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第八百八十七話 女神の試練(一)

 魔暦二百二十二年の十月も、終わろうとしている。

 つまり、一年の終わりがもう目前に迫っていると言ってもいい時期だということだ。

 直に十一月、そして、十二月を迎えるのだ。

 そうなれば魔暦二百二十三年が幕開けとなるのだが、三月も先のことを考えるのは、あまりにも馬鹿げている。

 いまは、目の前の任務や訓練にこそ、集中するべきだった。

 訓練。

 そう、幸多は、訓練の真っ只中だった。

「外しまくりだね」

 淡々としたスクルドの声に、幸多は、思わず漏れそうになる声を飲み込まなければならなかった。

 大和やまと基地の訓練所、その一室を借りて、幸多は一人で幻想訓練を行っていた。

 今日、真星しんせい小隊は休養日であり、その休養日を訓練に当て込んでいるのは、幸多だけではない。

 九十九つくも兄弟と義一ぎいちは、三人で幻想訓練を行っている最中だった。

 なぜ小隊全員揃って訓練を行わないのかといえば、幸多が女神たちに呼び出されたからだ。そしてそれは、ここ最近の日課といっても過言ではなかった。

 任務がある日であっても、任務が終わり次第、短時間ながら女神たちと訓練を行うことになっていた。

 彼女たちは、幸多を徹底的に鍛え直すと宣言しており、幸多もそんな女神たちを頼もしくすら感じている。

 訓練は、嫌いではない。

 むしろ、空いている時間さえあれば訓練をしていたいというのが幸多の考えの根幹にあり、休めるときには休め、それも導士の務めだ、と、再三注意されるほどだった。

 しかし、鍛えていなければ、体を動かしていなければ、安心できない。

 常に不安が付きまとっているのは、結局、自分に自信がないからだろう。

 どれだけ肉体を鍛え上げても、どれだけ感覚を研ぎ澄ませても、結局は、魔法不能者であり、完全無能者なのだ。

 F型兵装(エフがたへいそう)のおかげで幻魔と戦うことができるようになったとはいえ、過信はできないし、してはならない。傲慢ごうまんになどなれはしない。

 F型兵装は、妖級以下の幻魔には確かに通用する。

 だが、鬼級幻魔には、どうか。

 いままで鬼級幻魔と何度か交戦した経験がある。バアル・ゼブルやマモンである。しかし、そのいずれもが、本気で幸多を殺そうとはしてこなかったし、だからこそ付け入る隙があり、攻撃を叩き込む機会が生まれたのだ。

 鬼級幻魔と全力で戦うことになった場合、幸多の攻撃は通用するのか、否か。

(するはずがない)

 そう、脳内で断言する。

 全力の鬼級幻魔と戦ったことはないが、しかし、戦闘記録は何度となく閲覧しているし、幻想空間上に再現された鬼級幻魔と戦ったことは数え切れないくらいにあるのだ。そして、鬼級幻魔の幻想体には、やはり歯が立たなかった。

 真星小隊全員が力を合わせても、戦闘らしい戦闘にすら、ならない。

 鬼級幻魔とは、そういうものだ。

 化け物であり、怪物であり、人知を超越した絶対的強者。

 それが鬼級幻魔だ。

 これまで幸多が鬼級幻魔と交戦しながらも生き残ってこられたのは、幸運以外のなにものでもない。

 だからこそ、鍛錬である。

「幸多ちゃん、幻魔は的じゃないのよ!」

「は、はい!」

 幸多は、ヴェルザンディの叱責しっせきに頷きながら、視線を巡らせる。

 ムスペルヘイムを模した幻想空間は、灼熱の大地そのものだ。起伏きふくの激しい地形のそこかしこから燃え盛る炎がき出し、火柱となってそびえ立っては、視界を紅く染めている。

 熱気が、体温を上昇させているような感覚。幻想体が汗ばみ、体力を消耗させていくのだが、これもまた、訓練の一環だ。

 鬼級幻魔の結界たる〈クリファ〉には、なんらかの力が働く。いあゆる阻害効果と呼ばれるそれは、〈殻〉によって様々である。

 ムスペルヘイムは、燃焼ねんしょうなどとも呼ばれる阻害効果であり、大気中の魔素を燃焼させることによって、殻印かくいんを持たざる侵入者、敵対者に悪影響を与えるのだ。

 戦団が〈殻〉攻略を目標と掲げている以上、あらゆる状況を想定して訓練するべきであり、幸多がムスペルヘイムを模した幻想空間で特訓しているのもそのためだ。

 赤々と燃え上がる幻想空間を無数の幻魔が動き回り、幸多を攻撃し、あるいは距離を取っている。

 幸多は、完全武装状態だ。

 鎧套がいとう銃王弐式じゅうおうにしきを身にまとい、撃式げきしき武器・飛電改ひでんかいを手にしていた。

 しかし、幸多の銃撃は、幻魔に命中すれど、致命傷になることがなかった。獣級幻魔ガルムの巨体、その一部を抉り取るような一撃を叩き込めたが、それだけだ。決して重傷ではないし、軽傷とすらいえないほどのものだろう。

