第九百十話 露払い(四)
「かっけえよなあ、クニツイクサ! まさに新時代の到来を告げる兵器ってな!」
真白が興奮気味に叫びながらも、瞬時に魔法が発動したのは、その大声を真言として発したからであり、また、極めて理性的に律像を組み上げていたからにほかならない。
そしてそれは、新兵器の活躍を目の当たりにした興奮に意識を席巻される以上に、眼の前の敵に神経を注いでいる証だ。
真白の防型魔法は、分厚い光の壁となって真星小隊の前面に聳え立つ。最前線へと突入、全軍の中でも突出した四人を護るように展開したのである。
そこへ、オロバス軍の幻魔たちが総攻撃をしかけてきたものだから、魔法壁がその役割を存分に果たしていく。多種多様な攻撃魔法が、真白の大得意とする防型魔法によって防がれ、爆音を轟かせ、大気を震撼させた。
幸多は、その真っ只中にいる。
銃王弐式を装着し、両腕に飛電改を抱え、さらに多目的機巧腕・千手に二丁の雷電改を持たせるという、いわば銃撃特化形態ともいうべき状態だった。
その状態で引き金を引けば、四丁の撃式武器がけたたましく咆哮する。銃弾の嵐が、眼前の幻魔の群れを吹き飛ばしていく様は、圧倒的だ。
「かっこいいかはともかく、露払いには感謝するしかないね」
義一の意見とともに、雷光の帯が前方の幻魔の群れを撫で、さらに巨大な火球がそれら攻撃済みの幻魔たちを飲み込んでいった。黒乃の火属性攻型魔法だ。
「ぼくも悪くはないと思うよ。騎士みたいでさ」
「巨人の騎士だよな、あれ」
「イクサも、見た目は好きだったんだけどなあ」
「見た目は、ね」
幸多も、黒乃に同意しつつ、部下たちの余裕ぶりに乗せられるような気分になった。敵陣の最前列に大穴が開いたものの、それも瞬時に埋まっていく。
オロバス軍の総戦力は、八百万程といわれる。
その全戦力には程遠いにせよ、最低でも三分の一程度は、この度の侵攻に動員されるのではないかというのが戦団側の見込みであり、ノルン・システムが算出した総数もそれと一致している。
つまり、二百万体以上の幻魔と対峙していると認識しておくべきだ。
黒い津波の如く押し寄せてくる幻魔の大群は、戦団側とは比較にならない数なのだ。どれだけ大火力の魔法を叩き込み、大量の幻魔を撃破しようとも、すぐさまその穴は埋められてしまう。そして、幻魔の軍勢は、怒濤となって迫り来る。
幸多は、四丁の撃式武器の引き金を引き続ける。飛電改の乾いた発砲音に比べ、雷電改の重量感のある銃撃音は、耳朶を引き裂き。鼓膜を粉砕しかねないのではないかと不安になるほどだ。
もちろん、銃王弐式の分厚い装甲が護ってくれているため、安心していいのだが。
無数の銃弾が、雲霞の如き幻魔の群れに吸い込まれていくと、断末魔やら怒号やら奇声やらが響き渡り、それとともに多量の魔法が幸多たちへと飛来した。
攻撃には、反撃が付きものだ。
一方的に攻撃し続けることは不可能であり、だからこそ、真白のような優秀な防手は重要なのである。
真白は、魔法壁を維持しつつ、さらなる律像を編み上げ始めている。
「数が多い!」
「ムスペルヘイムよりは遥かにマシだよ」
「わかってる!」
「あれは地獄だったね……!」
黒乃は、義一が雷の雨を降り注がせて獣級幻魔を一網打尽にする様を見つめながら、巨大な氷の刃を敵陣に叩きつけた。
そこへ幸多の銃撃が追撃を浴びせ、敵陣に生じた穴を広げていく。
無論、オロバス軍を攻撃しているのは、幸多たちだけではない。
戦団の総勢二千八百名の導士たちが、戦術通りに広域に展開しており、各々、魔法戦を繰り広げていた。
第七軍団は、境界防壁の正面に布陣しており、特に真星小隊が配属されている荒井大隊は、最前線にあって真正面の幻魔を撃退するために戦っている。
第七軍団は、今回、八つの大隊を編成している。
全十名の杖長のうち、八名がそれぞれ大隊長を務めており、残り二名の杖長及び副長は、第二衛星拠点の防衛戦力として残され、今回の戦いには参加していない。
それでも、本来第二衛星拠点に配備される五百名の導士のうち、三百名がこの作戦に動員されているのだから、余程の事態だということがわかるだろう。
