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第八百七十六話 大地を穿つ(十一)

 〈ほし〉をたのは、いつだったか。

 戦団に入り、導士どうしとして一人前になったと胸を張っていえるようになって、随分経ってからのことだったのは、間違いない。

 でなければ、星象現界せいしょうげんかいの発動に立ち合うことなどできなかったのが、当時の戦団である。

 そもそも、星象現界を実戦で使うという機会がなかったからだ。

 星象現界は、鬼級おにきゅう幻魔との戦闘を想定とする超高等魔法技術であり、妖級以下の幻魔を相手に使うことは、ほとんどなかった。

 こちら側が圧倒的に不利な状況であり、なおかつ多数の妖級幻魔を相手にしなければならないというのであればまだしも、一体、二体程度の妖級を相手に星象現界を発動することは、基本的にはありえなかった。

 星象現界を使えるほどの導士ということは、つまり、それ相応の魔法技量の持ち主ということだ。すなわち、優秀極まりない戦士である。

 妖級程度、一対一で倒せないわけがない。

 故に、星象現界を目の当たりにする機会というのは、実戦ではまずなかった。

 星将せいしょう級の導士との訓練においてのみ、星象現界を直接見ることができたのだが、それも、やはり相応な魔法技量の持ち主でなければならなかったはずだ。

 〈星〉とは、魔法の元型げんけいである、という。

 魔法士ならばだれもが持つ、魔法の源。

 それが〈星〉という形で目に見えるようになれば、星象現界を使えるようになる可能性が生まれるのだ、と考えられている。

 日流子ひるこは、〈星〉を視て、けれども当然のようにすぐには星象現界を発動するには至らなかった。

 そこからさらなる修練しゅうれん研鑽けんさんを積み重ね、数多の死線を潜り抜けていく中で、己の中の〈星〉を具現する力を得たのである。

 いままさに全身を満たす星神力せいしんりょくも、〈星〉を視たことによってこそ、到達できる境地であり、領域なのだ。

 鼓膜こまくが破れ、脳神経のうしんけいかれていくような感覚の中で、音のない世界のただ中で、日流子は、天之瓊矛あめのぬぼこを握り締める。

 中空。

 トールの頭頂部から吹き飛ばされ、全身を雷光に貫かれていた。体中が灼き尽くされ、悲鳴を上げている。細胞という細胞が燃えるようだ。だが、矛は掴んでいる。五感が焼き切れそうになっていても、意識が消し飛びそうになっていても、それだけは譲れない。そして。

(星象……現界……!)

 トールが、星象現界を発動した。

 それは、確かだ。

 絶望的な現実を目の当たりにしても、否定はしない。冷静に、淡々とその事実を受け入れなければならない。

 感情に身を委ねてはならない。

 冷ややかに。

 導士たるもの、常に冷徹なまでの透明さを維持しなければならないのだ。

 でなければ、急激に変化し続ける戦場の速度についていけなくなる。置き去られれば最後、なにを果たすこともできずに死ぬだけだ。

 死は、恐ろしくない。

(本当に……恐ろしいのは――!)

 日流子の目は、白金色はっきんしょくの雷光に覆われた結界を視ていた。

 それはまさに空間展開型の星象現界だった。

 鬼級幻魔は、己が領土として〈クリファ〉なるものを構築する。それもまた巨大極まりない結界であり、阻害効果と呼ばれる魔法的効能を付与ふよするということもあって、空間展開型星象現界と酷似しているという意見もあった。

 〈殻〉は星象現界であり、だからこそ、真眼しんがんを用いることによって殻石クリファイト律像構造りつぞうこうぞうを反転させることができるのではないか。

 実際、そのようにして伊佐那麒麟は複数の〈殻〉を反転し、霊石セフィライトを、霊石結界セフィラを生み出してきたのだ。

 だが、違うのではないか。

 トールの全身から満ち溢れる雷光は、星神力の具現そのものであり、周囲の空間を歪め、大気中の魔素という魔素を燃焼させ、燃え上がらせ、がしていく。焦げ臭さが、鼻についた。

 嗅覚は、生きているらしい。

 だからどうだというのか。

 日流子は、地上へと落下していく中で、トールがこちらを見ていることに気づいていた。赤黒い双眸そうぼうが、いやに輝いていた。爛々と、というよりも、きらきらと、といったほうが正しい。

