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第九百十三話 西方境界防壁防衛戦(三)

「あかん。こらあかんわ」

 味泥朝彦みどろあさひこの声音は、言葉とは全く異なる印象を受けざるを得ないほどにあっけらかんとしていた。

「なにがですか」

 躑躅野南つつじのみなみが普段通りに冷ややかな対応するのも相俟あいまって、味泥小隊からはなんら不安を感じることがない。

 当然だ。

 杖長じょうちょうにして大隊長たる朝彦が、部下たちの前で焦燥感を見せることなど、あり得ない。

「死体が動き回っとる」

「見ればわかりますよ」

「やろ? せやからいうてんねん、あかんって」

 朝彦は、光属性の攻型魔法で前方広範囲の幻魔の群れを一掃いっそうしたものの、それらの大半が動く死骸だったことに渋い顔をした。黒い霧に包まれた死せる幻魔の群れ。不死者。アンデッド。

 二重殻印にじゅうかくいんのマンティコアが獲得した新能力と思しき死体操作は、初めて遭遇したときにも厄介だと感じたものだが、このような大規模戦闘ではなおさらだと言わざるを得ない。

 そもそも圧倒的な物量で押し寄せてくるのが、幻魔の軍勢というものだ。

 数の上では人類に勝ち目はなく、魔法士としての質、魔法技量、そして戦術でどうにかするしかないということは、昔からいわれていることである。

 追い詰められているのは人類であり、幻魔は、常に圧倒的優勢の立場にある。

 その数的優位を存分に活用しているのが、マンティコアの死体操作能力なのだ。

不死者アンデッドどもは、どれだけ破壊しても動き続けよるからな。相手にするだけ無駄や。消耗するだけでなんの得にもならん」

「ですが、無視することもできません」

「せやねん。無視したら最後、こっちが損するだけや」

「だったらどうしろと?」

皆代みなしろくん」

「は、はい!?」

 統魔とうまは、魔法を練り上げている最中、突如として話を振られたものだから、多少、動揺した。

 朝彦と南の会話は、すぐ真後ろで行われていた。それもあって戦闘の最中であってもはっきりと聞こえていたのだが、しかし、そこで自分が加わる羽目になるというのは、想定外も想定外だ。

 統魔は、いままさに皆代小隊の面々とともに幻魔と激闘を繰り広げている。

 枝連しれんが紡ぎ上げた炎の壁に護られながら、前方広範囲に展開する獣級幻魔の大群を相手に攻型魔法を叩き込み続けているのだ。

 香織かおりが蛇行する雷の帯を放てば、つるぎが翡翠色の嵐を巻き起こし、ルナが光の津波でもって幻魔の群れを飲み込んでいく。あざなは、そんな隊員たちを補助し、ときには攻撃に参加している。

 そんな皆代小隊の中でも、統魔の攻撃がもっとも苛烈であり、圧倒的なのはいうまでもないだろう。統魔は、幻魔への底知れぬ怒りを燃やすようにして、破壊的な攻型魔法を乱射しているのだ。その成果が、味泥大隊でも群を抜く撃破数に現れている。

 そんな統魔の戦いぶりを認識しつつも、朝彦は、呆れるばかりだった。

「なにを驚いとるんや、きみ」

「驚くでしょ、普通」

「なんでや」

「戦闘中ですよ」

「おれは大隊長様やで。いつ何時なんどきどんな命令が下されてもいいよう、準備しておくのが小隊長の仕事やろ」

「それは、まあ、そうですね」

「うむ」

 朝彦は、南の反応に鷹揚おうように頷くと、飛来してきた魔力体を光の刃で撃ち落とした。朝彦の左前方、黒い霧に包まれて蠢く幻魔の群れからだ。

 朝彦たちによって撃破されたはずの幻魔たちが、ずたずたに破壊された体のまま、黒い霧の中で動き続けている。その目に生気はなく、赤黒い光が宿っていることもない。

 まさに不死者だ。

「で、皆代くん」

「はい、なんでしょう?」

「きみらにマンティコア討伐を命じたいんやけど、どうや?」

「どう、といわれましても。おれは命じられたことをやるだけですが」

「まあ、せやろな」

 朝彦は、統魔の返事に静かに頷いた。部下に上官からの命令を拒否する権限はない。だからこそ、上官たる朝彦は、慎重に考えるのだ。

 まずたおすべきは、二重殻印持ちのマンティコアだ。そして、斃すだけならば、ある程度の導士ならば難しいことではない。

 問題は、その数だろう。

 獣級幻魔だけで百万体はいるであろう戦場の各所に、何千、いや、何万というマンティコアがいたとしてもおかしくはない。それらを殲滅しきるのは、並大抵のことではない。

 だが、皆代小隊ならば、統魔ならば、やってのけてくれるのではないか。

 確信がある。

「大隊長命令や。これより皆代小隊は獣級幻魔マンティコアを殲滅せんめつせよ」

「了解」

 統魔は、朝彦のどこか渋い表情を見つめ、首肯した。朝彦が統魔たちを心配してくれていることは、その表情だけで手に取るようにわかった。

 朝彦は、統魔にとっては兄弟子であり、ここのところもっとも付き合いの深い上官である。第九軍団の中でも特に気心の知れた相手であり、だからこそ、信頼してくれているという実感もある。