そして、第七軍団が動員しうる八百名の導士だけでは圧倒的に足りないから、第九、第十軍団が投入されているのである。
総勢二千八百名が、この作戦に参加し、戦場各地に布陣しているのだ。
第七軍団の大隊長を務める杖長は、荒井瑠衣、水足レン、躑躅野莉華、池尻想子、山之上小鳥、魚橋克典、小松原清美、千鳥芳樹の八名。
それぞれが大隊長として百名の導士を率いており、特に最前線を任された荒井瑠衣は、だれよりも気合いを入れていた。
ギター型法機ロックスターをかき鳴らして戦場に舞い降りた彼女が目の当たりにしたのは、真っ先に最前線へと突入した真星小隊の有り様であり、幸多が構築している弾幕の凄まじさである。
都合四丁の銃火器をたった一人で扱い、さらにその銃撃の嵐には、圧倒されかねないほどだ。
「さすがの破壊力!」
瑠衣は、幸多が日々の猛特訓の成果を発揮している様子が嬉しくて、思わず叫んでいた。その叫び声を真言として、敵陣のただ中に攻型魔法を叩き込む。
闇属性の波紋が、無数の斬撃を走らせるようにして多数の幻魔を引き裂き、致命傷を与えていけば、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。
たかが獣級幻魔に後れを取る煌光級導士ではないのだ。
いくら二重殻印持ちとはいえ、星象現界を使うまでもない。
星象現界は、とっておきの最終手段だ。破壊力は抜群だが、消耗も激しく、継戦能力は極めて低くなる。故に、使いどころを誤れば、瞬く間に窮地に陥ることだってありえた。
敵の総大将は、鬼級幻魔である。
鬼級幻魔オロバスとの戦闘の可能性を考えれば、星象現界は温存しておくべきだった。
無論、鬼級幻魔を相手取るのは、星将たちに任せておくべきだということは、わかりきっていることなのだが。
(万が一は、いつだって起こり得るもんさ)
瑠衣は、地上に降り立つと、部下たちに目配せした。
荒井小隊は、真星小隊の真後ろに布陣するともに、各自、幻魔たちへの攻撃を開始した。
松波桜花が、導士の戦いを目の当たりにするのは、これが初めてのことではない。
導士とは、央都市民の日常に根付く存在である。
央都には幻魔災害が起きる可能性が常にあり、いつ何時、どこで発生したとしてもおかしくはなかったし、実際、桜花は、何度か幻魔災害が発生する瞬間に立ち合っている。
そして、幻魔が発生するとともに巻き起こされる被害の大きさは、目を覆いたくなるほどのものだったし、一般市民が巻き込まれ、傷つき、命を奪われる光景も目にしている。
そこへ颯爽と現れた導士が、幻魔を駆逐し、撃滅していく様を見れば、天燎財団の基本的な考えが必ずしも正しくはないと思わずにはいられないのだ。
つまり、戦団に対抗意識を燃やすことの無意味さを、彼は、常に感じていたということだ。
戦団こそ、導士たちこそ、央都の日常を維持するためには必要不可欠な存在であり、彼らのやり方を専横と非難するほどのものだろうか、と、思わずにはいられないのだ。
その実感を、さらに強くしながらも、いまや自分も無力ではないのだと主張するかのようにして、クニツイクサを操縦する。
戦団の導士たち、中でも皆代幸多の戦いぶりには、クニツイクサの操者としては学ぶところが大量にあった。
クニツイクサの兵装群は、皆代幸多が扱うF型兵装を元にしたものばかりだからだ。
機銃・撃神は、二十二式突撃銃・飛電改を、機剣・斬神は、二十二式両刃剣・斬魔を元にしており、クニツイクサの大きさに合わせて調整された代物なのだ。それ以外の数々の兵装も、そうだ。
クニツイクサが完成したのは、皆代幸多が、これまでの幻魔との戦いで結果を残してきたからであり、そうした戦いで得られた情報が反映されているのである。
そんな幸多の戦いぶりを目の当たりにすれば、クニツイクサの操者たちも気を引き締めるというものだ。
「我らは、露払いである!」
隊長・姫路道春の宣言が、操者たちの耳朶に響き渡れば、彼らは当然のように前線へとクニツイクサを走らせた。
導士たちの消耗を少しでも減らし、本命たる敵軍主力との戦闘に専念させることこそ、クニツイクサの本懐なのだ。