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第八百八十四話 蠢動(一)

 対岸には、幻魔の群れがうごいている。

 その手前、川を流れる水は、死そのものを表現するかのようにどす黒く、禍々《まがまが》しいとしか言い表すことのできない様相をしていた。水面に反射する陽光すらもくらく感じる有り様なのは、この魔界そのものがそうした性質を持ち合わせているからにほかならないのだろう。

 魔界。

 央都四市および衛星拠点の外たる空白地帯、そして膨大な数の〈クリファ〉をそう総称するようになったのは、いつごろからか。

 人類が魔天創世まてんそうせいを知り、この地球全土が幻魔によって支配されているという現実を認識して以降のことであり、五十年前後の昔のことだ。

 遠い昔では、ない。

 央都が誕生して以降の、近年。

 そんなことを脳裏に浮かべている間にも、幻魔の群れ、その一部が岸辺を越え、川にその足を踏み入れた。

 下位獣級幻魔バイコーンである。

 バイコーンは、双角黒馬とも呼ばれるように、頭部から二本の捻れ曲がった角を生やした馬のような幻魔だ。一本角のユニコーンが輝かしい純白の体毛に覆われているのとは真逆に、真っ黒な体毛がその全身を包みこんでおり、闇そのものが体積しているかのようだった。

 双眸そうぼうは紅く輝き、殺気に満ち溢れている。

 己が幻魔であり、人類の天敵であることを誇示するかのように。

「こちらに来るようだ」

 枝連しれんが、火属性防型魔法を張り巡らせながら警告を発すれば、統魔とうまもまた、攻型魔法の律像りつぞうを構築していく。

 統魔だけではない。

 皆代みなしろ小隊の全員が、この事態に対応するべく布陣し、魔法の発動を準備する。

 皆代小隊は、大和やまと市の西側に広がる空白地帯、その最西端一帯を巡回している最中だった。

 この空白地帯に隣接しているのは、鬼級幻魔オロバスの〈殻〉であり、統魔たちの眼前には、〈殻〉の結界が聳え立っているのである。

 〈殻〉は、球形の結界である。殻石クリファイトが発する莫大な魔力によって構築された魔力場であるが、その中心に殻石が位置しているとは限らない。

 殻石が結界の力の源であり、発生源なのだが、結界の中心座標を動かすことは難しいことではないらしい。

 だからこそ、〈殻〉の攻略は至難を極めるのだ。

 殻石さえ破壊すれば〈殻〉は滅びる。しかし、殻石がどこにあるのかわからなければ、〈殻〉中を探し回らなければならない。

 故に、真眼の使い手が必須であり、伊佐那麒麟いざなきりん伊佐那義一いざなぎいちが重宝されるのである。

 第三因子・真眼があれば、オロバスの殻石の位置もすぐに発見できるのだろうが、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 大量の幻魔が〈殻〉の内側に蠢いていたのであり、それらがバイコーンの進軍に合わせるように動き出しているのだ。

「こちら皆代小隊。オロバス配下の幻魔が、央都側空白地帯への進軍を開始」

『了解。ただちに第一衛星拠点より援軍を送ります。皆代小隊は、適当に対応してください』

「了解」

「てきとーに、ね」

「適当の意味、わかってる?」

 ルナが香織かおりに問うたのは、バイコーンの群れに続いて、獣級幻魔バーゲストが大量に現れるのを見つめながらのことだった。バイコーンが川にその半身を浸からせ、川の流れを堰き止めるようにすれば、バイコーン以上に闇を纏う魔犬まけんバーゲストが、唸るようにして駆け抜けてくる。

 背筋が凍るような唸り声は、地響きのようですらあった。

「わかってるよー!」

 香織が告げ、大地を蹴った。

「全身全霊、力の限り幻魔を滅ぼせってことっしょ!」

 高らかな声が、真言しんごんとなった。

 香織の掲げた手の先に生じた雷光が、巨大なもりを形成すると、投げ放たれた瞬間に雷鳴を轟かせた。そして、つぎの瞬間には川の真っ只中に突き刺さったかと思えば、膨大な雷光を拡散させる。

 川面かわもを破壊的な電流が流れ、バイコーンとバーゲストの群れを纏めて攻撃したものだから、幻魔たちが一斉にえた。悲鳴にも似た怒号は、やはり真言そのものであり、攻撃者である香織への反撃としての攻撃魔法が放たれる。

 バイコーンの双角から黒い魔力の奔流ほんりゅうが撃ち放たれれば、バーゲストの唸り声がその全身に纏う闇を膨張させ、霧のように拡散させていく。

 だが、香織には届かない。香織は、雷光そのものとなって虚空を駆け抜け、幻魔の群れの頭上へと至っている。

 幻魔の攻撃は、空を切った。

 そしてそこへ、皆代小隊の一斉攻撃が叩き込まれたのだから、幻魔たちは断末魔を上げるしかなかっただろう。

 香織が囮となったことによって生じた隙を、統魔たちが見逃すわけもない。破壊力抜群の攻型魔法の乱打によってバイコーン、バーゲストの群れをあっという間に殲滅せんめつしてみせたのである。

