第八百九十話 女神の試練(四)
飛電改を連射することによって弾幕を張り巡らせれば、ガルムとオンモラキの群れの接近を妨害することはできる。無数の銃弾が壁となり、幻魔を寄せ付けないからだ。
だが、致命傷にはならない。
ガルムにせよ、オンモラキにせよ、たかが下位獣級幻魔だ。
しかし、幻魔である以上、魔晶核を破壊しなければ、多少の負傷などなんの意味もないのだ。いや、たとえ肉体の大半を損傷したとしても、あっという間に復元してしまうのが幻魔という怪物の特性だ。
超周波振動弾による弾幕は、確かに幻魔の接近を妨げるのには役に立ったが、しかし、命中精度の悪さ故、決定打にならないというのは考えものである。そして、
(おかしい)
幸多は、その事実にこそ、疑問を持つ。
いつもならば、銃弾をばら撒くだけで良かった。弾幕を構築するだけで、下位獣級幻魔程度ならば撃滅し、一掃することだって不可能ではなかった。
龍宮戦役でも、それ以前、以降の戦いでも、そうだった。
撃式武器は、威力こそ攻型魔法ほどではないにせよ、攻型魔法とは比較にならないほどの連射性のおかげで凄まじい弾幕を張り巡らせることができた。獣級以下の幻魔を相手にするのであれば、ただ乱射するだけでよかった。
それだけでこれ以上ないくらいの成果を発揮してきたものだったし、一方的に撃破してきたという事実があるのだ。
幸多の戦果の大半が、撃式武器の連射による弾幕がもたらしたものなのは、いうまでもない。
圧倒的な生命力と強靭な肉体を誇る幻魔との戦いだ。しかも魔法生命体である幻魔は、無意識に魔法を使い、猛攻を仕掛けてくる。
であれば、近距離で戦うよりも、中・遠距離を維持し、銃弾を撃ち込むほうが遥かに安全であり、生存率も高くなる――幸多がそう結論付けたのは、撃式武器を使えるようになってからのことだが。
しかし、魔法の使えない幸多のような存在は、完全無能者のような存在には、これ以上の最適解はないように思えた。
だが。
(当たらないなら意味がないな)
弾幕は、確かに幻魔の接近を妨げている。しかし、それだけだ。魔晶核への直撃を躱されているのか、ただ単に命中していないのかはともかく、一撃必殺とならない以上、時間稼ぎにしかならない。
それでは、決着はつかない。
いや、これが現実ならば、幸多がじり貧になって負けるだろう。
なぜならば、銃弾の数には限りがあるからだ。
超周波振動弾は、戦団技術局がその技術の粋を結集して作り上げた最新技術の結晶であり、超高級品である。銃弾一発一発がとんでもない金額だといい、それらを打ちまくる幸多は、技術局にとっても、戦団にとっても、頭の痛い存在なのではないか、と、想わないではない。
とはいえ、命がかかっているのだ。いくら高級品であろうと、渋っている場合ではない。
技術局が超周波振動弾の大量生産を行っているという話も聞いていた。
もちろん、どれだけ大量に生産したとしても、このような無駄遣いをしていれば、すぐさま底が尽きてしまう可能性があったし、実際に弾が尽き果てるような事態は避けるべきだ。
無駄弾を撃つべきではない、ということだ。
弾幕で動きが鈍ったガルムを相手に狙いを定め、引き金を引くも、銃弾は、幻魔の頭蓋を貫いただけで終わった。
ガルムの魔晶核は、口腔内の奥底、胃袋辺りにあるはずだ。
だからそこを狙い撃ったつもりが、照準が大きくずれていた。戦闘速度についていけていない。
幸多の目の前には、万能照準器が展開している。それは、超高速で移動する幻魔を捕捉するだけでなく、魔晶核の位置すらも把握し、幸多に伝えてくれる優れものだ。その上、撃式武器の狙いをも完璧に定めてくれるのだから、幸多は、引き金を引くだけで良かった。
それだけで、百発百中なのだ。
しかし、今回は違った。
一発も魔晶核に命中していない。
普段通りに狙いを定め、引き金を引いているというのに、だ。
頭上から降ってきた火の雨を避けるべく左に移動すれば、視界外からガルムが飛びかかってきたものだから、幸多は咄嗟に飛電改で殴りつけた。だが、当然ながら、そんなものが通用する相手ではない。
幻魔に通常兵器は通用しない。
それが定説であり、事実だ。
白式武器や撃式武器が通用するのは、超周波振動発生装置のおかげであり、撃式武器のそれは、銃弾にこそ作用する。撃式武器で殴りつけたところで、超周波振動は発生せず、故にガルムは、幸多にのし掛かり、その大口を開けて食らいついてきたのだ。
