを蹴散らしていた。

『うむ。申し分ない!』

 枝連しれんは、炎神である。

 巨大な炎の腕を振り下ろし、多数の幻魔を叩き潰し、灼き尽くせば、さらに炎の渦を巻き起こして、死骸すら残さない。

『相変わらず、圧倒的だよね』

 つるぎは、嵐の神となった。まさに吹き荒ぶ暴風さながらに戦場を蹂躙じゅうりんし、アスピスやバイコーンといった獣級幻魔を天高く打ち上げ、ずたずたに切り刻んでいく。黒い霧も巻き上げて、マンティコアの死骸操作を無力化していた。

『それもこれも訓練の成果です』

 とは、あざな。補手である彼女は、普段ならば攻撃に積極的に参加することはないのだが、いまばかりは話は別だ。水神となった彼女は、超高水圧でもって幻魔を薙ぎ払い、津波を起こして押し流していった。

 皆代小隊の面々は、皆、統魔の星象現界を星装として使うことに慣れている。

 それこそ、字のいうとおり、日夜の研鑽けんさん訓練くんれんの成果だ。

 統魔は、己の星象現界を如何に使いこなせるか、日々、研究しなければならなかったし、そのために部下たちをも利用した。部下に力を分け与えることによって戦力が底上げされるというのであれば、活用しない手はない。

 事実、いまこの状態の皆代小隊は、戦闘部全隊の中でも特に高い戦闘力を持っているといっても過言ではあるまい。

 全隊員が星象現界を使える小隊など、存在しないのだ。

 ルナもまた、星象現界の使い手だ。

 月女神ルナ・アルテミスを纏った彼女は、三日月状の光背をさながらブーメランのように投げ放ち、無数の幻魔を撃破していた。白銀の光を戦場に降り注がせる彼女の姿は、まさに月の女神そのものだ。

 そして、統魔には、まだまだ八体もの星霊がいる。

 統魔の星霊は、全部で十二体。四体を部下に貸し与えてもなお、それだけの星霊が存在しているのだ。そしてそれらは、いままさに戦場各地に飛び回り、幻魔を攻撃していた。

 万神殿パンテオンの名の通り、統魔が想像した神々が一堂に会し、圧倒的な力を見せつけていく光景は、ただただ、圧倒的だ。


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