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第八百七十五話 大地を穿つ(十)

 城ノ宮日流子(じょうのみやひるこ)は、城ノ宮明臣(あきおみ)日流女ひるめのたった一人の子供である。

 央都おうと政庁は、少なすぎる人口を少しでも早く増大させるべく、様々な施策を行っていたが、明臣と日流女は、戦団の人間として、職務を全うすることを優先したいという理由から、積極的に子供を設けようとはしなかったのだ。

 無論、戦団の職員としては、導士としては、子供は多ければ多いほどいいという意見も理解していたし、政庁の政策に対し反対するつもりもなかった。しかし、情報局の中枢を担う明臣と日流女には、我が子のために時間をいてあげられる時間の少なさを考えれるのも無理からぬことだったのだろう。

 そして、そんな仕事熱心な両親が、日流子にとっては英雄そのものだったのだし、日流子が戦団の一員になりたいと考えるようになった最大の原因は、やはり、両親の存在があればこそだ。

 なによりも戦団のため、人類の未来のために時間を割き続ける両親の力になりたい――それが、日流子が導士を志すようになった根幹である。

 父と母が情報局の一員として戦団を裏から支えるというのであれば、自分は、戦闘部の導士として、表から支えよう。

 やがて彼女がそう考えるようになったのは、魔法的才能に恵まれていることを知ったからであり、自覚していったということも大きいだろう。

 生まれ持った魔法的才能を開花させたのは、もちろん、本人による血のにじむような修練しゅうれん研鑽けんさんの日々の賜物たまものであって、才能だけで片付けていいものではない。

 日流子は、導士となった。

 戦闘部の一員として、日々、任務をこなしていく中で、導士とはどうあるべきかを学んだ。

 ただ人々のために戦うだけが、導士の使命ではない。

 時には、同志のため、同胞のために命をなげうつ覚悟が必要だ。

 仲間のために命をき尽くしてきた導士たちを数多く見てきたのだ。

 だからこそ、日流子は、今日まで生きてこられた。

 自分のためにどれだけの導士が死んできたのか、数え切れないのではないか――。

(死は、恐くない)

 だから、というわけではないが、彼女は、敢然とそれに立ち向かう。

 燃え盛るような雷光の塊を見据みすえながら、日流子は、天之瓊矛あめのぬぼこの力を込めた。

 日流子を包み込む異形の岩塊が、さらなる変貌を遂げていく中で、トールの雷鎚らいついが降ってくる。絶大な魔素質量は、周囲の大気を灼き尽くすほどに凶悪無比だ。

 触れれば即死。

 真眼しんがんを持たずともはっきりとわかる。全身の細胞という細胞が燃え立つように騒いでいたし、魂が震えるようだった。

 だが、日流子は、諦めない。諦めてなどいない。全身全霊の力を込めて、天之瓊矛を握り締める。

自凝おのごろ

 岩塊がさらに一段階、いや、数段階に渡って急激に膨張すると、雷光の塊と激突した。

 凄まじいとしかいいようのない魔力の爆発が起きた。

 それは周囲一帯の天地を震撼てんちさせ、閃光と衝撃波を嵐の如く巻き起こさせた。多量の岩石が散乱し、爆光が渦を巻く。大地が掘削され、天が割れた。暗雲の彼方に青空が広がり、太陽の光すらも降り注ぐ様は、嘘のようだった。

 嘘のように美しい光景の中、破壊の嵐が巻き起こっていた。

 その様を、真妃まひめ詩津希しづきは、部下とともに見ていることしかできなかった。

 ただ、見守ることしかできない。

 日流子は、目で言っていた。

 逃げろ、と。

 この場からすみやかに撤退するのだ、と。

 その場合、今回の先行攻撃任務は、失敗に終わる。だが、全滅するよりは遥かにいい――日流子は、そう考えたのだろうし、真妃も詩津希も、そんな軍団長の指示に反論を述べることはできなかった。

 二人の星象現界せいしょうげんかいは、トールとの戦いに役立たなかったが、部下たちを引き連れて撤退するのには十分に力を発揮した。

 皮肉なことだが、しかし、それが現実だ。

「日流子様……」

 真妃は、歯噛みした。自分たちの力不足が招いた事態から目を逸らしてはならない。

 爆光の嵐が吹き荒び、莫大極まりない魔素質量が渦を巻いている。日流子の星神力せいしんりょくとトールの魔力が拮抗きっこうし、せめぎ合っているのだ。その中心に日流子とトールがいるのだが、その状態を確認することができない。