銃王弐式に噛みつき、幸多の肉体を超好熱の炎が焼いた。
激痛とともに視界が暗転したのは、一瞬。
つぎの瞬間には、ムスペルヘイムのど真ん中に降り立っている。
視界には、むせ返るほどの熱気と、埋め尽くすほどの幻魔があった。ガルム、オンモラキ、そして、空を舞うスザクの群れ。
幸多は、痛みが体内に残っているような感覚に苛まれながら、問うた。
「死んだ?」
「死んだよ、死んだ、死んじゃった」
「まさか幸多ちゃんがガルム程度に殺されるなんてねー!」
「下位獣級幻魔とはいえ、幻魔は幻魔。油断すれば、星将であろうとも命を落としかねない相手だということを忘れないでくださいまし」
「……うん。わかってる」
どこからともなく聞こえてくる女神たちの声に頷き、幸多は、再び戦闘態勢に入った。観戦するためなのか、いつの間にか女神たちは姿を消していた。
幸多は、闘衣の上から銃王弐式を纏い、飛電改を呼び出した。抱えるように握り締める。
星将ならば、獣級幻魔が相手であろうとも油断することなどはなく、細心の注意を払い、撃滅するのだろうということも、わかっている。
星将が、鬼級未満の幻魔との戦いで命を落としたという例は、ほとんどない。
あるとすれば、余程の事態だけであり、その場合、星将に落ち度はなかった。
星将ほどの、星光級ほどの導士ならば、それくらい当然なのだ。
幸多は、輝光級二位。
しかも、幸運に恵まれた結果であり、戦団上層部の思惑によるところが大きい。
全てが全て、幸多の実力で掴み取ったものではないのだ。
だから、などと言い訳をしていいはずもなく、幸多は、オンモラキの群れが金切り声をあげながら殺到してくる様を見て、照準を合わせ、引き金を引いた。
弾幕は、やはり幻魔の接近こそ阻むものの、致命的な一撃を叩き込むには至らない。万能照準器には、魔晶核の位置がはっきりと映っているというのにだ。
もう一丁、飛電改を召喚し、左腕で抱え込む。二丁の飛電改を乱射して、弾幕の密度を高めれば、どうか。今度は地上のみならず、上空にも弾幕を張り巡らせ、スザクへの牽制も行う。
そうなれば、もはや銃弾が嵐のように吹き荒れ、ガルムもオンモラキも、スザクすらも攻撃態勢に移ることができないといわんばかりだ。
だが、決定打には、ならない。
魔晶核に直撃しないからだ。
肉体こそ、魔晶体こそ撃ち抜いているものの、絶妙に魔晶核を外してしまっている。
これほどまでに高密度の弾幕を張り巡らせてもなお、一体の幻魔も撃破できないのは、異様としか言い様がない。
そこでようやく、幸多は、理解した。
「そういう趣向か」
幸多は、頭上を仰ぎ見た。スザクの群れをも弾幕で制圧しながらも、しかし、一体として打ち落とせないのはどういうわけか。
簡単なことだ。
今現在、撃式武器の制御をノルン・システムではなく、幸多自身が行っているのだ。
だから、これまでの訓練や戦闘と同じ結果にならない。極端に命中精度が低下し、魔晶核への必中必殺の一撃が決まらない。
二丁の飛電改による超連射ですら、幻魔を足止めすることしかできていない。
万能照準器も、攻撃対象の位置、魔晶核の位置を示すだけであり、幸多の銃撃を支援してくれているわけではないのだ。
「だったら」
幸多は、多目的機巧腕・千手を銃王弐式に装着すると、四本の腕を展開した。そして、二十二式機関銃・雷電改を二丁、千手でもって握り締めた。
万能照準器に無数の攻撃目標が映り込んだのは、雷電改を装備したからだろう。
千手が引き金を引けば、雷電改が、物凄まじい唸りを上げた。幸多の周囲で天地が震撼しているのではないかというほどの轟音は、当然ながら、幸多自身には大きく軽減されている。でなければ聴覚がおかしくなりかねない。
二丁の飛電改と二丁の雷電改による弾幕は、もはや銃弾の壁といっても過言ではなかった。点ではなく、面による制圧攻撃。燃え盛る大地をも抉り取るほどの圧倒的な火力は、全面に展開する幻魔の群れを尽く消し飛ばしていく。
魔晶体を削りきり、露わになった魔晶核を粉砕し、絶命させていくのである。
あっという間だった。
あっという間に、幻魔の群れを殲滅したのだ。
「まあ……それも答えの一つだと想うけど」
スクルドのなんとも言い様がないといわんばかりの声が、どこからともなく聞こえてきた。
「うん。わかってる」
幸多は、苦笑とともに雷電改と千手を転送した。
現実問題として、このような戦い方を続けられるわけがない。
弾丸が、あっという間に底を尽きるだろう。