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第八百七十七話 大地を穿つ(十二)

「ふむ……」

 オベロンは、遥か眼下で展開する戦いを見ていた。

 激戦、死闘というべきか。

 少なくとも、人間側が死力しりょくを尽くして戦っているのは疑いようがない。全身全霊の力を尽くし、それでもかなわないであろう相手になんとか食い下がろうとしている。いまにも命がき尽くしそうなほどの魔素質量が、燃え盛っていた。

 対する相手は、雷魔将らいましょうトールである。

 闘争こそ全てといってはばらない鬼級幻魔は、つい先程まで黒禍こっかの森で朱雀院火倶夜すざくいんかぐやたちと激闘を演じたばかりだったはずだが、雷神の庭に戻っても戦いにきょうじていたのである。

 そして、トールが星象現界せいしょうげんかいと思しきものを発動したものだから、オベロンは、驚きを覚えたのだ。

 もちろん、オベロン本人が雷神の庭に出向いているわけではない。

 化身たる金色蝶こんじきちょうを雷神の庭上空に派遣し、その視界を借りて、見渡している。

 トールが星象現界を使うという想像だにしない光景には、衝撃を受けざるを得ない。

 幻魔とは、元来成長する生き物ではない。霊級は霊級、獣級は獣級、妖級は妖級のままであり、鬼級もまた、鬼級のまま、成長したり変化するということがないのだ。

 完成された生物であるが故に不変であり、不滅。

 それが定説だった。

 だが、トールは、成長した。

 いままさに、オベロンの目の前で、成長して見せた。

 星象現界なる高等魔法技術を体得し、三魔将さんましょうの中で抜きんでた存在となったのだ。

 オベロンは、凝視《ぎょうし7》する。

 このままでは、トールが圧倒的な勝利を収め、人間側に、戦団に大打撃を与えてしまう。

 かといって、オベロンにはどうすることもできない。

 トールの戦いは、正当なものだ。

 オトロシャの命令に従っているだけなのだ。

 オベロンには口を差し挟む権利もなければ、止められるはずもなかった。

 侵入者たちを生かして返すわけにいかないのだ。

「残念ですが……」

 オベロンは、ただ、魔法士の最後を見届けることにした。



 父は、素晴らしい人だと、母がよくいっていた。

 城ノ宮明臣(じょうのみやあきおみ)

 戦団情報局副局長を務めるほどの人物だ。その肩書だけでも、父の素晴らしさは理解できようものだが、子供の頃にはよくわからなかった。彼がどれほどの想いで日夜職務に当たっているのかなど、物心ついたばかりでは、多少成長した程度では、理解できるはずもなかったのだ。

 だが、導士となったいまならばはっきりとわかる。

 それこそ、手に取るように。

 日流子ひるこにとって明臣は、自分には勿体ないくらいに立派な父親だった。

 だれに対しても胸を張ってそう断言できたし、そのことを疑問視されることもなかった。

 日流子のことを溺愛げきあいし過ぎているのではないかともっぱらの噂だったが、そのことも決して悪いこととは思わなかった。多少、気恥ずかしい想いをすることもあったが、そもそも、日流子も父を愛していた。

 心の底から。

 互いに想い合い、支え合い、今日まで生きてきたのだ。

 日流子にとっても、明臣にとっても、ただ一人の肉親だった。

 母・日流女ひるめは、常々いっていた。

『ひとを愛し、ひとに愛されるようになりなさい。そうすればきっと、あなたの人生は満ち足りたものになるはずよ』

 日流子は、想う。

 愛し愛されることの重要性を必ずしも理解できていたわけではないが、しかし、父を愛し、父に愛されるだけでも十二分に幸せだったのは確かだ、と。

 自分のことを敬愛してくれる人々は、数多あまたといた。 

 戦団の導士であり、星将せいしょうであり、軍団長である以上、注目を集めるのも当然だったし、尊敬されるのも実力や実績があればこそだろう。

 そこに愛が含まれているということが、ただ、嬉しいと想った。

 素直に、だ。

 愛には、愛でもって返したい。

 けれども、不器用な彼女には、ただ任務をこなすことでしかその想いを表現することができなかった。

 それでいい、と、想っていた。

 導士ならば、央都の平穏のため、人類復興のために死力を尽くしていくことでこそ、愛を返して行こう。

 そう想えば、力がいた。

 左半身を消し飛ばされてもなお、日流子は、生きていたのだ。

 トールの周囲を渦巻く土砂の奔流ほんりゅうのただ中で、その土砂をこそ失われた肉体の機能の代替とすることで、どうにか生き長らえていた。

 自凝おのごろ

 星象現界・天之瓊矛あめのぬぼこの全力を駆使くししたその魔法は、大地を支配する矛の力によって、己が肉体そのものを変容させる代物だ。

 半分に欠けた視界にトールの表情の変化を捉える。トールは、想像だにしない事態に驚き、興奮を隠せないといわんばかりに目を見開いていた。喜びが、口の端に走る。

「まだ、生きているか!」

 トールの大音声だいおんじょうが聞こえたのは、自凝おのごろによって肉体の欠損を補ったからだ。五感が復活し、聴覚が不完全ながらも機能するようになり、おかげで、トールの雷鳴の如き大声が聞こえている。