 ガルムの肉体は瞬く間に復元し、戦闘行動を再開する。

 敵が、一向に減らなかった。

 陸走型の獣級幻魔ガルムと、飛行型の獣級幻魔オンモラキが、合計五十体ほど、幸多を取り囲むようにして動き回っている。

 ガルムがえて猛然と突っ込んでくれば、オンモラキがわめくようにして火球を吐き出してくる。

 火球を狙い撃って爆散させつつ、飛び退いてガルムの突進をかわし、かさず銃口を魔炎狼まえんろうに向けて引き金を引く。乾いた発砲音とともに多数の銃弾が幻魔の背中に直撃するも、やはり決定打にはならない。

 ガルムが怒号を上げながら全身を燃え上がらせ、魔晶体を復元している間に、別のガルムとオンモラキが攻撃してくるものだから、幸多も回避行動に移るしかない。

 圧倒的に敵の数が多く、しかも、その数を減らせないということもあって、幸多は、押されに押されていた。

「幸多様、落ち着いてくださいませ。これは訓練。どれほどの攻撃を受けたとしても、死ぬことなどございません」

 ウルズの柔らかく包み込むような声を聞きながらも、幸多には、そんな悠長なことを考えている余裕はなかった。

 いままでと全く違う感覚の中で戦っているのだ。

 それもそうだろう。

 幸多は、いま、女神たちの補助なしで、撃式武器を使っているのである。

 これまで幸多の銃撃は、百発百中といっても過言ではない命中精度を誇っていた。しかしそれらは全て、ノルン・システムによる補助があればこそであり、幸多の実力によるものではなかった。

 これまでの戦いぶりとは比較にならないほどの惨憺さんたんたる有り様なのも、当然だ。銃弾をばらまいているからこそ命中しているのであり、故に、決定打になりえない。

 百発百中で魔晶核を撃ち抜けるような銃の腕前など、幸多にはないのだ。

 しかし、だからといって、女神たちに頼ってはいけない。

 それもこれも、今後の戦いを見据みすえてのことであるのと同時に、女神たちの事情もあった。

『幸多ちゃん、聞いて。とっても大切なお話があるの』

 ヴェルザンディがいつもと違った調子で話しかけてきたのは、つい先日、幸多が退院して、任務に復帰した直後のことだった。

 魔像まぞう事件は、未だ解決していないものの、あれから新たに起こることはなかった。双界そうかい全土を騒然とさせた大事件は、社会を不安に陥れるだけ陥れ、有耶無耶になってしまっている。

 幹部から魔法犯罪者を多数生み出した央魔連おうまれんのその後については、考えたくもなかった。

 望実のぞみ珠恵たまえは、幸多に話した通りに退職すると、悠々自適な生活を始めている。それそのものは、幸多にとっても決して悪くはない結果といえるのだが、央魔連という組織はどうなのか。社会的信用は地に落ち、その回復のために躍起になっているものの、天燎てんりょう財団ほどの成果は上げられていない。

 それも当然ではあるのだろうが。

 それは、ともかく、女神たちである。

 任務に戻った幸多を待っていたのは、真星小隊の部下からの手厚い歓迎であり、そして、ヴェルザンディからの呼び出しであった。

 真白ましろ黒乃くろの義一ぎいちは、幸多が速やかに復帰したことを素直に喜びつつも、無茶ばかりをする幸多を心配したりもしていた。

『それこそが幸多だと想うけどよ』

『でも、ねえ』

『まあ、隊長が身をていしたからこそだということは、わかっているけどね』

 三者三様の反応に、幸多は返す言葉もなかった。

 そして、その日の任務を終えて、幸多は、ヴェルザンディたちとったのだ。

 大和基地の訓練所、その幻想空間上で、だ。

 戦団の三女神(ノルン・シスターズ)は、レイライン・ネットワークの支配者といっても言い過ぎではない。そして、ネットワーク上に構築される幻想空間は、彼女たちの独壇場になり得た。

 だからこそ、任務直後の幸多が訪れた幻想空間は、まさに女神たちが降臨するのに相応しい神殿へと作り替えられたのであり、幻想空間が勝手に作り替えられるのを目の当たりにした技師が慌てふためくのも無理からぬことだった。

 そして、幸多の目の前に出現した女神たちの姿はといえば、普段通りのものだったが、神々しさはいつも以上であり、荘厳極まりなかった。

 まさに戦団にとっての女神そのものである彼女たちは、なにやら覚悟を決めたような面持ちで、幸多の前に降り立ったのである。

 普段ならば即座に抱きついてくるはずのヴェルザンディでさえも深刻そうな表情をしていたものだから、幸多は、固唾かたずんで、彼女たちの言葉を待ったものだ。


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