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第八百九十六話 央都防衛構想

 魔暦二百二十二年の十一月は、現状、平穏といってよかった。

 少なくとも、この半年間、なにかしら大事件が毎月のように起きていたのと比べると、静かすぎるといっても過言ではないほどだ。

 しかし、それが普通だ。

 ここ最近の大規模幻魔災害の密度が凄まじすぎただけのことなのだ。

 幻魔災害は、相変わらず、数日に一度の頻度で起きている。

 だが、その規模たるや小さなものだったし、些細なものといっていい。最悪の場合でも下位妖級幻魔が発生する程度であり、小隊ですら対応できた。とはいえ、妖級幻魔ともなれば、その発生に伴う被害の規模はそれなりになるのだが、慣れたものである。

 央都は五十年の歴史を誇り、長らく幻魔災害と共生してきたようなものだ。

 妖級以下の幻魔が現れることそのものは、決して珍しいことではない。

 鬼級幻魔ではないのだ。

 現場付近の導士だけでどうとでもなったし、だからこそ、央都四市は、平静を保っていられた。

 大きな、それこそ大規模幻魔災害と呼ばれるほどの事件は、この一ヶ月、まったく起きていなかった。

 だからといって導士たちに休まる時間はない

 日夜、様々な任務を全うするだけでなく、鍛錬たんれん研鑽けんさんにも時間を費やさなければならない。

 戦団は、恐府きょうふ攻略を直近の目標として掲げ、そのための前哨戦として先行攻撃作戦を繰り広げた。しかし、その結果、戦団最高戦力の一角、第五軍団長を失う羽目になってしまったのだ。

 戦団は、表面上はそれもまた前進のための必要な犠牲であると言い放っていたが、内部においては、大いなる失態と認め、戦略そのものの見直しを行っている最中だった。 

 当面の目標が恐府攻略であることに変わりはない。

 それだけは、どうにも避けようがないのだ。

 恐府は、央都近隣における最大規模の〈殻〉であり、その総戦力は他の〈殻〉とは比較にならないほどに圧倒的だ。

 いくらオトロシャが防衛に専念させ、外征を行う気配がないとはいえ、恐府を捨て置くことなどできるわけもない。他の〈殻〉の攻略を先行させた結果、オトロシャ軍に背後を衝かれるようなことがあっては、央都の維持すらかなわなくなるのではないか。

 故に、真っ先に大戦力たるオトロシャ軍を滅ぼすべきだと判断したことそのものに間違いはない、という戦団上層部の考えに反論、異論は少なかった。

 とはいえ、戦略を見直す必要に迫られたのは、事実だ。

 少数戦力による先行攻撃作戦は、恐府の各方面を担当する鬼級幻魔と遭遇する可能性の急激な上昇によって、全くの無意味であると断じられた。

 星将せいしょう一名に複数名の杖長じょうちょう随伴ずいはんさせたとして、鬼級幻魔と遭遇した場合、できることといえば、自軍が撤退するまでの時間稼ぎでしかない。

 それも、最高峰の導士たる星将の命を費やして、やっとなのだ。

『そんなことは、最初からわかりきっていたことだろう』

 相馬流陰そうまりゅういんの声音には、痛みがあった。

『ああ。そうだな』

 神木神威こうぎかむいが、静かに頷く。

 恐府攻略を推し進めたのは、護法院ごほういんである。

 護法院の老人たちこそが、恐府を攻略することによってのみ、央都の、いや、双界そうかいの人心を安定させることができるのではないかと結論づけたのだ。そして、恐府攻略に関する戦略、戦術は、情報局や戦務局とともに練り上げたものだった。

 長老たちは、知っている。

 前進には犠牲が必要であり、勝利には対価が必要なのだ、と。

 地上奪還作戦がそうであったように、そこから央都成立に至るまでの戦いがそうであったように。そして、現在に至るまでの数々の戦いが、そうであったように。

 此度の戦いもまた、少なからぬ犠牲を払う羽目になることくらい、だれもが理解していたはずだ。

 相馬流陰は、言外にそういっている。


 先行攻撃任務の最中、鬼級幻魔オベロンと遭遇し、それによって恐府の内情を知ることができたのは、戦団にとって思わぬ成果といえた。

 オベロンの真意はともかくとして、オベロンがもたらした情報の正確さは、先行攻撃任務中に明らかなものとなっていったし、そうなれば、情報そのものの真偽については疑うまでもなかった。