 幻魔の死骸が小川を堰き止めるほどに積み上がるまで、さほど時間はかからなかった。

 それら無数の死骸を見下ろしながら、統魔は、さらに律像を構築し続ける。

 オロバス軍の幻魔たちは、先鋒部隊が敗れ去ったというのにも関わらず、空白地帯への進軍を止めようとはしていなかった。

 さらにアスピスという、額に第三の目を持つ大蛇が群れを成して進軍してくれば、病魔鳥カラドリウスの大群がその頭上に展開した。

 それらを率いるのは、上位獣級幻魔マンティコアであり、その異形さは、アスピス、カラドリウスと一線を画するようである。

 マンティコアは、獅子のような巨躯を誇る獣級幻魔だ。しかし、頭部は、人間の、それも老いた男性の顔のようだった。背からは巨大な飛膜ひまくを生やしており、蠍の尾が存在感を発揮している。

 上位である。下位獣級幻魔とは、格が違うのは、その威容からもはっきりと伝わってくる。

「結構な数だね」

「とはいえ、本気で侵攻してくる様子はなさそうだが」

 統魔は、練り上げた律像でもって魔法を発動すると、光の雨を降らせた。撃光雨ブライトレイン。統魔が独自に生み出した光属性の攻型魔法は、川の上空を飛んでくるカラドリウスの大群を一体残らず叩き落とした。

 さらに地上から噴き上がった光の渦が、カラドリウスとアスピスを飲み込んでいく。

 ルナである。

 まさに阿吽あうんの呼吸とでもいうべき連携攻撃は、日々の鍛錬の賜物たまものだ。

「そうなの?」

 彼女は、導衣どういに似せた衣装を纏い、統魔の隣に立っていた。戦闘中ということもあって、統魔に抱きつくような真似はしていない。

「オロバスの総戦力は八百万程度。そのうちのごくわずかしか動かしていないところを見れば、敵情視察が目的なのは明らかだ」

「敵情……」

「オロバスは光都事変こうとじへんの元凶だからな。央都への侵攻、央都そのものの制圧を目論んでいるのだとしても、なんら不思議じゃない」

 つるぎが巻き起こした烈風が、生き残ったアスピスを千々に引き裂き、マンティコアの進軍すらも足止めする様を見つめながら、統魔はいった。

「光都事変から今日に至るまでの五年間、オロバス領から央都へ差し向けられた幻魔は数知れない。そのたびに第一衛星拠点の導士たちが食い止めてきたというわけだ」

「そっか。そうだったんだ」

「衛星任務の詳細は、市民には知らされないもんねえ。ルナっちが知らないのも当然かー」

「うん。全然、知らなかったな」

 ルナは、三日月状の魔力体をマンティコアに投げつけながら、考える。

 オロバスは、戦団にとって仇敵きゅうてきともいえる鬼級幻魔だ。

 総戦力八百万という規模の軍勢を率いており、その〈殻〉は、大和市以上、出雲市と同程度の広さを誇る。

 戦力だけでいえば、戦団とは比較にならないほどに強大だ。

 しかし、オロバスの恐ろしいところは、その背後にエロスという鬼級幻魔がいる点だ。

 光都事変は、オロバスではなく、その同盟者、あるいは支配者と思しきエロスによって引き起こされたと考えられている。

 光都を攻撃した幻魔の軍勢を率いていたのは、オロバスだった。

 オロバスは、星将せいしょうたちによって撃滅されたが、その幻躰げんたいの内側にもう一体の鬼級幻魔が潜んでおり、それによって星将たちは不意を突かれ、殺されたのだという。

 そのオロバスの体内に隠れていた鬼級幻魔こそがエロスであり、故にこそ、エロスがオロバスを支配しているのではないか、などと考えられるようになったのだ。

 仮に、同盟相手とはいえ対等な関係の鬼級を、幻躰とはいえ、みずからの体内に隠すものだろうか。

 それが戦術的に効果的だとしても、だ。

 鬼級幻魔は、利己的で、自己中心的なものがほとんどだ。

 本能的に領土的野心を持ち、突き動かされるようにして、〈殻〉を広げようとする。

 オロバスが本能の赴くままに光都へと侵攻したのだとして、そのために他の鬼級を体内に隠すような真似をするとは考えにくい。

 エロスがオロバスを利用したと見るべきではないか、というのが、最有力とされる考えである。

 ともかく、オロバスだ。

 光都事変以前には積極的に攻め込んでくる気配のなかった鬼級幻魔は、光都制圧に失敗して以降も、決して能動的に侵攻してくる様子はなかった。

 ただ、度々、軍勢を差し向けてきてはいるのだ。

 まるで、戦団の戦力を、央都の現状を探るかのように。

 実際、その通りなのだろう。

 オロバスは、エロスと同盟を結んでいるか、従属関係にある。

 おそらくは、エロスを上位とする関係であり、故に、〈殻〉を拡大するには、エロスが〈殻〉を構える北西以外に進出するしかない。

 北東にはセベクが、西にはアガースラ、南西の海上にはルサールカが〈殻〉を構えており、それらを制圧するという道もあるが、鬼級幻魔と戦うよりも人間を攻め滅ぼすほうが楽だと認識していたとしても、なんら不思議ではない。

 幻魔にとって人間とは、劣等種族なのだから。


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