「日流子様……!」

 詩津希も、叫ぶことしかできない自分の情けなさに腹が立った。もっと力があれば、日流子とともにトールに立ち向かうことができたのではないか。戦えずとも、日流子を連れて撤退することくらいはできなければならなかった。

 星将せいしょうに匹敵するだけの魔法技量があれば、この星象現界が、もっと強力ならば。

 雷光が薄れ、状況が明らかになったとき、悲鳴を上げたのはだれだったのか。

 日流子が天之瓊矛の力で構築した異形の構造物は、完膚なきまでに破壊されていた。根底から消し飛ばされ、日流子が立っていたはずの地面は大きく抉り取られていたのである。

 一瞬、日流子までもが消滅したのかと勘違いしたものも、何人かいたかもしれない。

 しかし、日流子は生きていた。

 トールの頭の上に、立っていた。全身から大量の血を流しながらも、確かにそこにいたのだ。

 頭上から降り注ぐ日の光を浴び、天之瓊矛を突き下ろすその姿は、ただただ勇ましく、美しい。

 そして、矛の切っ先がトールの頭蓋をかち割り、頭の中の奥深くまで突き破っただけでなく、体中のそこかしこから無数の岩塊が突き出していた。

 体の内側から破壊しようとしたのだろうし、成功しかけていたのではないだろうか。

 しかし、トールは、死んではいない。

 両目がぎょろりと動き、日流子を探した。視界に収めることができないと理解するや否や、頭上に両手を伸ばした。日流子は、動かない。天之瓊矛に込める力をさらに増大させていくばかりであり、トールの魔晶体を破壊することに全力を注いでいくのだ。

「おおっ……おおっ!」

 トールの口から漏れた声が、震えていた。

 慄きなどではない。

 歓喜だ。

 全身をのたうち回る破壊の痛みの中で、藻掻もがき苦しむのではなく、えつに浸っているというべきか。少なくとも、激痛を耐え忍んでいるという様子はなかった。

 だからこそ、日流子は、全身を苛む痛みを黙殺するようにして、力を込めるのだ。星神力の限りを尽くし、天之瓊矛を、星象現界を解き放つ。

「これがっ……これが星象現界……!」

 トールの感極まったと言わんばかりの声が、雷鳴のように響き渡れば、その巨躯からさらに無数の岩塊が飛び出した。トールの巨体そのものが岩塊に飲まれたかのようであり、それを遠目に見ている真妃たちには、日流子が勝利するのではないかと思えるほどに一方的な戦いぶりだった。

 日流子を掴み取ろうとしたトールの両腕も、途中で固まり、動かなくなっている。

 トールの全身が石化しているかのようだった。

「石化……」

「なるほど……それなら、たとえ倒せなくたって、時間は稼げる……!」

 さすがは日流子だと、だれもが賞賛したそのときだった。

 全長十メートルを越すトールの巨躯、その周囲に律像りつぞうが浮かんだのだ。それも一瞬にして膨張し、複雑化していく様には、見覚えがあった。幾重にも拡大し、変異し、名状しがたい図形を構築していく。

「あれは……!?」

 絶望的な声を上げたのは、真妃だった。

 超高密度の律像は、さながら星象現界の律像そのものであり、その構造から内容を読み取ることは不可能だった。

 ただの魔法ならば、律像からある程度の内容を読み取れるはずだ。律像は魔法の設計図である。そして律像に人間と幻魔の違いはない。

 竜級幻魔すらも、人間と同様に律像を浮かべるのだ。

 律像は、魔法と使うためには必要不可欠な要素であり、これそのものを変化させることはなにものにもできないのだ。

 そして、だからこそ、真妃たちは絶望する。

 トールが、いままさに星象現界を発動したからだ。

雷霆神宮殿ビルスキルニル

 トールの真言しんごんは、やはり雷鳴そのものであり、空を雷雲で閉ざし、豪雨を呼び、稲妻を降り注がせた。

 白金の雷光が天地を蹂躙じゅうりんし、トールの周囲に存在するなにもかもを徹底的に打ち据えながら、絢爛けんらんたる輝きに満ちた空間を構築していく。

 それが星神力せいしんりょくであることはだれの目にも明らかだ。

 元より莫大な魔素質量の持ち主である鬼級幻魔が、その膨大な魔力を純化し、星神力へと昇華しょうかしたことそれ自体は、なんら不思議なことではない。

 だが、星象現界は――。

「感謝するぞ、人間よ! 我は、いま、初めて強くなれたっ……!」

 トールの喜びに満ちた声は、日流子の鼓膜を突き破り、意識を塗り潰した。


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