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第九百一話 神木神流(三)

 神木神流こうぎかみるとの数時間に及ぶ猛特訓は、着実に成果として表れ始めていた。

 幸多は、これまで銃の扱いに関して、師匠である美由理みゆりに学ぶことが多かった。独学ではどうにもならないということもあったし、多少なりとも知識があり、扱い方を知っている人間に学ぶべきだという結論に至るのは当然だろう。

 しかし、美由理は生粋きっすいの魔法士だ。伊佐那いざな家の人間というだけで学んだ銃術は、専門家といえるほどのものではなかった。

 確かに素人ではないし、素人に過ぎない幸多が学ぶには十分すぎる腕前ではあったのだが。

 ただ、足りなかった。

 少なくとも、今後激化するであろう幻魔との闘争の日々を考えれば、足りなすぎるといっても言い過ぎではあるまい。

 その事実は、幸多が実感として認めている部分だ。

 元より撃式武器は、ノルン・システムによる補助、支援を受けることを前提としているところが多分にあった。女神たちが補正し、制御してくれている限り、百発百中の命中精度を誇るのだ。わざわざ特訓するまでもない、と、美由理とイリアが判断したのも間違いではなかったのだ。

 撃式武器の習熟に時間をかけるくらいならば、白式武器の習熟や鎧套がいとうを駆使した戦術の開拓に時間を割くべきではないか。

 そのような結論に至ったのも、自然の成り行きだ。

 実際、恐府きょうふ内でのレイライン・ネットワークの機能不全という想定外の事態に遭遇しなければ、撃式武器の扱いに関して見直す必要に迫られなかったかもしれない。

 女神たちの支援があってこその撃式武器だということを理解していながらも、心の何処かではどうにかなるのではないかと思っていた部分は、あっただろう。

 実際にノルン・システムの補助機能を解除した状態で訓練を行った末の惨憺さんたんたる有り様には、幸多自身、愕然としたものだ。

 それから特訓の日々だったが、中々上達しなかった。

 幻魔との戦いは、超高速度で行われる。

 純魔法生命体たる幻魔は、呼吸をするように魔法を使うのであり、その移動一つとっても魔法を活用しているのと同じだった。

 ただ大地を蹴って飛躍ひやくしているのではない。魔法でもって大地や大気に干渉し、己の身体能力を最大限に発揮し、あるいは、超越的な戦闘機動を実現している。

 幸多の動体視力は、そんな幻魔の動きを完璧に捕捉ほそくして見せるのだが、しかし、撃ち放った銃弾は魔晶体という大きな的に当てるのがやっとだった。魔晶核に直撃させることができていない。

 撃式武器・飛電改ひでんかいを連射してもそうなのだから、余程、銃の才能がないのではないかと思い始めていたところである。

 そんな最中、突如として銃術の師匠として神木神流が現れ、特訓に付き合ってくれたものだから、幸多は心底安堵したし、感謝もした。

 そして、大いに興奮したのだ。

 無論、緊張もあったが、感動のほうが大きい。

 神木神流は、星将せいしょうの一人にして、第二軍団長である。

 多忙極まりない身の上でありながら、幸多のために時間を割いてくれたのだ。

 これで感動しないのだとすれば、己の感受性を疑うべきだろう。

 神流の手解きによって、幸多は、己の銃の扱いに関する考え方が、根本から間違っていたことを理解した。頭の中で生じていた疑問が氷解したのだ。

 ただ狙って撃つだけでは駄目だということは、知っていたし、身を以て理解していたことだ。

 となれば、どうすれば超高速で移動する物体の一点に銃弾を命中させることができるのか。

 幻魔や魔法士との戦闘は、超高速戦闘とも呼ばれるように、常に超高速度で動き回るものだ。陸走型にせよ、飛行型にせよ、その移動速度たるや、かつて地球に存在したあらゆる生物を遥かに陵駕りょうがしている。

 魔法士が対応できるのは魔法のおかげであり、幸多が辛くも戦えているのは、やはり元々の身体能力が魔法士よりも優れていることと、F型兵装(エフがたへいそう)のおかげである。

 極めて高い誘導性能を持った攻型魔法ならばともかく、真っ直ぐに飛ぶだけの攻撃手段でもって、戦場を超高速で飛び回る幻魔の魔晶核を撃ち抜くのは、簡単なことではない。

 だから幸多は、幻魔の移動先を予測した上で射撃しているのだが、それだけでは圧倒的に足りなかった。

 神流は、そんな幸多の銃の扱い方そのものは間違っていない、といってくれた。

『射撃そのものの腕が悪いわけではないようですね。それもここのところの猛特訓の成果なのでしょう。しかし、幸多。あなたはとても重要なことを忘れています』

 神流は、そういうと、追尾誘導性能を持たない攻型魔法でもって、遠方を滑空するオンモラキの魔晶核を撃ち抜くという離れ業をやってのけたのである。

『もっとも重要なのは、知識です』

「知識」

 幸多は、神流の教えを脳裏のうりに浮かべながら、幻想空間を滑走し続ける。縮地改しゅくちかいの最高速度を発揮すれば、視界を流れていく景色は、目まぐるしく変化する。

 幻魔が幸多を追随ついじし、破壊的な魔法攻撃を行ってくるが、振り向きざまにそれらを飛電改の弾幕で撃ち落としていくことで、幻魔だけを視界に収める瞬間を作る。

 ガルム、フェンリル、オンモラキ、カーシー――下位獣級幻魔が群れを成して迫ってくるが、それこそ、幸多の思う壺だ。弾幕で幻魔の動きを制限すれば、間隙を縫って飛びかかってきた魔炎狼の喉元に銃弾を叩き込むことに成功する。