 はっきりと、明確に、意識を貫くかのように。

「まだ、死ねない」

 わずかに残った口を動かして、叫ぶ。それは魂の絶叫であり、本能の咆哮ほうこうだった。半身に満ちた、いや、彼女の全身を形成する大量の土砂から、莫大極まりない星神力せいしんりょくを噴き出させ、トールに肉迫する。

 トールは、雷鎚らいついを振りかざした。

 宮殿中の雷光がまたしても雷鎚に収束し、巨大化していく中で、日流子は右手だけで握った矛を旋回させた。土砂の奔流が、トールの全身に絡みつき、制圧していく。

「まだ、死ぬわけにはいかない――!」

 トールの全身が土砂に覆い尽くされると、巨人の動きが止まった。土砂が一瞬にして金剛石のように硬化し、トールの身動きを封じたのだ。

 硬化したのは、日流子の半身もだ。土砂によって補われた半身が金剛石の如き輝きを帯び、トールの顔面を目の前に捉える。

 視界が揺れた。

 命が、尽きようとしている。

 いままさに、燃え尽きて、尽き果てようとしている。

「まだ……」

 日流子は、歯噛みした。先の一撃で左半身を失ってしまった。自凝でどうにか補ったものの、それも急速に力を失い続けており、トールの眼前に向かうだけの余力もなさそうだった。

 矛を振りかぶろうとしたが、手に力が入らなかった。矛が、手を離れた。

 命が、手からこぼれ落ちていくのがわかった。

 確かに、はっきりと。

「わたしは――」

 そして、日流子の視界を、暗黒の闇が覆い尽くした。


『日流子様の生体反応、消失しました……!』

 情報官の悲痛な叫びが通信機越しに飛んできたとき、真妃まひめは、愕然がくぜんとするほかなかった。

 前方には、雷神の庭が広がっている。広大にして起伏に富んだ地形には、多量の幻魔が潜んでいるのだが、そのただ中に聳え立つ雷光の宮殿が、圧倒的な存在感を放っている。

 雷霆神宮殿ビルスキルニルといったか。

 それはまさに星象現界そのものであり、鬼級幻魔トールが星象現界を発動したという事実を明確に示すものだった。

 トールは、戦いの最中、星象現界を学習し、発動して見せたのだ。

 〈星〉を視たのだ。

 そして、その結果、日流子は、命を落とした。

 戦団が誇る最高級の導士である星将にして、第五軍団長、城ノ宮日流子が、だ。

「嘘よ……嘘……」

 詩津希しづきが、信じたくない気持ちで吐き出した言葉は、真妃の感情そのものでもあった。

 日流子は、真妃たちにとってこの上なく重要な存在だった。尊敬するべき上官であり、愛すべき人物。真妃たちが人生を捧げる存在を選ぶのであれば、彼女を置いてほかにはいなかったし、彼女のためにこそ命を差し出す覚悟があったのだ。

 けれども、差し出されたのは、日流子の命だった。

「ネットワークが不調だから、導衣の生体情報を受信できなかっただけよ……そうに違いないわ……」

 詩津希がそのようなことをいっている間にも、雷光の宮殿が消え失せていく。

 トールが、星象現界を解除したのだ。

「下がりましょう」

「真妃! 軍団長は!?」

「亡骸を回収しようにも――」

「そうじゃなくて!」

 詩津希は真妃に食い下がろうとしたが、頭上に雷鳴が響き渡ったこともあり、口論にはなり得なかった。

 トールの足音が、大地を揺らした。

 それはさながら遠雷のようであり、二人の杖長じょうちょうは、速やかに部隊を纏めると、その場を引き払った。

 第一簡易拠点まで戻ったはいいものの、トール配下の幻魔が大軍勢でもって押し寄せてきたがため、結局、雷神の庭そのものから撤退する羽目になってしまった。

 つまり、先行攻撃任務が失敗に終わったということだ。

 それも、大失敗というべき惨状である。

 戦団の最高戦力である軍団長を一人、失ったのだ。

 真妃たち第五軍団先行攻撃部隊の導士たちは、圧倒的としかいいようのない絶望感と喪失感を抱えながら、衛星拠点へと帰投した。


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