 その信頼に応えなければならない。

「聞いたな、皆」

「聞いた聞いた! マンティコア! せんめーつ!」

「ぼくたちだけで大丈夫なのかな?」

「たった六人だぞ。この広大な戦場のどこにどれだけいるかわからない相手を探し回った挙げ句、斃し尽くすなんてこと、できるのか?」

「できるできないじゃない。やるんだ」

「さっすが統魔! かっこいいいいいい!」

「それはそうですが、なにか考えがあるんですか?」

 統魔に抱きついて頬ずりすらしそうな勢いのルナを見つめながら、字は問うた。

 朝彦の命令は、至極単純だ。しかし、同時に極めて困難な指示だということも明らかだ。枝連のいうように戦場の広範囲に渡って展開しているであろうマンティコアを探し出さなければならず、そのためには多数の幻魔と戦う羽目になるに違いない。

 消耗を強いられるだけでなく、苦境に立たされる可能性も低くない。

 しかも、たった六人で、である。

 普通ならば、なにを考えてそのような命令を下したのか、と、上官を疑うところだが、しかし、字は、朝彦に疑問を持たない。

 統魔ならば、朝彦のどんな命令もこなすだろいうという信頼があるからだ。

 字の統魔への信頼は、絶対だ。

「これ以外にないだろ」

 そんな風な軽々しさで告げた統魔の周囲には、精妙にして複雑極まりない律像りつぞうが浮かび上がっていた。幾重にも作り込まれた魔法の設計図は、とても真似のできる代物ではない。そして、彼がなにを考えているのかを察したときには、その魔力が星神力せいしんりょくへと昇華しょうかする様を目の当たりにする。

 凄まじいばかりの重圧が、皆代小隊の面々を、周囲で幻魔と戦っている導士たちを、朝彦を包み込んでいく。

 星神力は、それそのものが強大な圧力を発揮する。

 肉迫してきていたはずの幻魔たちが、思わず後ずさりするほどだった。

万神殿パンテオン

 統魔が真言しんごんを口した瞬間、星象現界せいしょうげんかいが発動した。

 場に、光が満ちた。

 統魔の命が燃えるかのようにきらめきを発し、その体の内側から全身を包み込んでいったかと思えば、神々しい長衣ちょういを形成していく。

 万神殿は、唯一無二の三種複合型星象現界だ。

 黄金色に輝く光の衣を星装せいそうとしてまとえば、その背に出現した光輪から十二の光条が飛び出し、それぞれが神や女神の如き星霊せいれいへと姿を変える。そしてそのうち四体の星霊が枝連、剣、香織、字に取り付いたかと思うと、四人の星装へと変化する。

 字たちは、自身の力が爆発的に湧き上がるのを認識した。五感が拡大し、鋭敏化していく。そしてそれは、いつものことだった。何度となく訓練を行い、実戦にも投入してきた、統魔の力の使い方にして、皆代小隊の戦い方。

 統魔の星象現界は、統魔のみならず、隊員たちをも星象現界の使い手へと変えてしまうのだ。

 ただ一人残されたルナはといえば、統魔に負けじと星象現界を発動して見せた。

月女神ルナ・アルテミス!」

 ルナの武装顕現型星象現界は、統魔を太陽とすれば、月の如き姿というべきかもしれない。

 統魔の光輪は日輪のようであり、ルナの背後に具現した光背こうはいは、さながら三日月のようなのだ。

 魔法とは、想像力の具現だ。

 そして、魔法の元型たる星神力を駆使した星象現界もまた、想像力を根幹とする。

 ルナが無意識的に統魔に対応する星象現界を想像したのだとして、なんら不思議ではなかった。

 太陽には、月。

 そして、月は、彼女の名前でもあった。

「壮観やな」

 朝彦は、恐る恐るといった様子で近寄ってきたバイコーンの首を光刃で切り飛ばしながら、いった。

 光り輝く皆代小隊が、周囲の幻魔を消し飛ばしながら天高く浮上していく様は、神々が天に帰るかのようだった。


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