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第八百九十二話 導士たるもの

 星将せいしょうが命を落としたことに対して、なにも想わないものはいない。

 たとえ一切関わりがなく、言葉を交わしたことすらなかったとしても、だ。

 九十九つくも兄弟は、そうだった。

 城ノ宮日流子(じょうのみやひるこ)とは、なんの関わりもなければ、直接対面したこともなかった。当然、会話をしたこともないし、なにかしら特別な想い出があるわけでもない。

 しかし、星将にして軍団長たる彼女のことは、一方的に知っていたし、尊敬してもいた。

 十数年もの間、導士として前線に立ち続けていたという事実は、日流子が、それだけ優秀だったという証明にほかならない。

 星光級という階級そのものが、彼女の優秀さ、有能さを知らしめている。

 だが、それほどの導士ですら、それだけの力を持った魔法士ですら、容易たやすく命を落とす。

「相手が鬼級だからな」

「うん」

 黒乃くろのは、真白ましろの意見に頷きながら、律像ちるぞうを編み上げていく。

 大和基地訓練所の一室を借りた二人は、幻想空間上で対峙していた。大和市内の一部を模した戦場には、真白と黒乃の二人しかいない。

 第七軍団の紋象が刻印された導衣を纏う二人が、小川を挟んで対峙しているのだ。頭上には、真っ白にもほどがあるほどの雲が絶え間なく流れており、時折、雲間にきらめく陽光は眩く、水面に反射して輝いた。青空は、その際にわずかに覗く程度だ。

 地上の風は、穏やかだった。

「だれだって、死ぬ可能性がある」

「うん」

 静かに、肯定する。

 それが圧倒的な事実であり、絶対的な現実だということは、いままさに実感していることだ。

 いまさらのように背筋が凍るような感覚を抱いているのは、龍宮戦役りゅうぐうせんえきのことを思い出しているからだったし、全身総毛立つのもそのためだ。

 鬼級幻魔スルトと対峙しながらも生き延びることができたのは、幸運以外のなにものでもないのではないか。

「おれたちだって、いつ死ぬかわかったもんじゃねえ」

「うん」

 黒乃は、真白の律像を見つめている。真白の周囲に満ちた魔素まそが急激に変化し、複雑に組み上がり、魔法の設計図を描き出しているのだ。

 律像は、魔法の設計図である。そしてそれは、魔法士だけでなく、幻魔ですら、魔法を行使する際には必ず発現してしまうものであり、隠すことはできない。

 幻魔のような魔法生物ですら、だ。

 熟練の魔法士であっても、星将であっても、律像を隠すことはできない。故に、律像を読み取ることができれば、相手の目的すらも見透みすかすことができる場合がある。

 もちろん、それが全てではないし、真白の場合、律像から魔法を読み取る必要すらないのだが。

 真白は、防手ぼうしゅであり、防型ぼうけい魔法の使い手だ。攻型こうけい補型ほけい魔法が使えないわけではないし、一通りの戦団式魔導戦術は使えるはずなのだが、特異とするのは、やはり防御系の魔法である。

 とはいえ、いままさに真白が使おうとしているのは、攻型魔法だった。

 戦団式魔導戦術。導士ならばだれもが学び、体得するべき魔法における基礎中の基礎。九十九兄弟も、戦団に入るに当たって、大いに学んだものである。

 防手とはいえ、たった二人での組み手となれば、攻型魔法に頼らざるを得ない。牽制にせよ、本命の攻撃手段にせよ、相手を討ちたおすには、それ以外のすべはないのだ。

 黒乃もまた、得手えてとする攻型魔法の律像を編み上げている最中だった。律像は、想像力の具現である。脳内で思い浮かべた物事が、そのまま、律像として反映され、魔法士の周囲に浮かび上がるのである。

 真白の素直な律像に対し、黒乃の律像は複雑にして精緻せいちだ。その分、完成するのに時間がかかる。

「幸多だって死にかけた」

「うん」

 それもまた、事実だ。

 幸多は、何度も死にかけている。鬼級幻魔に遭遇し、戦闘したのだから当然の結果であり、これまで生きてこられたのは、奇跡以外のなにものでもない。特に直近で言えば、長田刀利ながたとうりの件がそうだ。幸多は、自分の命などなんの価値もないといわんばかりの振る舞いをする。