 まるで未来を夢見る子供のような純真さが、そこにあった。

 トールは、いった。

 成長した、と。

 幻魔は、成長しない。

 それが定説である。

 完成された生物であるが故に生まれ持った力が全てであり、人間のように魔法技量を高めるということもなければ、魔法技術をみがくということもないのだ、と。

 特に鬼級ともなれば、そんなことをする必要が、理由が一切見当たらないのも確かだろう。

 鬼級ほどの力があれば、ただ想うままに力を振るうだけで、それだけで、導士たちにとって奥義ともいえる最高威力の魔法を容易く陵駕りょうがするのだ。

 故に、成長する必要がない。

 それなのに、トールは、成長してしまった。

 星象現界を体得し、発現してしまった。

 〈星〉を視たのだ。

 日流子たちの星象現界を目の当たりにし、天之瓊矛の一撃を受けたことによって。

 日流子は、きっと、咆哮していた。トールが無造作に振り下ろしてきた大槌を矛で受け止め、全身を雷に打たれて吹き飛ばされる。全身が粉々に砕けていないのが不思議なくらいの衝撃に、脳が激しく揺れた。既に痺れきっていた意識に、さらなる追撃が叩き込まれる。

 そのまま地面に叩きつけられれば、強烈な雷撃が彼女を襲った。

 雷撃は、トールの星象現界からの攻撃だった。

 巨大な雷光の柱が、トールを中心とする広範囲に立ち並び、この結界を構築している。柱と柱の間を埋めるのは、やはり雷光でできた壁であり、天蓋もまた、雷光そのものだ。

 白金色の雷光は、超高密度の星神力であり、荘厳にして神々しい宮殿を構築しているのである。

 宮殿を支える柱から放たれる雷撃の数々が日流子を打ち据え、肉体を徹底的に破壊していくようだった。

 だが、死なない。

 死ぬわけには、いかない。

 日流子は、矛を支えに立ち上がると、トールを仰ぎ見た。

 全長十メートルは優に越すであろう巨人は、昂揚感こうようかんに満ちた表情でこちらを見下ろしている。全身が、稲光を帯びていた。

 その姿を神々しいと見るのは、間違いではないのかもしれない。

「星象現界。素晴らしい力……いや、技というべきか。うぬらひ弱な人間どもが、我らに立ち向かうべく編み出したというのであれば、技術というべきなのだろうな。魔法技術。うぬらが発明し、我らの源流ともなったこの力は、やはり、うぬら人間によってのみ、高みへと至ることができるのだろう」

 トールは、全身から血を流しながらも立ち上がり、こちらを睨み据えている人間の女を、ただただ見ていた。その小さな体に満ちた超高密度の魔力が、いままさにトールの中を流れているそれと同質のものだということを理解する。

 星象現界を発動したことによって、トールは、人間の魔法士が非力などではないことをも理解したのであり、だからこそ、敬意を表するのだ。

 彼が雷鎚掲げれば、そこに結界の雷光が収束していく。

 この雷霆神宮殿ビルスキルニルの、全ての雷光が集約されていくのだ。

「我らは、力におごっていたのだろう。生来の力で十分だと、それでこそ万物の霊長れいちょうである証だ、と。確かにそれもまた事実だが、しかし、それ故に我らは、成長を忘れてしまっていた。生物たるもの、成長してこそだ。そうだろう、素晴らしき魔法士よ」

 トールの掲げる大槌が宮殿中の雷光を集めて巨大化していく様を、日流子は、ただ見届けるほかなかった。体中の骨という骨が折れている。立っていられるのが不思議なほどだったし、治癒魔法を唱えられる状態でもなかった。

 意識が、いまにも途切れそうだった。

 それでも日流子は立ち続けたし、天之瓊矛を振りかざすのだ。大地を揺るがし、己が支配域を拡大していく。このトールの領土のただ中で、混沌を攪拌かくはんするようにして、矛を振るう。

 大地が唸り、地中から大量の土砂や岩石が噴出すると、トールに殺到した。日流子自身も、その大量の土砂に運ばれるようにして、トールの頭上へと至っている。

 日流子とトールの目が合った。

「うむ。実に、素晴らしい」

 トールは、ただ、日流子を賞賛した。日流子の戦闘技術、魔法技量、星象現界、精神力――その全てを褒め称え、故にこそ、惜しんだ。

 このまま、この人間の行き着く先を見てみたいと想ったほどだ。

 だが、トールの右手は、振り下ろされている。

 日流子の矛がトールの頭に届くよりも遙かに速く、雷鎚は、星将の肉体を捉えていた。

 閃光が、日流子の意識を消し飛ばす。


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