 ガルムの魔晶核は、胃袋の辺りである。もちろん、ガルムを狼と見立てた場合である。幻魔に胃袋のような器官は存在しない。

『そう、知識。現在戦っている相手に関する知識も重要です。敵がどのような攻撃手段を持ち、どのような行動を取り、どのような反応を見せるのか。どこが弱点で、どう攻撃すればいいのか。幻魔の知識ならば、〈書庫しょこ〉にいくらでもありますから、戦闘中だって引き出すことは可能でしょう。特に幸多、あなたの場合は』

 神流が、幸多の特性を理解してくれていることには、感動すら覚えたものだ。

 神流にしてみれば当然のことだったのだろうが。

 幸多に銃の扱い方を指南するとなれば、幸多に関して多少なりとも知っておくべきだ。幸多の人間性はともかくとして、幸多という人間が持つ特異性については、必要不可欠な知識だった。

 知識。

 そう、知識だ。

 神流が幸多にもっとも重要と指摘したそれこそ、彼女が銃の指南に活用した。

『まあ、幻魔の情報に関しては、常日頃から調べておくほうがいいでしょうが。激しい戦闘の最中に調べている余裕があるはずもありませんしね』

 しかも、幸多が銃を完璧に使いこなさなければならなくなったのは、外征においてレイライン・ネットワークが不調に陥る可能性が高いからだ。

 〈書庫〉で調べ物をするにしても、レイライン・ネットワークは必要不可欠だ。

 そして、ネットワークが繋がっているのであれば、ノルン・システムの補助を受けながら戦っても問題はない。そのほうが戦闘に思考を割けるという利点がある。

 実際、そのおかげで幸多がこれまで戦い抜いてこられたのだろうという認識が、神流にはあった。

 事実、その通りだ。

 幸多は、射撃に関しては、女神たちに任せきりといっても過言ではなかった。

 だからこそ戦場を駆け巡りながら銃弾をばら撒き、多数の幻魔を撃破できたのである。

 これを女神の補助なしで行うとなれば、途端に不可能に思えてくるのは、ここのところの猛特訓の成果のひとつといっていい。

 幸多は、己の能力を過信しなくなった。

 自分が所詮は道具に頼り切りの完全無能者に過ぎないことを、再度、自覚したのだ。

『つぎに、あなたが扱っている武器に関する知識ですね。撃式武器でしたか。いま現在、あなた専用の武器であるそれらの性能は、当然のことながら、わたくしたちはまるで把握していません』

 F型兵装に関連する知識をほとんど持ち合わせていないというのは、神流たち魔法士にしてみれば当たり前の話だった。

 魔法の知識こそ、常に更新し続けているし、そうしなければならないと考えているが、自分たちが扱わない武器に関する知識まで取り入れる必要がなかった。戦術に利用するというのであれば、それらの知識も必要だろうが、そうではない以上、わざわざ調べる理由はない。

 時間は、有限だ。

 だからこそ、幸多に叩き込まなければならない。

『撃式武器は、飛電改だけではありませんよね。弾速や射程距離は、武器によって大きく変わるでしょうし、装弾している銃弾の種類によっても変化するはずです。それらの知識を全て完璧に理解し、把握していなければ、百発百中の命中精度など、とてもではありませんが到達できるものではありません』

 無論、神流は、幸多がこの短期間の猛特訓でそこまでの境地に至れるなどとは想ってもいないし、考えてもいない。

 ただ、幸多がノルン・システムの補助なしで戦い抜くためには、必要不可欠な訓練であるというだけのことだ。

 たとえ百発百中でなくとも、命中精度を大きく高めることができたのであれば、大成功といっていい。

 そしてそのためには、幸多の知識不足をこそ補うべきである、という結論に至ったのだ。

 そんな神流の説明を受けて、幸多は、自分が撃式武器について知っている情報の少なさに愕然としたものだったし、同時に納得もした。

 ヴェルザンディたちに任せきりで良かったから、必要最低限の情報しか脳に書き込んでいないのだ。

 白式武器に関する知識は、ある。

 なぜならば、幸多が自分自身の力で振り回さなければならない武器だからであり、間違った情報や誤った知識が、己の首を絞めかねないことを知っているからだ。

 それなのに撃式武器に関しては、あまりにも知ろうとしなさすぎていた。

 結局、甘えていたのだ。

 女神たちに。


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