 それこそ、自分以外の誰かのために命を使うために。

 その結果、幸多は、何度も死にひんしているようだ。

 真星しんせい小隊の隊長であり、九十九兄弟にとっては数少ない心のり所である彼には、死んで欲しくなどなかった。

 だからこそ、九十九兄弟は、休日を返上して訓練に勤しむのである。

「……だれも、死なせたくねえよな」

 真白のそんな本音が真言しんごんとなって魔法が発動すると、矛型の魔力体がその頭上に出現し、黒乃に向かって投射された。

 黒乃は、頷きながら横っ飛びに飛んで魔法をかわすと、自身の魔法を完成させる。

 互いに攻型魔法を撃ち合い、また、防型魔法を駆使する激闘は、始まったばかりだ。


「……恐府きょうふ攻略作戦は、全面的に見直すことになった、と」

「そうだ」

 美由理みゆりの肯定の静けさを前にすれば、義一ぎいちも、普段とは比較にならないほどの緊張感を覚えずにはいられなかった。

 常ならざる大きく違う緊迫感があるのは、美由理の表情そのものがいつになく冷徹に見えるからというのもあるだろう。

 大和基地・基地司令執務室。

 第七軍団兵舎の美由理の部屋とは趣が大きく異なるのは、ここが月毎に利用者の変わる部屋だからというところが大きい。全十二軍団長が持ち回りで利用しているのだ。一ヶ月間、己の趣味を全開で室内を飾り付けるような軍団長はいない。元々備え付けの機材や調度品に手が加えられることはなく、それぞれが必要だと思ったものが増えていっているだけである。

 その結果、執務室内には、様々な備品で溢れていたが、美由理が向き合っているのは、執務机に置かれた万能演算機であり、端末が出力する幻板げんばんである。

 美由理の周囲には、複数の幻板が展開されており、それらには主に恐府攻略作戦に関する情報が表示されている。

「当然だろう。城ノ宮軍団長を失ったんだ。戦団にとって、いや、人類にとって、とてつもない損失だ。戦団が、その戦略の根本から見直す必要に迫られたのだとして、どこに疑問がある」

「疑問はありませんが」

「だろう」

 美由理の目が、複数の幻板を行き来する様を見つめながら、義一はただただ考える。

 城ノ宮日流子の戦死は、双界そうかい全土に多大な衝撃を与えたが、それ以上に戦団に与えた痛撃の凄まじさたるや、とてつもないものだ。

 軍団長である。

 戦団が誇る最高戦力の一人を、恐怖攻略の前哨戦で失ってしまったのだ。

 無論、このような事態を想定していたわけもなく、護法院ごほういんや戦団最高会議が紛糾したというのも無理からぬことだ。

 日流子を軍団長と仰いでいた第五軍団の導士たちが受けた痛苦たるや、義一にはまるで想像できなかった。いや、想像したくもないというべきかもしれない。

 直属の軍団長の戦死ということはつまり、義一にとっては美由理を失うということにほかならない。そんな羽目になる可能性すら想像したくないというのが、義一の本音だ。

 一方で、日流子と近しい間柄だった軍団長たちの間には、恐府攻略作戦に参加させて欲しいと声を上げるものも少なくないという噂が本当なのだろうということは、理解できる。

 日流子は、軍団長たちの間でもアイドル的な人気があったという。

 外見の可憐さからは想像もつかないほどの内面の実直さが、城ノ宮日流子という人間を際立たせ、輝かせていたのだ。

 そして、戦団上層部は、これまで展開してきた恐府攻略作戦を一端、取り止めることとした。

 つまり、先行攻撃作戦の全面的な停止である。

 少人数による先行攻撃任務は、恐府の広さが故に必要不可欠とされた戦術だったが、鬼級幻魔を引き寄せる可能性が高いとなれば話は別だ。

 現状、戦団側に有益な情報をもたらしているオベロンですら、危ういと見るべきだった。

 朱雀院火倶夜すざくいんかぐやが、初めてオベロンと遭遇した際に交戦し、その結果命を落としたのだとしても、なんら不思議ではなかった。

 オベロンは、戦団に利用価値を見出した。

 戦団もまた、そうだ。

 互いに利害が一致したからこそ共闘に踏み切ったのだが、しかし、オベロンの情報を上手く活用してもなお、他の鬼級幻魔の存在が、恐府攻略を困難なものにしている。

「日流子様は、お優しい方でした」

「ああ。そうだな。本当に……その通りだよ」

 美由理は、義一の心からの言葉を受けて、彼に目を向けた。

 軍団長たる美由理には、日流子の死をいたんでいる時間すら惜しいというのが現実だ。日流子との想い出に浸っている暇などありはしない。

 日流子と同じ立場なのだ。

 同じ状況に遭遇すれば、同じ判断をしたに違いない。

 自分が、部下の盾となる。

 導士とは、そういうものだ。

 軍団長だけではない。

 副長であれ、杖長じょうちょうであれ、小隊長であれ、部下の命をこそ最優先にするのが、導士という生き物だ。

 日流子は、導士の使命に従ったまでのことだ。

 そして、そのためにその命を燃やし尽くした。

 それが導士としての全てだ。


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