 オベロンが戦団にもたらした情報の中には、三魔将さんましょうのものもあった。

 妖魔将ようましょうオベロン、地魔将ちましょうクシナダ、そして、雷魔将らいましょうトール。

 中でも雷魔将トールが好戦的であり、闘争にのみ己が存在意義を見出しているようだという話も、オベロンから情報として得ていた。

 ゆえにこそ、トールが管轄とする雷神の庭への攻撃は、細心の注意を払って行うべきだったという忠告も受けていた。

 そして、トールが雷神の庭を出払っている機を見計らって、第五軍団が突入したのである。

 だが、虚を突いたはずの攻撃は、失敗に終わってしまった。

 黒禍こっかの森で暴れまわっていたはずのトールが、速やかにその身を翻し、雷神の庭に舞い戻ってきたからだ。

 そして、トールは、日流子と交戦、日流子は、死闘の末に命を落とした。

『オトロシャを含め、四体もの鬼級が潜む巨大な〈殻〉だ。少しずつ確実に削り取っていくための先行攻撃任務が間違っているとはいわないが、しかしな』

『鬼級と遭遇する可能性をかんがみれば、やはり、星将の大量投入は必要不可欠と見るべきでしょう』

『しかし、それには央都防衛構想そのものを見直す必要がありますな』

『もう何度目だ?』

 呆れるように言ったのは、上庄諱かみしょういみなである。

 今年に入ってからというもの、何度、央都防衛構想を見直す羽目になったのか、数えるのも馬鹿らしくなるくらいだった。

 央都防衛構想とは、その呼び名の通り、央都の、人類生存圏の防衛に関する事物じぶつの総称である。央都四市と全十二の衛星拠点への十二軍団の配置や、それぞれの任務に必要な物資のあれこれなども、全て、央都防衛構想に含まれる。

 央都防衛構想は、央都が誕生してからというもの、常に流動的に変化してきたものであり、故に、なにか新たな事態に直面すれば、適宜てきぎ対応するというのは当然のことではあったのだが。

 しかし、それにしても、と、情報局長は考えるのだ。

 この半年、あまりにも多くの出来事が起きすぎた。

 数十年の平穏がもはや遠い過去のものと成り果てたのではないかと思えるほどの激変が起きている。

 数十年。

 央都四市が成立し、人類がこの央都というからに閉じ籠もるようになってからのことだ。

 しかしそれも必要な処置ではあった。

 央都四市が成立したのは、外圧への対抗策を講じてきた結果であり、幸運に恵まれたからにほかならない。奇跡の連続といっても過言ではなかったし、だからこそ護法院は、慎重に慎重を期すべきだと判断した。

 つまり、戦力が整うまでは、余計な行動は取らず、近隣の〈殻〉を刺激しないということだ。

 央都の周囲には、大小無数の〈殻〉が存在する。それらが央都制圧に動き出せば、それだけで大惨事になるだけでなく、人類滅亡の引き金になりかねない。

 故に、戦団は、極力、近隣の〈殻〉と関わりを持たないようにしてきた。

 沈黙を保ち、央都周辺の空白地帯を警戒するに留めたのだ。

 五年前、光都こうと事変が起きた。

 央都の西に〈殻〉を持つ鬼級幻魔オロバスと、鬼級幻魔エロスが、明確な意図を持って、光都に攻め込んだ事件である。

 光都事変の解決には、戦団は多大な犠牲を払った。二体の鬼級幻魔を撃退するための対価として、六名の星将がその命を失ったのである。

 最終的に光都事変を終結に導いた五名の導士が、五星杖ごせいじょうと呼ばれる英雄になったのは、六名の星将の死という現実から目を背けるための儀式のようなものだったのかもしれない。

 光都事変を経て、戦団は、央都防衛構想を改めた。

 戦闘部を軍団制とし、十二名の星将を軍団長に任命したのも、央都四市を囲うようにして衛星拠点を配置し、各地に戦力を手配するようになったのも、そのときのことだ。

 それが五年前。

 以来、大きな変化はなかった。

 だが、この半年の間で、何度となく防衛構想の見直しが行われてきた。

 それもこれも、〈七悪しちあく〉なる鬼級幻魔勢力の存在が明らかになり、その暗躍によって、双界全土が蝕まれている可能性に直面したからだ。

 〈七悪〉は、いまもなお、双界のどこかに潜んでいるのかもしれいないし、暗躍しているのかもしれない。六体の鬼級幻魔である。それらが一斉に動き出せば、その瞬間、双界はとてつもない損害を被ることになるだろうし、一夜にして滅び去ったとしてもおかしくはない。

 だからこそ、央都にも常に強大な戦力を置いておく必要があった。

 央都の守護を第一に考えるのであれば、外征のために大戦力を動かすのは、極めて難しい。

 だがしかし、恐府攻略を最優先に考えるのも、間違いではないのだ。

 なんといっても、恐府は、央都近隣における最大の〈殻〉だ。

 その総戦力は二千万ともいわれ、オロバスやセベクといった近隣の〈殻〉の数倍以上であることは疑いようもない。恐府を制圧し、オトロシャ軍を解体することができれば、央都への最大の脅威が消えてなくなるのである。

 だからこそ、護法院は、戦団に恐府攻略を掲げさせ、央都市民に宣言したのである。

 では、そのためには、どうすればいいのか。

 城ノ宮日流子を失い、戦闘部全体がその戦意を否が応でも高めている今こそ、考えるべきだ。

 どうやって、四体の鬼級幻魔を討ち滅ぼし、恐府という強大無比な〈殻〉を平定するのか。

「央都の守りは、総長お一人に任せれば良いのです」

 などと、伊佐那麒麟いざなきりんが軽々しく告げてみせれば、護法院の老人たちは、仮面越しに目を見開いた。


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